夢より遠く


 自転車おきばの鈴のおと。

 無条件でだれかのなにかでいられたあの日はもうずうっとうしろ、

 あ、なつかしいね。

 春の雪見だいふくはほろりとこぼれる。

 いいよ、そこにいていいよってだれかに言われたくて空耳、風の声。

 無神経に人の心に触れるなよ、とっくの昔に離れてしまったくせにさ。



   *



 夢でわたしは、昔住んでいた団地にいた。

 そこは自転車置き場だった。ベルが落ちている。ドラえもんのベル。サイズが合わなくて、けっきょく自転車に取り付けることができなかった、五歳のわたしのベルだ。

 そこは、白いペンキがはがれた柵のわき。かくれんぼの鬼決め。いつもより大勢の友達と、いつもより広いエリアで。わたしがあの子と同じところに隠れようとしなければ、あの子は事故にあわなかった、七夕の夜。

 そこは裏庭、ツツジの蜜を吸う、木に登る、雪でかまくらを作る。あのかまくらを作ってくれたのはだれだった? 今は遠い人のような気がする、それともそれも、あの冬に見たちいさなわたしの夢?

 夢ってこわい。目を覚ましたわたしはうなだれる。ドラえもんのベルのことなんて、今まで忘れていたのに、心のどこに眠っていたのだろう。タケコプターで空を飛ぶ五人の絵が好きで、ベルだけで持ち歩いていたっけ。

 七夕の日に事故にあったあの子は、車とのわずかな接触程度で、大怪我はしなかった。だけど、幼い心にはショックが大きすぎた。

 あれ、じゃあかまくらの記憶はなんだ。雪がたくさん降った次の日、血の繋がったお父さんが作ってくれたかまくら。溶けて形を失っていくそれをベランダから見守った日々に、そのお父さんはいなかった気がする。

 そうか、きっとすべて夢なのだ。遥か遠く離れてしまった日々は、もう現実ではない。

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