5.さて、ティーブレイク

 私がミルクティーを待っていると、突然、回りじゅうの壁が、シュワノールの声で話しはじめた。

『上を見て。さあ、いくわよ』

 見上げると、天井から金属製の管の先端が出ているのが見える。その管が少し震えると、いきなり茶色の液体が飛び出てきた。

「きゃー、なにするのよ!」

 とっさに、受け止めるカップも、ポットもない。仕方なく、若苗色の制服の短いスカートで、茶色い液体、たぶん紅茶なんだろうけど、を受け止めようとする。

「あれ?」

 茶色い液体が、たしかに降ってきたはずなのに、熱くもないし、そもそもスカートが濡れてもいない。

 上を見上げたり、床に目を落としたりしていると、シュワノールがドアを開けて、紅茶とコーヒーのセットをお盆に乗せて、入ってくる。

 わたしは、シュワノールに、食ってかかる。

「なによ。どうなってるのよ。今、紅茶、かどうかわかんないけど、茶色いものが、天井から落ちてきたわよ!」

 シュワノールは、いつの間にか出てきていた丸いテーブルに、コーヒーと紅茶をセットする。テーブルには、赤と白のチェックのテーブルクロスが、かかっている。紅茶は、ポットに入った本格的なものだ。お茶のしたくをしながら、シュワノールは何事もなかったように、静かに言う。

「おもてなし、よ」

「おもてなしって、なによ」

「退屈させちゃ悪いから、立体映像を映してみたのよ」

「立体映像ですって! なんだって、あんな物騒な映像を流すのよ」

「退屈しなかったでしょ」

「あーのーねー。だいたい、ティーバッグって、なによ。どう見ても、本格的な、葉っぱから入れるやつじゃない」

「あら、珍しい。ティーバッグの方が、お好み?」

「そんなわけないでしょ」

 だが、そうこうするうちに、美味しそうな紅茶がカップに注がれた。シュワノールは、自分のカフェオレを作りながら、聞く。

「お砂糖は、いくつ?」

 私は、戸惑いながら、

「えっと……二つ?」

 だが、カフェオレを自分のカップに入れ終わったシュワノールは、それっきり動こうとはしない。私は、さっきからの興奮も手伝って、シュワノールに食ってかかる。

「なによ、お砂糖、入れてくれるんじゃないの?」

「ううん、聞いただけ」

 怒りに、顔が真っ赤になるのがわかる。

 なんとか、爆発しそうな心を押さえつけ、砂糖とミルクを入れる。シュワノールは、もともとカフェオレだが、砂糖も入れないらしい。依然として静止しているシュワノールに、怒鳴りそうに成りながら、聞く。

「ねえ、立ったまま飲むの?」

 シュワノールは、さも意外そうな顔をする。

「あら、椅子かなにか、あった方がいい?」

「そりゃ、そーでしょー」

 すると、シュワノールがなにもしていないようなのに、どこからともなく木の椅子が二人のすぐ後ろにあらわれる。クッションもなにもないが、妙に落ち着く椅子に座り、お互いのカップに手をつける。私は、驚いて言う。

「おいしい」

「あら、味なんかわかるの」

「おまえなー」

「で、どうしたらいいかという、アイデアの話だけど」

 私は、ミルクティーを吹き出しそうになりながら、

「突然、話を戻すな」

「その前に、人間の内面の認識について、少し話をしておくと」

「いや、ちょっと待て」

「まず、人の話は、素直に聞くこと」

「なによ、私が素直じゃないって言うの」

「今は、一般論」

「いや、だから」

「その人にとって、ブラスになることなら、それは得なの」

「あたりまえ」

「逆に、マイナスにならなければ、損にはならないの」

「それも、あたりまえ」

「人の話を聞くってことは、その内容が自分にとって、プラスになるか、ならないかの、どっちかよね」

「そうよ」

「だから、人の話を聞くってことは、得をするか、損も得もしないか、そのどっちかになるわけ」

「それも、あたりまえね」

「逆に、人の話を聞かないってことは、プラスを逃がすか、プラスでもマイナスでもないものを逃がすか。つまり、得を逃がすか、損も得もしないか。損をするか、損も得もしないか、そのどっちかね」

「うーん、まあ、いってる意味は正しいような気がするけど」

「だから、人の話を聞けば、得をするか、ブラスマイナスゼロか。人の話を聞かないと、損をするか、プラスマイナスゼロか」

「うーん、なんとなく、騙されてるような」

「人の話は、絶対に聞かないといけないの。これには、例外はないわ」

「なんとなく、納得できない」

「じゃ、どうして素直に聞かないといけないのかって言うと」

「別に、聞きたいとは思わないけど」

「せっかくプラスになるかもしれない話を、ちゃんと受け取れないと、プラスを充分にはもらえないでしょう」

「そんなもんですか」

「だから、相手の認識している内容を、できるだけそのまんま、こちらの内面で認識しないと、損するかもしれないのよ」

「そう言われましても」

「だから、人の話は、素直に聞かないもいけないのよ」

 私は、それがどうしたというのか、そもそも、現在私が抱えている問題とどのように関係してくるのか、いっこうにわからないままに、二杯目の紅茶をポットから注いでいた。

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