貿易都市アルヴィス 後編 6

「さて、ずいぶんと遅くなっちゃったから、今日はもう帰りなさい」

「え~、もう少し良いじゃない」


 ノエルは不満をあらわにするが、魔導具を持って帰って練習しなさいと説得。もうちょっと一緒に練習したかったのにと健気なことを言いながら帰っていった。


 それから、フィーアリーゼはあらためて封印を解く手段を探す。

 鍵がどんなのかは分からないが、鍵が必要な場所は分かっている。つまり、魔法陣の空白部分に、当てずっぽうで記号を埋めるようなもの。


 途方もない話だが、魔力の反応を見ながら総当たりにすれば出来るはずだ――と当たりを付けた。そうして、魔力の反応をチェックするための魔導具を設計する。

 そのとき、再び扉がドカンと開かれた。


「だから、ノックはちゃんとしてって……誰!?」


 見たこともない連中――というか、全身黒ずくめで顔には覆面。どう考えてもまともじゃない。それを理解した瞬間、フィーアリーゼは防御系の魔法陣を展開する。


 ――刹那、黒ずくめ達が剣を持って躍りかかってきた。


 思わず両手で顔を覆うが、攻撃はすべて結界が弾き散らした。

 部屋に甲高い音が響き、襲撃者が手のしびれにうめき声を上げる。


「結界……魔術か! しかし、二つ同時に魔術は展開できないはずだ。こいつの魔力が尽きるまで、継続的に攻撃を仕掛けるぞ!」

「「おうっ!」」


 男の声が合計で三つ。

 フィーアリーゼに波状攻撃を仕掛けてくる。接近戦における魔術師対策。退路がないこの状況で、その攻撃は致命的かもしれない。相手が普通の魔術師であれば。


 魔法陣に魔力を注いで結界を維持しながら、襲撃者が何者なのかと考える。真っ先に思い浮かんだのはアルヴィスの配下だが、彼らにフィーアリーゼを殺す理由はないはずだ。


 だとすればと、フィーアリーゼはマルチタスクでサーチの魔術を起動。

 屋敷内にいる者達を確認していく。


 サーチで敵味方の判別や、装いなどは確認できないが、いくつかは確実に怪しい動きをしており、屋敷にいる人の数が増えている。


 フィーアリーゼは、彼らがアルヴィスの味方ではなく、外部から来た襲撃者であることを確信。サーチを終了させ、続いて攻撃用の魔法陣を足下に展開した。


「いまだっ、結界が解けたぞ!」


 攻撃魔術が発動する前にと一斉に襲いかかってくるが、マルチタスクで攻撃魔術を展開中のフィーアリーゼは結界の魔術を終了させていない。


 キィンッ! と甲高い音と共に、再び襲撃者の刃を弾き返した。

 そして、体勢を崩した襲撃者達に右手を突き出した。


「風を送る魔術の改良版、名前はまだない!」


 フィーアリーゼが叫んだ瞬間、螺旋状に吹いた三つの風が襲撃者を吹き飛ばして壁に叩きつけた。背中を打ち付けて二人が意識を失った。

 唯一残った男は咳き込み、苦痛に覆面の奥から覗く顔を歪ませる。


「それじゃ、貴方達の正体を話してもらおうかな?」

「だ、誰が言う――ひっ、なんだこれは!?」


 膝立ちになった男の足下に魔法陣が展開、彼の身体を水が包み込んだ。フィーアリーゼが自分を洗浄するときに使っている魔術を流用しての水攻めだ。


「言わなきゃ、そのまま水に沈めるわよ」

「くっ。だ、誰が言うものか!」

「そう。なら、沈むと良いよ。質問は、残った誰かにするから」

「冗談じゃねぇ!」


 男が立ち上がって逃げようとするが、水からは逃げ出せない。それどころか、男の身体が浮き上がり、地面から足が離れてしまった。


 立ち泳ぎで藻掻く男を水が飲み込んでいく。最初は胸元までだった水が首に掛かり、やがては顎に掛かる。


「わ、分かった――がぼっ。話す、話すから! かはっ。助けてくれ!」


 少し水を飲みながら必死に叫ぶ。

 フィーアリーゼは少しだけ水かさを下げると、にこりと微笑んで尋問を開始した。質問の内容は、誰の命令で動いているのかと、目的がなにかの二つ。


 男は心が折れていたようで、あっさりと話し始めた。

 代理人から指示を受けただけで、誰の命令かは知らないそうだが、目的はこの屋敷で騒ぎを起こすことと、セシリアの拉致だそうだ。


「セシリアが目的? 本当でしょうね?」

「本当だ、嘘じゃない! 理由は知らないが、その女が鍵だと言っていた!」

「……鍵?」


 ちらりとアリアを見上げるが、さすがにアリアの封印を解く鍵と言うことはないだろう。


 だとすれば他のなにかの鍵。

 なんらかの目的を達成するための鍵、なんて可能性もある。


 彼らの真の目的がなんであれ、狙いがセシリアであることに変わりはない。

 フィーアリーゼは男達がしばらく動けないように魔術で意識を刈り取って、セシリアを助けるべく部屋から飛び出した。


 廊下を走りながら、サーチでセシリアの位置を調べるが、人が多すぎて特定できない。


 誰かに聞くしかないと反応のある方向に駈けると、そこかしこで戦闘が始まっていた。屋敷の警備と侵入者が戦い、使用人達が逃げ惑う。悲惨な光景がそこにある。

 フィーアリーゼは近くで味方と戦っている敵を魔術で打ち抜いた。


「な、なんだいまのは!? おまえがやったのか?」

「ええ、敵じゃないから心配しないで。それより、セシリアって娘を探しているの。どこにいるか知らない?」

「すまないが分からない。それより協力してくれないか? 手が足りてないんだ!」


 警備の男が訴えかけてくる。ちらりと視線を向ければ、彼の背後では使用人達が震えている。彼が一人で、使用人達を守っているのだろう。

 だけど――


「ごめんなさい、私はセシリアを助けに行かなきゃ。――代わり、これを使って!」

「え、おい、嬢ちゃん!?」

「身体能力が少し上がるから!」


 制服のポケットから取り出した魔導具を警備に放り投げ、セシリアを探すべく駆け出した。


 背後で、「なんだっ!? 力が……力があふれてくる! うおおおおおおっ!」と、暑苦しい声が聞こえてきたが、フィーアリーゼはセシリアを探す。


 だが、セシリアが見つからない。賊の数はそこまで多くなさそうだが、使用人達がパニックに陥って、そこかしこで逃げ惑っている。

 声を掛けても、立ち止まってすらくれないレベルだ。


(落ち着け、落ち着くのよ私。パニックになってる使用人に引きずられちゃダメ。セシリアを探す方法を落ち着いて考えるの)


 必死に考えを巡らせたフィーアリーゼは、セドリック経由でセシリアに魔導具の試作品を届けてもらったことを思い出した。


 あの魔導具に焼き付けた魔法陣は少しだけ特殊で、使用時に漏れる魔力の波形が、フィーアリーゼのサーチで独特の反応を示すのだ。


(お願い、魔導具の灯りをつけてて!)


 祈るような気持ちでサーチを使うと、幸いにして魔導具の反応を見つけた。魔導具の側には人らしき反応が一つ、おそらくはそれがセシリアだろう。

 反応は近い。隣とかではなく、ほとんど重なっていて高さのみが違う。

 つまりは――真下。一階に魔導具の反応がある。


 セシリアの元へ駆け出そうとした瞬間、奥の部屋から助けを求める声が響いた。それは最近馴染みのある男の子の声。

 ノエルが助けを求める声だ。


 起動したままのサーチでその部屋を調べると、部屋の隅に反応が一つ。それを包囲するように反応が三つ。助けを求めている以上、三人は味方ではないだろう。


 迷ったのは、永遠に思えるような一瞬だった。フィーアリーゼは手が真っ白になるほど拳を握り締め、ノエルの声が聞こえた部屋に向かって駈け出した。


 走りながらサーチの魔術を終了させ、別の魔法陣を展開すると同時に部屋に飛び込んだ。


 不安定な魔導具の灯りに照らされた薄暗い部屋の隅には、追い詰められたノエルの姿。取り囲むのは黒ずくめの男達で、その一人が剣を振り上げていた。


「――ノエルくん!」


 手を突き出して、ノエルを中心に魔法陣を展開する。キィンと甲高い音が響き、ノエルの足下から広がった結界が男の剣を弾き飛ばした。


「くっ、護衛か! 倒せ、相手は一人だっ!」


 残りの二人が一斉に剣を振り上げて襲いかかってくる。とっさに結界を張ろうとするが、ノエルに結界を張った直後で準備が出来ていない。

 マルチタスクで魔法陣を描き出すが、敵の方が早い。


 とっさに魔術の展開を諦めて横っ飛びに、一人目の剣を紙一重で回避する。だが、体勢を崩したところに、もう一人の剣が襲いかかってくる。


「まっけるかあああっ!」


 更に一歩地面を蹴り、後先考えずに身を投げ出した。無骨な鉄の刃が、逃げ遅れた髪の一筋を斬り裂くが、フィーアリーゼ自身はギリギリで回避。

 だが受身を取ることは出来ずに、頭の方から床にずさぁっと突っ込んだ。


「ええい、ちょこまかと!」


 容赦のない追撃が放たれる。地面を這うフィーアリーゼにそれを回避する術はない。死をもたらす刃がフィーアリーゼを斬り裂く――寸前、甲高い音とともに弾かれた。

 ようやく書き終わった魔法陣で結界を展開したのだ。


 フィーアリーゼは荒い息をつきながら、なんとか上半身を起こしてぺたんと座る。


「はっ、我が身可愛さで自分を護ったか。いまだ、その子供を殺せっ!」

「い、いや、こっちの結界も消えてねぇ!」

「……なんだと? 貴様、なにをした? まさか、結界を張る魔導具を持っているのか?」


 フィーアリーゼは魔導具を持っていない。

 だが、奥の手を教えてやる義理はないと、フィーアリーゼは激しい動きで零れ落ちた髪を掻き上げ、男達にニヤリと笑って見せた。


「……厄介だな。だが、さすがにそれで打ち止めだろう。それに、結界の魔導具ならすぐに魔力がつきるはずだ。結界に断続的な攻撃を続けろ」


 フィーアリーゼを狙う二人が連続攻撃を放ち、もう一人はノエルの結界が解けるのを待ち構えている。この状況ではどちらの結界も解くことが出来ない。


 連続で放たれる攻撃を防ぐだけならしばらくは持つ。

 だが、このままでは反撃できない。持久戦に持ち込めば、味方が駆けつけてくれるかもしれないが、敵が増える可能性もある。

 なにより、時間を掛けるとセシリアの身が心配だ。


 なんとかしなくてはいけないが、さすがの彼女も結界を二つ張っている状況ではなにも出来ない。自分が追い詰められていることを自覚して、フィーアリーゼは唇を噛んだ。


 そのとき、ノエルが結界の中でごそごそしていることに気付く。

 そして――


「フィーアお姉ちゃんっ!」


 ノエルが叫ぶと同時に腕を掲げた。

 それを見た瞬間、フィーアリーゼはノエルの結界を解除した。


 続いて、攻撃魔術の魔法陣を描き出す。

 その瞬間、ノエルの結界が失われたことを見て取った男が剣を振り上げ――ノエルに向かって全力で掘り下ろす。

 ――甲高い音と共に剣が弾かれた。


「なぜだ! 結界は解除されたんじゃなかったのか!?」

「気を付けろ、別の魔術が来るぞ!」


 男達が防御態勢を取るが、今度はフィーアリーゼの方が早い。右腕を突き出して光の攻撃魔術を放ち、三人の足を同時に打ち抜いた。

 三人は痛みで床の上を転げ回る。


「ノエルくん、大丈夫!?」

「う、うん、ボクは大丈夫」


 急いでノエルのもとへと駆け寄る。戦闘に巻き込まれた恐怖からか顔色はよくないが、ぱっと見たところに傷はない。


「無事でよかった」


 ノエルをぎゅっと抱きしめる。フィーアリーゼの柔らかい腕の中に抱きしめられて、ノエルが「わわっ、フィーアお姉ちゃん!?」と真っ赤になった。


「フィーアお姉ちゃんこそ、怪我はない?」

「うん、私は大丈夫。それと、機転を利かせてくれてありがとう、助かったよ」


 ノエルは最初、腕輪をはめていなかった。

 だが、フィーアリーゼの結界で守られているあいだに、机の上に置かれていた魔導具――フィーアリーゼがアルヴィスに渡した腕輪を装着して護りの力を発動させたのだ。


 フィーアリーゼはアルヴィスに向かって、出先でテストするように進めたのだが、彼は留守中の息子の安全を優先したようだ。


「ボクの方こそ、守ってくれてありがとう」

「無事なら良いよ。ここは危ないから――」


 サーチの魔術を起動したフィーアリーゼは息を呑んだ。屋敷から人が減って、騒ぎは沈静化しつつあるが、セシリアの部屋から魔導具と人の反応が消えている。

 セシリアが連れて行かれたかもしれないと、フィーアリーゼは動揺した。


「ノエル様、ご無事ですか!」


 部屋に警備兵達が流れ込んできた。部屋の惨状と、ノエルを抱きしめている拘束しているフィーアリーゼを見て気色ばむ。


「貴様、正体を現したな! ノエル様になにをするつもりだ!」

「ち、違うよ。彼女はボクを助けてくれたんだ!」


 とっさに腕の中から離れたノエルの声が響いた。フィーアリーゼに襲いかかろうとしていた警備兵達が寸前で動きを止める。


「ノエル様、それは事実ですか?」

「本当だよ! 悪いのは、そこで倒れてる三人だよ!」

「なるほど……たしかにそう見えなくもありませんな」


 襲撃者の存在に気付いた警備兵達が、倒れている黒ずくめを拘束していく。

 そんな中、油断なくこちらを伺っていた男が口を開いた。


「フィーアリーゼ嬢。まずは、ノエル様を救ってくれたことに感謝する。だが、非常時ゆえに、一度拘束させてもらいたい」


 安心させるような口調で提案すると、ゆっくりと手を伸ばしてくる。

 本来であれば従うべきだ。

 せっかく信頼を築いてきたのに、ここで下手に抗っては水の泡だ。


 だが、魔導具は機能を停止したのか反応が消えており、襲撃者達は撤退を始めている。部屋からセシリアらしき反応が消えていることからも、連中は目的を果たした可能性が高い。


 ――だから、フィーアリーゼは魔法陣を展開し、突風で警備兵を吹き飛ばした。


「くっ、なにをする、血迷ったのか!?」


 警備兵達が一斉に色めきだち、フィーアリーゼを捕まえようと駆け寄ってくる。


「――ごめんなさいっ!」


 フィーアリーゼは窓を開け放ち、二階の窓から迷わず飛び出した。

 

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