第36話 久しぶりの休暇
アリア達はルミサンスに戻ると偵察部隊の7人だけ王師から直々にお金を受け取り、これで好きな鎧や武器を買うように命令された。中には大金が入っており、このルミサンスに売っているものならなんでも買えるほどだ。
今日はイヴさんと一緒に鎧を買いに来ていた。金装を倒した時、アリアには攻撃力が、フォンティルには防御力が足りないということで装備を拝借したが、それでも足りない部分はある。例えばアリアならスピードを生かすため軽くて頑丈な鎧にするなどである。
「なあ、アリア。 買うとしてもどんな鎧にするんだ?」
隣にいるイヴが話しかけてくる。森から無事に帰ってきた時泣きながら喜んでくれたのは印象深い。
「特に決めてないですけど、できれば軽くて頑丈なものがいいです」
「そうか、それなら少し値ははるかもしれねぇが王師様から大量の金をもらったんだろ?」
「はい」
「それなら大丈夫だな。 とにかくこういうのは自分が好きなものを選べばいいんだ。 ほとんどの奴は周りの目を気にして全く同じ色と形の鎧を選ぶが、アリアは思い切って虹色の鎧にしてみたらどうだ」
「流石にそれは嫌です。 それにそんな色の鎧はないです」
「そうかそうか、ハハハ」
しばらくして装備屋見つけたので一緒に入る。アリアは自分の鎧を夢中で探している。イヴはその隙に気になることがあったので店から出て行き物陰に隠れている全身金色の鎧に包まれた兵士に近づく。
「おい、こんなとこで何してんだ?」
「あ、奇遇ですね。 ローランさん」
その兵士は同期のフォンティルであった。
「何が奇遇だよ、変態野郎」
「変態とは心外です。 僕が何したって言うんですか?」
「わからねぇか? こそこそ、派手な鎧であたし達をつけてただろ? バレてないと思ってたか?」
「つけてないです。 ただ、アリアさんの安全を見守っていただけです」
「そうかよ、じゃあそのことをアリアに言っていいんだな?」
「すいませんでした」
あまりにも早い謝罪でイヴにはそれが見えなかった。
「謝るならこそこそしないで言えばいいだろ?」
「まあ、その、彼女が買い物をする姿を肉眼で収めたいと思いまして……」
「あんたとことんアリアに惚れてるみたいだな。 それで、もう告ったのかよ?」
「それが、まだでして……」
「なんだよ、そこは男なら当たって砕けろ」
「やっぱり彼女と気まずくなるのは嫌です……」
「だったらもう1度当たれ。 アリアが振り向くまでな」
「え?」
その言葉はフォンティルが今まで悩んでいたことを根本的に覆す言葉だった。
「あんたは考えすぎなんだよ。 失敗する恐怖を抱えてるから1歩を踏み出せねぇ。 だったら失敗する気持ちでいけば何も怖くねぇ」
「そうか、そうだったんですね。 ありがとうございます」
「おうよ、アリアが待ってる。 あんたも来いよ」
「はい」
フォンティルはイヴに連れられて装備屋に入っていく。そこには鎧と真剣に向き合っているアリアがいた。
「どうだアリア、いい鎧見つかったか?」
「それが…… あ、フォンティルさん、どうしたんですかこんなところで」
「あたしが外に出たらたまたま会ったんだよ」
「そうなんですか、よろしければフォンティルさんが決めてください」
「あ、ぼ、僕ですか? えっとそれじゃあこれなんかどうですかね?」
フォンティルが選んだのは赤色の軽装鎧である。使われている素材はレッドグローンというレアゴールドと比較すれば、希少価値は下がるがそれでも希少で値段は張る。
「この鎧ですか。 それじゃあこれにします」
「え、いいんですか? 僕が選んだやつなんかで……」
「大丈夫ですよ。 それに、フォンティルさんは私の戦いのスタイルを生かすためにこんなにも軽い鎧を選んでいただいて嬉しいです」
フォンティルはアリアに笑顔を向けられて照れてしまう。やはりこの笑顔は強烈だ。望むなら今すぐ自分だけの物にしたい。戦いに行かしたくない。
「それなら良かったです」
だから、彼はできればと思ってこの店で最も軽く魔法抵抗力が高い鎧を選んでいた。
「それじゃあ買ってきます」
「あたしもついてくよ」
「ありがとうございます」
「ぼ、僕はここで少し剣を見て待っときます」
「おう、わかった」
そう言うとアリアとイヴは鎧を買いにカウンターの方に進んでいった。フォンティルは近くにある剣を見るが、金装が持っており現在アリアが所持している剣よりも切れ味、耐久力、軽さなどを備えた剣が見当たらない。1本を除いては……
その剣は切れ味、耐久力、軽さなど全てをアリアの剣を凌駕し、魔法抵抗力も同じぐらいのようで、安い。しかし、この剣、呪われていると注意書が出ていた。その黒刀は全てを包み込み取り入れてしまうような怖さがあった。しかし、彼は決めていたのだ。どんなことをしても強くなると。
フォンティルはその剣を手に取ると、カウンターに持っていく。彼女の笑顔がなくならない明日を作るには死の魔術師をも超える。そんな覇気のこもった歩き方だった。
✳︎✳︎✳︎
アリア達は戻って来るや否や隊長に呼び出された。そして、偵察部隊に所属していた兵士達の階級の昇格が言い渡されたが、唯一アリアだけが階級が上がらず、失意のどん底に陥っていた。
どうやら、隊長もそのことについて王師に言ったそうだが、そのことは直接話すと言われたらしく、アリアは現在1人で王師が滞在する部屋に立っていた。
(どうして私だけ階級上がらなかったんだろう…… 多分それを教えてくれるよね?)
アリアは軽くノックをし、入る。
「アリア・ラ・エニエスタ下兵です」
「来たか、そこに座りたまえ」
アリアは王師に言われた通り席に着く。非常に落ち着かない雰囲気だが、目の前の王師が口を開く。
「最初にエニエスタ下兵、君がここに呼ばれた理由はわかるかね?」
「はい、おそらく階級のことでしょうか?」
「そうだ、それも含めて今から話そう。 まず、階級についてだが、すまないと思っている」
「私は気にしてませんので大丈夫です」
「それはこちらとしても大いに助かる」
「理由をお聞きになってもいいでしょうか?」
「構わん、私も話すつもりだったからな。 理由は至って簡単だ。 私以外の王師による女性差別と私への当てつけだろう」
「そうなんでしょうか?」
「ああ、奴らは私が気にくわないらしい。 更に功績を立てたのが女性というのもプライドを傷つける。 だから、このように陰湿な行いをするのだ。 だから、私はエニエスタ下兵君に頼みたいことがあるのだ」
「私にですか?」
「ああ、そうだ。 聞くところによると君は王都に母親がいるそうだな。 さぞ、後方の任務に就きたいのではないのか?」
「仰る通りでございます」
そこまで調べられ、見抜かれていたので仕方なく肯定する。それを見て王師は少し笑った気がした。
「今の階級では転属も難しいだろう。 だが、もしも私が今から提案する作戦に参加してくれるというなら私の持ちうる全ての力を使って君を後方に配属しよう」
「本当でしょうか?」
「ああ、約束しよう」
こんな美味しい条件罠があるかもしれない。 しかし、これが終われば安全な後方で母親と共に暮らしていける。そう思うと自然に口が開く。
「わかりました、やります」
「いい返事だ。 さて、エニエスタ下兵が了承したということで話させてもらうが、もしも負ければ王国に明日はないと思え」
「え…… どういうことですか?」
驚愕の言葉に少し体が固まる。王国に明日はないとは一体どういうことなのだと。
「少し昔話をしようか。 今は人間に溢れているこの星だが、かつては魔物という醜悪な化け物が存在し、その化け物の王として魔王が存在した。 人間達はそれに対抗しようとより強いものを勇者に仕立てた。 そして、見事魔王に打ち勝ち、すべての魔物を絶滅させた。 しかし、諸悪の根源を倒したのにも関わらず、今度は人間同士が争い始めた」
「有名な昔話ですね」
「ああ、そうだ。 私がエニエスタ下兵、君に伝えたいのはここからだ。 人間同士の戦争に勇者も参加したのだが、1度の戦いで最高で何人殺したと思う?」
「最高ですか? えっと……150人くらいですか?」
「エニエスタ下兵は少し勉強不足だな。 答えは382人だ」
「382人ですか⁉︎」
それは驚愕の数字である。多分最高と言っているので毎回200人は殺しているだろう。勇者というのはどれだけ化け物なのだと。
「凄まじい数だろう。 因みにこの数は全兵士で比べると2番目に多い」
「2番目ですか……」
嫌な予感がした。王師が無駄にこんな話をするはずがない。できれば聞きたくなかった。しかし、それに反するように王師が口を開く。
「1番は現在帝国で十帝を務めている最強の魔導士であるゼノ・インフィニティ、戦場では死の魔術師と呼ばれている化け物だ。 因みに数だが、671人と聞いている」
改めて帝国の強さを実感する。 おそらくこの前倒した金装とは比較にならないほど強いのだろう。
「恐ろしい兵士ですね……」
「ああ、そうだ。 今回の作戦ではこの死の魔術師を第5防衛ラインからの撃退または討伐だ。 その際にエニエスタ下兵とエルドナフ上兵は敵の首を取る役目を担う。君達の盾として5000の兵士を同行させる。 因みに負ければ王都は火の海と化す」
それは遠回しにアリアの母親が死ぬことを指していた。アリアは具体的な話を聞くと部屋から出て行く。その時、ちょうどフォンティルとすれ違った。
準備ができると、ルミサンスを5000の軍で出発し、3日後拠点に到着する。そして、直ぐに岩石地帯に向かい始めた。出発する前に自分は行けないからと毒が入ってる小瓶を渡され、これで倒してこいと言われた。母親も仲間も救いたいのだが、あの後の話で更に化け物具合が上がり、勝てる気がしなかった。
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