小堺伊織は未来を選ぶ
お供はコーヒー
長時間話すならば喉を潤すものが必要だ。場所だけ提供してもらって注文しないというのも心苦しい。伊織と木在羽はとりあえず最初のオーダーを頼む。
伊織はコーヒー。木在羽は紅茶。
木在羽と紅茶という組み合わせは何度見てもベストマッチすぎて、伊織は彼女は本当に一般市民なのだろうか。そうたびたび不思議に思った。もしかしたらどこぞの名家のお嬢様なのかもしれない。そう想像して、ありえなくはないな。そう思う。
一般市民からすれば縁遠いすぎる存在だが、今の伊織からすればそれほど遠くはない。よく相談に乗ってもらっている親友――神宮光は間違いなくお坊ちゃまであるし、そのパートナーである黒川まりあもそうだ。
ほかにも国内三大名家なんて言われる、羽澤、綾小路、岡倉とも間接的にとはいえ接点がある。学生の頃を思い返すと、なぜこんな立場になってしまったのかと首をかしげたくなる伊織だ。
「そういえば、伊織さんは教師なんですよね?」
紅茶を一口飲んだ木在羽が口を開く。優雅にカップをコースターの上に置き、伊織の瞳を正面から見据える。話をするときに木在羽という女性は一切視線をそらさない。
美人に見つめられるというのは悪い気はしないが、木在羽の瞳を見ていると必要以上のことを話してしまうことがある。もしかしたらそういった力をもつ魔眼なのかもしれない。なんて馬鹿なことを思う位には目をそらせない瞳だった。
「はい。見えないってよく言われますが」
「そうですでしょうか? お話を聞く限りお似合いだと思いますよ」
「本当ですか?」
お世辞だとしても嬉しくて伊織は表情をほころばせた。伊織が教師になったと聞いて、驚いたり心配する者は多いが応援してくれる者は少ない。両親ですら「教え子に手を出すのは本気でやめろよ」と釘をさしてきたくらいだ。
「子供は全ての大人に完璧を求めているわけではありません。親しみやすさ、安心感。そういったものを求めている子もいます。伊織さんの存在はそういった生徒さんにとっては、とても貴重でしょう」
「そういってもらえると、何だか身が引き締まりますね……」
親しみやすさというかバカにされている空気も否めないが、怖い。そう遠巻きにされるよりはマシなのだろうか。そう伊織は考えて眉を寄せる。
そんな伊織を見て木在羽はくすくすと笑った。
「ですが、少々不思議でもあります。伊織さんでしたら教師以外の選択もあると思うのですが、なぜ教師を選んだのですか?」
木在羽の言葉に伊織は視線をそらした。正直いって言いにくいというか、恥ずかしい。しかしチラリとみた木在羽は純粋に不思議なそうな顔で伊織を見返している。この眼差しに答えないというのも格好がつかない。そう伊織は思い、小さく息を吸い込んだ。
「好きな子が……教師を目指すといったので」
「あらまあ」
木在羽は口元に手を当てて、瞳をさらに輝かせる。それは大人びた女性ではなく、伊織が日頃見ているキラキラ輝く女子高生たちの瞳によく似ている。
女性はいくつになっても恋愛の話が好き。そんな言葉を思い出しつつ、伊織は肩を落とす。こうなっては聞くまで木在羽は解放してくれないだろう。物静かで上品。そう見えて意外と押しが強いことを伊織はすでに知っている。
「俺が進路に悩んでいた時の話なんですけど」
木在羽が話を聞く耐性になったのを感じ取りつつ、伊織は過去に思いをはせる。
まだ、伊織が将来のことなんて何も決めていなかった。そして、将来について真面目に考え始めた切っ掛けの話だ。
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