#32 チートの種明かし

 捜査局に戻った俺は、アイリスとともにカノプス消失事件を見直し始めた。やっていることはこの間までの手伝いとそう変わらないが、俺は今までとは段違いの熱意をもって取り組んだ。


 アイリスたちの会話から捜査局的な考え方や知識を学んではカノプスのこれまでの動向、それから例の消失事件にも当てはめては自分なりの仮説を組み立てて、いけそうだと思ったらすぐに風紀課の仲間たちに相談してみる。一日目の半分はずっとこれを繰り返していた。


 まあ、繰り返していたってことは全部ダメだったってことなんだけど、俺はめげない。最後までここに、捜査局に、風紀課にいると決めたんだ。ここにいる限り、俺はアイリスたちの仲間だ。お別れのその時が来るまでは。


 そんな調子で迎えた昼飯時、風紀課に籠もった俺たちはアイリスがカフェから持ってきた山のようなブリトーをむさぼりながら検証作業に勤しんでいるまっただ中だった。アイリスが資料を検討し、俺がキテレツなオタクアイデアを出し、ナイトラスが残念そうに首を振る。ウロギリさんは忍者の足を活かして資料の運搬だ。

 あと一日ちょいの間に何が何でも尻尾を掴んでやるという俺の熱気が伝染したのか、もはや風紀課は全員が鬼気迫る様相の修羅場だった。そんな中、開けっぱなしにしていた風紀課のドアがこんこん、と控えめにノックされた。

 見れば眼鏡をかけたエルフの男性が、申し訳なさそうに戸口に控えていた。ゆったりしたローブを着込んだその男は俺たちの血走った視線を四人分まとめて注がれて、「ひぇっ」と悲鳴を上げてしまう。


「あ。あの。えっとですね。数値課レベライズの者です。お預かりしていたUSBなんですが……解析が終わりましたので、お届けに上がった……んですけども」


 USB? 何のことだよと唸ってみてから、言われてみればそんなのもあったなと思い出す。色々あったもんですっかり忘れていた。


「あーそうだ! すみませんわざわざ持ってきてもらっちゃって、ごめんなさい、ホントすいません!」


 わざわざ解析させたうえに持ってこさせてしまった申し訳なさに慌ててへりくだると、エルフ氏の方もいえいえどうもこちらこそと頭を下げてきて、たちまちごめんなさい合戦が始まってしまう。

 きりがないと思ったのか、アイリスは早々に俺の手からUSBを取り上げて自分のPCに差した。いくつかダブルクリックを重ねるその画面を覗き込むと、四角四面の表計算ソフトで作ったとおぼしきデータが表示された。

 言ってみれば、それは人名と人名とを組み合わせたマッチングのデータみたいなもんだった。人名にはそれぞれ年齢性別をはじめとするパーソナルデータが添えられている。要は個人と個人の組み合わせだ。


「異世界人どうしの、世界をまたいだお見合いパーティでもやってんのかな」


 データの中の『出身世界』って項を見て、まず浮かんだ感想がそれだった。

 地球人的立場で言えば、憧れの世界のエルフなりなんなりとどうこうなって……みたいな願望は古今東西後を絶たないから、商売としてはなくはないと思う。推論としては下の下もいいとこだが。


「犯罪組織が縁結びの真似事とは思えんでござるがなぁ」


 俺とアイリスの背後から覗き込んできたウロギリさんが常識的な意見を述べた。だけど何が正解になるかもわからないので、俺はあえてトンチンカンな仮説を伸ばしてみる。もしかしたら数撃ちゃ当たるで役立てるかもしれないし。


「良いカルマと悪いカルマのバランスを取る、的な……」


 ……とはいえ、これはないな。自分で言っててだいぶ苦しい。


「無理があるわよね。っていうか、むしろ同性同士の組み合わせの方が多いわよ」


 なので、アイリスが一刀両断してくれて助かった。


「でも、同性か。それはそれで何か意味がありそうだよな」


 何かのヒントにはなりそうだけど、すぐにはわかりそうもない。俺が捜査局を出て行くまでに何かの役に立つだろうか。うーん、と悩んでいると、誰かにとんとんと肩を突かれた。


 見ると、さっきの男がまた何か言いたげに立っている。どうしたの、と視線で訊くと、エルフ氏はにっこりと笑って言った。


「もう一点。医療部門からの伝言なんですが。レオナルド=アリウスさんが意識を取り戻したそうです」


 レオナルド。その名前を聞くや、色々なものが一気に脳裏を駆け巡った。

 最初に逢ったときのこと。主人公だった頃の彼と比べると見る影もなく落ちぶれていて失望したこと。それでも立ち上がってくれたこと。カノプスの……俺のミスのせいで、一時は命さえ危うかったこと。

 そのレオナルドが、やっと意識を取り戻した。マジかよ。わかりやすく嬉しい分、USBよりもこっちのほうがビッグニュースかもしれない。


「先生から面会許可も出ていますから、いつでも会いに行けますよ」


 俺は嬉しさのあまり、危うく飛び上がりそうになった。そこまで回復しているなら、できれば今すぐにでも行きたいところだが……


「行ってきたら?」


 恐ろしくも俺の心のうちを見透かして、アイリスが言った。だけどそのニュアンスは、まるで自分は行かないとでも言いたげだ。


「アイリスさんは行かなくていいの?」


 アイリスは深く深く溜息をついて、


「わたしのせいで死ぬかもしれなかったんだもの。合わせる顔がない」


 違う。元をたどれば、俺がアズエルに正体を気取られたせいだ。言いたかったけどこいつは頑固だから、きっと言っても取り合わないだろう。

「それにね。この中で比較的欠けてもいいメンバーといったら、やっぱりあなただし」


「ひどいな!」


 ニヒルな言い方に、ナイトラスが笑った。ウロギリさんも吹きだした。俺はとりあえず怒るフリをしたけれど、これが俺を見舞いに行かせる方便なのはわかっていた。



 捜査局ビルの一角には、ちょっとした病院並みの医療フロアがある。職員や捜査協力者、あるいは容疑者が傷病に冒されたときのためのものだ。マリナ先輩が過労で運び込まれたのもここになる。

 大して広いわけじゃないから、最初はルームプレートの患者名を適当に探していたのだが、どれもこれも異世界の言語で書かれているがゆえに判別がつかない。みんな日本語で会話できるのに、文字となるとなぜか勝手が違うんだよな。

 なので、俺は素直に窓口でレオナルドの部屋番号を訊いた。


「こんちは……」


 病院独特の薬品臭は、捜査局の医療フロアも例外じゃない。レオナルドの部屋のドアを静かに開けると、より一層濃い薬品の匂いが俺の鼻をついた。

 ぎいっとベッドが軋む。上に横たわっている男がこっちを見て、笑った。枯れた金髪、痩せた体躯。入院生活が順調なのか、これまでで最も血色のいい顔。

 レオナルドだ。


「よお。お前か」


 訪問客に飢えていたんだろうか、レオナルドは嬉しそうにボタン操作でベッドを起こした。俺も見舞客用の椅子を拝借して、ベッドのそばに腰掛ける。


「元気? って訊くのは、おかしい……です……よね」


 いきなり浮かんだ挨拶がそれだったんだけど、言ってみてから最悪もはなはだしいと気づいた。レオナルドは気にするなという風に鼻を鳴らして、


「元気だよ。窓の外の景色には慣れないが」


 そうだよな。窓の外に広がるのは東京のド真ん中の風景だ。レオナルドみたいな異世界人が静養するには賑やかすぎるだろう。


「お前の方は?」


「まあ、ぼちぼち……」


 明後日には捜査局から出て行きますとはとても言えない。カノプスが未だ逃げ延びていることについても、言っていいのかどうなのか。他に話題も見つからず、沈黙の気配が忍び寄る。


「……ごめんなさい。俺のせいで、こんなことになって」


 だから、単刀直入にそれを言うしかなくなった。


「アイリスさんはさ。レオナルドさんが傷ついたのは自分のせいとか言ってるけど、本当は違うんだ」


 レオナルドは黙っていた。俺がどんな理屈をこねくり回しても、それは巻き込んだ側の言葉でしかない。一秒先には殴られてもおかしくない。それでも俺は続けた。


「最初に逢ったあの日。俺が変なことを言ってあなたを巻き込まなければ、協力させなければ、あんなことにはならなかった……!」


 言った。言い切った。俺のせいだと。俺は目をつむり、歯を食いしばった。怒りをぶつけられる準備はできている。


「……そうだな」


 レオナルドはあっさりと、淡白にそう言った。

 瞠目する俺の目の前で、入院服のレオナルドはさらに続けた。


「だが、元を辿れば――半分は俺のせいでもあるんだよ」


 それは何かひとつの真理を悟ったような、重みのある言葉だった。


「俺はずっと逃げてたんだ。世界を救ったんだから、自分は何もしなくていいんだと怠けてた。英雄さまになったところで、俺の人生は何一つ変わらないのにな」


 世界を救っても、人生は何一つ変わらない。


 それは俺みたいな凡俗極まる人間には、到底わかりそうもない境地だった。だって世界を救った奴は、そういう主人公は特別なはずだ。だからこそ、レオナルドはヒーローだったわけで……


「心のどこかでな。物語は……俺のやるべきことは終わったんだと思ってた。世界救って疲れてさ。人生はまだ続くって現実から逃げていた。そうやってずるずるとダメになって、悪党の手先にまで落ちぶれた」


 ……いや。もしかしたら違うのかもしれない。迷いなくかつての自分を省みるレオナルドの姿を見ていると、俺にもほんの少し、彼の言いたいことがわかる気がする。

 世界を救ったとか、何かを為したとか。本当に大切なことは、レオナルドが持っている強さの本質は、そういうわかりやすい結果じゃなく……


「だが。いつまでも、そうしているわけにもいかないよな……」


 そう言って、レオナルドは悪戯っぽく笑いかけてきた。


「どうだ。ちょっとは、お前が覚えてるオレに近づいたか?」


 罪なオールドヒーローもいたものだ。そんなこと訊かれたら、俺の返事なんてこれしかないじゃないか。


「最初からずっとそうだったよ」


 レオナルドは力強く笑って、それから急に真剣な顔になった。


「なあ。カノプスを逮捕してくれよ」


「えっ……」


 知っていたのか。まだ捕まっていないって。それはそうとなんで俺に言うんだ。せめてアイリスに言ってくれよ、そういうことは。


「カノプスとお前はさ、正反対だ。ああいう悪党を逮捕するんなら、お前みたいな奴が相応しい」


 確かにいつだって、主人公とラスボスってのは正反対なのが王道だ。だけど、それは物語的な見方であって、現実ではそうそう通用しない。

 それにそもそも、俺はそういう特別な立ち位置にはいないわけでさ……もちろん、あいつを捕まえることに全力を尽くすのは変わりないけど。


 なんにしても、俺がレオナルドのためにできることはひとつっきゃないか。


「じゃあ、行かないと。みんながカノプスを追っかけて頑張ってるから。俺も手伝ってきます」


「……おう。達者でな」


 ひらひらとレオナルドと手を振り合って、部屋をあとにしようとしたそのとき。


「ああ。そうだ」


 思い出したようにかけられた声が、俺の背を打った。


「そこの本、取ってくれないか?」


 振り返ってみれば、レオナルドが指さすベッドの下には一冊の本が落ちていた。見ればローンニウェルで見た覚えのある言語で書かれている。誰かが気を利かせて差し入れたのか。

 俺はお安いご用と本を拾ってから、妙なことに気がついて首をかしげた。


「でも、これってあの風の力で取れたりしないの?」


 ローンニウェルでレオナルドが見せた力を思い出す。風を操ってジャンプ力を高めたり、突進してきた荷車を破壊して群衆を救ったり。あれだけのことができるのなら、本の一冊ぐらいはたやすく拾えると思うんだけど。


 訊くと、レオナルドは急に渋い顔をして、


「なんか、使えないんだよな。あれから……」


 ……使えない? どういうことだ?


「カノプスもやってくれるぜ。人の腹を面白半分にかき回して、肝臓半分切り取ったとかどうとかよ――」


 ……腹を、かき回す?

 なんだろう。レオナルドのその言葉に、俺の頭が妙な警鐘を鳴らし始めた。

 聞き流すなと。意味があると。符合するぞと。

 そうだ。つい最近、似たような話をどこかで聞いた。なんだっけ。


『――なにぶん機械だからね。心という部品がないから――』


 ナイトラスの言葉。近い。だけど違う。他に何かないか。あるはずだ。

 脳裏にアズエルの姿が浮かぶ。俺がよく知っているゲームのものとよく似た、けれどそうであるはずがない能力。なんでダメなんだったっけ。


『肉体の構造が微妙に違うのよ、わたしたち』


 アイリスの言葉だ。異世界人には魔法やスキルが使える奴が多いけど、それは決して万能を意味しない。なぜなら彼らはそれぞれに、能力の系統とそれに対応する臓器が異なるから。

 みゆきAとみゆきB。○と△の臓器。能力を使えなくなっているレオナルド。ってことは、レオナルドの○や△はどうなったんだ。答えは今のレオナルド自身が言っていた。肝臓を半分切り取られた。


 つまり、レオナルドの○あるいは△は、肝臓の一部と同じように持ち去られた?

 ……じゃあ、レオナルドのそれは、どこに行ってしまったんだ?

 疑問はやがて、決定的な答えとつながった。カノプスがあの最奥で行っていたという臓器売買。だけどそれは今思えば、それ以上のなにかだったんじゃないのか。


 気づくと、手が震えていた。

 今の今まで俺の脳裏でバラバラに散らばっていたすべてのことが、ここにきて急速につながりつつあった。そしてそれらは想像するにもおぞましい、一枚の絵の形をなしつつある。異世界転生とかファンタジーとか愛とか勇気とかそういう何もかもを踏みにじり嘲笑い否定する、最悪の魔王の姿を。


 止めなくちゃならない。俺たちが止めるんだ。


 我ながら風紀課まで全速力で戻ってこれたのは奇跡だと思う。階段を落ちたり服装にトゲの多い奴にぶつかったりしなかったのが信じられない。

 幸い、風紀課にはいつも通り全員が揃っていた。俺は誰に言うでもなく、


「カノプス絡みの失踪者のリスト見せて!」


 叫ぶと、全員が何言ってんだこのアホはという顔をした。全力疾走の汗もダラダラで叫べばそうもなるか。

 俺は極めて真面目な話であることをわかってもらおうと、必死に息を整えて、


「ごめん。でも大事な話なんだ。エーテルジャムとかカノプスがらみで失踪した人のリストがあったら、ちょっとでいいから見せてほしい」


 それでアイリスは俺の真剣さを察してくれたけど、示したのは難色だった。


「見せてもいいけど、膨大よ? 全体数だけなら万はいるんだから」


 ……ああ、そうか。カノプスの組織はいくつもの異世界に手を伸ばしてるんだっけ。だったらどうすべきだろうか。俺の考えを確かめるには、失踪者のリストを見せてもらうのが一番なんだけど……


 悩んでいると、ナイトラスが、


「だったら、捜査局の職員に限ったものでもいいかな? それだったら局内のデータベースから参照できるはずだし、人数もさほど多くはない」


 俺は全力でうなずいた。むしろ、そっちの方が数が少ない分わかりやすそうだ。アイリスに該当のデータを呼び出してもらい、彼女のPCを横から覗き込む。


「ビリー=アージェント。ノックス=ペイン。ユーイチ=キリシマ……あ、そこのオルティって人もそう」


 俺はリストの中からそうだと考えられる職員の名前を逐一読み上げて、アイリスに別途記録してもらう。

 思ったとおりだった。カノプスを追う過程で消されたとおぼしき捜査員たちの中には、俺の知っている名前がいくつもある。なおかつ彼らはいずれも、物語の主人公だったり強力なライバルキャラだったり、あるいは知る人ぞ知る最強格だったりする。

 つまりは俺がそうだと見込んでいる全員が何らかの強力、もしくは優秀な能力を持っており……その力を司る、をも持っていることになる。

 だけど、まだ断言には足りない。俺の思っている通りなら、仮説は簡単に確かめられる。

 またアイリスにお願いして、さっきのお見合いリストを開いてもらう。


「これで何もなかったらさすがに怒るわよ」


「不謹慎なマネなのはわかってる。さっきの名前で検索かけてみて」


 はいはい、と呆れ気味に、アイリスは先ほど記録した職員の名前を検索にかける。

 結果はいずれも、見事にヒットだ。

 俺が記録してもらった名前はそのすべてがマッチング表の左側に置かれていた。証明の度合いとしてはまだ七割程度だが、確信が持てた。

 おそらく、彼らはこのリストの中で、皆同じ役割を果たしている。


「……どういうことでござる?」


 ウロギリさんが神妙な面持ちで訊いた。俺は敬語も忘れて、淡々と事実を言った。


「たぶんこれ、左側がドナーで、右側がレシピエントだ。たぶん右には……カノプスの部下が多いんだと思う」


「ドナー……って、臓器移植の? 例の臓器売買ってこと?」


 アイリスの疑問に俺はうなずく。ただしそこには補足が要る。思いっきり胸クソ悪く、身の毛もよだつような補足が。


「あいつらがやっていたのは、ただの臓器売買じゃなかったんだ」


 俺はメモ帳を千切って、いつかのアイリスの絵を真似て描く。みゆきAとみゆきB。それそれ内臓は○と△。そこまでは以前とまったく同じだ。


「魔法や異能を司る臓器を、仮に『能力臓器』とまとめて呼ぶけど……」


 我ながら中二全開の造語だが、誰もそれを笑わなかった。マジな話だとわかっているんだ。俺はみゆきAの○の内臓から矢印を引いて、みゆきBの体内へと引っ張った。そして、そこに新たな○を描き加える。


「そいつをもしも別の誰かの体に移植して、それが上手く適合したら。移植されたレシピエントには何が起こるだろう」


 ペンの尻でみゆきBの体を叩いてみせる。俺の思っていることが確かなら、こいつがすべての謎の答えだ。


「たぶんさ、移植された臓器がうまく機能すると――」


 アイリスがあとを引き取った。悪夢にうなされるような口調で。


「――別世界人の能力が、使えるようになる……?」


「観行くん。これ以外になにか根拠は?」


 ナイトラスはあくまで落ち着いた様子で確認する。いきなりじゃ突飛な妄想にしか聞こえないだろう。だけど今にして思えば根拠や証拠は山ほどある。


「今、レオさんに会ってきました。能力が使えないそうです。たぶん彼は『抜かれた』方なんだと思います」


 風紀課の全員が息を呑んだ。そうだ。いくらなんでもおぞましすぎる。エグすぎる。俺だってこんなこと言いたくない。


「それと。潜入の時にアイリスさんが演じた役」


「……わたし?」


「あいつら、希少な民族を商品として必要としてるって話だったよな。理由はこうしてみるとわかりやすかったんだ。希少な民族の、希少な能力臓器のため」


 アイリスははっとして、それから拳を硬く握りしめた。気づいたのだろう。あの時のアイリスと同じ立場の誰かが、もう何人も犠牲になっているということに。

 今にして思えば、カノプスのアジトで目にした謎の中毒者たちは臓器を取り出すためのドナーだったのではなかろうか。だからその全員が薬で前後不覚に陥らされていて、あんな風にうち捨てられていた。まな板のそばに野菜を並べるように。

 そして、偶然に遭遇してしまったときのアズエルの言葉。あの女は言っていた。『必要なのは中身だけ』と。それはまさに、能力臓器売買の存在を何より明瞭に物語るものだったんだ。


「アイリスさん。さっきの表、アズエルの名前で検索してみて」


 俺の仮定通りなら、おそらくはあの女も移植手術を受けているはずだ。ドナーとして一番可能性が高いと言えるのは、ヴェノムレイダーズ……もとい、イーヴィルグラウンドなる荒れた世界の出身者か。


「あったわ」


 張り詰めた声で、アイリスが言った。俺はドナーの名前を、そして出身地を確かめた。これで何もかもが確定だ。


「カノプスがやろうとしてるのは、もっとヤバいことだったんだ」


 震える声で結論を下す。頭の悪い俺の発言を、機械のボスがまとめてくれる。


「異世界の人間たちが生来備えている能力を奪い、それを商品として売買する……」


 アイリスは怒りに満ちた声で、かの罪をこう名付けた。


「能力臓器売買。チート・ビジネス……!」


 ……これから先、ヴェノムレイダーズの続編が発表されることがあったとして。きっと、あの魔法を使う彼女が登場することはないのだろう。

 だから、せめて。

 会ったこともない彼女の代わりに、何がなんでもカノプスを逮捕する。


 俺はこのとき、そう誓った。

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