第12話

クライアント 山口麻美 39歳


結婚して15年、中学生の娘が一人、2か月前からコーチングをしている。


ネットの口コミで私の事を知り、連絡を直接してきた。


紹介から始まったビジネスもやはり時代なのか、

SNSなどから問い合わせがあることもたまにあるが、だいたいが冷やかしである。


私の仕事は事務所を構えているわけではなく、ほとんどのクライアントと顔を合わせることがないので、お互い相手の事を信用しないと成り立たない。


日本は目に見えないものへの対価の価値感が低く、一時流行った【別れさせ屋】とか【復縁工作】など心が弱っている人相手への商売というのは、多額の契約金を事前に支払い何もしないというよくないイメージもついている。


私の事を気に入ってもらえず、コーチング後も損をしたと思われることも中にはあるだろう。

人と人なので相性もある。


支払いは初めに最低限守っていただきたい規約のみお伝えし、その都度前払いで振り込みの確認が取れたかた方とのみ仕事をさせてもらっている。


大体、初めはこちらの様子を伺いながら徐々に心を開いてくれるものだが、山口さんは違った。


どうやら私の事を知ったネットの口コミの評判がとてもよかったというのだが、

もう削除されてしまって見れなくなってしまったらしい。


フェイスブックのメッセンジャーから連絡をくれ、コーチングが始まった。


ご主人は老舗デパート勤務をされており、当時外商部にいたご主人を気に入ったお客様が料理教室で知り合った自分を紹介してくれたのが、付き合うきっかけだったという。


専業主婦で大人しい性格で清楚は感じのする話しぶりは良い奥様、お母さんといったイメージなのだが、うちに秘めた熱いものを感じさせる。


きっと情熱的な人なんだろうな、というのが初めの印象だ。


夫が浮気しているかもしれないと気付いたのは、今年に入ってかららしい。


自分はおとなしくつまらない女だから浮気されてもしょうがない、

いままで何不自由なく幸せな生活を送れたことを、夫に感謝している、

今の幸せを守りたいのだと電話の向こうで泣いていた。


2週間に一度依頼をしてきて、

あなたと話が出来ることが今の私の心の支えです。

話を聞いてもらえるだけで楽になる、という。


私に対して、あなたのようになりたい自分はつまらない女だから夫に浮気されてもしょうがない人間なのだと。


相談者は自分の言いたいことを言うと楽になる。

大体自分を守るのは最終的に自分自身しかいないのだ。

どんなに他人が力を貸そうとも。

自分で答えは用意している、もちろん相談はしてくるのだが私の意見を求めてはいない。

あえてアドバイスしない方がいい時もある。


山口さんは、賢い女性なんだろうな。

自分でそれを隠そうとしているが伝わってくる。


彼女はいつも同じ話をし、電話口で泣いているのだが、私には本当に言いたいことは別にあるような気がしていた。


回数を重ねるうちに、彼女は前向きに物事を考えるようになった。

変わりたい、自分が変わってあなたのようになれば夫はまた自分の事を見てくれるようになるんじゃないか、私の事を話してほしい、友達になってほしいと。

違和感があった、嫌な予感。


この人嘘ついている。


山口さんは、その後も2週間に一度コーチングの予約を入れた。

夫の浮気は自分のせいだ、自分は変わりたい、あなたのようになりたい、友達になってほしいと。


この人がなぜ私にコンタクトをとってきたのか腑に落ちない。

筋書き通りに動いてみることにして彼女が何を考えているのか探ってもよかったのだが、彼女を尾行することにした。


元探偵社に勤めていた私にとって、いとも簡単なことであった。


名前も住所も嘘だった。

大体本名で依頼してくる人は少なかったが、連絡ツールとして必要な携帯番号は自身の持ち物なので調べはつく。


本名 山口 紗香。


住所 大阪府貝塚市 一軒家 家族所有


会社員


配偶者あり


同居家族 夫 山口 真司 他 長男 次男


そういう事か。


尾行するまでもなかった。

山口さんには、健康上の理由から廃業をすると連絡を入れた。


彼女はそれでも友だちになってほしいといったが、しばらく実家に帰って養生するからと断った。


その後、

夫を愛しているの、取らないで。とメールが来た。


泥棒猫と罵倒された方がすっきりしたかもしれない。


この仕事を天職だと、一時でも勘違いした自分のおごりに腹が立った。


真司にも終わりを告げた、最後に会ったときに向こうから奥さんの話が出た。

イタリアへ旅行した時に添乗員をしていた奥さんと知り合い、

イタリア人のように明るく奔放で自由だった奥さんに惹かれ自分から猛アタックしたことを話してくれた。

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