第28話 森での

出発して30分程で森が見えてきた。腰にはロングソードを携え、念のため両ももにダガーナイフのようなものをしまっている。体には背景に溶け込めるように緑の布を巻き歩く。


いつもより装備が軽く楽だが、何が起こるかわからない状況が心配でならなかった。ダガーナイフは心配の表れかもしれない。


(またお腹痛くなってきた…… 私が一体何をしたらこんなことなるの……)


いや、した。そう思った。前世で罪のない人を殺して処刑という形で罪を償ったが、もしかすると足りなかったのかもしれない。だから、神という存在がこの世界に転生させたのかもしれない。


(まずは、この任務を完了して帰る。 他のことはまた考えればいい)


前に進むことをそう強く決心する。森の入り口が近づいてくると隊長に引きつられた30人の兵士達に緊張が走る。見たところ舗装などしていなく草木が生い茂っており、到底歩きやすいとは思わなかった。


(はぁ、どうしていつもしんどい方向にいくのだろう。 確かに偵察だから舗装された道を通るはずないのに…… でもこれさえ終われば隊長にお願いすれば休みを一杯くれるはず。 がんばろう)


隊長は腰に携えている剣で長く伸びた草を切り分けて進んでいく。食料などは荷物になるので持ってきていない。そもそもこの偵察任務は1日で終わらすつもりらしい。


森に入ると不気味な雰囲気が漂う。流石にまだ大丈夫だと踏んで兵士達は小声で話をしている。もちろんアリアもフォンティルと話しており、それを隊長は指摘しない。逆にそれが不気味だった。


「アリアさんは大丈夫ですか?」


「はい、ありがとうございます」


「それは良かった。 頭に鎧をつけないのは大丈夫なんですかね?」


「どうなんでしょう? 確かに危険かもしれませんが、視野が広がって私的にはとてもいいと思います」


「僕はデメリットばっかり考えてしまって…… アリアさんが言った通りメリットも考えないといけませんね」


「フォンティルさんが言ったことも正しいですよ。 頭を打たないために必要ですからね。 その点から言えばつけてる方がいいのかもしれませんね」


そうは言ったものの頭に鎧をつけない理由が全く思い浮かばない。アリアとフォンティルはそういうことに富んでいるわけではないが、彼女達が思いついたことを上の者が思いつかないはずはないと考えていた。


(本当にどうしてだろう? うーん、わからない。 この分野はイヴさんが得意だからいれば分かるんだろうけどな……)


腰に携えた魔導通信機を触りながら不安に思う。今回兵士達に配布された魔導通信機は全て隊長に繋がるようになっている。使うのは重大なことを報告する時だけだと決められていた。そして、ルカスだけには王師に繋がる魔導通信機も携えており、計2個の通信機を持っている。


「なんか新鮮ですね」


「新鮮ですか?」


「はい、いつもは鎧で顔など見えないですから、こうしてアリアさんの顔を見れるのは新鮮だなと思ったんです」


「そう思えばそうですね。 何かいつもと違う気はしていたんですが、きっとそれですね」


「アリアさんはその髪を止めているのは何の髪留めなんですか?」


「これですか?」


アリアのポニーテルに使われている洗濯バサミのような髪留めを指す。洗濯バサミというには金属で先が尖っているので危険である。フォンティルは軽く頷く。


「これは母から貰ったものなんです」


「母からですか?」


「はい、私が髪型を変えたいと言い出した時にこの髪留めをくれました。 今では王都に住む母の代わりと思って大事にしてます」


「そんなに大事なものなんですか。 アリアさんの母もそんなに思ってもらってさぞ、喜ばれてると思います」


「どうなんですかね? それなら嬉しいです」


久しぶりに母の顔を思い出す。今頃病と闘っているだろうか、もう治して自分の帰りを待っているだろうか。なんにせよこの任務を遂行しなければならない。


「もし、王都に帰ったら何するんですか?」


「帰ったらですか? まずは、母を訪ねようと思います」


「その後は何をするのですか?」


「その後ですか…… 考えてないですね」


アリアは困った笑顔をフォンティルに向ける。一瞬あまりの可愛さに心臓が破裂しそうだったが、なんとか取り止める。


「だったら…… あの…… その……」


ここに来て言葉に詰まってしまう。心の中でもしも断られてしまったらどうしようという葛藤をする。だが、覚悟を決める。


「あの、僕と一緒に王都を回りませんか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


フォンティルは心の中でガッツポーズをとる。表情にも歓喜が最大限現れるほどだった。


(やった、僕は僕は。 できたんだ…… やった)


彼は喜ぶと同時に何が何でも彼女を守ることを決意する。今の彼があるのは彼女のおかげなのだから。彼女のためなら世界最強にだってなれる気がしていた。


「僕、王都にいい装飾品屋さん知っているんです。 そこの髪飾りが似合うと思います。 いえ、似合います」


急に何を言い出すのかとアリアはびっくりしたが、笑顔を優しく向ける。


「とても楽しみにしてます」


この日、彼が1歩前進した。後はこのまま無事に帰れることを祈るだけだった。

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