貿易都市アルヴィス 後編 2

 フィーアリーゼ達はセドリックの案内で隠れ家へとやって来た。

 一見は石造りの倉庫だが、奥にある控え室のような場所に入ると、そこから地下へ降りる階段があり、その先には一枚の扉。

 扉の向こうには、魔導具の灯りで照らされた隠れ家が広がっていた。


「へぇ……思ったより、大きなスペースなのね」

「これだけの地下を掘るなんて、相当な労力を必要とするはずですよ」


 セシリアがそれとなく教えてくれる。

 300年前は魔術で基礎工事を終わらせるのが普通だったので、地下室を作ることにこれといった苦労はなかったのだが、現在はそう言うわけでもないらしい。


「いや、貿易都市アルヴィスには、地面を掘るためのアーティファクトがあるから、セシリアが思っているほどの労力は掛かっていない」


 セドリックによると、領主が建築ギルドに地面を掘るための魔導具を貸し与えているらしい。建築ギルドはそれを使い、地下室を作っているようだ。


 300年前と比べると他の技術が低下しているので気軽に作れるわけではないのだが、この街にはそこそこの地下室があるようだ。


「地下室は外部に音を漏らしにくいからな。隠れ家にするのは最適なのだ。そういえば、フィーアリーゼ嬢が選んだ家も、工房は地下にあったな」

「地下は一年を通して温度の変化が少なくて、工房を作るのに向いているんです」


 万が一の事故でも、周囲に被害を及ぼしにくいというのが理由の筆頭なのだが、セシリアをドン引きさせたことを思い出し、フィーアリーゼは口にしなかった。


「……わたくしとしては、いくら隙間があるとはいっても、空調がない地下室というのは少し恐く感じてしまいますわ」

「セシリア、それはどういう意味だ?」

「二酸化炭素は低いところに溜まりやすいんです」


 セシリアの言葉を理解できる者はいなかった。

 質問したセドリックはもちろん、フィーアリーゼも一緒に首を傾げる。


「えっと……空気というのは入れ替えなければ澱みます。特に澱んだ空気は下にたまりやすいので、定期的に入れ替えた方が良いんですよ」

「……ふむ。鉱山ではそのような話があるそうだが、地下室でも同じようなことが起きるのか? フィーアリーゼ嬢はなにか知っているか?」


 話を振られたフィーアリーゼは頬に指を当てて小首をかしげる。

 フィーアリーゼ自身も似たような話は聞いたことがある。魔術学校には地下が何層にも広がっており、空気が澱むという理由で空調の魔導具が取り付けられていた。


「似たような話は聞いたことがありますけど、もっと規模が大きくて密封された空間での話だと思います。この程度の地下なら問題ないのではないでしょうか?」

「そうか、ならば問題はないな」


 セドリックは問題がないとの結論に至ったようだが、セシリアの表情は晴れない。もしかしたら地下に苦手意識を持っているのかもしれない。


「セシリア、大丈夫?」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。地下は空気の入れ換えをするのが当然という認識がわたくしの中にあるので、なんとなく不安なんです。それに、問題にならないレベルでも、澱んだ空気を吸っていると、思考能力が一時的に低下すると記憶しています」

「それは……」


 フィーアリーゼにとっても無視できない問題だ。

 魔術を展開するには、魔力で緻密な魔法陣を描く必要がある。それを為すには思考能力が影響する。いざというときに手間取るような事態は避けたい。


「セドリックさん」

「なにを用意すれば良いんだ?」


 既に用件を察しているらしい。話が早くて助かると未使用のデバイスをお願いする。

 用意してもらうばかりでは悪いから、他にもいくつかデバイスを用意してもらえれば、欲しい魔導具を作ると付け加えた。


「気にする必要はないぞ。この街には地下が多いから、より快適になる魔導具が出来れば確実に金になるからな」

「今朝のお金の件もありますから」

「……ふむ。それこそ気にする必要はないが……まあそういうことなら好意に甘えよう。デバイスは既に手配済みなので、すぐに持ってこさせよう」


 言うが早いか、セドリックはデバイスを取りに階段を上がっていった。それを見送ったフィーアリーゼは、さっそく空調の魔導具を作るための設計を考える。


「セシリアは、空気の入れ換えってどうするのが良いと思う?」

「わたくしも詳しいことは知らないんですが、吸気口と排気口を用意して、どちらか片方に風を送る装置を設置する、もしくは両方に付けるの三種類が基本だと聞いています」


 二つの出入り口にそれぞれ魔導具を置き、片方は上向き、もう片方は下向きの風を産み出す方法を考える。だが、この地下室に出入り口は一つしかない。

 もう一つ出入り口を作るのは、どうしても大がかりになってしまう。


「うぅん、どうしたら良いのかな?」

「なにを悩んでいらっしゃるんですか? 家を丸洗いするフィーアリーゼ様なら、風を送るくらい簡単ではありませんか?」

「魔力の消費量を考えなければね」


 風魔術には特徴がある。

 至近距離で放つには非常に魔力効率が良いのだが、距離が伸びると途端に魔力効率が落ち込んでしまう。風は打ち出した瞬間に拡散を始めるからだ。

 地下の空気を外まで送り出すには、それなりの出力が必要となる。


 その説明を聞いたセシリアは小首をかしげながら口を開いた。


「たしか……筒の中で螺旋状に風を起こせば、遠くまで風が運ばれたはずですわ」

「……螺旋状に風を起こす?」

「小さな風車みたいな物をこれくらいの筒の中で回すんです」


 セシリアが身振り手振りで遠くへ風を運ぶ技術を説明する。

 フィーアリーゼのまったく知らない原理だったが、セシリアは至って真面目だ。ひとまず、魔術で再現できるかどうか、魔法陣の開発をおこなった。


 筒は道具を使えば簡単だが、いまは手元にないので魔法陣の中に組み込んで、筒の中で螺旋状に回る風を送り出すように魔法陣を組み上げる。


「取り敢えず言われたとおりに作ってみたけど、実際に遠くまで風がながれるかは試してみる必要があるわね。セシリア、階段の上に立ってくれるかしら?」

「え? それは、その……かしこまりました」


 なにやら少し躊躇った後、セシリアが階段を上っていく。

 フィーアリーゼは階段の下に立ち、階段を上りきったところにいるセシリアを見上げる。そうして、たったいま組み上げたばかりの魔術を発動させた。


 数秒の誤差があり、セシリアのスカートがふわりと舞った。ほんの少し舞っただけだったが、セシリアはばっと両手でスカートの裾を押さえた。


「うん、ちゃんと風が届いてるね。同じ魔力量でもう少し効率が上がらないか実験するから、その場にもう少し立っててくれる?」

「か、かしこまりました」


 スカートが風に揺れるのが恥ずかしいのか、セシリアは頬を染めて俯いた。

 ただ、セシリアを見ているのはフィーアリーゼの他におらず、そのフィーアリーゼは実験のことにしか頭にない。気にすることなく魔法陣の改良を始めた。


「セシリア、スカートを押さえられると、風の強さが分からないんだけど」

「うくっ。か、かしこまりましたわ」


 セシリアが羞恥に震えながら、スカートの裾から手を放す。束縛から解放されたスカートは、風によってふわりわりと舞い始めた。


 まるで、悪ガキが大人しい女の子のスカートを捲って虐めているような光景だが、フィーアリーゼは至って真面目である。

 もっとも、その真面目な視線こそが、セシリアの羞恥を強く煽っているのだが……もちろん、実験に集中しているフィーアリーゼは気付かない。


 ちなみに、風がそれほど強くなかったのがセシリアの救いだった。スカートは風に揺れる程度で、実験が終わるまで大きくめくれるようなことはなかった。

 セシリアは女性としての尊厳は守られたのである。


「……そこでなにをしてるんだ?」

「ひゃうっ!?」


 階上からセドリックの声が聞こえてきた。ホッと息をついた直後だったこともあり、セシリアが可愛らしい悲鳴を上げて飛び上がる。


「わ、わたくしは、その……」

「風を送る実験に付き合ってもらってたんです。デバイス、持ってきてくれましたか?」


 階上に向かって呼びかけると、セドリックが顔を出した。そうしてデバイスを取り出してみせると、そのまま階段を降りてきた。

 そんなわけで、地下の部屋へと戻ってセドリックと向かい合って席につく。


「これが未使用のデバイスだ。急いで取り寄せたから最高級品ではないが、現状で取り寄せられるデバイスの中では上位の性能なはずだ」

「……なるほど」


 300年前の一級品とは比べるまでもない。

 ただ、フィーアリーゼはデバイスの製作が専門外なので、自作のデバイスと比べるとそれほどの差はない。フィーアリーゼの物の方が少し上かな? 程度だ。


「取り敢えず、魔法陣を刻んじゃいますね」


 デバイスを手に取って、魔術領域に魔力を流し込んでいく。そうして真っ白な領域に、自分の魔力で魔法陣を刻み込んでいった。


「……ふぅ、これで完成」


 二人が固唾を呑んで見守っていると、フィーアリーゼがふっと息を吐いた。わずかな時間で、彼女は魔法陣を刻み終えてしまった。


「それで……完成なのか?」

「んっと、あとはこれくらいの筒が必要なんだけど、なにかないですか?」


 フィーアリーゼが身振りで伝えると、セドリックが水を流すパイプが倉庫にあると、すぐに取ってきてくれた。

 それにデバイスを取り付けて、魔石に魔力を込めれば完成である。


「これを階段のところに取り付ければ、空気の入れ換えは出来るはずです」


 試しに魔導具を起動させてみると、前髪を揺らす程度の風が部屋の端から端まで届いた。

 それを見ていたセシリアが小首をかしげた。


「フィーアリーゼ様が実験したときより弱くないですか?」

「さっきは実験のために強めにしてたからね。いまは魔石の魔力消費を抑えてあるの。四六時中起動させるならこれくらいで大丈夫でしょ?」


 なるほどと納得をするセシリアの横で、セドリックが魔導具をしげしげと眺めている。どうやら、他に応用が利かないか色々と考えているようだ。


「これは……色々なことに使えそうだな」

「空気の取り込む場所に氷を置いておけば冷たい風を送れますし、たき火の側に置けば温かい風を送れます。少し改良すれば水だって流せますし、使い道は多そうですね」


 セドリックの呟きに、セシリアが具体的な使用例を次々にあげた。ぽかんといった面持ちで、フィーアリーゼとセドリックが彼女を見つめる。


「……なんでしょう?」

「いや、よくそんなに色々な使い道がすぐに出てくるなと思ってな」

「あぁ……お姫様時代にあれこれ商品を考えていたんですけど、ローゼン公国には魔導具の開発を出来る者がいなくて、計画倒れになった商品がたくさんあるんです」


 さきほどのアイディアはその一つだそうだ。

 計画倒れになったとはいえ、魔導具を作れる者がいれば完成させられるアイディアが他にもいくつもある。その事実にセドリックが目をギラリと光らせ、フィーアリーゼも感心する。


「へぇ~すぐに思いついた理由がそれだとしても、普通はそんなこと思いつかないよね。セシリアって、発想力が凄いんだね」

「ローゼン公国で目新しい物が生まれるのはセシリアのおかげという噂を聞いたことがあるが、どうやら本当だったようだな」

「わたくしが凄いわけではないんですが……お役に立てたのなら嬉しいです」


 二人に褒められて、セシリアは若干恥ずかしそうに頬を染めた。


「私はそういう発想力ってあまりないから、凄く助かってるよ。それとセドリックさん、約束通り、残ったデバイスでなにか作るけど、なにが良いですか?」

「ふむ。では、いまのと同じ魔導具を頼む。色々と使い道を考えてみたい」

「じゃあ、それで」


 一度で魔法陣の構造を完璧に認識したフィーアリーゼは、先ほどと同じくらいの時間を使って、二つの魔導具を作り上げた。


 最初の速度でも、他の魔術師とは比べものにならない速度で、まだ早くなるのかとセドリックが呆れていたが、例によってフィーアリーゼは気付かない。

 出来たばかりの魔導具をセドリックへと手渡した。


「うむ、素晴らしいな。代金だが……」

「さっき言ったとおり、朝に頂いたお金の分で十分です」

「新作の魔導具がそのような金額で済むはずがないだろう。だが……まあ、必要ないというのならこちらで預かっておこう。必要なときに言ってくれ」


 お金を受け取ろうとしないフィーアリーゼに妥協案を打ち出してくる。結局、フィーアリーゼが押し切られる形で、差額はセドリックに預かってもらうことになった。


「それと、アルヴィス様は、明日の朝一番に会ってくださることになった」


 セドリックが思い出したように切り出した。隠れ家に向けて出発したときに出した遣いが、先ほど返事を持って戻ったらしい。


 ちなみに、貴族は普通、そんなにすぐには会ってくれない。軽く用件を伝えたところ、急を要するとして、優先して会ってくれることになったそうだ。

 アルヴィスに対処するつもりがあると知って、フィーアリーゼは少しだけ安堵した。


「さて、時間も遅くなってきたから夕食を用意させよう。他に、なにか必要な物はあるか?」


 なにかあったかしらと、フィーアリーゼは少しだけ考えを巡らせる。

 差し当たって必要なのは衣食住の三種類。隠れ家があり、夕食は届けられる。服も三着買ってあるので、当面は問題ないだろう。


「わたしは特にないけど、セシリアはなにかある?」

「え? その……ありますけど、よろしいのですか?」

「よろしいって……なにが?」

「いえ、なんでもありません。もし可能でしたら……その、肌着を用意して頂けますか?」


 セシリアが恥じらいながら呟いた。

 その言葉の意味を考え、フィーアリーゼは「――あっ!」と声を上げる。フィーアリーゼ自身は、自分の身体を洗浄するときに肌着も一緒に洗って使っている。

 だからすっかり忘れていたのだが、肌着は買い足していない。


 だが、冷静になって考えると、セシリアは奴隷服の下になにも付けていなかった。つまりは、買い足すもなにも、初めから一つも持っていない。


「ご、ごごごめんなさいっ!」


 風の魔術でセシリアのスカートをひらひらさせたあげく、裾を押さえるのを禁止したことを思い出したフィーアリーゼはペコペコと頭を下げた。




 セドリックの部下達が警戒していた影響もあったのか、とくになにごともなく夜が明けた。

 朝食の後、フィーアリーゼ達は馬車に乗ってアルヴィスの屋敷へと向かう。


 セドリックは商人としての正装だが、フィーアリーゼにそのような服はない。ひとまず正装の代わりに制服を身に付けている。

 ちなみに、元お姫様の奴隷は、フィーアリーゼが買い与えた平民の私服と――その下には至急用意された肌着を身に着けている。


 なお、肌着はセドリックの部下である女性の買い置きである。

 胸回りがキツいとセシリアが呟いて、部下の女性とフィーアリーゼを敵に回していた。


 持てる者には、持たざる者の苦労が分からないのである。もっとも、持たざる者には、持てる者の苦労が分からないのだが――閑話休題。


 馬車は何事もなく屋敷に到着。フィーアリーゼ達は入り口で持ち物を検査された後、使用人によって応接間へと案内された。


 柔らかそうなソファに、大きな一枚の木を削り出したテーブル。見るからに高価な家具が使われているが、決して成金趣味ではなく、落ち着きのあるデザインで纏められている。

 この屋敷の主であるアルヴィスの人柄がなんとなく伝わってくる。


 ただ……なぜか部屋の隅には、布が掛けられた大きな円柱状のなにかが置かれている。それがなにかは分からないが、明らかにこの部屋には浮いていた。


 フィーアリーゼはなぜかそれが気になった。

 だが、布で覆われていては見ることも出来ない。フィーアリーゼは少し苦労しながらも、好奇心を意識から閉め出した。


 ひとまず、アルヴィスが現れるまで少し掛かるとのことで、フィーアリーゼとセドリックがソファに腰を下ろしたが、セシリアはその後ろに控える。


「セシリアは……」

「わたくしは奴隷ですから」


 フィーアリーゼがみなまで言うより早く、セシリアが気にしないでくださいとばかりに首を横に振る。その姿に、フィーアリーゼは胸を痛めた。


 セシリアを助けようと思った切っ掛けはただの同情だ。

 だが、アリアと同じ志を持ち、フィーアリーゼと同じ心の傷を抱えている。元お姫様の奴隷でありながら、優しい心根をしている。


 主人と奴隷としてではなく、同じ夢を持つ者同士。一緒に過ごすうちに、セシリアと仲良くしたいと、フィーアリーゼは思い始めている。

 この話し合いが終わったらセシリアと話そうと、フィーアリーゼは決意する。


 それからほどなく、応接間の扉が開いて男が入ってきた。


 三十代前半くらい。さらりとした金髪に、すべてを見通すような青い瞳。整った顔立ちの男はこの街の領主、アルヴィスである。


 十人の女性がいれば、十人ともが美形だと答えるだろう。むろん、好みかどうかは人によって別れるが、美形であることに間違いはない。

 フィーアリーゼは立ち上がって、部屋に入ってきたアルヴィスを出迎える。


「初めまして、アルヴィス様。本日はお時間を取ってくださり、ありがとうございます」

「うむ。事情は伺っている。おまえが――」


 フィーアリーゼに視線を合わせたアルヴィスが息を呑んだ。すべてを見通すような青い瞳が、魔導具の灯りを映してゆらゆらと揺れている。

 やがて長い沈黙の後、アルヴィスは「そうか……」と呟いた。


「……あの、なにか?」

「いや、こちらの話だ。まずは座るがいい」


 アルヴィスに勧められ、フィーアリーゼとセドリックが並んで座る。セシリアは動かず、フィーアリーゼの斜め後ろに控えている。


「さて、おおよそのの事情は聞いているが、あらためて教えてくれ」


 促されたフィーアリーゼは、ザームドの遣いを名乗る男がセシリアを譲れと迫ってきたこと、それがあまりに横暴だったので追い返したこと、面倒になりそうだからこの街を出ようとしたら、セドリックにアルヴィスに相談するように勧められたことを打ち明けた。


「侯爵家の当主とは、面倒な奴が出てきたな」

「面倒な奴、ですか?」

「金と権力だけは持っているからな。同じ貴族相手にはそれなりの態度を持って接しているのだが、平民にはやりたい放題だと聞いている」

「そうですか……」


 平民相手にやりたい放題でも、貴族にはそれなりの礼節を持っている。つまりは、自分に匹敵する力を持つ者は敵に回していない。

 アルヴィスには止める口実がないのではと、フィーアリーゼは思った。


「事情は分かった。ザームドがおまえ達に危害を及ぼさないように手を打ってやろう。あいつには色々と手を焼かされていたから良い機会だ」


 だから、アルヴィスの言葉が一瞬理解できなかった。直後、あの横暴貴族からフィーアリーゼ達を守るという意味だと理解して、逆に警戒心すら抱いてしまう。


「……本当、ですか?」

「本当だ。ザームドは侯爵だが、俺は公爵でこの街を治めている。少なくとも、この街で奴の好きにはさせん。おまえ達は俺の身内として保護すると約束しよう。ただし――」


 フィーアリーゼ達にとってこれ以上は望むべくもない。そんな言葉を口にして、アルヴィスは静かにソファから立ち上がった。

 そうして壁の方に歩いて行くと、布で覆われた円柱状のなにかの前に立つ。


「フィーアリーゼ。そなたには一つ、質問に答えてもらおう。その返答次第で、俺はお前を全力で保護すると約束する。だが、その答えによっては……」


 アルヴィスはその続きを口にしなかった。


「なんだか分かりませんが、質問があるというのなら答えます」

「そうか……では、彼女を知っているか?」

「彼女?」

「そう、彼女だ」


 アルヴィスが布に手を掛けて、バサッと取り払った。その下から出てきたのは、クリスタルで出来た円柱の柱。

 魔導具の灯りを受けて虹色に光り輝くクリスタルの中には一人の少女。


 フィーアリーゼと同じ制服を身に纏い、封印によって永遠の眠りにつく彼女は、フィーアリーゼがもはや二度と会えないと思っていた相手、アリアに他ならなかった。


 フィーアリーゼは目を大きく見開いて、信じられないとばかりに手で口元を覆った。


「どう、して……アリアが?」

「……そう、か。やはりおまえはアリアを知っているのだな。フィーアリーゼ……いや、世界に災厄をもたらした魔女、フィーアリーゼよ」


 アルヴィスが右手を挙げる。

 その直後に入り口の扉がバンッと開かれて、武器を構えた騎士達が流れ込んできた。

  

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