セブン・タワー・シティはおおあわて(旧)

凹田 練造

1.事件のはじまり

「なんですって? 私が、凶悪事件の捜査?」

 警察に入ってまだ三か月、二十四歳の乙女に、何をやらせようっていうのよ!

「そーだよ」

 だが、警察署長のシージョは、薬のカプセルのような頭部を、微動だにさせないで、平然と答える。そりゃそうだ、シージョ署長は、ロボットなんだから。

「だって、まだ初級の研修しか受けていないし、事件の捜査なんて、やったことないのよ」

 私は、自分でもちょっぴり自信のある、若苗色の、ゆとりのあるホットパンツ型の制服に包まれた、小柄でややふくよかな体を震わせる。

「でも、順番だから」

 シージョ署長は、事もなげに言う。そう、ここ、セブンタワーシティでは、大した事件は起こらない。だから、捜査員が順番に、発生した事件を担当するのだ。

「冗談じゃないわ、凶悪事件だなんて。乙女の清らかな体に、傷でもついたら、どうしてくれるんですか」

 だが、シージョ署長は、にべもない。

「まあ、凶悪事件といったって、ここ、セブンタワーシティでは、命を落とすようなことには、ならないと思うよ」

「そんなこと言ったって、なんの保証もないじゃないですか。それに、たとえ命は助かったって、怪我でもしたらどうするんですか。それも、大怪我なんかしちゃったら」

「いや、大丈夫。怪我などしたら、ちゃんと公費で治療してもらえるさ」

「いや、そういうことじゃなくって、ですね。危ない目にあったり、痛い思いをするのは、この私、ジュミなんですよ」

 身体中、薬のカプセルか、細長い風船で作ったアートのようなロボットは、ことさらオーバーに両手を広げて、さも思いやりたっぷりという風情で答える。

「いや、すまんな。その、痛みとか、恐怖とかいうのは、ロボットにはわからんのだ」

 私が絶句していると、さらにシージョ署長はたたみかける。

「だいたい、ジュミ君、君は体を張って犯罪や犯罪者と立ち向かうことを覚悟の上で、警察官になったのじゃないのかね」

「そ、そりゃそうですけど」

「じゃ、決まりだな。ジュミ君を、凶悪事件一号の担当捜査官とする」

「って、この街で最初に起きた凶悪事件ってことなんですか?」

「そーだよ」

 いや、そーだよ、なんて軽く言うことじゃない。

「だいたい、凶悪事件、凶悪事件って、いったいどんな事件なんですか」

「あれ、まだ言ってなかったかな」

「なんにも聞いていません」

「だって、ジュミ君が、あーたら、こーたら、ごちゃごちゃベッタラ言うもんだからさ」

「しょうがないでしょ。だいたい、捜査の指示をきちんと出すのが、あんたのお仕事じゃないの?」

「そこでだ、ジュミ君」

「な、なによ」

「今回の君の担当する事件だが、なんと、凶悪事件なのだ」

「それはもう聞きました」

 だが、ロボットであるせいか、シージョ署長は動揺も見せずに続ける。

「そうか。それでは、これを見てくれたまえ」

 壁を背にして座っているシージョ署長が、自身の大きなデスクの上に、一枚の薄汚れた紙を広げた。横が肩幅ほどのサイズで、縦はその約半分。横書きで文字が書いてある。

『この街は汚れきっている。俺がこの街を踏みつぶしてやる』

 なんなんだ、これは。恐る恐る、シージョ署長に聞いてみる。

「これはいったい、なんなのですか」

「わからないよ。だから、君に調べてもらいたいんだから」

「いや、そうじゃなくって、そもそもどこでこの紙を手にいれたのですか」

「ああ、そういうことか。これはね、地面に落ちていたんだよ」

「地面って……この星の表面のことですか」

「そーだよ」

 私は、びっくりして、背後の窓を振り返った。大きな窓からは、二百四十五階からの眺めが広がっている。右の方にとなりの塔が見えるが、あとは空だけで、地面なんてものは窓のすぐそばまで行ったって、かすんで見えやしないだろう。

「いったい、誰がどうやって、こんなものを地面に」

「そうとも、そこが問題なのだ」

 そもそも、この街の住人は、七つの塔のどれかに住んでいる。物を落として、下にいる誰かに当たったりしたら大変なので、地面に落ちる前に自動装置が回収する。そういうシステムが完備しているのだ。

「いったい誰が、どのようにして、この紙を地面に置いたのかわからないのですね。それを私に調べろと」

「うむ、何者が置いたにしろ、事件を解決するためには、まず、その謎を解かねばなるまいな」

 これは大きな謎だ。私に解決することができるのだろうか。

 ふと思いついて、シージョ署長に聞いてみる。

「ところで、どうやってこの紙を回収したのですか」

「散歩中の老人が拾って、届けてくれたのだ」

「なんですって。地面って、歩くことができるのですか?」

「うん」

「じゃ、この紙を地面に置いた人も、歩いていって置いてきたのじゃないのですか」

「おお、ジュミ君、素晴らしい推理だ。これでこの凶悪事件も、ながば解決したも同然だな」

 なんだか、馬鹿らしくなってきた。

 ふと、さっきの紙を見ると、『踏みつぶしてやる』と書いてある。

「わかったわ。犯人は、身長がりんご三千個分、体重がりんご五千個分あるような、大きな人なんじゃないでしょうか」

 シージョ署長は、あわれむように私の顔を見つめる。

「そんな大きな人間がいたら、とっくに見つかっているだろう」

「そういうトリックだったのか!」

「いや、トリックではない」

 シージョ署長は、冷ややかに言う。

 私は、気を取り直して、聞く。

「この紙から、何か手がかりは得られなかったのですか」

「いや、なにしろ、この街ではそんな複雑な事件は起こらないからね。証拠を調べるような部署も、捜査員も、おらんのだよ」

「なんですって。それじゃ、どうやって犯人を探せと」

「うむ。そうだな、これを書いた人間は、少し精神に異常をきたしているのではないかと、思われる」

「ええ、それはそうですよね」

「それなら、認識研究所にでも行って、相談してみたらどうだろう」

「認識研究所? それはどこにあるんです?」

「センター塔だ」

 センター塔は、上から見たこの街の真ん中にある。ほかの六つの塔は、センター塔を取り巻く正六角形の形に並んでいるのだ。

「センター塔ですって。あそこは、一般の人間は、近づいてはいけないのでは」

「そんなことないよ。ただ、そう言っておけば、みんな近寄らないじゃん」

 私はもう、言葉もなかった。

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