第16話 芹沢 夏杜希がやってくる。

 プール施設から逃げた颯希さつきねーちゃんを追って、芹沢美水希せりざわみずきファン倶楽部の集う部室(?)に向かったがそこはもぬけの殻で机から総て片付けられていた。

 先ほどまでの物々しい雰囲気はからっぽでにわかに〝秘密結社〟と言う響きを思い出してちょっとだけ怖さを感じたり……。

 まあ、いやでも颯希ねーちゃんには会えることだし、俺は帰宅する事にした。


 帰宅途中、ブロックへいの上であくびをする猫を見つけた。

 寝ぼけた感じの猫を見ていると、普段の芹沢さんの眠たげな表情を思い出しておかしくなってしまう。

 水泳に打ち込んでいるときの芹沢さんの姿は、あんなにもエネルギーに溢れていたというのに。

 ギャップっていったら猫も芹沢さんに勝るとも劣らない魅力があると思う。まあ、断然芹沢さんの方が可愛いがな!


 と、どうせならデジカメを与ったままなので猫の写真も撮ろう。

 被写体が芹沢さんではないので変に緊張する事もない。

 毛繕けづくろいをする猫のあどけない姿を激写!

 我ながらいいアングルを確保できた気がする。

 可愛い猫の写真を芹沢さんに見せたら喜ぶかな。


「ずっどーん!!」


 ごふっ!? 

 背骨が割れるほどの衝撃が!!

 痛みに耐えられずひざを着いていると声をかけられる。


「あーちゃん元気だったか!」


 その声には聞き覚えがある。


「なにうずくまってるんだ? お腹でも痛いのか?」


 それはお前が強烈なタックルをお見舞いしてくれたからだと思いますが?

 痛みで声が出ない……。


「すりすりさすってあげようか?」


 とんだマッチポンプだ。自分でやったことも理解できないのか?

 しばらくして痛みが引いたところで俺は立ち上がった。


「……夏杜希かずき、俺に恨みでもあるのか? 普通に声をかければいいじゃないか」


「? あーちゃん見たら嬉しくってはしゃいじまったぜ!」


 すんげぇいい笑顔だな。

 まったく、怒る気力が失せた。


「あーちゃんこそ壁に向かってなにやってたの?」


「あ、ああ。猫がいたから撮影してたんだけど」


 夏杜希の登場に驚いて猫の姿はとっくに消えていた。

 ちょっとだけさびしい気分になる。もう少し、たわむれたかったのだが……。


「猫なんていないぞ?」


 だから、お前が突然現れるから驚いたんだろ? 大丈夫かな?

 朝のことといい、人に突然タックルをかますとか、アホのの疑惑がどんどん大きくなっていく。


「むう、わたしも猫みたかったぞ」


 芹沢さんに見せようと思って撮影した猫の写真だったけど、とても残念そうに〝しゅん〟とした夏杜希の姿から漂う哀愁が庇護欲をくすぐる。


「さっき撮影した奴だけど見るか?」


「いいのかあーちゃん!?」


 目をキラキラさせて頷く夏杜希にデジカメを渡してやる。


「おお! かわいいなーかわいいなー!」


 テンション爆下がりだった夏杜希は猫の写真を見ると、ぱっと表情を明るくしてはしゃぎだす。

 こういうところは(芹沢家の)妹らしくてかわいいと感じる。


「ん? なんかほかにも写真があるぞ」


 と、妹らしい可愛さに油断をしていたら夏杜希はパンドラの箱を開こうとしていた。


「いやーまて夏杜希! それは見ちゃだめだーーー」


 俺の叫びもむなしく夏杜希はプールで撮影した芹沢さんの写真を見つけてしまった。

 とんでもないことに、それが〝お尻のあたりの水着の位置を直す仕草〟をとっているときの芹沢さんの写真だった。

 一発で禁断の艶やかな芹沢さんの写真を引き当てるあたりあなどれない。


「? みずねーの写真ばっかりだな!」


 あー、ちょっぴりエッチな仕草をしている芹沢さんの写真を撮っていること自体は特に何もいわないのか。

 少し安心した……いや、夏杜希はなにをしでかすかわからない。今の時点ではあまり安心できない。


「あーちゃんは、みずねーのことが好きなのか?」


 ぶはーーーーー!!!


 ストレートに核心的なところを突いてきやがる。


「そ、そそ、それは芹沢さんは魅力的だと思うけど……」


 うう、はっきり好きだ! っていえる度胸があるなら芹沢さんのことを『美水希』って呼ぶことも恥ずかしくないっていうのに。

 空白の三年間が彼女を異性として意識させ、俺をこんなにも臆病な性格にした。

 高校で再会したときは別人かと驚くほどに、女性としての魅力に溢れた芹沢さんにどぎまぎさせられたんだ。

 いまだって、やっと普通に会話できるようになったばかりだ。

 それをこの子はいとも容易く俺の心に踏み込んでくるとは――。


「む~、そういう煮え切らない態度ばっかりとってるとみずねー他の人に捕られちゃうよ」


 電撃がはしった。

 このどこか抜けた感じのする夏杜希にまさか恋的なものを説かれるとは……。

 再び俺はその場に崩れ落ちた。

 そりゃーたしかに夏杜希の言うことは正しいと思う。

 正しいと思えるだけにダメージはでかい。

 そうだよね。もう少し勇気を出して芹沢さんと一歩先の関係に進めたら幸せだろうな。


「そうだな、俺ももう少し頑張ってみるか」


 夏杜希に忠告されたことは、俺を大きく前進させる為の力になった。気がする。

 明日からはもっと積極的に芹沢さんに近づくべきだと、想いも新に立ち上がる。


「でもね。みずねーのお尻とか撮って。えっちだぞ」


 背筋に氷の刃を突き刺されたかのような衝撃を受ける。

 そうです。俺はやってはいけないことをしました。

 まさか、本当にまさか、アホの娘なのでは? とあなどっていた夏杜希にここまで精神的なダメージを負わされるとは思いもしなかった。


「いままでごめんな。夏杜希」


 俺はいままでの(心の中での)夏杜希の認識を見誤みあやまっていたことを謝罪し、口封じのための賄賂わいろを渡すことにしたのだった。

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