第17話 芹沢 美水希、怒る。
芹沢美水希は怒っていた。
ただ怒っているわけではない。
激怒である。
怒りのあまり髪の毛が逆立っている。
ぷんぷん怒ってるならいい。それはそれで可愛らしいから。だけど、下手な擬音んが通用しないレベルで怒っている芹沢さんは恐ろしい。
凍えるような
「これはどういうことかな?」
感情を伴わない声。
「まさかきみがこんなことをするとは思わなかった」
果てしない後悔が全身からサーっと生気を奪っていく。
「おねーちゃんの命令だったとしてもちょっと許せないかな」
水泳部の撮影。
あのとき、ほんの出来心で撮影してしまった芹沢さんの少しエッチな写真。
その事がばれた。
一体全体どのルートからその事が知れたのか……。
φ
「あーちゃんがねー。みずねーのエッチな写真もってたのー」
帰り道で遭遇した芹沢夏杜希によって、しっかりと事の次第は筒抜けであった。
口封じに与えた賄賂のことを彼女はすっかり忘れていた。
ただ優しいおにーちゃんが自分のためにおやつを買ってくれた。
それが嬉しくって本来の意味を忘れたのである。
ぽろっと出てしまった言葉がこの後、どのような事態を招くのか夏杜希には全く予想できなかった。
というよりも、夏杜希に悪気など全くなかった。自分が何をしてしまったのか? そんなことすら理解できていなかったのである。
φ
「颯希ねーちゃんはどうしたの?」
「なんでおねーちゃんが出てくるの? いまは関係ないでしょ? 大丈夫。あとでおねーちゃんにはふかーく反省してもらうからね」
芹沢さんの怒気は恐ろしいほど冷たいものだった。
どんな熱をも奪い去る極寒の刃。
そんな形容が相応しい冷たさが芹沢さんを中心に形成されているのだ。
「新聞部っていうのも嘘なの?」
「……はい」
「私、そう言うのよくないって思うな。エッチなこと考えてるよりもよっぽど悪い」
「はい、ごめんなさい。仰る通りです……」
ぐうの音も出ねえ。
「そもそもおねーちゃんの悪ふざけならなんではっきり断れないのかな?」
芹沢さんの冷たい言葉が襲い掛かる。
それは凍てついた刃となって俺の身体をグサグサ刺し貫いていく。
罪悪感がドッと押し寄せてきて身体がどんどん縮こまっていく。
「なんでかなーおねーちゃんに逆らえない理由でもあるの? そうやっていいなりになってるのなんか嫌だな」
ん? 最後の方は声が小さくてうまく聞き取れなかった。
「だ、だからってエッチな写真を勝手に撮っていいわけじゃないんだからね!」
なんだろう。急に凍てつくような冷たさが失せて、熱を帯びてきたような。
怒ってるのは変わらないんだけど、怖さを感じなくなってきた。
そもそも、芹沢さんは俺に対して怒っていたわけじゃないのかな。
「じゃあ、許可をもらえばエッチな写真――」
「馬鹿じゃないの?」
うお。やっぱり怒っていらっしゃる。
いや、これは俺の軽率な発言がいけないのか。
でも、だとしたら芹沢さんが本当に怒っている理由は。
もしかして。
「最近はいい感じだと思ったんだけど……」
芹沢さんはごにょごにょと俺には聞こえない声で何かを呟いている。
その逡巡する仕草がしばらく続く。
もじもじ、ぐねぐね。
妙な仕草である。
俺はずっと正座をさせられて、そろそろ足が限界を迎えつつある。
いつしか芹沢さんがまとっていた冷気の強い怒りは消え去り、別のことに気を取られている感じだ。
「芹沢さん、どうしたの?」
呼びかけるとキッと睨みつけてくる。
うう、怖い。やっぱり今日の芹沢さん怖い。
それからしばらくして、足の感覚がなくなった頃。
芹沢さんは意を決したように言い放った。
「明日、買い物に付き合ってくれないかな!」
そのちょっと頬を赤らめた顔は怒りとも恥ずかしさともつかない感情が見え隠れする。
「そう。これは罰なんだから! ちゃんと荷物持ちしてよね」
こうして俺は、新聞部の取材と偽って芹沢さんの写真を撮影した罰として明日、芹沢さんと一緒に買い物に行くことが決まった。
「えっ? それって罰なの?」
「罰なの!」
それが芹沢さん的には罰らしいのであった。
芹沢さんが去った自室で、颯希ねーちゃんの叫びが鳴り響く中考える。
んー……やっぱり罰というには甘すぎるのではないか、と……。
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