第3話 芹沢 美水希のチョココロネ

 授業終了後。


「あなたは何のために彼女の隣に座ってるの?」


 ……。


 そんなこと訊かれても、学期初めのくじで決まった席に座っているだけとしか答えようがない。

 そりゃあ、芹沢さんと(たまたま)同じクラスになってラッキーだとか。隣の席になれて嬉しいとか。いろいろあるけど。


 がみがみと英語担任から浴びせられる言葉を要約すると――


 〝あなたがちゃんと芹沢さんの面倒を見て挙げなさい〟


 という、よくわからないものであった。


 いや、俺は別に芹沢さんの親とか彼氏とか……そんなんじゃないのですが!?

 まあ、うん。

 確かにクラスの中でも芹沢さんに一番近いのは自分であるっていう自覚はあるけどさ。色々な意味で。


 とはかくも、


 29歳。女教師のフラストレーションは半端ないもので。話が終わった時にはお昼休みも半分終わっていた。

 理不尽にも、居眠りをしていた芹沢さんの分の課題を残して先生は教室を後にした。


 一体全体、俺がなにをしたというのか……。ついぞ理由は知れずじまいだった。


 くー、とむなしく響くお腹の音で空腹感に襲われる。

 この時間では購買のパンはほぼ売り切れているだろう。

 どうしたものか……。

 こういう日に限ってもの凄くお腹が空いているんだよな。

 学食なんて気の利いたものが公立の学校にあるわけないし。コンビニに行くにもこの時間だと微妙だ。


 駄目もとで購買に足を運ぶかと教室を出ようとしたとき、芹沢さんが教室に戻ってきた。

 彼女は両手に溢れんばかりの食べ物を抱えていた。

 それは一種の風物詩というか見慣れた光景だ。


 芹沢さんは食欲旺盛な方で朝練の後、お昼、午後の部活の後なんかに目撃すると割と頻繁に口をモグモグさせている。

 水泳で消費したカロリーを摂取するための行為、といえば聞こえはいいが、実際は彼女を取り囲むファンの子たちによる餌付け行為であることを最近知った。


 なんでもおいしく楽しそうに食べる姿が可愛いから、皆は好き勝手ごはんをあげる。

 普段はクールで落ち着いた雰囲気の娘に食べ物を与えると一心不乱にモグモグぱくぱくし始める。

 その姿はギャップの効果もあって、可愛らしいしほっこりした気持ちになる。


 わかる。激しく同意。

 眼前でモグモグする芹沢さん、可愛いもん。

 じっと見てたら彼女のモグモグする速度が上がって、口の中にあったものを飲み込む。


「あまりじっと見られると恥ずかしいかな」


 ご飯を食べているところを見られて恥ずかしくなったのかそう言う芹沢さん。


「ごめん。とっても美味しそうにたべるもんだからちょっと見惚れちゃって」


 すると、もっと恥ずかしくなったのか赤くなって俯いてしまった。

 余計なこと言っちゃったかな……。

 なにか取り繕う言葉を探していると、


「ごはんまだなのかな? 良かったら一緒に食べよ」


 彼女は俯いていた顔を上げると、手に抱えていた食べ物の中からパンを選んで差し出してれた。

 そっと差し出された手の中にはチョココロネが握られていた。

 俺は同意の意味でうなずいてから、パンを受け取ろうとしたら、


「ごめん。これじゃなかった。これは私が、食べたいかな……。きみにはこっちをあげる」


 慌ててチョココロネを引っ込めた彼女はその代わりにカツサンドを渡してくれた。

 カツサンドは好物だ。そして、チョココロネは芹沢さんの好物だと思う。


「でも、もらったものを俺なんかが食べちゃっていいのかな?」


 そこで少し、考えるような仕草を交えてちょっとだけ声のトーンを落として彼女は答えた。


「それは、きみのために私が買ったものだからいいんだよ……」


 その時の芹沢さんの表情はちょっとだけ照れたような笑みを浮かべていたのだった。

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