第6話 芹沢 美水希の体力測定

 6限目、科目は体育。

 おそらく、というか間違いなく芹沢さんのポテンシャルが最大限活かせる科目だと思う。

 この日は体力測定ということもあり、男女問わず芹沢さんは注目の的だった。


「わたし、運動は得意なんだ」


 と自信にちた顔で彼女は言っていたけど……。


 俺の想像を超えて、芹沢さんの運動神経はずば抜けていた。


 一つの測定が終わるたびに学校の記録を塗り替えていく様は圧巻あっかんで、女子からは黄色い歓声が上がり、男子からは興奮した声がひびき渡る。


 真剣な眼差まなざしで測定にのぞむ姿はいつもの眠たげな表情とは違い、キリッとしていてなんだかカッコイイ。

 運動しているときの芹沢さんはとても活き活きとしている。

 スラリと伸びた手足は小麦色に日焼けしていて、アスリート系女子といった感じだ。

 おっとりした雰囲気の芹沢さんも可愛いけど、かっこよく活躍する芹沢さんも楽しそうでいいと思う。


 芹沢さんの五十メートル走は特に注目が集まった。

 おそらく、校庭にいる生徒全員が彼女の走りに期待していたんじゃないかと思う。


 スタートの合図で駆け出す芹沢さん。

 疾風しっぷうごとく駆ける彼女の走りは圧倒的なものだった。

 校内の新記録をはじき出した芹沢さんに大きな歓声が沸き起こった。

 芹沢さんは全力で走ってスッキリしたのか満ち足りた表情を浮かべていた。


 だけど、一緒に走ることになった子はちょっとかわいそうで、

 必死に走ってるけどまだゴールできていない。

 そして、慌ててしまったのかこけてしまった。

 その場になんとなくあわれな雰囲気が流れる。

 足をひねってしまったのかその子は立ち上がれずにいた。

 そのとき、芹沢さんがその子の下へ駆けつけた。

 キョトンとしたその子に彼女は、


「大丈夫? 早く手当てしないと――」


 芹沢さんは立ち上がれないその子をグイッと抱えてお姫様抱っこをしてみせた。

 その光景に場の雰囲気は一気に百合ゆり色に染まって、女子たちが色めき立つ。

 きかかえられた子の表情はとろけきっていて、その場の誰もが完全に落ちたなと思ったに違いない。

 保健室へ向かう芹沢さんから発散はっさんされるイケメンオーラに本日最大ボルテージの女子たちの叫び声が鳴り響いた。


 芹沢さんが保健室に行ってから、女子の中では妙な空気が流れていた。

 百合色の雰囲気の余波よはなのか……、芹沢さんが戻ってきたら自分たちもお姫様抱っこをしてもらえるように、お互い牽制けんせいし合っていた。


 そんな中で、俺は校舎の影からこちらを見ている芹沢さんに気が付いた。

 彼女は出るに出られないといった感じの困り顔をしていた。

 一体さっきまでのイケメンオーラはどこへ行ってしまったのか……。

 俺は彼女の方へ近づいていった。


「そんなところでなにやってるの? 芹沢さん」


 声を掛けると彼女は眉を〝ハ〟の字に曲げて助けを求めてきた。


「なんか、変な雰囲気で……戻りにくくって……どうしよう」


 困ってもじもじしている芹沢さんは、どうやら自然に人の心を落としてしまう自分の魅力に無自覚だったようだ。

 しかし俺は、カッコイイ芹沢さんよりもやっぱり、こっちの方が落ち着くな、とか思ってしまうのだった。

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