第5話 芹沢 美水希の絵心

「――では、決まった人から向かい合って描きはじめていいわよ」


 美術科の教師がそう言うとみんなでくじを引いて、ペアを組むことになった。


 午後は選択科目の美術から。

 教師の気まぐれでその日の制作内容が決まるのだが、今日は人物画ということになった。

 普段から関わりの少ない人とペアになったらと考えると胃がキリキリするが、事前にくじを準備してきた教師に反論することもできず、くじを引く流れになった。

 俺は内心ドキドキしながらくじを引いた。


「あーきみでほんと良かったー。私あんまりクラスで仲のいい友達いないから、ちょっとドキドキしちゃった」


「俺も芹沢さんとペアで、よかったと思う……」


 安心しきった表情でそんな風に芹沢さんに言われると、なんだか照れくさくてぶっきら棒な返事になってしまった。


「むう~……、私とペアじゃあ嫌だったのかな?」


 ぶー、と口元をタコみたいにしてふくれる芹沢さん。

 なんだかその顔、可愛いなー。

 ってなごんでる場合ではなく、彼女が気分を悪くしたんじゃないかと思って慌てて取りつくろう。


「いや全然そんなこと無い! むしろ一緒になれてすっごく嬉しい!」


 今度は慌てた反動で大げさに言い過ぎた。

 すると、彼女は顔を真っ赤にして「恥ずかしいよ……」と周囲の視線を気にして小さくなってしまった。


 その後、絵の準備を整えて俺たちは向かい合ってイーゼルにせた画紙がしにお互いの顔を描きはじめた。


「私ね、絵にはちょっと自信あるんだ」


 いつになく張り切っている芹沢さんは、ふんふん頷いたり、むむむ……と眉を寄せて唸ったり、突然ぱあーと表情を明るくしたり、はっと頭の上に電球が光ったかのように目を見開いたりする。

 そんな普段あまり見ることのない芹沢さんの一面を見れるのは楽しくもあり微笑ましいのだが、それだと落ち着いて彼女の顔をうまく描けないのだ。


 とはいえ、楽しそうに筆をはしらせる彼女に「じっとしていて」と無粋なことは言えない。

 パートナーの顔を描くという名目上、どんなにじっと見つめてもとがめられることがないのだ。


 はじめの方こそ、「ん~恥ずかしいな~」と言っていた芹沢さんだったけど気付けば絵を描くことに集中している。


 こっちの視線も気にならないのかころころと変わっていく表情が新鮮でついつい見惚みとれてしまう。


 それでも、


「私の顔ばかり見てないで、ちゃんと仕上げなきゃダメだよ」


 と、手の止まっている俺のことをたしなめたりと油断がない。

 しかし、芹沢さんのころころ変わる表情を模写するのは難しくて……。


 φ


「出来上がったの見せ合いっこしよ」


 完成した二人の人物画を見せ合うことになった。


「まずは、私の描いたきみ」


 こ、これは……。なんというかその……。

「前衛的というか、シュールレアリズムというか、デフォルメ?」


「なにいってるの? 私はありのままのきみを描いたつもりだよ。そんな芸術家みたいなことできるわけないじゃん」


 凄くいい笑顔で言うものだから、これ以上下手なことを言って彼女を傷つけるようなことはできない。


「まあ、その……いいんじゃないかな~凄く上手だし」


 とはいえ、自分の顔を写したものだからめるにしてもなんともいえない気分である。

 実際うまい事はうまいのであるが……。


「次はきみの番。どういう風に私を描いたのかな」


 どこか試すような声音で俺の描いた〝芹沢さん〟を覗き込む芹沢さん。


「って!? なによこれー!!」


 そして彼女は大きな声を上げて俺の胸をぽかぽか叩きだした。


「なんでよりにもよって、こんな顔してるところ描くのかなー。もう、信じられない」


 そう。模写している最中、表情が見る間に変化する芹沢さんをどう表現しようか考えたとき思いついた一枚だ。


 絵の中の芹沢さんは顔を真っ赤にしてタコのように〝ぷっ〟っと頬が膨れた顔をしているのだ。

 そしてそれを見た彼女もまたタコのように真っ赤になって頬を膨らませているのであった。

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