第6話 地獄
3日というのは早く、あっという間に過ぎてしまった。アリアはこの最初で最期の休暇を母親のクレアと過ごすことはなかった。その理由としてはクレアは現在医療施設で治療を行っているので会うことができなかったのだ。
アリアはベッドからゆっくりと起き上がる。眠いのか軽い欠伸が自然と出る。そこから髪を整え、顔を洗い、服を着替える。全てが終わると荷物を持ち、扉を開け45部隊訓練施設に向かう。
(お腹痛い……)
アリアはお腹をさすりながら歩く。正直な話行きたくはなかった。しかし、兵士になった以上行かなければ殺されてしまう。だから、重い体を動かしながら歩く。
(私は優秀な兵士になるつもりだったのに…… どうしてこうなったの……)
そんな思いを込めながら3日前と同じ45部隊訓練施設に到着する。中に入るとほとんどの新兵が既に待機していた。アリアもそれに紛れて隊長が来るのを待つ。しばらくすると前と同じように隊長が勢いよく扉を開けて中に入ってきた。
「よく逃げずに来たな。 それは褒めてやろう。 しかし! 今から人数を数えるがもし1人でも少なかったら連帯責任でお前達の運ぶ荷物は倍になる! いいな!」
「「「「「「はい!」」」」」」
「今から番号で呼ぶが、それが今からお前らに与えられる新しい名前だ! 1回しか言わないからしっかりと記憶に刻め!」
隊長がそう言うと順番に番号が呼ばれていく。45151、45152、45153と次々と呼ばれていき、遂にアリアの番になる。
「次はお前だ」
「はい!」
その声は野太い男の声ではなく、優しく美しい可愛らしい声だったのでルカスは少し驚く。
「ほう、女か。 珍しいな」
「ありがとうございます!」
「さて、お前の番号は45201だ。忘れるなよ」
「はい!」
アリアの番が終わるとまた同じように呼ばれていき45296で番号が終了する。
「素晴らしいな! お前達は! 全員出席だ」
ルカス嬉しそうに声を張り上げる。
「さて、今から予定を発表する! 準備はいいか!」
それに新兵達は再び声を揃えて返事をする。それを聞いたルカスは口を開く。
「まずは、鎧に着替えろ! 10分以内にだ! それから45部隊第2訓練場に集まれ! では、一旦解散!」
それを言うと新兵達は急ぎ足で更衣室に向かう。そこにはルカスが着ているような顔すら全く見えない白銀の鎧が置いてあった。既に何人かの兵士は着替えており、アリアも急いで服を脱ごうとする。
「ああ! ダメダメダメ!」
「え?」
腕を掴まれ更衣の邪魔をされる。アリアはそんな非常識な奴は誰だと、その張本人を見ると黒髪のショートカットのアリアより身長が大きい女性がこちらに近づいてきていた。。
「ちょっとこっち来い!」
「え、ちょっ!」
アリアはそのまま連れていかれ別の部屋に押し込まれる。
「これでよしと」
何がよしだと目の前の女性を睨むように見る。今は一刻も早く着替えて集合場所に向かわなければならないのだ。
「何がよしですか。 はやく着替えないと時間に間に合いません」
「なーにが間に合わないだ。あんなところで着替えたら向こうも迷惑だし、あたしにも迷惑ってわからないの?」
アリアは首を傾げる。今まで学校などで鎧を着替えるときと同じようにやったつもりだった。しかし、この女性は自分にもそして、周りにも迷惑だと言い張るのだ。
「どういうことでしょうか?」
「あんた、それマジで言ってる?」
「はい」
「はあ〜、なるほどね。 いいこと教えてあげる。 とりあえずその棚に置いてある服に着替えながら聞きな」
アリアが棚を見ると鎧の下に着る服が置いてあるのが見える。アリアはそれを取って着替えようとするが、如何せん美人な女性と一緒というわけで着替えることができない。
「あの、すいません」
「どうしたんだい背中向けて」
「実は…… 少し恥ずかしいんで別の部屋で着替えてもいいですか?」
その言葉に女性は戸惑う。そして、頭を抱える。
「一体どういうことだい。 女であるあんたが男に肌を見せるのは良くて、女であるあたしには見せれないってどこか別の世界の人かい?」
合ってるがそこまで言う必要はないじゃないのかと少しイラつく。アリアは前世では男として生まれ、男として育った。例え新しく生まれても前世の記憶があれば必然的にこうなるのは仕方がないことである。
「別の世界の人ではありませんよ。 少し失礼です」
アリアは勢いあまって振り向いてしまう。そこには下着姿の女性が立っていた。アリアは顔を赤くして再び背中を向ける。
「見るだけでこれとは…… 仕方ないか。 あたしは着替えたら外で待ってるからその時話してあげるよ」
「わかりました……」
女性はすぐに着替え部屋から出て行く。アリアも誰もいない部屋ですぐに着替える。着替えると外に先ほどの女性が壁にもたれて待っていた。
「早いね着替えるの。 さて、あんたは常識が欠けているのはわかった。 これから少しずつだけど教えてやってやるよ」
女性は満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫です。 そもそも、私は貴方の名前すら知りません」
「イヴ・サン・ローラン」
「え?」
「私の名前さ。 あんたは?」
「私ですか? 私の名前はアリア・ラ・エニエスタと言います」
イヴは名前を告げると手を差し出してくる。アリアは少し驚いたが、それを取らないと失礼と思い掴む。
「これであたし達は友達さ」
「友達ですか?」
「ああ、そうさ。 だから、あたしがアリアに常識を教えるのも変じゃない」
「そうですけど……」
アリアは戸惑う。この戸惑いは急に常識を教えるといったイヴの存在ではない。それは先程、アリアと呼ばれたことである。自分の母親以外に呼んで貰えたのは初めてで恥ずかしいような、嬉しいようなよくわからない気持ちになっていた。
「友達になった記念として教えてやるが、女兵士が鎧を着るのは男兵士の後だ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだ」
「でも、そんなこと誰も教えてくれませんでしたよ?」
「当たり前だろ。 あいつら含め男が女にその程度のことを教えるはずない。まあ、そんな奴がいたとしてもアリアの見た目を見て逃げ出したんだな」
イヴは高らかに笑う。アリアは顔を縦に何度も振り頷く。2人は側からみれば主人と下僕のような関係にも見える。
「だから私に話しかけてくる人がいなかったんですね」
「女の下着を見たりするのはダメなくせに、容姿を褒められるのはいいんだな」
「はい、そのことに関しては昔から自覚してますから」
「はは、ある意味すげぇなアリアは。 おっと男どもは全員鎧に着替えたようだな。さっさと着替えちまって隊長に怒られないようにしねぇとな」
そう言うとイヴとアリアは手を取り合って走り出す。学校では友達という友達はできなかった。きっとここでもできないと思っていた。しかし、初めての友達ができ気持ちが高ぶる。案外この場所も悪いところじゃないと思い始めてきた。あれほど気にしていたお腹の痛みは既に引いていた。
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