第5話

「次のお料理に合わせるワインはシャブリのグランクリュをお持ちいたしました。貝殻を含む土壌から作られるブドウから作ったワインはミネラルが豊かで、牡蠣ととても合います。」


会社で転勤の辞令が出たときに、いい機会だからと退職した。

周りは今更会社辞めるなんてと、心配してくれたけどこの歳で何か始めるのも悪くはないと思い、人手不足で手っ取り早く働けるということで飲食業に就職した。


さすがに同僚はみんな年下、未経験なのは私だけだった。

そして今はソムリエとして働いている。


転職してすぐにアツシに偶然街で会った。


仕事帰り駅までの道のり。

すっと、となりに並ぶ男性。


ふと見たらアツシだった。

とっさに私から手をつないだ。

「送るよ。」彼はその日泊まっていった。

「また、連絡するよ。」と言って帰っていったきりだったけどまた、会えるような気がしていた。


すこし経って同業の彼氏もできた。

ワインの話をしたり、お互いの休みが合えば食事に行ったり、こういう感じで将来一緒に店でもできたらと思うようになった。


夜中に何度かチャイムが鳴ったけど、アツシだとわかっていたけど、出なかった。


もう別々の道を歩いてるんだと思おうとした。


ラインにいきなり、メッセージ。

『覚えてる?』

ラインの友達登録、自動追加にしていた。

『俺!』アツシだ。

ろくでもないやつ、もう相手しない、終わったんだ。


飼ってた猫が死んだ。15歳。

平均的な寿命だと言われたけど、涙が出た。

彼氏に伝えたら、心配してすぐに来てくれた。


「大丈夫?落ち込んでない?」

「ううん、大丈夫。どうせもう寿命だし、覚悟してたから。今日はありがと。」


淋しい。あしたから家に帰っても誰も出迎えてくれないんだ、全然可愛がってなかったことに今頃気づいた。


猫を飼ったのも散歩に行かなくていいからという理由。

犬でも猫でもどっちでもよかった。

死ぬとわかってから急に愛しくなった、 居なくならないでと泣いた。私、動物とか飼う資格ないな、違う人に飼われたらもっと可愛がってもらえたね、ごめんね。


封印してたはずのアツシに連絡した。いつかこうなることはわかってた。

ライン消さなかった時点で。


『久しぶり、何してるの?』


『あえる?』

『今更なんで連絡してきたの?』


『やっぱり、おまえが一番やさしかったなと思って。もう一度やり直したい、もしもうその気ないなら、そう言って。あきらめるから』


駅でアツシを待つ、どこから来るのか、いつ着くのかもわからない。

ライン着信音。


心配してくれた彼氏からだった。ゴメン・・・・。


わたしは幸せになる資格なんてない。


「ずっと、大阪離れてて。仕事辞めて帰ってきてん。これからはちゃんと付き合うから。」明日も来ると言ってアツシは帰っていった。


街角で肩をたたかれた出会いから5年経ってた。初めての約束。



 テレビを見ながらご飯を食べる。

アツシはいろんな話をしてくれる。


昔、アツシの話を聞くのが好きだった。

これからも、ずっとアツシの話を聞いていたい。この幸せいつまで続くんだろう。


磯田 淳。31歳。

ホントの歳まだ言ってない。ばれたら、離れていくんだろうな。

もう少し一緒にいたい、お願い、もう少しこのままで居させて。


だめだ、ちゃんと言わなきゃ。でも別れたくない、嫌われたくない、いっそ自分から別れてしまおう。

どうせ結ばれないなら。


LINE『好きな人が出来ました、別れてください』

『え、いまから行くから、話しよ』


「ゴメン、ずっと言えなくて。」

「そんなの、前から知ってたよ、体脂肪計の年齢設定・・」

「あっ」

「気にしてないよ。」


淳は酔うとよくしゃべる、 何時間でも自分の話をする。

話しながらスマホでオンラインゲームして、テレビにもつっこみを入れる。

本当に頭がいいんだろうな。

だんだん武勇伝みたいな話になってくる。

もう一人でワイン2本目。


「今、飲んでるワインはね、ボルドー右岸のメルロー品種で・・・」


「お前、そういう人の受け売りやめたら。」

「え・・・」


「出会ったころ、酒なんて興味なかったやん。今だって俺ばっか飲んでるし、

その教科書みたいな話きいても全然頭入ってこないし、薄っぺらく聞こえる。

どんな酒だろうが、逆に自分の言葉で話すと伝わるし。お客さんにそれで伝わってると思ってる?」


「・・・・・・」


「俺の家って、親父の影響で本が数え切れないくらいあって、それこそ壁一面本が並んでる感じ。

ずっと子供のころから本読んでた。

いろんな町の図書館に行くし、レアな本置いてるちっちゃい図書館もけっこうおもしろい。

小さい頃ってなんでも本からいろんなこと教えてもらった。

わからないことがあったらその関係の本読みあさって、それこそ何冊も。1冊、2冊と読んでいくと新たな疑問がわいて、もっと知りたくなって、この本にはこう書いてあったけど、この本は違う解釈で、どっちが本当なんだろう。

読み進めていくうちのその疑問に対する答えを見つけたとき本当に理解が深まって、知識として自分のものになる。

そうなると人に説明だってちゃんとできる。

最近はそれがインターネットなんだろうけど。

今でも寝る前は必ず本読んでるし、無いと寝れないかな。」


今日はお鍋にした。野菜好きで栄養に気を遣う淳のためにニラ多め。


「俺、昔からずっとモテてきたんだよね。そんなにカッコいいわけじゃないけど、自信あるから。

女って、自信ある男に弱いよね。

だから年上の女にでも対等に接してきた。


若い時って女のほうが精神年齢上だし、同年代の男の事子ども扱いするからあえて当時は俺も自分の実際より上の年齢言って、相手に対して年下扱うみたいにしてみたりしたかな。

女って、単純やし、どう扱えばいいかなんてすぐにわかる。


例えば、ちょっと声かけて車のせた女。

最初に言ってた年齢と違うなって思って『何歳なの?』って聞いてみて、その女が自分の年齢いわずに『何歳くらいまで大丈夫?』って聞いてきたりしたら

『え、何歳でも別に俺、気にしないけど、前付き合ってた女35歳やったし。

バツイチで子供いたけど全然平気やったし。』とか言うわけ。


24設定の29歳のそいつが、心の中で えー35歳なら私より上、おまけにバツイチ子持ちでも大丈夫なんだ・・って思ったらそいつが自分の年齢言いやすくなるやろ。


おまけに『でも、結局子供の事とか俺の事考えて向こうから別れようって言ってきたけど。俺も頼りなかったからダメになったんかな。』とか付け加えて自分を下げといたら向こうも、嘘ついてゴメン実は29歳なのとか言い出す。


別に何歳でもいいんやけど。俺、もともと気づいてるから。

話の時系列でこの女だいぶサバよんでるなと。


ただ、年齢ごまかしてるとしんどいやろうから、あえて自分から本当の年齢言い出しやすいようにしてあげてるだけ。コンビニ行こ、タバコ買って。」


淳、そろそろ仕事探したら?

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