第10話
今日の食事の相手は山崎さんだ。
高いワインは自分の稼ぎでは口に入らない。
私は美人ではないけど、淋しくなった時に連絡する相手は常にいた。
この人昔はモテたんだろうな、なんとなく昔カッコよかった感がある。
そういう人がいい、自分もまだまだ捨てたもんじゃないと思っているから気分良くさせるのも簡単だ。
最近勘違いしてなれなれしくしだしたので今日で終わりにしよう。
下の名前、優。ユウなのかマサルなのか分からない。
ぼろが出ないようにしなきゃと気を遣うことも、もうしなくていいしなんて考えたりした。
警察からの留守電。
『こちらは平野警察刑事課です、何度も連絡しておりますが一度ご来署いただく必要があります、都合の良いお日にちをなるべく早くご連絡ください。』淳の被害届、保留にしたままだ。
– − –
「最近は
「別に、おいしければなんでもいいんじゃない、ゆりは家で旦那さんと飲んだりするの?」
「うちは、もっぱら酎ハイかハイボール、缶のやつ。安いし楽でいいのよ、子供いるから、勝手に冷蔵庫の中の飲んどいてって言えるし。
ここに書いてる、
「乳酸菌のこと。お酒を造るとき、乳酸菌が乳酸を作って
ほかのものを寄せ付けずに支配して、活発に活動して酸度をあげて、でも最終的には自分の作った酸とアルコールによって死滅してしまうの。」
「え、なんか菌だけに増殖して天下取って、自らの行いによって制裁されるみたいな、怖っ。
細菌兵器とかウイルスみたい。」
「ほとんどは市販の乳酸菌を使うんだけど、自然界の乳酸菌が取り付くようにしてるのが
別に酒蔵だけに生息してるわけじゃなくて、私たちの生活しているところにも菌はそこらじゅうにいて・・
たとえば買ってきた牛乳、冷蔵庫に入れず温かい部屋に放置しとくと、腐ってきて黄色く塊になったりするのってあれも乳酸菌の仕業。
腐りかけって酸っぱいでしょ。
材料だけで言うとヨーグルトとおなじなのに、人間にとって都合のいいのを発酵、都合の悪いのものを腐敗と呼ぶけど、そんなの菌にしてみれば関係ないもんね。」
生暖かい環境で餌があればすぐに取り付く。
気付いたときには蝕まれてしまってる、増殖して腐敗していく。
目に見えてないだけで、菌は取り付くチャンスを身を潜めてうかがっているだけなのかもしれない。
私たちに気付かれないようにじっと。
人間の世界も似たようなものなのかもしれないと思った。
「結局は悪いことしたバチがあたって死んじゃうんでしょ。自分で自分の首絞めて。」ゆりが言った。
― ― ― -
「なんでまた、うちの会社に就職したの?立派なキャリアあったのに、ソムリエしてたんでしょ。」
「なんの仕事してるんですか?」
新しい仕事先の8つ年下の先輩、もえちゃんと残業終わりに居酒屋に来て、ため口で質問されたところで隣の男性2人組が声かけてきた。
「なにしてると思います?私たち調査会社ですよ。わかります?調査会社って。」
「え、探偵とか?」
「はは、マーケットリサーチですよ。」
「あ、市場調査のことね、ビックリした。」
「人の調査もできますよ、手かして。」
「え、手相見れるの?」
「結構今まで、いろんな経験してきていますね、優しい心をもち、責任感もある。
いつも周りの事を考え、自分より他人を優先して損をすることもしばしば。忘れられない恋人がいます。あ、今月人生を左右する人との出会いがあります。」
ホテルの一室
「また、連絡するわ。あ、最初に言っとくけど俺結婚してるから。
後々めんどくさくなるの嫌だし。
お前さっぱりしてそうだしお互い楽しく付き合お、さっきの占いあたってたってことで。
どうせ嘘だろ、だれにでも当てはまるようなこと並べてたし。」
おもしろそうだから次の仕事のつなぎに興味本位で半年だけ探偵社に勤めて、久しぶりに親の顔を見に実家に帰ってきた。
「また、仕事やめたの?せっかくいい学校入れて、就職した会社も辞めちゃうしほんとあんたって、親がどれだけあの学校に入れるのに苦労したとおもってるの。」
わかってる、あの学校に入学できたの自分の実力じゃないこと。
母親に言われるまま受験校決めて、これ以上ないってくらい勉強したけど、先生も友達も自分も受かったのは奇跡だと思った。
人口が減って、子供の数も減って、公立高は廃校になる時代、人気のある私立校に受験者は集中する。
生き残りをかけて学校関係者は中学校よりも1万人以上生徒を持つ塾の経営者の機嫌を取った。
進路指導も塾がする時代、中学校の先生になんの力もなく生徒たちも頼りもしない、願書作成など事務手続きをするだけ。
うちはお金持ちじゃなかったし、不正をするような馬鹿な真似はさすがにしてないだろうけど、私が受験したその年だけ例年より合格者が多かった。
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