2.こちら認識研究所

 セブンタワーシティでは、みんなルクータで移動する。まあ、空飛ぶ車みたいなもんだ。行き先の塔の名前、階数、部屋番号を入力すれば、あとは自動運転で運んでくれるので、大人も子供もルクータしか使わない。万一、ぶつかりそうになったら、ルクータ同士が通信をして、巧みに回避して進んでくれるのである。

 私は、シージョ署長の部屋の外にある広いベランダに出て、そこに停めておいた自分のルクータに乗り込む。警察車両だから、センスがなくて、しかも狭いのだが、仕方がない。黒と白の殺風景な塗装も、中に乗り込んでしまえば、気にならない。部屋の窓とベランダとは位置がずれているので、誰からも見られないのが幸いだ。

 センター塔の、七百三十四階の、 二千四百六十四号室と入力すると、私のルクータは、何事もなかったように大空に飛び出した。なんじゃこりゃ。こんなことなら、一度、センター塔の部屋番号を入力してみりゃよかった。

 センター塔は、さすがにセブンタワーシティ一番の高さを誇るだけあって、途中から上は雲の中である。上の方の階の人は、日によっては一日中雲ばかり見て暮らすんだろうな、などと余計なことを考えていたら、もう、目指す部屋のベランダが近づいてくる。

 さすがに、はじめて訪問する場所だと、ドキドキする。認識研究所とは、どんな場所なのだろう。それ以上に、私がお願いする人が、話を聞いてくれなかったらどうしよう。

 とかなんとかいってるうちに、私の警察用ルクータは、ベランダに音もなく着地する。仕方がない、当たって砕けろだ。

 ルクータの透明の上半分が自動的に上に開き、私はドアの前まで歩く。何もしなくてもテレビインターフォンのスイッチが入り、すぐに相手の顔が映る。画面の中の女性が、なんだかかぶり物をかぶっているようなのは、私の気のせいに違いない。

 シージョ署長から連絡でもいっていたのだろうか、私の顔を見るとすぐにドアが開く。仕方がないので、恐る恐るドアをくぐる。

 まず、窓がないのに驚いた。全体的に、壁の色は明るいクリーム色なのだが、あちこちに色とりどりのソファーがあり、そこかしこに動物のぬいぐるみが置いてある。

 だが、一番驚いたのは、先ほど画面で顔だけ見た女性が、全身、ウサギの着ぐるみに包まれていることだ。顔だけ出して、耳もアゴも髪も、白い生地の中に隠れている。やばい、こいつ、頭がおかしいんじゃないだろうか。

 だが、こちらの思いには気がついていないかのように、その女性は大きな目でしっかりと私を見て、にっこり微笑んで話しかけてくる。

「ようこそ、私の認識研究所へ」

 いつまでも唖然としているわけにはいかない。

「はじめまして、私、警察から来ました、ジュミと申します」

 相手のウサギの着ぐるみにの女性が、さらににっこりと笑顔になる。

「そうだと思ったわ。どこか、適当なところに座ってちょうだい」

 いや、まだ話をはじめてもいないのに、とか思っている間に体が勝手にライトグリーンのソファにおさまる。しまった、若苗色の制服を着ているから、保護色になって、何も着ていないように見えるんじゃなかろうか。いや、相手が女性だから、大丈夫。

 いや、違う、話をしなければ。

「えーっと、ちょっと困った事件が起こりまして」

 相手の女性は、にこやかに微笑んだまま、淡いオレンジのソファに座る。って、ウサギの着ぐるみって。

「警察署のシージョ署長から、事件のあらましは聞いています。私は、認識研究所の主任研究員、シュワノールです」

 あ、そうですか。

「じゃ、シュワノールさん、いきなり相談をはじめてもいいのですか」

「もちのろんです」

 いちいち頭に来るな。

「それにしても、ここが研究所ですか」

「それが相談の内容ですか」

「そんなわけないでしょ」

「そうだと思いました」

 あーのーねー。

「いや、もっと計測機器とか、分析装置とか、いろいろありそうなもんだがと、思ったものですから」

「そうですか」

 いや、だから。

「ここでは、いったいどんな研究を?」

「秘密にしておかないといけないことも多いのですが、ここは私の個人研究室です。頭の中で分析したり、理論を組み立てたりするので、リラックスでにるスペースがあれば、それで充分なの」

 満面の笑みを浮かべて,なんだかいきなりフレンドリー。

「ともかく、操作の経験もないのに、いきなり全部押しつけられちゃって、いや、任されちゃって、途方にくれているの」

「そうでしょうねえ」

 いや、だから。

「犯人の心当たりは、ない?」

「ないわ」

 あーのーねー。

 今までで一番のあどけない微笑み。あんたはいったい、ここでなんの仕事をしとるんじゃい。

「どうやって捜査をはじめたらいいのか、アイデアはない?」

「そうね。まずは、犯人がどんな人間か、考えることからはしめたらいいと思うわ」

 うん、まあ、ここに来たのも、間違いではなかったようにも、思えてきた。

「で、犯人は、誰なの?」

「もちろん、わからないわ。」

 いや、だから。

「それじゃ、どうやって犯人について考えればいいの?」

「何者が、どんな目的を持ってこの紙を地面に置いたにしても、その人物は間違いなく、認識が分化していない人間ね」

 なんじゃその、認識だの分化だのってのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る