第29話 敵

森をある程度進んだ時、先頭を歩いていた隊長の足が止まる。そして、後ろを振り向き口を開く。


「ここから私語は厳禁だ。 そして、来る前に説明した通りそれぞれの班に別れろ」


そう言いながら班に分かれていく。来る前に隊長から6人ずつの班に分かれるように説明された。役割としては4班が先に進み状況を確認し、残り2班が隊長の近くで待機するというものだ。同じ班にはフォンティルがいるのでアリアは安心しきっていた。


アリアは待機する方の班なので隊長の後ろで静かに待機する。他の4班は草を切り分け進んでいき見えなくなった。後は状況報告が来るのを待つだけである。


(今更疑問に思ったのだけど、どうしてこういう面倒なことをやるの? うーん、考えてもわからないから美味しいご飯のことを考えとこう)


頭には大好物のハンバーグを思い浮かべる。口の中に唾液が溜まってき、腹が鳴る。慌てて周りを見るが、特に聞こえてないようで安心した。尚、フォンティルはしっかり聞いており記憶にしっかり保存した。


(かわいい……)


そうこうしていると隊長の通信機からノイズがなる。これは誰かが隊長に通信を試みる前の前兆のようなものである。


『こちら45偵察部隊1班ナルノ・テラー・クアインス下兵、異常ありません』


「こちらルカス・セルドルウィン隊長、更に進み報告せよ」


『了解しました』


そう言うと通信機が切れる。そこから2班、3班、4班の全てが以上なしと報告したので隊長が5班、6班を率いて前へ進む。


そこからは報告を受け安全だと分かれば前に進むということを繰り返す。それを30分程繰り返したところで異変が起こる。いくら待っても2班からの連絡が来ないのだ。もし何かあったとしても6人全員が通信機を持っているのでありえないはずと考える。


(他の班からは特に異常はないと連絡が来た。 私が事前に知らされている情報でも敵が出るのはもう少し先のはず…… 何故だ?)


ルカスは考えてもわからないが、すぐに行動を移すべく口を開いた。


「2班の連絡が途絶えた。 5班はできるだけ離れず集団で行動し、様子を確認してこい。 危険と感じたら戻ってくるか、私に連絡を入れろ」


「「はい」」


5班のアリアを含む6人が静かに返事をする。とてもじゃないがやりたくない役割だ。しかし、隊長の命令であることと危険と感じたら戻ってきてもいいということなので態度には出さずに向かう。


(何があるの…… 6人全員から連絡がないなんて危険じゃないわけない。 もし、危ないと思ったらフォンティルを連れて逃げよう)


アリアはすぐに逃げれるように周りを警戒しながら進む。5班の6人は全員固まって動いており、想定よりも動きが遅い。


しばらくすると少しひらけた場所に出る。特にそれは珍しいことではない。しかし、その場所の木には人の足元付近に当たる場所に十字架の傷がつけられていた。他の兵士は気付かずに歩き出す。


(何かおかしい…… あの場所は何か嫌な感じがする。 でも、どうしてそう思うの…… わからない)


木の横が針で突き刺されるような感じがする。そこに兵士達が向かおうとしている。しかし、全員止めるには間に合わない距離である。それに彼らを助ける理由がなかった。だから、近くにいたフォンティルの進行方向を遮るように右手を差し出す。


「どうしたんですか? アリアさん」


フォンティルはアリアが進路方向を遮ったので踊ろき、小声で問う。


「これ以上は行かない方がいいです」


それを答えた瞬間、ドンと凄まじい音が前方から聞こえてくる。音がした方を見ると先程アリアが嫌な感じがしていた場所に大きな穴が空いていた。周りにはアリアとフォンティルしかいないので恐る恐る中を覗く。


深さは2mぐらいだろう。そして、木を鋭利にしたものがその中に無数に張り巡らされている。5班の2人はそれに首などが刺さり、見た限り即死のようだった。あらゆるところに血が飛び赤くなっている。


「なんだ…… これ……」


1人の兵士が腰を抜かして呟く。


「と、とりあえず連絡を」


もう1人の兵士が通信機を取り出した時にまたも嫌な感じがする。今度は森の奥から鮮明とこちらを狙っているということまでわかった。アリアはフォンティルに飛び込み押し倒す形になってしまう。


そして、次の瞬間4本の弓矢が飛んでき、2人の兵士を貫き血しぶきが飛ぶ。残り2本は先程までアリアとフォンティルがいた場所で空を切る。アリアはすぐに体勢を起こす。


フォンティルも理解したのか、起き上がりアリアと一緒に別々の木の陰に隠れる。あまりの出来事に2人も頭がついていかない。おそらくあの穴は落とし穴であり、弓矢は敵からの攻撃だろう。


弓矢は2人の兵士を見る限り鎧を貫かれている。相当威力があるのだろう。そして、問題なのが弓矢は木ではなく鉄でできていることである。


(やばい…… これは本当にやばい。 さっきの攻撃はなんとなくわかって避けたけど、この状況は非常にまずい)


敵はおそらく離れた場所にいるだろう。しかし、残った2人を殺りにくるのも時間の問題だろう。


「アリアさん! とりあえず僕が隊長に連絡します! 周りの警戒をお願いしてもいいですか!」


「大丈夫です! お願いします!」


フォンティルは先程のアリアの敵の攻撃を察知したことにより、それを信頼し周りの警戒を任す。そして、自分は隊長に連絡を入れる役割をする。通信機を取り出すとに小さなボタンがあったので押す。


(早く繋がってくれ。 お願いだ…… 僕が今できるのはこれだけなんだから)


アリアがいなければ自分は死んでいたということに恐怖し手が震えると同時に傲慢だった自分に己で罰す。ノイズが止み、繋がると名前を告げずに口を開く。


「敵襲です! 敵襲です!」


『なんだと⁉︎ 班と名前、被害状況は を言え!』


「45部隊偵察部隊5班、フォンティル・ナータレフ・エルドナフ下兵! 被害状況は死者が4名です!」


『わかった! 今向かう。 そこを動くなよ!』


「ダメです! 敵は鎧を貫く鉄製の弓矢と殺傷性の高い罠を配置しています! 下手に動けば相手の思うツボです! 拠点から援軍を要請してください!」


『そうか、わかった。 援軍は期待できないが、要請しよう。 そこで耐えしのいで生き延びろよ。 すぐに私も向かう』


「はい!」


返事をすると通信機を切る。話を聞いてる限り他の班は敵からの攻撃を受けていないようだった。


「アリアさん、どうですか?」


「今のところは大丈夫です」


フォンティルはそれを聞きひとまずはホッとする。アリアは先ほどのことを考えていた。


(どうしてわかった? もしかしたら私は敵からの攻撃がわかる? 確かに今までいろんな敵と対峙してきたけど、どこに攻撃してくるからわかる気はしていた。 その時は鎧とか他の理由があって避けられなかったけど。 でも、おそらくそれに近い何かの筈。 だったらまだ生き残れる)


だけど、今の状況的に絶望的なのはわかっていた。おそらく敵はこの木から体を出せば再び攻撃してくるだろう。今度はしっかりと狙いを済まして確実に当ててくる。


そんな気がしてならないので、この木からは出ないようにする。もしかしたらこの感覚もさっきの能力のようなものに関係あるのかもしれない。


「アリアさん、息乱れてますけど大丈夫ですか?」


「え、あ、大丈夫です」


「もし危なかったら言ってくださいね」


「ありがとうございます」


息が乱れているなんて気がつかなかった。それほどまでに自分は恐怖を感じているのだろうか。いや、こういう状況なら今までだって体験してきた。なら何故? わからない。 もしかしたら感じ取ってるのかもしれない。敵に今まで戦ってきた敵よりも強い強者がいることを。


(とにかくこの場から逃げないと。 おそらく敵はこの場所に隠れたことをわかっている。 それまでに早く)


「助けてくれ!」


そう思っていると近くから助けを呼ぶ声が聞こえる。アリアはフォンティルを見ると彼女が助けたいと思っていると勘違いして頷く。


フォンティルは木から顔を少し出すが、敵の気配はない。そして、勢いよく隣の木に移る。その際に攻撃を受けなかったのでホッとする。


「やめてくれ! 頼む! 死にたくない!」


その声は次の瞬間凄まじい音が聞こえると消えてしまう。アリアとフォンティルは息を潜める。静かで近いこともあって声が微かに聞こえてくる。


「あ〜血がついちゃったよ。 また洗わなくちゃいけなくなったよ」


「帝師殿、そんなことよりもこの付近に私達の攻撃を避けた者が潜んでいるので気をつけてください」


「大丈夫大丈夫、 所詮は新兵の集まり。 俺らがやられることないって」


「ですが、念のためにお願いします」


「わかったわかった。 鉄矢回収しないの?」


「今回収するところで御座います」


「さっさと頼むよ〜。 俺早く敵を撃退して休みたいし」


「十帝であるお方がそういう士気が下がる言葉は私の前だけにしてくださいね」


「はいはい、わかってるよ」


それを言うと足音が近づいてくる。おそらく落とし穴を確認しにきたのだろう。更に2人は息を殺す。おそらく今は敵の陣地、ここでバレれば助かる保証はない。木の後ろに足音が響く。


「あ〜こりゃあまたひでぇな。とりあえず鉄矢を回収しよ」


「はい、わかりました」


おそらく矢を人から抜いてるであろうブチブチという音が響く。フォンティルは危険な状況だが、情報を集めるべく木から少し顔を出す。


そこには後ろ姿だが、帝国の普通の鎧を着た者が1人と全身金色の鎧の兵士が腰に手を当てて立っていた。身の危険を感じたフォンティルはすぐに顔を引っ込めて息を殺す。


「よし、終わったね。 それじゃあ次回収しに行こうか」


「はい」


足音は離れていく。足音が聞こえなくなっても気を緩まない。そして、しばらくして息を大きく吐き安堵した。


(全身が金色の鎧…… おそらくあいつは十帝の金装。 勝てない、どうして僕達のとこにいるんだ……)


フォンティルは絶望に暮れ頭を抱える。圧倒的な強さの前に心が折れそうになっていた。しかし、アリアが危ないにも関わらず近づいてき、彼の手をとる。


「落ち着いてください、フォンティルさん」


「アリアさん……」


「今は止まっている場合じゃないです。 おそらくまだこっちに気づいてないです」


「でも、無理です。 相手は十帝の金装なんです。 1度の戦闘で最高68人殺したやつなんです」


アリアはフォンティルの心はここでは直らないことを悟り、1人立ち上がる。


「フォンティルさんはここにいてください」


「え?」


「私が貴方を守ります」


アリアはそう言って進みだす。それを彼は止めることができなかった。


内心ではアリアの方が恐怖しているだろう、絶望しているだろう。しかし、仲間を失いたくない気持ちと死にたくないという思い、そして敵に一矢報いるというか決意がアリアに1つの結論を導き出していた。


(全て殺せばいい。 最初の頃はのように楽しめばいい。 今ならわかる気がする。 敵の位置も敵の攻撃がどこに来るかも。 そして、どこを攻撃すれば殺せるかも)


たったそれだけだが、アリアにとっては頭を振り絞って考え出した苦肉の策である。全てを殺すと思うことで、今までリミッターがかかっていたものが外れた。彼女は訓練で得た自分の戦い方によって殺すことに特化した兵士となった。




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