第7話 芹沢 美水希と寄り道

 放課後。

 英語教師から出された大量の課題を終わらせるために図書室で勉強をしていた俺は下校のチャイムを聴いて家に帰ることにした。

 日は沈み始めて、もう間もなく夜になろうとしている。


 昇降口を出ると正門の前に芹沢さんが歩いているのが見えた。


「あ、きみか。これから帰り? 私も部活が終わって帰るところ」


 声をかけると俺は彼女の隣に並ぶ。


「偶然だね。よかったら一緒に帰ろう」


「うん」


 こくりとうなずく芹沢さんの髪は夕日の光に縁取ふちどられてきらきらと輝いている。

 褐色の肌とつややかな髪が相俟あいまってどこかエキゾチックな美しさに目を奪われてしまった。


「練習ですごくお腹がすいちゃった。どこか寄り道していこ」


「いいね。俺も頭使って甘いものが欲しいかも」


 あはは、と笑う芹沢さん。


「授業中に寝ちゃったから、練習がいつもの倍に増えちゃってさ。大変だったよ」


 そういえば英語担任は水泳部の顧問をつとめていたことを思い出す。

 水泳部エースの芹沢さんには練習で罰を与えるとか……勉強と部活で部活の方を選ぶ先生って教師としてどうなんだろう、とか考えてしまう。

 まあ、それだけ芹沢さんには期待しているってことかな?

 そんなことを訊いてみると、


「んーどうなんだろう……。それとは違うなんか私怨しえん? みたいなものを感じるんだよね」


 おっと、これまた教師にあるまじき態度を……。

 流石の芹沢さんもこれには苦笑いである。


「あはは、なんできみがそんなに悩むのかな? すごい困り顔でおかしいよ」


 俺の真似をして、むむむと、眉間にしわを寄せて念じるようなうなり声を上げる芹沢さんだった。


 そんな取り留めのない会話をしていた俺たちは、学校近くの商店街に寄り道していた。

 

 夕方の賑やかな雰囲気の商店街を歩いていると、いい匂いがしてくる。

 おいしいものに敏感びんかんな芹沢さんはもとより、俺もたこ焼きの匂いに誘われてそのお店に立ち寄った。


「たこ焼きは半分こしよ。私はあとたい焼きを下さい」


「俺も……たい焼きを下さい」


 注文した商品を受け取って傍に設置されたベンチでさっそくいただくことに。

 たい焼きの中身はチョコ。芹沢さんは王道のあんこだ。


「やっぱり熱々を頂かなくっちゃね」


 そういってたこ焼きを一口で口に入れた芹沢さんは〝はふはふ〟と口から湯気を出しながら至福の表情だ。


 とても美味しそうに食べる彼女のあどけない姿を見ていると、ついつい表情がゆるんでしまう。


「なに呆けた顔してるの? 早く食べないと冷めちゃうよ」


 二人して〝はふはふ〟しながらたこ焼きを食べてから、たい焼きにかぶりつく。


「ん~この甘さが練習の疲れを癒してくれるんだよ」


「はは、なんだかおじさんみたいな言い方」


「おじさんじゃないよー」


 むう、と膨れる芹沢さんに思わず吹き出してしまう。


「あっ、ここにあんこついてるよ」


「え? どこどこ?」


 芹沢さんは自分の頬に手を当ててみるけどあんこはとれない。


「そっちじゃなくて、こっちだよ」


 俺はそういってから彼女の反対の頬にれる。


「よし、とれた」


 そして、あっ! と思う。

 距離が近かったからつい取っちゃったけど……これ、どうすればいいんだ!?


 指に付いたあんこを前にしてうろたえてしまう俺。

 これを口に入れてしまったら、間接キスなのか?

 いいや、そもそも頬に付いていただけだ。間接キスではない!

 でもでも、これを食べてしまったら芹沢さんにどう思われる?

 嫌がられる? それはいやだな……。

 あー! どうしたらいい!?


「――はむぅ」


 混乱している俺をよそに、芹沢さんは〝かぷり〟と俺の指にかぶりついた。


「あっ……」


 瞬間、彼女はなにをしてしまったのかを悟ったのだろう。

 ぼん! と音を立てて真っ赤になる。

 日に焼けた肌でも分かるほど真っ赤になった芹沢さん。

 俺以上にあわてふためき腕をばたばたと振り回す。


「そのねあのねなんかね。はわわわわ~……ごめんね」


 その上目遣いの芹沢さんの表情がむちゃくちゃ可愛かった!

 しょんぼりした猫のような眼差しに胸の奥がキューと締め付けらしまうのだった。


 そのあとのたい焼きの味はあまり覚えていない。

 芹沢さんの愛らしさに当てられた俺は夢見心地ゆめみごこちのまま、気が付いたら自宅の前に立っていた。

 ああ、無意識のうちに家路についていたのか……。


 なんだかふわっふわした頭でどうやって帰ってきたのやら。


「もう、しっかりしてよね! ずーっと呆けちゃって」


 隣を見ると既にいつもどおりの芹沢さんが不満気に仁王立におうだちしていた。


「私が、恥ずかしがってる場合じゃなかったよ……」


 続けて何かを言ったような気がしたが、彼女の声が小さくて聞き取れなかった。


「まったく、しょうがないんだから。それじゃあ、また明日ね」


 芹沢さんは「またね」と手を振って、うちの隣の家の玄関をくぐっていった。

 そう、芹沢さんの家は俺の家のお隣。


 俺と芹沢さんは所謂いわゆる、幼馴染というやつなのだ。

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