第11話
「お前さ、ネットビジネスって儲かるの?服とか売ってるの?」
居酒屋以来不倫している真司が聞く。
「いろいろ。わざわざ出かけなくてもなんだって手に入る時代よ、それこそ無限に。」
わたしが売ってるのは形のないもの、広告も出さない。でも口コミで依頼は来る。
探偵社で得たノウハウからビジネスを思いついた。
人の心を扱うビジネス。
探偵社では、やはり浮気調査の依頼が多かった。
妻や恋人や不倫相手からの素行調査依頼の他に、特定人物の携帯番号、住所、勤務先、家族構成など個人情報を調べてほしいとの依頼など特に動かなくても、デスクで済ませられる仕事が多いのが意外だった。
個人情報保護法が出来てニュースで取り上げられることが多くなってから、企業は情報漏洩という言葉にデリケートになり、本人でない限り妻や家族にも断固として対応を拒む節があり、生活しずらいこともしばしばだが、実際のところ個人情報なんてだだ漏れで、ネットで何かしようものなら即迷惑メールがやってくる、火を見るより明らかである。
官公庁や公的機関はさらに危機感がない。
建前だけ秘密主義を貫くものだからこれが商売になったりもする。
警察は犯人逮捕のため個人情報を調べる権限がある、捜査関係事項照会として正式に依頼できる。
弁護士も同じ目的だが、費用が掛かる。
先の2つが表とすれば、裏も存在する。
正式な理由がなくとも手っ取り早く調べてくれる、探偵もその一つである。
大体探偵は、幾つか情報屋と内通している。
依頼が来たら、必要に応じて情報屋から買った情報を依頼者に売る、いわばブローカーだ。
情報屋の情報源は伏せられている。
かつてはお役所関係に内通しているものが多かったが、最近は信用情報機関にアクセスすることが出来ればたいがいの個人情報は手に入る。
携帯代金を支払わず踏み倒してほかの携帯会社と新規契約を結ぶという被害から守るために、
携帯会社はお互いの情報を交換できるシステムがあるように、
銀行なども被害を回避するために貸し付け前に対象者の調査を念入りにするのだ。
名前生年月日などから個人情報や反社会勢力の可能性まであらゆる個人情報を調べることが出来るアクセス権限を持った人間が必ず金融機関にはいるので、その人間とつながることが出来たら個人情報なんていくらでも手に入るが、
企業もすべてのシステムのアクセス履歴管理を二重三重とチェックしているので、
本当のところはわからない。
私はというと、その情報屋から相談を持ち掛けられたことが事の発端で、浮気相手の存在を知った奥さんから依頼されるというものである。
夫の浮気を疑い、調査を依頼したが浮気相手の電話番号や住所がわかってもその先どうしていいものか自分でもわからない。
自分で顔を見に行くこともできないし、電話をかけて文句言えたらまだいい方で、浮気の証拠をつかんで離婚してやろうなんて奥さんならそもそも初めからその覚悟で依頼している。
夫の素振りから浮気を疑い、こっそり携帯を見て、仕事の終わる時間をチェックして・・・
一度不安になったらきりがない、人はわからないことに対して不安になる。
これからどうなるのか、不倫相手とはどの程度の深さなのか、ネガティブがネガティブを生み、次から次へと負のスパイラルにはまって行く。
家庭にも影響が出て、
はじめは本気でなかった夫も妻よりも浮気相手を選ぶというレールが敷かれ、家族列車は発車してしまう。
思い出という駅を通過する特急列車になってしまう事さえある。
私は、そう言う人のちょっとした手助けをする。
別れさせ工作とか大そうなことではない。
不安に翻弄され、暗闇の中で自分を見失っている人は、奥さんでも不倫相手でも同じ。
話を聞き、相談に乗り、冷静になれるよう心の支えになり続ける。
日々悲しみから疲労困憊、自暴自棄、ふつうの生活を送れなく追い込まれてしまった人の気分の浮き沈みを受け止める。
本当に大切なことを見つめられるよう誘導する。
あなたのやっていることはあなたの望むことと反対に向かっていることなのだと懇々と唱える。
基本依頼者と顔を合わすことはしないが、場合によっては自らが動くこともある。
相手の顔を見てきてほしいと言われれば会いに行くし、接触することもある。
相手の女性と友達になり一緒に写真を撮り、旦那さんとの関係を聞き出すこともある。
もちろん自分自身に危険が迫るような依頼は引き受けないし、藁をもすがりたい思いの人に対して弱みに付け込むようなこともしない。
世の中には人の弱いところに付け込む商売がある、が私には私のやり方がある。
依頼者の気持ちを共感することはできないけど、人の気持ちを共感することが本当に役に立つとも思えない。
客観的に物事を見る目は自信がある。
人の心をつかむことも人の心を操ることも出来るから、浮気相手から夫を取り戻すこと、妻のもとにまた戻ってくるようにどうすればできるかもわかる。
そうなったのには原因があるのだという事。
自分を冷静に見つめることが出来なければ、浮気相手と別れさせても妻の元に夫が戻っては来ないということを。
<北風と太陽>というイソップ寓話は、
ある意味太陽という、したたかな悪魔の武勇伝である。
天職なのかもしれない、私にしかできない仕事のような気がした。
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