貿易都市アルヴィス 後編 5
更に数日が過ぎ、フィーアリーゼはアルヴィスに呼び出された。
正装として制服に着替えたフィーアリーゼは、アリアのデバイスを使った最高傑作、完成したばかりの魔導具を持って応接間へと向かう。
そこには、アルヴィスとセドリックが向かい合って話していた。
「来たか、フィーアリーゼ」
「お待たせいたしました、アルヴィス様。それにセドリックさんもこんにちは」
「おう、来たか、フィーアリーゼ。十日ぶりくらいだな」
あれからもうそんなに経つのかと驚きつつ、フィーアリーゼはセドリックの隣に座る。制服のポケットから腕輪型の魔導具を取り出して、アルヴィスの前へと差し出した。
「おぉ、完成したのか?」
「ええ、完璧に仕上げてあります。私とアリアの最高傑作、ですよ」
「ほう、そこまで言うとは……一体どんな効果を付与してあるんだ?」
「効果は至ってシンプルで、不意打ちの攻撃を防ぐだけ、です」
フィーアリーゼの説明にアルヴィスは少し落胆するような素振りを見せた。だが、セドリックがニヤリと笑う。
「つまり、不意打ちを防ぐことだけに特化させたんだろ?」
「ええ、その通りです」
フィーアリーゼはニヤリと笑って、魔導具の説明を始める。
まず、新型のデバイスには二つの魔法陣を刻むことが出来ることを説明し、二つの魔法陣の役割を分けることで、今までにない防御用の魔導具を作り出したことを打ち明けた。
一つの魔法陣は常任型で、絶えず少量の魔力を使ってあらゆる不意打ちに備える。そして緊急時にはもう一つの魔法陣に魔力を注ぎ込み、あらゆる攻撃を防ぐことが出来るのだ。
「利点は、なんと言っても魔力消費の少なさです。従来の魔導具で不意打ちに備えようと思ったら、常時結界を張るしかないですから」
魔導具は普通、起動するかしないかの二択でしかない。
だが、魔法陣が二つあることを利用して、緊急時にだけもう一つの魔法陣に魔力を流すという魔法陣を作ったのだ。
「つまり、いざというときだけ、魔力を多く消費して結界を張ると言うことか?」
「ええ、その通りです。攻撃の強さに応じて結界を展開するので、攻撃かどうか微妙な場合にはふんわりと受け止める程度の結界になります」
「ほう……それは素晴らしいな。よく作ってくれた。他の誰にも触ることの出来ないデバイスで魔導具を作るとは、そなたの力は本物のようだな」
アルヴィスが破顔した。
どうやら満足のいく能力を見せ付けることが出来たようだ。
「気に入ってくれたなら幸いです。……あ、でも、私はこの屋敷から出ない約束なので、詳細なテストはしていません。必要なら、そっちでやってくださいね」
「む、テストか。さっそく試したいところだが……」
なんでも、アルヴィスは明日からしばらく、仕事で領地を留守にするらしい。だから、テストは戻ってからだと残念そうに言った。
「基本的には問題なく動くはずなので、外出先に持っていったらどうですか?」
問題があれば、魔石を外せばすむ話なので邪魔になることはないと伝える。
「そうだな、少し考えてみる」
「ええ、そうしてください。アリアと私の合作、大切にしてくださいね」
「もちろんだ。それと、報酬を渡さねばならんな。そなたはなにを望むか決めたのか?」
フィーアリーゼは「あっ」と、小さく息を吐いた。
セドリックの方は、お礼にデバイスを融通してもらうなどしてもらっているのだが、アルヴィスになにを要求するかはまったく考えていなかった。
あまり遠慮しすぎると逆に疑われるとも言われているし、なにか考える必要があるだろうと必死に頭を働かせる。
フィーアリーゼはふと、ノエルのことを思い出した。
「そういえば、私以外にも魔導具を作れるように、弟子を取って欲しいみたいなことを言われてた気がするんですが……」
「ふむ……よし分かった。向上意欲と才能のありそうな者を探しておこう」
アルヴィスが優秀な弟子を探すことを今回の報酬とすると言った。なお、それだけでは不足なので、他にも考えておくようにと言われる。
どうやら、ノエルはアルヴィスの用意した弟子ではなかったらしい。一体誰なんだろうと小首をかしげていると、今度は俺の番だとセドリックが声を上げた。
「まずは、気になっているであろう、セシリアについて話そう」
「セシリア、ちゃんと元気にしてますか?」
「ああ。さっき会ってきた。運動不足で太りそうだと嘆いていたが元気だったぞ。それと、アイディアのメモも預かっている」
セドリックが受け取ったていだったのに、なぜかアルヴィスから手渡された。どうしてと視線で問い掛けると、部下が検閲したとの答えが返ってくる。
フィーアリーゼは相変わらず、アルヴィスの部下に警戒されているようだ。
ちなみに、メモには平民に喜ばれる魔導具のアイディアが書き込まれていた。
「ありがとう。あと、この魔導具をセシリアに渡してもらえますか? 読み書きをするのなら、安定した灯りの方が良いと思うので」
灯りをつける魔導具をセドリックに手渡す。どのみちアルヴィスの部下を通すことになるのは想像に難くないが、確実に渡してもらうために、セドリックにあいだに入ってもらう。
彼は意図を読み取ってくれたようで、アルヴィスの確認を取った後、確実にセシリアに手渡すと引き受けてくれた。
「それと、改良してもらった灯りの魔導具は、最高級品として貴族達に高額で卸した」
「……高額、ですか」
「ああ。フィーアリーゼ嬢の望みから外れていると思うが、生み出された利益でデバイスの量産体制を整える予定だ。いまは準備段階だと思ってくれ」
本来、デバイスの製作も、デバイスに魔法陣を焼き付ける作業も同じくらい時間が掛かる。
だが、フィーアリーゼがいれば話は別だ。
デバイスに魔法陣を焼き付ける作業は一瞬で終わる。
ゆえに、まずは一定数のデバイスからフィーアリーゼが魔導具を作り、それを資金源としてデバイス技師や魔術師の育成環境を整える。
だから、フィーアリーゼには教育をお願いしたい、とのことだった。
「私が教えれば早くなるんですか?」
「無論だ。魔術については多くの技術が失われているのだ」
300年前の事故で大気中の魔力素子(マナ)が枯渇したことで、魔術は使えなくなった。
魔術が使えないため、フィーアリーゼがノエルに教えたときのように魔力を流し込むことも、見本を見せることも出来ない。
そういった理由によって、多くの技術が喪失したらしい。いまは、文献に残っている内容を研究して再現しているような状況だそうだ。
そんなわけで、不定期で良いから魔術教室を開いて欲しいと頼まれて受諾した。
アルヴィスやセドリックという後ろ盾を得て、デバイスの技師や、魔術師の育成についても、計画が立ち上がった。
だが、まだ計画が立ち上がったばかりで準備段階だ。
それらの計画が軌道に乗るまでは、まだまだ時間が掛かるだろう。それまでは、資金を集めるための魔導具製作や、他の者達への根回しが続くだろうとのこと。
アリアの夢を叶えるにはまだまだ先は長い。
だが、封印が解けた直後の、ひとりぼっちだったあのときとは違う。様々な問題を抱えてはいるが、同じ志を持つ仲間と呼べる者達がいる。
なにより、いまはまだ封印されているが、アリアが生きている。
いまは無理でも、いつかすべてを掴み取ってみせる――と、フィーアリーゼは研究の毎日を過ごした。そして、数日経ったある日の夜。
フィーアリーゼは今日も、研究室でアリアの封印を解く方法を考えていた。
鍵がなければ、封印は解除できない。
ならば、鍵を偽装するか、封印を破壊するしか方法はないだろう。
しかし、封印を破壊するには、相応の力が必要になる。下手な手段を取ると、中のアリアにまで被害が及ぶという可能性が否定できない。
そう考えると、無難なのは鍵を偽装する方法だが、本物の鍵が分からないのに偽装するというのは非常に難しい。
魔力を流し込みながらあれこれ調べているのだが、これといった成果は得られていない。どうしたものかと考えていると、いきなり扉が開いてノエルが飛び込んできた。
「フィーアお姉ちゃん、出来た、出来たよ! 言われたとおり、一定に流すだけじゃなくて、思った通りに魔力の量を変えられるようになったよ!」
「……ノエルくん、嬉しいのは分かるけどノック、忘れてるわよ?」
「ごめんなさい。それより、見てよ!」
この子、全然反省してないよと、フィーアリーゼは小さなため息をついた。
だが、フィーアリーゼにも同じような経験はある。師匠の課題がこなせて、凄く凄く嬉しくて、その日ははしゃぎすぎて熱を出してしまったのだ。
「仕方ないなぁ。見ててあげるから、やってごらん」
「うん。ちゃんと見ててよ!」
先日、フィーアリーゼがプレゼントした魔導具を手に、ノエルが魔力を動かし始める。それを少しだけ魔導具に流し続け、まずは一定の明るさに固定。
それから、明るくすると宣言して明るく、暗くするよと宣言して暗くする。ちゃんと、自分の意識通りに魔力を流す量を変化させている。
最初は一定の魔力を流すだけでも大変だったのに、ノエルは日に日に成長している。
「どうかな、フィーアお姉ちゃん、言われたとおりに出来てるでしょ?」
「うん、そうだね。頑張ったわね」
ノエルの頭をよしよしと撫でつける。褒められて、嬉しそうに目を細めるノエルが男の子ながらに可愛らしい。
フィーアリーゼは、いまはもういない、故郷のみんなのことを思い出した。
「フィーアお姉ちゃん、どうかしたの?」
「うぅん、なんでもないよ」
「そう? だったら、次の課題を出してくれる?」
「次かぁ……ん~そうだね。それじゃ……」
フィーアリーゼは少し考えて、もう一つ、まったく同じ魔導具を作り上げた。そして、ノエルの魔導具を受け取ると、左右それぞれの手に灯りを付ける魔導具を持った。
「次はこうやって、左右別々に明るさを調整する練習をしてごらん」
右だけを明るくしたり、左だけを明るくする。それだけではなく、左右に流す魔力の量を何度も反転させてみたり、片方だけ断続的に流してみせる。
「わぁ、さすがフィーアお姉ちゃん、凄い、凄いよ!」
ノエルはフィーアリーゼの神業に目を輝かせた。
ちなみに、左右でそれぞれ魔力量を変えるのはかなりの上級のテクニックだ。ましてや、それを自在に操ることが可能なのはフィーアリーゼただ一人。
この場に魔術学校の教師がいたら、子供になにを教えているのかと呆れ返っただろう。そして、アリアが見ていたら、子供にマルチタスクを教えるつもりなのかと突っ込んだだろう。
だが、この場に魔術学校の教師はおらず、アリアは封印されている。フィーアリーゼの所業に突っ込む者は誰もいなかった。
ノエルは素直に「頑張ってみる!」と、受け取った魔導具を使って練習を始める。フィーアリーゼ以外の魔術師を知らないノエルはどこまでも従順だった。
そんな、表面上は普通の、だがやっていることは異常な光景を横目に、フィーアリーゼはアリアの封印を解く研究を再開する。
だが、思ったように進まないのは変わらない。どうしたものかと唸っていると、いつの間にかノエルが一緒になってアリアを見上げていた。
「ねぇねぇフィーアお姉ちゃん。このクリスタルの中にいるお姉ちゃんと、フィーアお姉ちゃんが着ている服、一緒だよね?」
「……そうね」
最初は店で買った平民らしい服を着ていたフィーアリーゼだが、呼び出し時に着替えることや、着心地的な観点から、今日は制服を身に着けているのだ。
ただ、洗うのは魔術で可能だが、痛んでしまったら代わりがない。フィーアリーゼ的には、学生服の代わりとなる服が欲しいと考えている。
それはともかく、今日は制服を着ているので、アリアと同じ格好なのだ。ノエルはどうやらそれに気付いて、驚いているようだ。
「ねぇ……フィーアお姉ちゃん」
「なぁに?」
「このお姉ちゃん、フィーアお姉ちゃんよりずっとおっぱい大きいね。それとも、フィーアお姉ちゃんの方が小さ――」
「余計なことを言うのはこの口かしら!?」
「あいたたたたたっ。フィーアお姉ちゃん、痛い、痛いってば~っ」
ほっぺたぎゅーの刑に処されて、ノエルが悲鳴を上げる。
その私刑はノエルが謝るまで続けられた。
「うぅ、酷いよフィーアお姉ちゃん」
「酷いのはノエルくんの口だからね? そんなこと言うなら、魔術教えてあげないからね?」
「ボクはフィーアお姉ちゃんの方が綺麗だと思うよ!」
「はいはい、ありがとね」
露骨なご機嫌取りに苦笑いを浮かべて、あらためてアリアを見上げる。
赤い髪に縁取られた穏やかそうな顔には、整ったパーツが収められている。いまは瞳が閉じられているが、見る者を安心させるような金色の瞳であったことを覚えている。
そして、なにより――胸が大きい。
手足はフィーアリーゼの方が細いのだが、アリアは決して太っているわけではない。いわゆる肉付きの良いスタイルで、胸が大きいのだ。
(アリアと私、別々に封印されていて良かったわ)
もし二人並んで飾られていたら……と、想像したフィーアリーゼは身を震わせた。
それから、フィーアリーゼは封印を解く研究を再開。行き詰まったらセシリアのメモにあった魔導具の研究をしたり、ノエルの練習に付き合ったりして過ごす。
「そういや、ノエルくんはこの家に住んでるんだよね?」
「あれ、まだ名乗ってなかったっけ? 僕のお父さんは領主様、なんだよ」
「わぁお……」
アルヴィスの子供だった。
可能性としては考えていたフィーアリーゼだが、同時にアルヴィスの子供が一人で来るはずがないとも思っていたので驚く。
「ええっと……一応聞くけど、お父さんは知ってるんだよね?」
「うん、もちろん知ってるよ」
どうやら、ちゃんと親の許可を得ているらしい。
それなら安心だとフィーアリーゼが息をついた直後――
「でも、他のみんなには内緒で行かなきゃダメだって言われてるんだ」
ノエルがさらっと問題発言をした。
どうやら、ノエルがここに通っていることは、一部の人間だけが知っているらしい。つまりは、アルヴィスの護衛なんかに知られたら大ピンチである。
フィーアリーゼの安全と平穏のためには、ノエルが来るのを禁止するのが一番なのだが、自分に懐いている子供を突き放せるほど、フィーアリーゼは非情にはなれない。
(まぁ良いわ。そのときはアルヴィスに責任を押しつけましょう)
子供を突き放すほど非情にはなれないが、問題が発生したら責任をアルヴィスに押しつける程度には非情になれるらしい。
いまはアルヴィスが領地を留守にしているので、帰ってきたら言質を取ろうと決意。引き続き、ノエルに魔術を教えることにした。
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