貿易都市アルヴィス 前編 3

 ――300年前。アリアとフィーアリーゼが共同で魔導具を開発を始めてから半年ほど過ぎたある日、ついに新型デバイスの試作品が完成した。


「やっぱりアリア様は凄いです。デバイス反応速度も飛躍的に上がったし、魔力の許容量も従来以上に大きくなりました。これなら、きっとみんなを幸せに出来ますよ!」

「そう、だね」


 幸せの絶頂にあるはずなのに、なぜだかアリアの表情は暗い。そんなアリアを不思議に思ったフィーアリーゼがどうしたのかと問い掛ける。

 だけどアリアは答えず、別の質問を投げかけてきた。


「ねえ、フィーアリーゼが嬉しそうなのは、平民の暮らしが良くなる魔導具の完成が見えてきたから? それとも、もうすぐ私との縁が切れるから?」

「……え?」


 なにを言われているか分からなかった。


 フィーアリーゼにとってアリアは友人、ではない。

 本当はずっと友達になりたいと願っていたが、アリアは貴族のご令嬢だからと、対等に接することは出来なかった。

 だから、いまだに敬語だって崩せない。


 だけど、以前よりは確実に仲良くなっている。

 この開発が終わったら、勇気を出して友達になって欲しいと打ち明けるつもりだった。それなのに、縁を切るなんて意味が分からない。


「私、聞いちゃったの。あなたが影で、本当は魔法陣の研究をしていたいのに、どんくさい私と組まされて良い迷惑だと吹聴してる、って」

「……え?」

「言ってくれれば良かったのに。フィーアリーゼと一緒に開発するのは楽しい、なんて一人ではしゃいで……本当は迷惑をかけてただけ、なんて。私、馬鹿みたいじゃない!」

「ま、待ってください。誰から聞いたんですか!? 私、そんなこと言ってません!」

「みんな口を揃えて言ってたわ! 私、そこまでして一緒に研究なんてして欲しくない! フィーアリーゼは一人で好きな研究をすれば良いのよ! 私だってそうするからっ!」


 完成した試作品を投げ捨てて、アリアは二人っきりの研究室から飛び出していった。

 残されたフィーアリーゼはアリアを追うことが出来なかった。去り際のアリアの瞳から、涙がこぼれ落ちるのを見てしまったからだ。


 きっと、いまの自分が追い掛けてなにを言っても信じてもらえない。そう思ったフィーアリーゼは、どうしてこんなことになってしまったのかを考える。


 原因は決まっている。誰かがアリアに嘘を吹き込んだからだ。

 それが誰なのか。

 それも決まっている。ことあるごとにフィーアリーゼに嫌がらせを続けてきた侯爵令嬢、パメラとその取り巻き以外にありえない。


「……ふっ、ふふふ。やって、くれたわね。許さない、絶対に許さないわ」


 いままでのフィーアリーゼはずっと我慢を続けていた。

 パメラがベルディア侯爵家のご令嬢で、自分が平民の娘だからという理由だけじゃない。自分の人付き合いの悪さが、貴族の不興を買う一因になっていると理解していたからだ。


 だが――パメラはアリアを泣かした。

 フィーアリーゼが魔術学校に通うようになって、初めて友達になりたいと願った相手との関係をぶち壊しにした。


 だからフィーアリーゼは、貴族なんて知ったことか、それ相応の報いを受けさせてやるとぶち切れて、パメラの研究室へと乗り込んだ。


「あら、なんですの、急に。来訪の知らせは頂いておりませんわよ?」


 研究室にはパメラと、彼女の派閥に参加する娘達が揃っていた。

 フィーアリーゼの無作法を咎めつつも、彼女達の顔に浮かんでいるのは期待と嘲笑。今日この瞬間、フィーアリーゼとアリアの関係が壊れることを確信していたのだ。


「単刀直入に聞くわ。アリアに根も葉もない噂を吹き込んだのは貴方ね」

「あら、ずいぶんと失礼なことをおっしゃいますね。あなたが成績の劣るアリアさんを影で馬鹿にしていたのは事実ではありませんか」


 フィーアリーゼはそんなこと、思ったことすらない。

 だから、そう主張する彼女こそが犯人で間違いないのだが、パメラは権力という名の暴力を使って、自分達の主張が正しいと押し通す自信があるのだろう。

 自分がやったと明言は避けつつも、隠すつもりはないらしい。


「……そんなだから、あなたは私に勝てないのよ、パメラ様?」

「――なんですって?」


 フィーアリーゼの挑発に、パメラが顔色を変えた。


「私が主席から落ちたって、他の学年を見ればもっと優秀な者はいる。社会に出れば、それこそ私が足下にも及ばないような天才だっている。なのに、あなたは私を蹴落としさえすれば、自分が上になれると思ってる。これほど滑稽なことが、他にあるかしら?」

「くっ。この……っ。言わせておけば、わたくしが滑稽ですって?」

「そうよ、最高に笑えるわ。あなたは決して最高の魔術師になんてなれない。それどころか、世紀の発明をする彼女(アリア)の足を引っ張った愚か者として、後世に名を残すでしょうね」


 フィーアリーゼの暴言に、パメラの顔が真っ赤に染まった。だが、彼女が声を荒げるより先に、彼女の取り巻き達がフィーアリーゼを罵り、掴みかかってくる。


 そうして、一歩引いた立場になったからだろう。

 パメラは少しずつ、余裕のある表情を取り戻したのだろう。自分達の取り巻きをフィーアリーゼから離れさせ、不敵な笑みを浮かべて見せた。


「ふっ。そこまで言うのでしたら、次の試験の結果で勝負しましょう。どちらが正しいのか、証明して差し上げますわ」

「ふぅん? やれるモノならやってみなさい」


 パメラの力を持ってすれば、試験の結果に影響を及ぼせるであろうことは理解している。そのうえで叩きのめしてあげると、フィーアリーゼは受けて立った。

 そうして踵を返して、部屋から出て行く寸前、一度足を止める。


「あぁ……そうだ。その大層な魔法陣をどこから持ってきたのかは知らないけど、破綻してるわよ。そのまま動かしたらなにが起きるか分からないから気を付けなさいよ?」


 敵に塩まで送って、フィーアリーゼは研究室を後にする。部屋の中から物を壊すような音が聞こえてくるが、もはや知ったことではないと立ち去った。



 それから数日。

 フィーアリーゼは研究室に籠もり、試作品のデバイスに魔法陣を組み込んでいた。

 アリアの願いは、平民達が幸せに暮らせるような魔導具を作ること。

 それを念頭に置いていたフィーアリーゼは、魔物に子供が殺される事件が多いことを考慮して、子供にも使える防犯グッズを作ることにした。


 使用者が敵と認識した対象だけを正確にロックし、複数の光で一斉に打ち抜く。二つの魔法陣を用いて、子供にも安全に使えるようにする。

 更には研究内容が盗まれないように、外部からの鑑定を弾く細工も施した。


(これを持っていけば、アリア様も話くらいは聞いてくれるかな?)


 完成した魔導具を胸に抱いて、アリアと仲直りする方法を考える。

 研究室の扉がノックされたのはそんなときだった。


 来客者は――アリアだった。


「アリア、様?」

「少し、話をしても……良いかな?」

「え、ええ、もちろんです」


 完成したばかりの魔導具を机の上に置き、奥でお茶請けの用意をする。研究室に戻ると、アリアが魔導具を手に取って驚いた顔をしていた。


「フィーアリーゼ、これは?」

「アリア様が平民の暮らしを良くしたいと言っていたので、子供でも安全に使える自衛用の魔導具を作ったんです。その、子供が魔物に殺されることが多いので」

「そう、なんだ……。ふふ。自衛なのに、魔物を殲滅する仕様なのがフィーアリーゼらしいね」

「そ、それは、その……魔物の素材は、平民にとって結構なお金になるので」


 平民の懐事情にまで気を使っていることを打ち明けると、アリアはクスクスと笑った。


「やっぱり、フィーアリーゼは、フィーアリーゼだね」

「えっと……それは、どういう意味ですか?」

「あの後、少し考えたの。フィーアリーゼが、本当にそんなことを言ったのかな、って。もしかしたらクラスのみんなが、口を揃えて嘘を吐いているんじゃないかな、って」

「――っ」


 それこそが、フィーアリーゼにとっての事実であり真実だ。その事実に、アリアが自力でたどり着いてくれたことに歓喜する。


「そもそも、フィーアリーゼが私以外のクラスメイトと仲良くしてるところ見たことないし。もしなにか不満を抱いていても、クラスメイトには言わないんじゃないかなぁって」

「……それは、ええっと。まぁ、そうですけど」


 友達がいないことがプラスになるとは思っていなかったと、フィーアリーゼは困惑する。だけどそんな彼女に対して、アリアは「だからあなたの口から真実を聞きたい」と続けた。


「フィーアリーゼがどう思っているか正直に教えて。それがどんな内容だったとしても、私はその言葉を信じるから」

「アリア様……」

「アリアで良いよ、フィーアリーゼ」


 フィーアリーゼは不覚にも泣きそうになる。

 ずっと、そう呼びたいと思っていたけど、身分の差があるから、決してそんな風には呼べないとも思っていた。そんな彼女と友達になれる。


「私は――」

「――全員、そこを動くな!」


 いきなり研究室の扉が開かれ、そこに警備兵達が流れ込んできた。彼らは油断なく杖を構えながら、フィーアリーゼ達を取り囲む。

 その予想外の出来事にフィーアリーゼ達は動けない。


「俺は国から今回の調査を任された騎士だ。この場で嘘を吐くことは許さぬ」


 騎士の恰好をした男が詰め寄ってきた。そうして「フィーアリーゼはおまえだな?」と、フィーアリーゼに向かって尋ねてくる。


「ええ、私がフィーアリーゼですが、なんでしょう?」

「そうか。ならば、おまえを礎の間に立ち入った罪で拘束する!」

「……は?」


 礎の間というのは、この魔術大国を支える魔法陣が刻まれている部屋のことだ。大陸の主要な施設に設置されており、その場所への立ち入りは固く禁止されている。


 学校の地下にも存在することは知っていたが、立ち入った物は重罪人として扱われる。それを知っていて、そんな場所に立ち入るはずがない。

 そもそも、何重にも封印が施されており、一般人が立ち入れるはずもないのだ。


「なにかの間違いです。私はそのような場所に入っていません!」

「本当にそうだと言い切れるか?」

「もちろんです」

「そうか。ちなみに、これは礎の間に落ちていたのだが……」


 騎士が取り出したのは、学生服の袖のボタン。

 そして、流れるような動きで、フィーアリーゼの袖を掴み上げた。


「……ふ。やはりボタンがないようだな。一体どこで、落としたと言うのだ?」

「え、それは……」


 偶然だと言うしかない。

 だが、それを口にする寸前、フィーアリーゼはあることを思いだした。数日前、パメラの研究室に乗り込んだとき、彼女の取り巻き達に掴みかかられている。


「そのボタンはたぶん、パメラ様の研究室で落とした物です」

「――あら、だったら私がそのボタンを礎の間においてきたとでも言うのかしら? この期に及んで、いくらなんでも見苦しいんじゃありませんか?」


 不意に嫌みったらしい声が響いたかと思えば、ニヤついた笑みを張り付かせたパメラが研究室に入ってきた。

 もはや疑う余地はない、彼女がフィーアリーゼをはめた犯人だ。


「聞いてください。私じゃない、彼女が犯人です!」

「あら、酷いわね。ねぇ、彼女はこう言っているけど、あなたはどう思うかしら?」


 パメラが騎士に問い掛ける。騎士は、「侯爵令嬢であるあなたがそのようなことをするとは誰も思いません」と答えた。


「だそうよ?」

「この卑怯者っ! 貴族の地位や、仲間達を使ってこんなことをして恥ずかしくないの?」

「ふん。見苦しいわね。どうせ、次の試験でわたくしに負けないように、礎の間の魔法陣を参考にしようとかしたんでしょ? そう考えると、いままでの成績も怪しいですわね」

「――くっ」


 まさか、パメラがここまでやってくると思っていなかった。完全にフィーアリーゼの慢心が招いた事態である。


「――待ってください、フィーアリーゼがそんなことをするはずありません!」


 絶望するフィーアリーゼを庇うように、アリアが前に出た。

 アリアとて子爵家の娘。パメラには及ばずとも発言力はある。そんなアリアがフィーアリーゼを庇ったことで、態勢は揺れるかに思えた。

 だが、パメラは相変わらず笑っていて――


「たしかに、フィーアリーゼが一人で礎の間に入るのは難しいでしょうね」


 フィーアリーゼはパメラの筋書きを理解して、ゾクリと寒気を覚える。パメラはアリアをフィーアリーゼの共犯として仕立て上げ、二人纏めて叩き落とす腹づもりなのだ。

 そして、パメラがここまでやる以上、万が一つにも逃れる術はないのだと理解する。


「あはっ、あははははっ!」


 フィーアリーゼは狂ったように笑い声を上げる。そうしてみなの注目を集めたフィーアリーゼは、驚くアリアへと嘲笑を浴びせた。


「この期に及んで私を庇うなんて、本当におめでたい性格ね」

「……なに、を? なにを言ってるの?」

「まだ分からない? このあいだの陰口の話は本当よ。私はあなたと組むのが嫌で嫌でしかたなかったのよ。それなのに仲直りに来るなんて、本当に笑っちゃうわ!」


 初めて友達になれたかもしれないアリアを罵倒する。ショックで涙するアリアに、泣き虫、そんなことでこの先やっていけると思っているのかと罵っていく。

 愚かで哀れなアリアが、非道な魔女に騙されていたのだと周囲に刷り込んでいく。


 思惑に気付いたであろうパメラが苦々しそうな顔をしているが、騎士や警備兵達は、庇ってくれた相手を罵るフィーアリーゼに冷めた視線を向けていた。

 ささやかな抵抗が成功したことに満足をしながら、フィーアリーゼは最後の仕上げをする。


「礎の間に入ったことがバレたのは失敗だったけど、そのおかげであなたと二度と会わずに済むことだけは幸運ね。さようなら、アリア・・・


 ありもしない罪を認め、アリアは無関係だと切り捨てる。

 最初で最後、ずっとそう呼びたいと願っていた初めての呼び捨てアリア呼びは、フィーアリーゼが思っていたのとはまるで違う、罪悪感と悔しさにまみれたものになった。



     ◆◆◆



「……ここは?」


 フィーアリーゼが目を覚ますと、シンプルな部屋のベッドで眠っていた。


(……そうか、私は300年の封印から目覚めて)


 街道でセドリックと出会い、アリアとの思い出の魔導具と引き換えにセシリアを手に入れた。そうして、そのセシリアと一緒に宿で眠っていたことを思い出した。


 どうやら夢を見ていたらしい。

 嫌な夢だった……と、フィーアリーゼはため息をつく。


 あの後、フィーアリーゼは異例の早さで封印処理を施された。

 結局、アリアとはあれから会っていない。会ったところで、真実を話すわけにはいかなかったので、フィーアリーゼとしてはそれが唯一の救いだった。

 再びアリアを罵るような事態になれば、きっとフィーアリーゼの心は折れていただろう。


 失ったモノはあまりに多いが、護れたものもある。

 あんな風に罵られたアリアが、フィーアリーゼを庇うことはありえない。フィーアリーゼはパメラのもくろみを一つ潰し、アリアを護ったのだ。


(アリアの一生が幸せであったのなら良いのだけど……)


 アリアが幸せに暮らしていたとしても、もうとっくに寿命で死んでいる。彼女の行く末を知ることが出来ないことだけが、フィーアリーゼにとっての未練だった。


(ところで……)


 フィーアリーゼは眉をひそめる。

 隣のベッドで寝ていたはずのセシリアが、なぜか同じベッドに潜り込んでいて、さっきからフィーアリーゼをぎゅっと胸元に抱きしめているのだ。

 夢見が悪かったのは間違いなく、セシリアの胸で息苦しかったからだろう。


「セシリア、起きなさい。というか、放しなさい。セシリア、命令――」


 腕の中から抜け出し、セシリアの顔を覗き込んだところで言葉を飲み込んだ。閉じられた瞳から涙が零れて、頬を濡らしていたからだ。


(そういえば、セシリアも私と似たような裏切りにあって一人になったのよね)


 二人並んでいれば、セシリアの方が大人びて見える。十人が見れば、九人くらいはセシリアを年上だと言うだろう。

 だが、実際にはフィーアリーゼの方が年上で、痛みに耐える方法も知っている。

 だから――と、溜息を一つ。

 フィーアリーゼは手間の掛かる少女の頭を優しく撫でつけた。


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