第9話 崩壊

45部隊の新兵達は慣れていない鎧をつけたままの長距離移動に疲れ切っていた。今は1回目の休憩の時間である。近くに小さな湖がある草原の大地で各々が好きなようにしている。大半が6時間歩きっぱなしで疲れて動けないでいた。


「大丈夫ですかイヴさん。 よければこれ使ってください」


アリアは先程湖で濡らしてきたタオルを渡す。


「すまないね。 流石にここまで歩くのは予想外だわ」


「私も足に力が入らないです」


「ははっ、よく言うぜ。 アリアは体力あるな。 羨ましいぜ」


「自覚はないですけど、素直に受け止めておきます」


「それにしても、この大規模な移動は肉体よりも精神との戦いだな」


「どういうことですか?」


イヴが神妙な面持ちで話していたのでつい問いかけてしまう。


「今もそうだが新兵達は精神的にも肉体的にも疲労している。 これが後最低5日は続くとしたらどうなると思う?」


「どうなるんでしょうか?」


考えてもわからない。だから、素直に聞いてみる。


「おそらく精神が壊れる奴が現れる」


「でも、それは仕方ないことですよ」


「ああ、そうだ。 棄権する奴も現れるかもしれねぇ。 だが、そうなったらその先にあるのは破滅だよ」


その言葉であたりが静かになった気がした。やめたくてもやめれない。投げ出せば王国の兵士としてではなく王国に背いた兵士裁かれるだろう。アリアはそこまでしてやる者はいないと思っていた。


「まあ、これはあたしの予想だから気にすんな。 よし、そろそろ30分経つ。移動の準備するか」


「はい」


これは果たして予想なのだろうか。新兵達が休憩を終え再び歩き出す。道は先ほどの場所より少し荒れており歩きにくい。歩く速さも下がっている気がした。


1日目の休憩を挟んだ移動は4時間30分ほどで終わり、そこから馬車に積んであるテントを張り始める。空は暗いが、星が鮮明に見え美しかった。街にいれば見れない光景に少しばかり感動する。


テントは数が多く、疲れているのもあり大変だったが、なんとか張り終える。 そこから夕御飯を食べ1つのテントに3〜5人ほどに振り分けられ、眠りに入る。


(疲れた。 こんなにしんどいとは思わなかった)


アリアは寝袋の中で今日のことを思い出す。


(隊長は1番前だから、話しながら行けるのが唯一の救いね……。 明日は筋肉痛だろうな……。 それにしてもみんな疲れているみたい)


周りの新兵達は皆、男なら誰しもが好意の眼差しを向けることを避けられないアリアという存在がいるのにもかかわらず寝袋に入った途端動かなくなったのは今日の移動がよっぽど疲れに来ているのだろう。


(明日はもっと楽だといいな)


アリアはそれを心の中で唱えると意識が遠のいていく。闇の中で少しばかり楽しい夢を見て、朝がやってくる。


2日目の朝は早い。睡眠時間としては7時間ほどとったが、新兵達の方疲労は完全には取れておらず、筋肉痛になっているものが多数いる。テントを畳み、馬車に積み込むとすぐに出発する。


歩き出した新兵達は昨日よりもさらに遅い足取りでゆっくりと進む。今はまだ出ていないが、これは昨日イヴが言っていたことも現実になる危機感をアリアは覚えていた。そして、今日の休憩は平原地帯を抜けるところで取ることにした。新兵達は休憩という言葉に少しばかり安堵を覚えるが、隊長が並ぶように指示したことによって、それは不安に変わる。


「遅い! 遅すぎる! こんなスピードだといつまでたってもルミサンスに着かない! このままだと1週間以上かかるぞ!」


その言葉に新兵達は目に見えるほどの動揺を見せる。


「これはいい機会だ! お前らには選択をくれてやる! 1つ目は今よりも歩くスピードをあげる! 2つ目は今のスピードのまま歩く時間を増やす! この休憩が終わったらお前らの行動で見せてもらう! どっちがいいか全員で話し合って決めろ! 解散!」


隊長はそれを言うと馬車に戻っていく。新兵達には流石にまずいという雰囲気が広がる。


「スピードを上げよう」


1人の兵士が呟く。


「ああ」


「そうだな」


それに同意する声が広がっていく。それは瞬く間に新兵の半分まで広がる。


「ちょっと待ってくれ! 」


そんな中1人の兵士が声をあげる。新兵達は声を上げた者を注視する。


「俺を含め何人かは足に怪我をしている! 処置はしてる歩けるが、これ以上スピードを上げたら着いていけない!」


その言葉に納得する声がいくつか上がるが、それを許さないと思う者が大半だった。


「代表として言わしてもらうが、ここは足手まといは切るべきだと思う」


「私はそれに賛成だ」


「私も」


「ああ、賛成だ」


次々に上がっていく同意の声が恐怖すら覚える。自分のためなら仲間すら切り捨てる。人間とはそんな生き物なのだ。


「待ってくれ…… 俺達仲間だろ?」


震える声で問いかけるが、返事は返ってこない。そして、そのまま解散となり3人の兵士がその場に脱力し膝をついた状態で取り残される。それをアリアは見ることしかできなかったことを悔やむ。


「初めて見たか? これが今の王国の現状さ。 だから、アリアが気にする必要はねぇ」


イヴが慰めてくれるが、胸の奥が締め付けられる思いはやまなかった。気づけば目の前の兵士達に向かって歩き始めていた。後ろからイヴが付いてきているのはなんとなくわかった。


「大丈夫ですか?」


声をかけると3人の兵士達は顔を上げる。


「君は?」


「私、アリア・ラ・エニエスタと言います。そして、後ろの方はーー」


「イヴ・サン・ローランだ」


「それでエニエスタさんとローランさんは用済みな俺達に何の用だ?」


その言葉は失意に暮れている。もう、自分達は何をしても意味がないと感じているのだ。


「私達は貴方方を助けに来ました」


「助ける? 何を言いだすかと思えば…… 俺達と同じスピードで歩いてくれるのか?」


「はい、そうです。 私達は歩けなくなったら肩を貸すつもりです。 だから、ルミサンスまで共に頑張りましょう」


その目は本気そのものというがわかった。しかし、3人の兵士はそれよりもアリアの美貌に少しばかり目を奪われていた。


「無理だ。 そんなことしても意味はない。 どうせ俺達は追いつけない」


「そうとも限らないぜ」


横からイヴが会話に割って入る。


「どういうことだ?」


それに興味を示し、3人はイヴを見つめる。


「そんな熱い視線はやめてくれよ。照れるぜ」


それを言われ少し3人は取り乱す。しかし、数秒後には落ち着いていた。


「俺達が言える立場じゃないが、さっきの言葉はどういうことなんだ?」


それを聞いたイヴは少しニヤつき口を開く。


「お前らは今からスピードを上げて体が持つと思うか?」


それを問われ少し悩む。


「いや、わからないな」


「あたしから見れば無理だ。 今日は大丈夫だとしても3日目や4日目には確実バテる。 何よりあいつらは怪我をするリスクを自ら上げてるようなもんだぜ」


「なるほど、確かにそうかもしれないな」


「だったら1週間以上かかってもいいから、ゆっくりと行った方がいいし、数が少ない方が後々の効率もいい。 だから、あんたらが責任を感じる必要はねぇ。 これはあたしとアリアが望んでやってることなんだから」


今まで絶望の中にいた兵士達は希望が見え明るくなる。それと同時に女性に対しての価値観を改めなければならないと思った。この2人は希望であり、兵士に適していると。


「ありがとう。 本当に……」


「名前教えてくれませんか?」


アリアが笑顔で言葉を発する。それの美しいことは言うまでもない。少し間を置き金髪の少しチャラそうな男の兵士は口を開く。


「あ…… ああ、俺はナイラルク・ギスターヴという」


ナイラルクは後ろの2人に視線をやる。


「私はゲルネルツ・タルバ・インシュプロン下兵であります」


日本にもよくいた坊主頭の真面目そうな兵士だと感じた。その顔には少し緊張が見えた。


「私の名前はエリア・シュノットルと言います」


もう1人の兵士は逆に髪が目にまでかかっており、薄暗い性格の男性だと思われた。


「皆さんいい名前ですね」


素直に褒められた3人は少し照れくさかった。


「皆さん名前で呼んでもいいですか?」


アリアからの嬉しい提案にほかの2人に確認するまでもなくギスターヴは口を開いていた。


「喜んで!」


「ありがとうございます。私のこともアリアと呼んでください」


「光栄であります!」


ゲルネルツが声をあげたので少し驚いたが、優しい笑顔を向ける。 既に男達には自分を救ってくれた存在としてアリアを女神か何かかと思い始めていた。


後ろのイヴはなぜか高らかに笑っていた。アリアはそれを気にすることなく3人の新しいもの友達と共に休憩時間いっぱいまで語り合った。














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