#33 たまにはバックログを見返して

 能力臓器の移植と売買――それに伴うスキルや能力の追加付与。

 アイリス言うところのチート・ビジネスという新たな事実が判明したことで、捜査局は総出でカノプス消失事件を洗い直すことになった。

 カノプスの消失にしろレプリカ作戦以前の事件にしろ、これまで謎のままだったところにいきなり山ほどの可能性が浮上してきたわけだからな。

 それまでお疲れムードだった職員たちは生き返ったかのように精気を取り戻し、すべての部署が活発になっていた。

 加えて言えば、こちらにはアイリスが手に入れてくれた能力臓器移植の被施術者リストもある。

 カノプスの組織の構成員リストとこいつを照合すれば、奴らの有しているであろうチート能力についてはほとんど判明したも同然だ。


 捜査局は――俺たちは、今までになくカノプスに迫りつつあった。


「おそらく。能力臓器を複数持つ人間は、何らかの複合的異能を用いることができるのかもしれない。それが我々の捜査では証拠を見つけられない新たな能力と化した可能性がある」


 ナイトラスを筆頭として、多数の意見はそういうところで一致していた。

 もちろん反対意見もある。臓器移植なんてのはプラモデルの組み替えとはわけが違う。どんな世界の医学でも簡単に成功するものじゃないし、成功したからといってあとから体にどんな影響が出るものかわかったもんじゃない、というものだ。

 チート・ビジネスについて最初に言い出した俺が言うのもなんだが、その反論は的を射ているものに聞こえた。臓器を移植してチート能力ゲットなんて、どこか都合が良すぎる気がするんだよな。理屈じゃ成立するのかもしれないけど、臓器移植なんてやるからにはプラス要素だけじゃ済まないはずだ。

 まあ、難しいことはそれがわかる人たちに任せるとして、俺たちの仕事はもっぱらカノプスの本拠地について再考することだった。奴を捕まえるにはそれが一番手っ取り早いからな。


 ところが、これがなかなかの――というより、「もしかしたら無理があるんじゃないか?」というくらいの難題だったんだ。

 何しろもともと手がかりはゼロで、だからこそ捜査局はレプリカ作戦を立案し、アイリスが俺をここまで引っ張ってきたんだから。

 が、そこで立ち止まっていては何も始まらない。俺たち――風紀課と遺物課の合同チームが喧々囂々と議論を戦わせた結果、あるアイデアが持ち上がった。


 アイリスのリストにあるレシピエントの出身地が、カノプスの本拠を示す何かしらのヒントにならないだろうか……というものだ。

 が、これはすぐに行き詰まった。最初の数十名にこそある程度の傾向が見られたものの、次へいくとまだ別の傾向があって、という具合で、一定した所在地の情報などはとてもじゃないが得られなかったのだ。


 しかし、それぐらいで凹んでいる捜査局じゃあない。五分後にはまた新たなアイデアが出た。さまざまな世界におけるエーテルジャムの流通経路を推定し、その流れから逆にカノプスの本拠地をたどれないかというものだ。

 実を言うとこれは遺物課が常から取り組んでいたアイデアの焼き直しではあったのだが、裏を返せば現状で最も有効と言える手段はこれぐらいしかなかったのである。


 景気の悪い言い方から察してもらえたように、正直言ってこの試みも難航していた。確かにエーテルジャムがさまざまな世界で流行している以上、流通の痕跡はどこかに残る。実際捜査局はエーテルジャム中毒者の数や症状の程度などを基に、各々の世界レベルでの流通を推定するところまではきていたからな。


 しかし頭の痛いことに、カノプスの組織は捜査局と同様に異世界間を股にかけて活動していた。物質的な痕跡を追うならともかく、世界を飛び越える『転移』となると、足取りを推定するのは極めて難しくなってしまう。

 それでも、アズエルのような能力臓器レシピエントの存在が発覚した以上、奴らの移動手段や密輸の手口をこれまで以上のレベルで推定することはできた。


 ……しかし、そこが行き止まりだった。

 いや、行き止まりってほどじゃない。こうしている間にも、合同チームが置かれた会議室ではところどころで新事実が明らかになっていて、そのたびに誰かが歓喜の声を上げている。

 おそらく。時間さえあれば、捜査局はカノプスの本拠地を探り当てられる。

 だけど、それはたぶん……俺が捜査局ここを去ったずっと後の話になってしまう。

 時計を見る。あと一時間ちょいで日付が変わる。ってことはタイムリミットまであと一日を切った。俺の異世界転生に際する手続きとかなんとかも含めればそうなる。

 俺は歯噛みした。このままじゃダメだ。俺はレオナルドに頼まれて、自分で自分に誓ったんだ。異世界の人々を嗤い彼らから奪う、あのカノプスを捕まえることを。


 だけど、どうすればいい?


 エーテルジャムが鍵であることは疑いようもない。実際遺物課のアイデアはいい線行ってるんだ。それでも世界間の移動を論理立てて推定するのは困難だし。各世界レベルでの輸送だったり、その中間にある拠点をつきとめるのがせいぜいだ。

 くそっ、考えろ、俺。なんかこう、溢れる知識で答えを導き出せ。チート・ビジネスを思いついたあたり、我ながら天才的発想だったろ。それをもう一回やりゃいいんだ。こんなところで諦めるな。


 だけど時計の針は無情にも進んでいった。気がつくと俺は刻一刻と残り時間の減少を告げ続ける秒針から目が離せなくなっていて、湯だった頭の中では同じ思考が繰り返されていた。


 カノプス。エーテルジャム。チート・ビジネス。


 カノプス。エーテルジャム。チート・ビジネス。


 カノプス。エーテルジャム。ぬいぐるみ。チート・ビジネス……


 ……あれ?

 ちょっと待て、今何か変なのが混ざらなかったか? 

 突然正気に戻って指折り数えてみる。


 カノプスだろ、

 エーテルジャムだろ、

 チート・ビジネスだろ。

 それと……ぬいぐるみ? なんでそんなもんが混じったんだ。


 辺りを見回してみる。時刻はもう深夜で、頭脳労働専門の職員が多い遺物課はほとんどが仮眠をとっていた。そういやアイリスはどこ行ったんだろと思って、書類が乱雑に積まれた彼女の席に目が留まる。


 そこには一個のぬいぐるみがアイリスの留守を守るように鎮座していた。俺がクレーンゲームでバカみたいに粘って取ったやつだ。なるほど、これがいつの間にか視界に入って、俺の考えに混ざり込んでいたってわけか。俺もたいがい疲れてるな。

 そういえばさっき近くを通りかかったとき、アイリスが何かフワフワしたものを枕代わりに仮眠していたっけ。今にして思えば、あの枕はこれだったのか。


 まったく、ぬいぐるみとエーテルジャムだなんて、バカな取り合わせにもほどがある。こんなフワフワする以外に能のないぬいぐるみと、異世界間を跋扈する恐ろしい麻薬に、関係なんてあるわけが……


「わけ、が……」


 自分の口でそう言ったあとで、俺はこの組み合わせに強烈な既視感を覚えた。

 ……関係が、ない? 

 いや、違う。ある。覚えている。

 俺はどこかで見た。一見なんの共通点もない、このふたつの組み合わせを。


 頭の中の時計が急速に逆回転を始めた。今までに起こったすべてのことが脳裏に去来し、そのたびに俺は渋い顔をして「検討済み」の箱に記憶を突っ込んでいく。

 思えば短い日々だ。気づけば記憶をアイリスとの出逢いまでさかのぼっていた。だけど重要なのは出逢いそのものじゃない。それ以前。俺はカノプスの部下に追われていて、対抗手段を得るために闇市に駆け込んだ。

 そこにはエーテルジャムを売っている商人がいて、マッディ・マッドランという不人気キャラに似たぬいぐるみも同じく並んでいたんだっけ。


 ……そうか。この記憶だ。

 今にして思えば奇妙な話だよな。麻薬とぬいぐるみを一緒に売る露店だなんて。しかもぬいぐるみの方はどんな悪趣味な設計なのか、撃たれて地面に転がったあとは中から青い液体が漏れていた。

 もう確かめる術もないが、今にしてみればあの液体の正体はエーテルジャムだったんじゃないだろうか。うん、きっとそうだ。映画によくあるみたいにきっとあの中に詰めて偽装して……


 ……待てよ? 


 もしかしたら、という懸念が浮かんだ。

 確かめるにはアイリスの協力を得るのが手っ取り早いのだけど、あいにくあいつの姿は見えない。俺は仕方なく、机に突っ伏していびきをかいていたマリナ先輩に起きてもらった。むしろこういうことは彼女の方が得意そうだ。


「う~ん……なんですの? 次スレが立った?」


 どんな寝ボケ方をしているのか。俺は平謝りしながら風紀課のお茶くみ係渾身のコーヒーをご馳走し、経緯を説明した。


「つまり、こういうことですわね。観行さんが言うぬいぐるみが密輸のための偽装になっていたとして……それが何らかの手がかりになりはしないか、と」


 マリナ先輩は眠たげに金のロングヘアをかきあげながら、俺の説明を簡潔にまとめてくれた。間違っていたらどうしようかと内心怯えながらも、俺は話を続ける。


「もしかしたら、なんですけど。あのぬいぐるみは国内だとスクリアルワールドって遊園地ぐらいにしか売ってないんです。だから、ぬいぐるみの販路を調べてみたら、どこかでカノプスに繋がるんじゃないかって」


 もしかしたらなんて予防線を張る自分が情けない。だけどスクリアルワールドについては常々行ってみたいと思って調べていたし、なんなら今念のためにググっておいたからよく知っている。間違ったことは言ってないはずだ。

 仮に、俺が見たぬいぐるみがスクリアルワールドで販売されているマッディそのものであったなら。そいつが辿るルートのどこかには、必ずカノプスの組織が存在することになる。

 もちろん、あのぬいぐるみがスクリアルワールドのマッディによく似た偽物だったら、この推理は一気に瓦解するんだけど。

 ダメだったらどうしようと冷や汗をかく俺の前でふうむと考え込んでから、マリナ先輩は至極常識的な見解を述べた。


「――正直に言えば、面白いですわ。とはいえ、今からワールドの運営元や配送業者に当たるとなると、少し時間がかかりますわね……」


 ちらと時計へ目をやるマリナ先輩に言われて、今さら気がついた。


「……あ! そうか! 時間帯……!」


 現在、ちょうど午前零時である。ほとんどの会社はとっくに店じまいをしているし、電話をかけたって誰も出やしない。起きて仕事をしているのはなんとしてもカノプスを捕まえたい俺たちと、あとは夜のお店やコンビニに勤めるみなさんくらいだ。

 てことは最悪朝九時を過ぎるまでは正解か否かもわからないってことか。もどかしいにも程があると呻く俺に、


「何を言ってるんですの? つきますわよ、調べ」


 マリナ先輩はきょとんとした顔でそう言った。。


「え。なんで?」

 口をあんぐり開ける俺を前に、先輩は涼しい顔で、それがものすごく当たり前の手段であるかのように、そんなこと訊くまでもないでしょうと言わんばかりに、


。ワールドの運営元や運送会社のサーバーはだいたい常時稼働ですもの。イリーガルですけれど、まあ……」


 黙っていてくださいね、と唇に人差し指を添えるマリナ先輩は控えめに言っても麗しかったのだけど、反面俺はちょっとだけ彼女のことが怖くなった。


 ……異世界人、現代日本に適応しすぎなんじゃないだろうか。

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