3.認識の未分化

「もちろん、相手のことを考えないで行動する人は、認識が分化していないっことは、わかるわよね」

「もちろん、わからないわ」

「反社会的な犯罪をおかす人も、認識の未分化が大いに疑われるってことも、もちろん、わかるわよね」

「もちろん、わからないわ」

「だから、今度の事件の場合、認識が分化していない人間が起こした事件の可能性が高いってことも、もちろん、わかるわよね」

「もちろん、わからないわ」

「だから、警察署のシージョ署長も、認識研究所に来るように、言ったんだと思うの」

「あーのーねー。」

「なあに、わからないの?」

 シュワノールが大きな黒目をくるりと一周させ、すっくと立ち上がる。長身でスマートなのが腹が立つ。

「こっちは素人なのよ。わかるわけないじゃないの」

 私も、負けじと立ち上がる。こっちは小柄で、おまけに小太りだから、誠に面白くない。

 シュワノールがさらに私に近づく。私も相手を見つめながら一歩前に出る。相手が頭二つぶん上だから、手を伸ばせば届くような距離になると見上げる形になるので、頭にくる。

 どこに隠し持っていたのか、シュワノールが突然、変な飾りの付いた棒を突き出し、先端を私の額のすぐ前で静止させる。

「認識スキャナー!」

 7色の光線が棒の先から発射されたようだが、あんまり近くてよく見えない。しばらくすると、頭の上がチカチカしだしたようだが、そっちは完全に見えない。

「なによ、これ」

「あ、ごめん、自分じゃ見えないわね」

 シュワノールが魔法少女のような棒を壁に向けると、その部分の壁が自動的に暗くなり、なにかの図面のような映像が映し出される。

 唖然としている私をよそに、シュワノールは落ち着いて話しはじめる。

「これは、ジュミちゃんの心の中よ」

「なんですって? 勝手に人の心の中をのぞくなんて、失礼じゃないの」

 だが、シュワノールは、まるで私の声が聞こえていないかのように、壁の映像に見入っている。

「何て珍しい」

 私も、つい、心の中をのぞいた非礼をたしなめるのを忘れ、聞いてしまう。

「なに? なにが珍しいの」

 だが、きっと稀代の天才に違いないという期待を打ち砕き、シュワノールはのたまう。

「ここまで幼い内面は、久しぶりに見たわ」

「な、なんですって! 私の心の、どこが幼いっていうのよ」

 シュワノールは、あわれむように私の顔をのぞきこむ。

「内面が、二つにしか分かれてないわ」

「なにー! それがどうしたっていうの。っていうか、この変な棒、故障してるんじゃないの?」

 だが、たしかに壁の映像は、多少ゆがんだ真四角の真ん中に、きれいに横の線が一本入っている。シュワノールは、相変わらず自分の世界の中で、感極まっている。

「今どき、こんな子供の認識能力のままで大人になる例があるなんて」

「な、なにー。私のどこが子供だってのよ」

「そーゆーとこよ」

 平然と私を指差す。

「人のことを指差すんじゃないわよ! 二つにしか分かれてないからって、それがどうだっていうのよ」

「知能水準が低いってこと。認識カッターで、無理やり分化させてやることも……できるんだけど……」

「できるんだけど……なによ!」

「時たま、普通の生活ができなくなる人がいるのよね」

「な……なんですって! それってつまり……」

「まあ、ちょっと、正しく認識したり、考えたりすることが、できなくなっちゃうのよねー」

 私は、顔から火が吹き出るんじゃないかと思うぐらいの怒りに燃えながら、食ってかかる。

「な……なんてことを……ひ、人を、まともな生活ができなくなるように、しようだなんて!」

「でも、人間って、不思議ね」

「なにが不思議だってーの?」

「ひとごとだと、どんな辛い苦しみにも、耐えることができるんだわ」

「あーのーなー! おまえなー! 普通の生活ができなくなるのは、あたしなんだぞ!」

「そうよ」

「そうよ、じゃなーい! そんな目に逢わされて、たまるもんですか!」

「だから、一瞬、ためらったじゃない」

「一瞬ためらったって、要するに、結局、やるつもりだったんでしょー」

「まあ、五分五分ってとこね」

「なんなんだ、その、五分五分ってのは! 私がどうなっても、いいっていうのね!」

「うん。だって、ひとごとだもの」

 開いた口がふさがらないとは、このことだ。

「あんた正気? あんたの方が、よっぽど子供じみてるじゃないの!」

 だが、シュワノールは、ゆったりと微笑む。

「ジュミちゃんこそ、わかってないわね。私は、学者として、純粋にサンプルを分析しただけよ」

「サンプルですって?! あたしゃ、実験動物か!」

「実験動物にしても、こんなに鮮やかなのは、珍しいわ」

「珍しいって、なんてこと言うのよ! だいたい、認識が分化してるとか、してないとかってのは、なんなのよ!」

 シュワノールは、仕方がないという顔で、まるで子供をあやすように、ゆっくりと説明をはじめる。

「あのね、人間はね、生まれた時には、まだなんにもわからないで生まれてくるのよ」

「それぐらい、知ってるわよ」

「それが、成長するにしたがって、自分と回りとの区別がついたり、相手のことを思えるようになって、認識が分化していくの。これが、知能水準が上がっていくってことなんだわ」

 うーん、こいつは、なにを言おうとしているんだ?

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