貿易都市アルヴィス 後編 3

 貿易都市アルヴィスの領主が暮らす屋敷。

 その応接間で、フィーアリーゼは抜剣した騎士達に包囲されていた。


 思ってもみなかった、そして思いも寄らなかった形でのアリアとの邂逅。更には、300年前の――フィーアリーゼにとってはつい先日の焼き直し。

 立て続けに予想外のことが起こりすぎて、フィーアリーゼは声を出すことすら叶わない。


「アルヴィス様、これは一体どういうことですか!」


 テーブルをバンと叩いて立ち上がり、セドリックが声を荒らげる。だがアルヴィスは答えず、騎士の一人がセドリックの前に立ち塞がった。


「下がれ。それ以上アルヴィス様に近付くようであれば容赦なく斬る」

「お答え頂きたい! 俺達と手を組むというのは嘘だったのか!」

「貴様、下がれと言っているだろう!」


 フィーアリーゼを庇うセドリックが、あの日のアリアと被る。


 アリアとの再会に動揺していたフィーアリーゼだが、このままじゃダメだと胸の前で手を握り締め、もう片方の手でセドリックの袖を引いた。


「セドリックさん、大丈夫です」

「フィーアリーゼ嬢、しかし……」

「アルヴィス様は先ほど、私に質問があると言いました。であれば、話し合う余地はあると思うんです。だから、ここは私に任せてください」

「……分かった。ひとまずはおまえに任せよう」


 椅子に座り直したセドリックの代わりに、フィーアリーゼが立ち上がる。


 まるであのときの焼き直しのような光景だが、アルヴィスは最初に返答次第だと言った。

 フィーアリーゼに濡れ衣を着せることが目的だったパメラ達は、最初からこちらの言い分を聞こうとしなかった。その違いに、話し合いの余地があると思ったのだ。


 騎士達がフィーアリーゼの前に立ち塞がろうとするが、アルヴィスが騎士に声を掛け、横に控えさせる。いまのところ、フィーアリーゼの予想は間違っていないようだ。


「アルヴィス様、どうしてこんなことをするのか、理由を聞かせてください」

「……分からないというのか?」

「アリアが関係していることは分かります。でも、どう関係しているのか分かりません。そもそも、アリアはどうして封印されているんですか?」

「それすらも知らないと言うつもりか?」


 誤魔化すつもりかと言わんばかりに睨まれる。その迫力たるや、かつてフィーアリーゼを拘束した騎士にも負けていない。

 だが知らないものは知らないと、フィーアリーゼは視線を真っ正面から受け止めた。


 二人の視線が交差する。永遠にも感じられる沈黙を経て、アルヴィスが「知らないというのなら説明してやろう」と口を開いた。


「彼女はとある魔女を庇ったのだ。世界を滅ぼしかけた魔女――フィーアリーゼの無実を訴えて、共犯者として封印処理を施されたのだ」

「……アリアが私を……庇った?」


 アリアを巻き込みたくなくて、心ない暴言をぶつけた。傷付けてまで遠ざけたのに、そのアリアが、フィーアリーゼの無実を訴えたのだという。


 信じてくれて嬉しいという想いと、自分の行動はなんだったのだろうという徒労感。そのせいで巻き込んだという罪の意識と、おかげで再会できるかもしれないという喜び。


 そんな感情がないまぜになって、フィーアリーゼは泣き笑いのような顔をする。


「あらためて問おう。世界を滅ぼしかけた大罪人、魔女フィーアリーゼとはそなたのことで相違ないな?」


 答えによってはこの場で切って捨てるとでも言いたげに、剣呑な気配を放ってくる。そんなアルヴィスの視線を受け止めて、フィーアリーゼは口を開く。


「その質問に答える前に、一つだけ聞かせてください」

「……言ってみろ」

「どうしてアリアがここにいるんですか? アリアをどうするつもりです?」

「質問は一つではなかったのか?」

「アリアについての質問で一つよ」


 じろりと睨まれるが、フィーアリーゼは引き下がらない。ピンチではあるが、同時に思ってもいなかったアリアとの再会のチャンスでもある。

 フィーアリーゼはそのチャンスを逃すつもりはない。


「……まあ良いだろう。封印された彼女がここにいるのは、我が祖先がアリアをいつか目覚めさせるため、クリスタルを回収したからだ」


 アルヴィスによると、アリアの母親はグラストリア王家――つまりはアルヴィスと同じ血を引く娘。アリアは降嫁した王族の子供だそうだ。


 そのアリアが、大罪人を庇ったことで、共犯者として封印処理を施された。

 王族である祖父がアリアの危機に気付いたときには手遅れで、いつか無実の罪を晴らすために、アリアが封じられたクリスタルを秘密裏に回収した、とのことだ。


「なら、アルヴィス様も、アリアの無実を証すのが目的、ですか?」

「先祖の大願を成就させたいという思いはもちろんある。だが俺の真の目的は、アリアに協力を求め、300年前の技術を取り戻すことだ」

「……では、どうして私にこのようなマネをするんですか?」

「そなたが本当に世界を滅ぼしかけた災厄の魔女であるのならば、あまりに危険すぎるからだ。ゆえに、どうなのかと聞いている」


 アルヴィスが静かに問い掛ける。

 フィーアリーゼの答えを、騎士達はもちろん、セドリックやセシリアまでもが固唾を呑んで待つ。それを気配で感じながら、フィーアリーゼは自分の胸に手のひらを添えた。


「私は……私が300年前に封印されたフィーアリーゼです」

「そうか。ならば――」

「ですが、私は世界を滅ぼしかけてなんていません」


 アルヴィスが手を上げて騎士に命じるより早く、自らの無実を訴える。その瞬間、いまにも振り下ろされそうだったアルヴィスの手がピタリと止まった。


「……そなたは、自分が無実だと主張するのか? なにを根拠にそのようなことを言う? 既に三百年過ぎているが、それを証明する手段はあるのか?」

「証拠は残ってないかもしれません。でも無実なのは本当です。私はパメラに――ベルディア侯爵家の娘によって濡れ衣を着せられたんです!」


 信じて欲しくて訴えかける。

 それを聞いたアルヴィスが、予想外に目を見開いた。


「……なんですか?」

「そなたに横暴な態度を取った侯爵、ザームドの家名はベルディアだ」


 フィーアリーゼに衝撃が走った。


「……それは、つまり、ザームド侯爵は……パメラの子孫、ということですか?」

「直系かどうかは調べてみなければ分からぬが、古くから続く家であることは間違いない」


 当時は血筋に優秀な魔術師を取り込むために、養子を含めて兄弟姉妹が多かった。ゆえに、パメラが直系かどうかは調べてみないと分からないそうだ。


 だが、フィーアリーゼをハメ、アリアを傷付けることになった元凶であるベルディア侯爵家がいまも栄えていて、再び彼女の自分の前に立ちはだかった。

 その事実を理解した瞬間、フィーアリーゼの胸の中で様々な感情が膨れあがった。


 逃げるなんて出来ない。


 さっきまでのフィーアリーゼは、ザームドとの対決を避けようと考えていた。

 けれど、もうそんな選択肢は選べない。アリアの封印を解き、自分とアリアの無実を晴らし、ベルディア侯爵家こそが悪なのだと世に知らしめる。

 そのために――と、アルヴィスを見つめた。


「アルヴィス様、私と手を組みませんか?」

「……そなたと手を組め、だと?」

「ええ。私はアリアの無実を証明して、その封印を破りたい。でも、あなたと敵対したまま、それを為し遂げられるほど私は強くありません」


 それは言い換えれば、アルヴィスと敵対しなければ為し遂げる自信があるという意味であり、為し遂げることを諦めれば、ここから逃げ延びる自信があるという意味でもある。


 そんな傲慢さに騎士達は色めきだったが――アルヴィスはふむと考え込んだ。


「手を組むと言ったが、俺のメリットはなんだ?」

「私はセドリックさんの計画に協力します。様々な魔導具を開発して、平民に行き届くほど量産できるように協力します。アリアに頼むつもり、だったのでしょう?」


 セドリックはアルヴィスと協力することで、互いに利益を生み出すことを考えていた。そのセドリックに予定通り協力すれば、アルヴィスの利益になるはずだと訴える。


「……なるほど、その計画自体は悪くない。だが……どうして信じられる? いまこうして騎士に囲まれていても堂々としていられるそなたが、警備が手薄になったときに逃げないと」

「それは……」


 たしかに、フィーアリーゼがその気になれば、油断したアルヴィス達を出し抜いて、この屋敷を脱出することは難しくない。

 油断を誘えば、アリアを運び出すことだって出来るかもしれない。


 なにより、アルヴィス視点から見れば、フィーアリーゼの言葉がすべてハッタリで、逃げる機会をうかがっている可能性も否定できないだろう。


(どうすればアルヴィス様を説得できるかしら?)


 あのときと違って、フィーアリーゼに匹敵するような魔術師はいない。周囲の騎士達を蹴散らして、この場からセシリアを連れて逃げることは不可能ではない。


 だが、アリアが封印されているクリスタルを運んで逃げるのはさすがに難しい。

 ここで逃げられることを証明してから戻ったとしても、アリアのクリスタルを運び出すチャンスをうかがっていないことの証明にはならない。


「ならば、そこにいる彼女、セシリアを人質とするのはどうだ?」

「なっ!? そんなこと、出来るはずないでしょ!」


 フィーアリーゼは声を荒らげた。

 そうして、セシリアをアルヴィスの視線から隠すように間に割って入る。


「なぜだ? 彼女が奴隷だからか?」

「え? あぁ……そうですね。奴隷が私の人質になると、思っているんですか?」

「いまの反応で、俺は“なる”と確信した」


 自身の反応がセシリアの人質としての価値を認めてしまったと知り、フィーアリーゼはうぐぅとうめき声を上げた。災厄の魔女、痛恨の一撃である。


「な、なるかどうかの問題じゃありません。セシリアを人質になんてしませんっ」

「どうしても、か?」

「どうしても、です。たとえこの話し合いが決裂したとしても、私は身内を危険な目に晒すつもりはありません。――だから、セシリアも安心してね」


 フィーアリーゼは斜め後ろを振り返った。


 たしかに、セシリアを人質に出せば穏便に収まるだろう。全体的に考えれば、問題は少ないと言える。

 だが、その手段はセシリア一人に問題を押しつけている。


 フィーアリーゼはセシリアを奴隷として扱っているが、奴隷にならなにをしても良いと思っているわけではない。そういう考え方を嫌っているとすら言える。

 その考え方は、平民にならなにをしても良いと思っている貴族と変わらないからだ。


「いいえ、フィーアリーゼ様。どうか、わたくしを人質にしてください」


 安心させようと振り返ったのに、なぜか人質になるという言葉を引き出してしまった。どうしてこうなったと、フィーアリーゼは困惑する。


「セシリア、なにを考えているの?」

「言葉通りです。わたくしは、フィーアリーゼ様を信じています。そして、人質はあくまで保険。フィーアリーゼ様の行動に問題がなければ、わたくしに被害は及ばないはずです」

「――そうだな。フィーアリーゼが無実なら、セシリアに危害を加えるつもりはない。それに、そなたが大人しくしている限りは、丁重に扱うことも約束しよう」


 アルヴィスが後押しするように口添えをしてきた。アルヴィスからセシリアを庇っていたはずなのに、なぜか二人は結託してフィーアリーゼを説得に掛かってくる。


「……私、セシリアを守ろうとしているのよ?」

「お気持ちはありがたいですが、交渉が決裂したときのことを考えると、わたくしの精神的な負担が大きすぎますわ。どうか、わたくしを人質にしてください」


 セシリアの真っ黒な瞳がフィーアリーゼを射貫く。

 精神的な負担なんて建前を信じたわけじゃない。だが、それが最善だと、セシリアが心から考えていることだけは分かった。


 フィーアリーゼは哀愁漂うため息をつき、アルヴィスへと向き直った。


「分かりました。条件によっては、セシリアを人質に出しても構いません」

「……条件とは?」

「セシリアの身の安全、特に衣食住は保証してください」


 セシリアの身分は奴隷でしかない。奴隷として、これくらいの扱いで良いとぞんざいに扱われたら困ると訴えた。


 ちなみに、肌着を与えなかったのはフィーアリーゼ嬢ではないか? などとセドリックが呟いているが、フィーアリーゼは黙殺した。

 あれは単に忘れていただけなのだ。


「分かった。行動には制限を掛けさせてもらうが、それ以外の待遇は客人として扱おう。それで問題はないか?」

「セシリアのことはそれで構いませんが、私はどうすれば良いんですか?」


 本来であれば、奴隷を人質に差し出したからといってなんの効力もない。

 アルヴィスは人質に価値があると認めているようだが、それでもフィーアリーゼの行動の制限をなくすとは思えない。


「そうだな……しばらくは、この屋敷に滞在してもらう。その代わり、この屋敷の中ではある程度の自由を保障しよう」

「……まあ、そうでしょうね。分かりました」


 その答えに、アルヴィスが眉を上げた。

 そしていぶかしむ様な視線を向けてくる。


「……なんですか?」

「いや、もっとごねるかと思ったのだが」

「私を屋敷に留めるということは、ベルディア侯爵家についてはそちらで調べてくださるのでしょう? なら、私はアリアの封印の解析に専念します」


 むしろ屋敷から出される方が困る――と、フィーアリーゼの言いたいことを理解したのだろう。アルヴィスは苦笑いを浮かべた。

 それから、アリアの封印が解除できるのかと問い掛けてくる。


 封印の解除には普通、鍵となる物や魔法陣が必要となる。

 それがないと言うことは、錠前を鍵なしで破るも同然だ。理論上は不可能ではないが、重罪人を封印するような錠前が単純なはずがない。


 ゆえに、不可能ではないが簡単でもないと答えた。


「長い時間が掛かるということか?」

「そうですね。早ければ数週間、長ければ何年、何十年と掛かるかもしれない。だけど、必ず封印を解いて見せます。彼女は、私の……友達ですから」


 口汚く罵ったフィーアリーゼを、それでもアリアはかばった。今度は自分がアリアを助ける番だと、フィーアリーゼはぎゅっと拳を握り締める。


「……そうか。では、俺がベルディア侯爵家に探りを入れているあいだ、そなたにはこの屋敷で魔導具の製作や、彼女の封印を解く方法を探すと言うことで構わないか?」


 その条件を呑むと、フィーアリーゼは右手を差し出した。



 ――これは、全てを失った少女が名誉を回復し、友情を育み夢を掴む、逆転の転換期。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る