エピローグ

 アルヴィスが襲撃されてから一週間が過ぎた。

 その間も、アルヴィスは後始末に大忙しだったそうだ。


 まず、襲撃犯達は口を割らなかった。というか、黒幕を知らなかった。襲撃者達はみな、仲介者を介して金で雇われた者ばかりだったのだ。


 なので、黒幕のシッポを掴むことは本来、非常に難しかっただろう。だが、フィーアリーゼの作った魔導具が犯人を見つけ出した。


 セシリアの位置を確認するために作った魔導具。あの襲撃の折に持ち去られた魔導具が、ベルディア侯爵家へと運び込まれたのだ。


 むろん、運び込んだのを見たと言うだけで家宅捜査に及ぶのは難しい。

 だが、フィーアリーゼがその魔導具の方角を示す魔導具を作ってアルヴィスに手渡した。それによって、奪われた魔導具がベルディア侯爵家にあることが証明されたと言うわけだ。


「そんなわけで、国王の許可を得て兵を送り込んで、徹底的に家宅捜索をおこなった。魔導具が見つかったときは、ほかの者から買ったと抜かしやがったが……」

「どうなったんですか?」


 アルヴィスの執務室。

 事の顛末を聞いていたフィーアリーゼが小首をかしげる。


「隠し部屋から色々な悪事の証拠が見つかってな。もはや、俺や俺の屋敷を襲撃したとか、そういうレベルじゃない問題に発展した」

「襲撃が問題にならないレベルの悪事、ですか?」


 一体どんな悪事なのかと、コテリと首を傾げる。そんなフィーアリーゼの耳に届いたのは、「おまえの疑惑はすべて晴れた」という言葉だった。


「……はい?」

「隠し部屋にあった文献の中に、300年前の出来事が書かれていたのだ」


 なんと、ベルディア侯爵のパメラが礎の間に忍び込み、その罪をフィーアリーゼとアリアに着せた上で、魔法陣を書き写した文献を持ち帰ったという記述があったのだ。


「……あの、それ、本当なんですか?」


 それが事実なら、フィーアリーゼの無実が証明される。だが、自分達の悪事を書き残しておくなんてあまりにも愚かだ。

 アルヴィスによるお礼という名の捏造証拠ではと思ってしまったのだ。


「疑う気持ちは分かるが事実だ」

「……では、どうしてそのような物を?」

「事実を意図的にねじ曲げ、後世に利用するためだ」


 パメラが実験に失敗したことが原因で大陸から魔力素子(マナ)が喪失した。

 その事実をひた隠しにした上で、やがて魔力素子(マナ)が戻ったときにベルディア侯爵家だけが魔法陣を利用できるように、事実と魔法陣の写しを伝承していたらしい。


「自分達だけって……礎の間には魔法陣が残っていますよね?」

「いや、当時その危険性から、礎の間にある魔法陣はすべて破壊されたらしい。それも、ベルディア家の口添えがあったらしいな」

「……うわぁ」


 自分達が原因である事実を隠し、あまつさえオリジナルを危険だと破壊した上で、いつか自分達だけが利用することを300年前から考えていたらしい。


 もしそんなことになっていたら国のパワーバランスが崩れるところだったと、国の上層部はずいぶんと慌てていたそうだ。


「ところで、その魔法陣の写しがこれなのだが……使えると思うか?」


 アルヴィスが見せたのは、いつかパメラの研究室で見たのと同じ魔法陣。だから、フィーアリーゼはぶんぶんと首を横に振った。


「ここが破綻しています。このまま使えば暴走しますよ。きっと300年前に事故が発生したのも、この破綻をそのままにして使用したから、でしょう」

「そうか……失われた技術の復活かと思ったのだが、やはりそう上手くは……ん? ちょっと待て! フィーアリーゼ、そなたはなぜ、一目見て破綻していると分かるのだ!?」

「なぜって……だって明らかに破綻していますから。ぱっと見ただけではどんな効果かまでは分かりませんけど、これくらいは分かります」


 なぜか頭が痛いといわんばかりの顔をされた。


「……もしやとは思うが、そなたはこの魔法陣を作れたりするのか?」

「しますよ?」

「そうか、さすがにそれは無理――作れるのか!?」

「もちろん、いますぐは無理ですよ。間違ってる部分を直さなきゃいけませんし、それの実験は慎重を期さなければ、300年前の過ちを繰り返すことになりますし」

「なるほど……それほど危険か。いや、助かった、この件はすぐに報告しておこう。いずれは頼むかもしれないが、いまは魔法陣を試そうとしたりしないでくれ」

「はい、分かりました」


 フィーアリーゼとしては試してみたいという気持ちはある。だが、せっかく濡れ衣が晴れたのに、その魔法陣を触って失敗するわけにはいかない。

 フィーアリーゼは絶対に勝手はしないと約束して、魔法陣の写しを返した。


「まあ、話を戻そう。そんな事情から、300年前の事故は、ベルディア侯爵家に名を連ねるパメラの仕業と言うことが発覚し、そなたの無実は証明された」


 ベルディア侯爵家は300年前の悪事、今回の襲撃事件、その他色々な罪が明るみに出て即刻解体。関係者各位には相応の罰が下ることが決まっているらしい。


 それを対外的に知らしめるために、300年前の事故はベルディア侯爵家のパメラという娘の仕業であったことを大々的に告知する予定だそうだ。


「まあ……とっくに死んでいるパメラ自身は痛くも痒くもないだろうがな」

「そういえば、彼女は実験を暴走させた後、どうなったんですか?」

「まず、実験の暴走については、そなたが起こしたこととなっている」


 驚くべきことに、一部の歴史書にはアリアとフィーアリーゼという学生が、300年前の事故を引き起こした犯人だと記されていたらしい。

 どうやら、ベルディア侯爵家が積極的に歴史を歪めていたようだ。


「ゆえに、パメラも表向きはなんのお咎めもなしだ」

「……表向きは、ですか?」

「ああ。パメラを初めとした、そなたが名前をあげた者達の記録を調べたのだが、分かった範囲では全員が次々に変死を遂げている」

「え、変死……ですか?」

「うむ。真実が明るみに出ることを恐れ、ベルディア侯爵家の者が消したのだろう」


 つまりは、フィーアリーゼをハメたパメラと、その息の掛かった者達が全員、トカゲの尻尾切りのように始末されたと言うこと。

 不謹慎ではあるが、フィーアリーゼは少しだけ胸のつかえが取れたように感じた。


「……これで、私も自由ですね」

「無論だ。そなたの無実は証明された。セシリアとも、すぐに会えるように手配しよう。それと、今後について提案がある。そなたはたしかに自由だが、その、出来れば……」


 アルヴィスが珍しく歯切れが悪い。

 どうしたのかと思っていると、扉がノックもなしに開いてノエルが飛び込んできた。


「こら、ノエル! おまえ、またノックもしないで」


 アルヴィスが難色を示すが、ノエルはごめんなさいと軽く流してフィーアリーゼの胸に飛びついた。その光景に、アルヴィスが眉をつり上げる。


「フィーアお姉ちゃん、あのときは助けてくれてありがとう!」

「こ、こら、ノエル。そんなことをしたら、フィーアリーゼが困るだろう」

「え~平気だよ。ねぇ、フィーアお姉ちゃん?」

「平気だけど……ノックはちゃんとしなきゃダメだよ?」

「ほら、フィーアお姉ちゃんも良いって言ってるよ!」


 ノエルは都合の良いところしか聞いていない。

 アルヴィスがなにか言いたげに渋い顔をする。


「ねぇねぇ、フィーアお姉ちゃん、いまから魔術を教えてよ。ボク、左右別々にコントロールできるようになってきたんだよ!」

「わぁ、それは凄いね」


 優しい姉と、それを慕う弟のようなやりとりにアルヴィスも微笑ましい顔をする。もっとも、その会話内容は微笑ましいレベルではないのだが……もちろん誰も気付かない。


 フィーアリーゼはじゃれつくノエルに引っ張られていく。


「えっと……じゃあ、その、ちょっと行ってきて良いですか? もちろん、今後も魔導具の製作とかは頑張りますよ」

「そうか……それは助かる。後で、セシリアをおまえの部屋に連れて行くように指示を出すから、息子を連れて行ってやってくれ。それと――これを渡しておく」

「これは……っ」


 目を通したフィーアリーゼは息を呑む。受け取った文献には、アリアの封印を解くために必要なことが書かれていたのだ。

 フィーアリーゼはその文献をぎゅっと抱きしめ、ひとしずくの涙を流した。

 

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孤高の魔女は友達が欲しい 緋色の雨 @tsukigase_rain

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