事件解決 ムーンキャット

 男は畑の柵に猫の紐を縛り付けるとテントを覗き込んだ。犬童先輩と寝子はすやすやと眠っているみたい。


「一錠三十円で手に入れた安物にしてはよく効いているな。元々寝不足気味だったのかもしれんな。おや、おかしいぞ。さっきの女子生徒がいない。一人で帰ったのかな。まあいいわい」


 物事にこだわらない性格で助かったわ。もう少し様子を見ていようっと。


「しかし俺はとことん猫と相性が悪いようだ。ようやく就職した会社だったのに、あの暴力猫のおかげでクビになっちまった。パソコンの代金だけでなく、データ消失による損害まで請求されて、用務員の給料のほとんどが借金返済に回っちまう。こうして畑の野菜でも盗まねえと食っていけねえんだからな。俺も落ちぶれたもんだ」


 あらあら、用務員になったのはあたしがパソコンを壊したからなのね。気の毒のことをしたわ。でもそれは身から出た錆。罪のない野良猫を苛めていたあんたが悪いのよ。あたしを憎むのはお門違いってものよ。


「くそ、忌々しい白猫め。今度見つけたらただじゃおかないからな」


 ふふふ、ただじゃおかないって何をしてくれるのかしら。さあどうぞ。


「にゃおー」


 あたしは男の前に姿を現わした。掘り起こした里いもを持ったまま男は棒立ちになっている。


「なんだおまえ、あっちへ行け」


 へえ~、猫を捕まえて苛めるのは止めたみたいね。食べるだけで精一杯なんだから当たり前か。でもね、高校生が丹精込めて育てた野菜を盗むのは、猫を苛めるのと同じくらい悪いことなの。それを今からわからせてあげるわ。


 マジカル猫テールアターック!


 あたしはお尻を男に向けると尻尾で往復ビンタを食らわせてやった。パンパン!


「はにゅー……」


 あらら、気を失っちゃった。いっけない、今日は満月だからいつもより魔法の効果が大きいんだっけ。まあいいわ。

 そのまま近くの立木まで男の体を引きずっていく。そしてテントに用意してあった捕縛用の縄で男を幹に縛り付けた。


「にゃあー」


 男が連れてきた猫が鳴いている。あの子も逃がしてあげなくちゃ。首の紐を解いて自由にしてあげると捕まっていた猫は足早に走り去った。


「はっ、俺はどうなったんだ」


 意識が戻ったようね。さてと、次は体ではなく精神にお仕置きよ。


 マジカル人語トーク(ドス声)!


「おうおう、目が覚めたか」

「だ、誰だ」

「俺だよ。おまえの目の前で二足立ちしている猫様だよ」

「ね、猫! 嘘だろ。どうして猫が言葉を喋っているんだよ」


 ふふふ、ビビってるわね。喋っているあたし自身も恐くなるくらいの野太い声なんだから当然よね。


「理由なんかどうでもいいだろ。おまえ、猫を苛めるだけでは飽き足らず、高校生の育てた野菜を盗み、その罪を猫に被せようとするとは、畜生にも劣る所業じゃねえか」

「仕方ないだろう。そうでもしなきゃ食っていけないんだよ」

「甘ったれるんじゃねえ。おまえよりも貧乏な暮らしにもかかわらず真っ当に生きている人間はごまんといるんだ。心を入れ替えて真面目に働け」

「ふん、猫に説教なんかされたくないね」


 なによ、猫だと思って馬鹿にして。こうなったらあれを使うか。


 マジカル猫ジャイガンテック!


 あたしの体が一気に大きくなった。身の丈三メートルの大猫に変身よ。


「うわあー、化け猫だあー」


 失礼ね。どこが化け猫なのよ。大きいだけの可愛いシャム猫ちゃんでしょ。


「おい、どうしても生き方を改めないと言うのならおまえを頭から食ってやるぞ」

「わ、わかりました。もう猫は苛めません。野菜も盗みません。用務員の他に朝晩コンビニ店員をしてお金を稼ぎます」

「それだけじゃダメだ。お腹を空かせた野良猫にはエサをやれ」

「やります」

「猫が糞をしたらきちんと片付けろ」

「片付けます」

「もし約束をたがえることがあればどうなるかわかっているな。俺はいつでもおまえを見ているからな」

「は、はい」


 これだけ脅せば大丈夫ね。さあ、そろそろ一時間経つ頃だし、これくらいで許しあげようっと。


「俺の言葉、決して忘れるな。さらばだ」


 強大化魔法を解いて元の大きさに戻ったあたしは素早く走り去った。男はもちろん縛ったままよ。


 テントに戻ってしばらく経つと人の姿に戻った。二人はまだ気持ちよさそうに眠っている。


「寝子、寝子、起きて、寝子!」


 体を揺すると眠そうに目を開けた。


「ふあ~、何よ。もう朝ご飯」

「違うわ。まだ夜よ。それよりも聞いて。畑を荒らしていた犯人を捕まえたの」


 あたしは簡単に経緯を話した。寝子はあたしが魔法猫に変身できることを知っているので、すぐに納得してくれた


「やったじゃない。じゃあすぐに先輩を起こして報告しましょう。これで先輩は依夜のことを見直して好感度アップ。二人の仲は急接近。恋人同士になる日が近づいたわね」


 寝子は喜んでいるけどあたしは首を振った。


「ううん。今回の件は全部寝子がやったことにしてくれない。あたしはずっと眠っていた、そういうことにして欲しいの」

「どうして。見直してもらうチャンスじゃない」

「考えてみて。犬童先輩はあたしの秘密を知らないのよ。引っ込み思案のあたしが男を捕まえて縄に木で縛り付けるなんて、どう考えても不自然じゃない。でも男勝りで柔道二段の寝子なら『ああ、そうなんだ。お手柄だったね』って納得してくれるでしょう。あたしにとってもあなたにとってもそのほうがいいのよ」

「依夜……」


 寝子はそれ以上何も言わなかった。言うまでもなくそれが最善の選択であることは寝子自身もわかっていたからだ。


 * * *


 こうして園芸部畑荒らし事件は無事解決した。

 用務員さんは園芸部部長、生徒会長、教頭、生活主任の教師からこっぴどく叱られたが、深く反省しているということで警察沙汰にはせず、反省文だけで済まされた。今ではすっかり心を入れ替えて野良猫に餌をやり糞の後始末をしている。


「寝子君は我が文芸部の誇りだよ。これからも推理小説を深く味わうために精進してくれたまえ」


 寝子に対する犬童先輩の好感度は大幅にアップした。一方あたしは今ままでと何も変わらず、部室の片隅で静かに読書をしている。


「依夜、高校生活なんてあっと言う間に終わるのよ。少しは話しかけてみたらどう」


 寝子に言われるまでもなくそんなことはわかっている。ただそれだけの勇気が今のあたしにはまだないの。

 でも諦めてはいないのよ。全てを知った犬童先輩があの台詞をあたしの耳元で囁いてくれる日がきっと来る。そしてあたしが普通の人間に戻れる日がきっと来るに違いないんだわ。その日を夢見てあたしは頑張り続けるつもり。


「今日のお月様も輝いているわね」


 猫に変身したあたしは屋根を駆ける。

 月の光を全身に浴びて今日も町内の平和を守る。

 あたしはムーンキャット。

 月よりの使者。

 そして恋に憧れる高校一年生。

 あたしは月を見上げるとありったけの想いを込めて猫鳴きした。


「にゃおーん!」

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TF探偵 ムーンキャット 沢田和早 @123456789

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