第13話

 大阪市内のマンションを引き払い、実家に移り住んだ。


母親とは相変わらず気が合わないが、両親とも高齢だしいままで寄り付かなかったが慣れてみると実家はやはり居心地がいい。


介護の勉強をしながら、今は派遣で介護施設で働いている。

この仕事はこの仕事でいろいろある。


また一からスタートだ。


交差点の横断歩道

押している車いすの車輪が動かない。


何か引っかかっているのか右の車輪が固定され、まっすぐ進めない。

信号が点滅をはじめる。焦った。


さっと男性が車いすを担ぎ、路肩に寄せてくれた。

なんとか、切り抜けたお礼をいい顔を見た瞬間心臓が止まった。


淳だった。


運送会社の黒い猫の制服を着て日焼けし、雰囲気は変わっていたが、私が唯一愛した人がそこにいた。


 彼は自信家ではなかった。


 強い人間でもなかった。


冷めた家族関係の中で親に甘えさせてもらえなかった幼少期を過ごし、誰とも打ち解けられず、自分の正体をなるべく言わず生きてきた苦悩を話してくれた。


自分は負け犬だ、ニートだと認めるところから始めた。

だれからも結局相手にされず、気が付いたら私にいつも連絡をしていた。


私だけがいつも受け入れてくれたと。


この日の淳の笑顔は今までで一番自然だった。



私は大阪に戻り、また一人暮らしを始めた。


淳は人が変わり、今までしてきた遠回りはこうなることが決まっていたのかと感じる位、お互いがしっくりきた。


たった一人の親友ゆりに報告したら心から喜んでくれた。




<半年後>


マンションの入り口、閉まりかけたエレベーターのドアに駆け込んだ。


「何階ですか?」


先に乗っていた女性は私たちと同年代風の女性で、なんとなく、美咲に似ていた。


「5階お願いします」


その後、女性は別の階を押した。


5階についてエレベーターを降りたところで携帯が鳴った、仕事の電話だった。

非常階段まで行き電話を終えたときは10分もたっていた。


目的の部屋に行こうと思っていた時、エレベーターのドアが開いた。

さっきの女性だった。


そして美咲の部屋の前まで行き、鍵でドアをあけ中に入った。


― 今日、ゆりは美咲に会いに来た。


連絡もせずに会いに来たことはない。

3日前に、美咲からゆりに話したいことがあると連絡があったがその日のうちに、向こうからキャンセルしてきた。

高校卒業してから今まで一度も美咲からゆりを誘うことはなかった。

過去に一度、淳がいなくなった時を除いては。


非常階段から美咲にラインしてみた。

「いまどこ?家?誰かといるの?最近何か変わったことない?」


LINE「何もないよ、家だよ。」


--  --  --

 


ゆりの声「彼とはどう?変わりない?」


美咲の声「うん、毎週日曜に来てくれるよ。」


ゆり「よかった、ちゃんと定期的に連絡とか取ってるんだ。」


美咲「連絡は取ってないの。大体夜来るんだけど、8時くらいかな。でも、少し遅くなったりしたとき私から連絡したら、ちゃんと来るんだからお利口にして待っててっていわれて。

やっぱり彼と結婚したいし、いつまでも『かまってちゃん』だったら、彼にもいっしょに生活するの躊躇されそうで・・」


ゆり「なんか、連絡しないように調教されてるよね。たまに遅く来て連絡しないか試してるんじゃない?へんな人。彼の話だって実際の話じゃないかもね。ネットか何かの話を自分の体験談みたいに言ってるだけじゃない?」


美咲「実は、初めてのデート以降一度も外で会ったことないの。会うのはいつも私の部屋で。写真も嫌がるから一枚もないし。彼と私がつながっている記録が一切ないの。

・・もし、私に何かあっても彼に つながらない。」


ゆり「今度、友達も一緒に食事しようって言ってみたら?」




すぐにその場を立ち去った方がいいと予感がした。


急いでエレベーターまで行きボタンを押したところで

美咲の部屋のドアが開き、女性が出てきた。


ゆりは平常心を装った。


背後に女性。

エレベーターの小窓に映る笑顔の口が開く。

「こんにちは、ユリさん。」


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