3月10日──時空混濁

 俺は自分の身分証を取り出した。

「俺の名はサトウ──まだ俺は、俺で在るようだ」

 身分証に貼り付けられた写真には、サトウと記されている。


 ことの始まりは、違法であるはずの「時間旅行」が若者の間で大流行し始めたことによる。対応の遅い政府が時空警察を発足ほっそくし、取り締まりを強化した頃にはもはや手遅れ。そこいら中に「親殺しのパラドックス」の痕跡が見つかった。

 専門家の意見では、彼らの行った蛮行による歴史的矛盾は「パラレルワールドが発生して自然に解決する……」はずだった。だが、時間をもてあそぶということは、それほど都合のよいものではなかったのだ。

 しばらくすると「時空混濁こんだく」が現れた。

 いままで在ったはずの建物が消え、居たはずの人々は消え、あるいは別の人物に置き替わり、人々の記憶さえも混濁し始めた──。


 俺は自分の存在を確かめるため、再び身分証を取り出した。

「やれやれ、今の所まだ、俺は俺で在るようだ。俺の名はスズキ……」


◉3月10日は「砂糖の日」

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