孤高の魔女の逆転劇 1

 二階の窓から飛び降りたフィーアリーゼは風の魔術で減速、芝の上を転がって受身を取って、撤退していく襲撃者達の後を追った。


 だが、相手は馬を使っており追いつけない。

 さらにはフィーアリーゼの接近に気付いた者達に足止めされているあいだに、馬から降りた者達が塀を乗り越えて街の外へと脱出していく。

 フィーアリーゼは、黒ずくめ達を見失ってしまった。


 だが、収穫がなかったわけじゃない。

 黒ずくめ達は追っ手を撒いたと油断したのだろう。フィーアリーゼのサーチで見られているとも知らず、迷わず北西へ続く街道を進んでいった。


 徒歩で、しかも攫ったセシリアを抱えているのなら移動速度はそれほど速くない。馬を駆ることが出来れば、追いつくことは可能だろう。


 問題は、朝まで門が閉まっていることと、馬を手に入れるツテがないこと。ついでに言えば、フィーアリーゼは農村時代に少ししか馬に乗った経験がない。


 どうするべきかと考えていると、遠くから兵士達の足音が響いてくる。フィーアリーゼはとっさに物陰に身を隠した。


 十人ほどの兵士が、フィーアリーゼのすぐ側を駆け抜けていく。さっとサーチを使ってみると、そこかしこに兵士らしき集団の反応がある。


「いたぞ、珍しい服を着た少女だっ!」

「――っ」


 とっさに裏路地へ飛び込んで、兵士達の反応がない方へと逃げる。

 だが、フィーアリーゼを見つけて分散したのか、それとも騒ぎが大きくなりすぎたのか、何事かと出てきた一般人との見分けがつかなくなってくる。


(どうする? どうしたら良い?)


 馬を入手していますぐ追い掛けるのが理想だが、前提条件が厳しすぎる。徒歩なら街を出るのは容易いが、水も保存食もない状態での追跡は厳しい。


 他に考えられるのは、アルヴィスの兵士に投降すること。


 事情を丁寧に話せば協力してくれるかもしれないが、そのあいだに手遅れになる可能性が否定できない。最終手段にするべきだろう。


 なにか方法はとサーチをしていたフィーアリーゼは、近くの建物からなぜか、フィーアリーゼが細工をした魔導具の反応があることに気付いた。


(アルヴィス様の屋敷じゃ……ないよね。……宿屋っぽい?)


 屋敷から逃げ出した反応は十二人。そのうち一人が捕まったセシリアだとして、黒ずくめは十一人と言うことになる。


 フィーアリーゼが倒した足止め役の二人を除いて、全員が街の外へ脱出している。


 つまりは、逃亡のどさくさで魔導具を受け取った誰か。部屋に反応が一つしかないことを考えても、セシリアがいることはありえない。

 優先度は低いが、どうするかと思いを巡らす。


 ――直後、すぐ後ろから足音が聞こえた。

 魔導具のサーチに気を取られ、真後ろに接近されていることに気付かなかった。己の浅はかさを悔やみながら、フィーアリーゼは慌てて振り返る。


「……セドリック、さん? ――っ」


 知っている顔だったことに少しだけ安堵する。だが、彼がアルヴィス側の人間であることを思いだして一歩後ずさった。


「待て、俺は敵対するつもりはない」

「……それをどうやって証明するんですか?」


 こうやって話していることこそが、兵士を集める時間稼ぎである可能性も否定できない。


「約束したはずだ」

「……約束、ですか?」

「ああ。屋敷ではおまえに止められたから見守ったが、約束自体を忘れたわけじゃない。俺はどんなことがあろうとも、お前を護る」

「…………そ、そうですか」


 セドリックの顔が思ったより真剣で、フィーアリーゼは少しだけ戸惑ってしまう。多少は護ってくれると考えていたが、まさかこの状況で味方してくれるとは想像していなかった。


「そ、それが事実だとして、どうするつもりですか?」

「おおよそは事情を察しているつもりだが、一応事情を聞きたい。近くに小さな隠れ家があるからついてきてくれ」

「……分かりました」


 少なくとも、こうして話しているあいだに兵士が不自然な動きをすることはなかった。このままではセシリアの救出は難しいと判断し、セドリックの話を聞くことにした。



「ここが隠れ家……ですか?」


 連れてこられたのは小さな一軒家。

 無人ではなく、中年の男性が暮らしている普通の家だった。普段はカムフラージュとして、信頼できる部下を住まわせているそうだ。

 その言葉が事実であるとばかりに、出迎えてくれた男がニヤリと笑う。


「へぇ、この子が旦那のお気に入りですか」

「黙れ。いまは無駄話をしている暇がない。フィーアリーゼ嬢、事情を話してくれ」

「ええ、分かりました」


 フィーアリーゼはアルヴィスの屋敷が襲撃を受けたこと、襲撃者から狙いがセシリアの誘拐であると知ったこと、セシリアを追い掛けて屋敷を抜け出したことを打ち明けた。


「……なるほど、その過程でアルヴィス様の手勢を吹き飛ばしたのか」

「ええ、話している時間がなかったので」


 二人はなんでもないことのように話すが、側で話を聞いていた男が目を剥いた。


「おいおい、旦那。いま、アルヴィス様の手勢を吹き飛ばしたって言いませんでしたか? まさか、アルヴィス様に楯突くつもりじゃないでしょうね?」

「心配するな。俺もフィーアリーゼ嬢も領主とコトを構えるつもりはない、そうだな?」

「ええ。アルヴィス様が屋敷にいれば協力をお願いしたんですけど、部下の人達は私を以前から警戒していたので仕方なく、です」


 それを聞いたセドリックの部下は頭をガシガシかいた後、邪魔をしたと呻いて、ドカンと椅子に座り直した。


「それで、セシリアを見失ったのか?」

「残念ながら。セシリアを連れていった連中が街を出て、徒歩で北西の街道へ向かったところまでは捕捉できたんですけど、それ以上は分かりません」

「……ふむ。街道を進んだのか。陽動という可能性は?」

「ないとは言いませんが、私は足止めを喰らって、なんとかそれだけを、街の中からのサーチで調べたので、相手は私を巻いたと思っていたはずです」


 サーチの下りで少し怪訝な顔をしたが、セドリックはなるほどと頷いている。

 そこでフィーアリーゼは、もう一つの情報。魔導具の反応だけが、この街の宿に残っていたことを打ち明けた。


「魔導具というと、セシリアに渡すようにと俺に託した奴か。あれの場所を探知できるようにしてあったのか?」

「ええ。起動しているときだけですけど。で、その反応が宿にあります。セシリアは街の外に連れて行かれたので、魔導具を持っているのは襲撃に参加してない仲間だと思います」

「……ほう? それは……お手柄かもしれんな」


 セドリックがニヤリと笑った。

 なんだか鬼の首でも取ったような顔をしている。


「あの……どういうことでしょう?」

「いや、説明は後回しだ。さっきの場所の近くにある宿だな? 部屋は分かるか?」

「二階の、奥から二番目でした」

「上出来だ。ルイス! 後で応援をよこすから、まずは見失わないようにしろ」

「分かりました、必ず、行き先を押さえて見せます!」


 この隠れ家の住人はルイスと言うらしい。

 彼はすぐさま家を飛び出していった。


 フィーアリーゼはそれを見送って、セドリックへと視線を向ける。お手柄である理由を聞きたかったのだが、セドリックが話し始めたのは別の話だった。


「この街から北西に続く街道だが、その道が続く先にローゼン公国がある」

「……え? じゃあ、黒ずくめはセシリアを助けに来た、ってことですか?」

「いや、いくらアルヴィス様が留守で屋敷の警備が手薄とはいえ、あの国にそこまでの力は残っていない。襲撃したのはおそらく、ローゼン公国に見せかけた別の者達だろう」


 ならば誰の仕業なのかと、フィーアリーゼは頬に手を当てて首を傾げる。セドリックが「アルヴィス様がその手前にある街から帰ってくるはずなんだ」と続けた。


 どうやら、アルヴィスの出先が北西、ローゼン公国とのあいだにある街で、帰還予定が明日の午後。つまり、明日は襲撃を掛けるチャンスなのだという。


「連中の本命は、アルヴィス様ってことですか? でもそれなら、セシリアを攫う必要なんてないですよね?」

「いや、アルヴィス様を襲うときに彼女を使うのだろう。ローゼン公国の仕業だと見せかけるのに、彼女ほど分かりやすい証拠はない」


 セシリアを救い出して、ローゼン公国へ逃亡する。その途中で不運にもアルヴィスの一行と遭遇して戦闘。アルヴィスを討ち取ったものの、セシリアもまた果てた。

 それが黒幕の書いた筋書きだろうと続けた。


 それを聞いたフィーアリーゼの胸がどくんと脈打つ。

 それが事実であれば、攫われたのなら命の危険はない――なんて予測は成り立たない。


「待って、ください。他にも可能性はいくらでもあるでしょ? たとえば、ローゼン公国にそれだけの力が残っていた、とか」

「ローゼン公国の統治状況などをみて考えにくいが、もちろん可能性は零じゃない」

「だったら……」

「だが、最近妙な動きをしている連中がいる。そいつがなにか企んでいるか、アルヴィス様は探っていた。その直後に発生した今回の一件、偶然ではないだろう」


 犯人の目星がついていると言う。

 たしかにそれなら、セドリックが言っていることにも説得力がある。


「その黒幕って言うのは、誰なんですか?」

「ザームド・ベルディア侯爵だ」

「ベルディア侯爵……っ」


 フィーアリーゼの名誉を穢し、アリアと繋がりかけていた友情を断ち切り、平民達の暮らしを豊かにするという二人の夢を奪った。


 ベルディア家の子孫が、いままたフィーアリーゼから大切なモノを奪おうとしている。そんなことは絶対にさせない――と、フィーアリーゼは席を蹴って立ち上がる。


「待て、フィーアリーゼ嬢、どうするつもりだ」

「決まっています、セシリアを助けて、ついでにアルヴィス様も助けます」


 あくまでセシリアがメインで、アルヴィスはベルディア侯爵の悪事を暴くのに必要な権力だと言わんばかりに言い放つ。


 そんなフィーアリーゼの姿に苦笑いを浮かべたセドリックは、どうやって追い掛けるつもりだと問い掛けてきた。


「それは……セドリックさんが考えてください」

「はぁ?」

「私の味方、してくれるんですよね? お礼の技術提供は惜しみませんよ」

「馬鹿者」


 本気度を示したはずなのに、技術の安売りをするなと怒られてしまった。解せぬ。


「まぁいい。俺が持つ商会の特権を使って、街の外に馬を手配しよう。フィーアリーゼ嬢は、壁を乗り越えて街から出て、北西の街道で待っていてくれ。……出来るか?」

「ええ、もちろん。それじゃ、門の外で」


 フィーアリーゼが踵を返して隠れ家から出ようとすると、セドリックに「一つだけ聞かせて欲しい」と引き留められた。


「なんでしょう?」

「フィーアリーゼ嬢にとってセシリアは、出会ったばかりの奴隷なはずだ。どうしてそこまで必死になって救おうとする?」


 セドリックに言わせると、出会ったばかりの奴隷にそこまで入れ込むフィーアリーゼが奇妙でしょうがないらしい。


 だが、アルヴィスはそんなフィーアリーゼの心理を見破った。なぜアルヴィスが分かったのか、フィーアリーゼがなぜそこまで入れ込んでいるのか、それを知りたいのだという。


「最初は、私と一緒だって思ったんです。周囲の者に裏切られ、濡れ衣を着せられて罰せられた。そして気付いたら一人で、すべてを失ってた」


 二人はよく似ていた。

 だから、フィーアリーゼはセシリアに共感を覚えて助けてあげようと思った。

 だが、それだけなら、ここまで必死になったりしない。


「知ってますか? セシリアは元お姫様なのにいまの状況に一切不満を漏らさないんです。それどころか、精一杯協力してくれる。私が入れ込んでいるように見えるならそれが理由です」

「そうか……引き留めて悪かった。急いで馬の手配をしよう」


 フィーアリーゼは頷き、今度こそ隠れ家から飛び出した。

 

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