第23話 修行の成果
魔獣の森入口付近での修行中、そこに訪れたアデルとレイラによって、レイ達全員は徹底的に鍛えられた。
そのお陰で、僅か一週間の修行にも拘わらず、ノアとハインはステータス値の一部を五桁にまで上げ、レイに至ってはアデルに
「良し……来いっ!」
「今日こそパパを超える! はぁぁぁぁっ!!」
アデルとレイは互いに剣を構えて向き合い、修行の最後となる模擬戦を開始した。
攻撃を先に仕掛けたのはレイ。アデルはランス王国で最強を自負している為、胸を貸すのは当然だという構えだ。
それをレイも分かっているのか、真っ直ぐ……ただ真っ直ぐに斬り掛かる。もちろん、一番威力の出る速度と体重を乗せた袈裟斬りだ。
しかし、アデルはあっさりと受け止める。そう。弾き返したり、受け流すのでは無く、受け止めた。だが、それこそが本当の模擬戦の始まりの合図だ。この一週間の間、アデルとレイの模擬戦は決まってこの形から始まっていた。
「いつもと同じ、か。それで、どうする? このまま鍔迫り合いを続けても、結果は目に見えてるぞ?」
「いつもと同じだと思ったら大間違いよ、パパ!」
いつもならここでレイは受けに回っていたのだが、今日は違う。いや、今日は本気を出すと言った方が正しいか。つまり、レイは今まではアデルを立て、
それと言うのも、この一週間の修行の模擬戦で、レイは何度もアデルから致命傷に近い傷を負わされた。それも、
当然それは、レイがこの世界の成長システムを理解した上で行っていた事だ。瀕死から回復すれば遥かに成長するという、そのシステムを。
レイは、成長した力を解放し始めた。
「な、何だと!? ぐぅぅぅ……っ!」
「どうしたの、パパ? まだまだこれからだよ? はぁぁぁっ!!」
鍔迫り合いの形からレイは、更に力を込めた。すると、アデルもそれに対抗しようと本気で力を込め始める。だが、レイの力はアデルの予想を超え、やがて鍔迫り合いの形が崩れる。
そして均衡が崩れた刹那、レイはアデルの倍の力を瞬間的に込め、アデルの体勢を崩す事に成功する。その隙を突き、レイはアデルの目に負えない速度でその死角へと移動した。
「ぐわっ! ……どこに行った!?」
鍔迫り合いを征したレイだが、そのままアデルの剣を押し返しただけではつまらないし、今回はこの一週間での最初で最後のアデルとの真剣勝負だ。勝たせてもらう。……と、レイはそう考えていた。
しかし、アデルはまだまだ小娘であるレイには負けられない。ランス王国最強という自負が、そしてプライドがそうさせるのだ。
アデルはレイの気配を探った。
「……そこだ!」
「くっ!? さすが、パパね……! だけど!」
確かに気配を消していた筈なのに、アデルはレイの居場所へと予備動作無しで斬り付ける。すると、その攻撃がレイの腕を掠めた。
さすがはアデルだ。ランス王国最強は伊達じゃない。驚嘆と嬉しさ、それに楽しさ。それらの感情がレイの心を支配するが、何としても今日だけは勝ちたい。レイは、現在出しうる力の全てを解放した。
「はぁぁぁっ!!」
「くっ! ぐぅ……! ぐぅぅぅっ!! ……『
「えっ!? ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
全力を解放したレイは、アデルの全てを圧倒した。袈裟斬り、逆袈裟、胴薙ぎ、突き。それらをほぼ同時に放ち、しかもまだまだ速度は上がっていく。いつしかレイの姿は残像を残すまでの速度になっていた。
まるで二人に分身したかの様なレイの連撃はアデルの身体を次第に捉え、徐々に切り傷を増やしていった。
対するアデルは、このままでは負けると確信し、レイの気迫も相まって……思わずスキルを使用してしまう。
そのスキルとは、自らを中心に半径1mの範囲に神聖属性のフィールドを展開し、回復と同時に自らの身体能力を上げる物。しかも、神聖属性である事から、魔族などに対しては絶対の防御も兼ね備える、アデルが持つスキルの中で最強に類する物だ。今のレイの種族は悪魔。つまり、魔族だ。レイは瞬時に瀕死に追い込まれてしまった。
「し、しまった……! 大丈夫か、レイ! 今、【エリクシル】を使うから少し我慢してくれ!」
全身が醜く焼け爛れ、意識を失っているレイへと、アデルはすぐさまストレージからエリクシルを取り出し、急いでレイの全身へと振り掛ける。すると、オートヒールの効果も相まって、レイは瞬く間に回復した。それを見たアデルは、ホッと胸を撫で下ろすのだった。
「レイ……! レイ! 大丈夫か? レイ!」
「う……うーん。あれ? …………あっ! パパ、ずるーい! スキルは禁止って言ってたのに!」
「す、すまん! あまりにもレイの攻撃が凄くてな……。つい、使ってしまったんだよ。だけどレイ、凄いじゃないかっ! スキル無しで俺を圧倒してたんだからな! さすが、俺の娘だ!」
気絶から目覚めたレイはアデルに文句を言うが、アデルはそれよりも、とレイを褒めた。
ともあれ、アデルにスキルを使わせたのだから、模擬戦は結果的にはレイの勝利となる。それに気付いたのか、レイの表情も次第に笑顔となった。
「しかし、本当に凄いな、レイは。全てにおいて俺の上をいってたぞ? 今のレイのステータスはどうなってんだ?」
「……やっぱり知りたい? ジャーン! これが今のあたしの
「どれどれ……? っ!! 嘘だろ!? いくら何でも高過ぎる!」
機嫌を取り戻したレイなら答えてくれるだろうという事で、アデルはレイにステータスを聞いた。レイも調子に乗って、現在の最高値をアデルへと見せた。そう、現在出せる限界値を、だ。
レイは開発者特権として色々と設定したのだが、その中には、自らのステータス値を任意に上下出来るという物がある。つまり、普段はその値を平均100程度の数値に抑えているのだ。今のレイのステータスはアデルの倍程もある、15万前後だ。常に限界値まで上げていると疲れるし、ノア達に触れただけで怪我をさせてしまう。それを防ぐ為でもある。
「……俺の娘ながら末恐ろしいな。まぁいい。これならばどこに行っても大丈夫だろう。頑張れよ? 寂しくなったらスマホで連絡しろよ? 出来るなら俺が家に居る時な!」
「ありがとう、パパ。うん、分かってるって! パパの方こそ寂しがり屋じゃない!」
最後の会話はともあれ、これでレイとアデルの模擬戦は終了となる。後は、ノアとハインの二人がかりで模擬戦をしているレイラを待つばかりだ。だが、待つというのは性にあわない。レイはアデルと共にそこへ向かうのだった。
☆☆☆
レイとアデルが模擬戦を行っていた魔獣の森入口付近から、太古の森林をランス草原方面へと少しばかり戻った辺りでは、ノアとハイン対レイラの模擬戦が行われていた。観戦者という訳では無いが、ムイラとベロちゃん、それにリンカも近くでその様子を見ている。
「ハイン! 私が『魔闘衣』で牽制するから、マジックブーストを使用後、順次魔法を唱えて!」
「分かってる! 『マジックブースト』はぁぁぁ……っ!」
「どこからでも来なさい! まだまだひよっ子には負けないんだから! 『魔闘衣』それに『魔滅拳』! はぁぁぁっ!!」
レイラから教えて貰った魔闘衣を発動し、そのレイラとの距離を詰めるノア。対するレイラも魔闘衣を発動後、更に魔滅拳も発動した。ハインは、魔法の威力を高めるマジックブーストを使用後、レイラの隙を窺っている。
なんだかんだでノアとハインも、この一週間でメキメキと実力を伸ばしている。スキルを使用しなければ、その二人の実力は既にレイラよりも上だ。ステータス値も1万を超えている。
だが、最後となる今回の模擬戦は互いにスキルを解禁しての模擬戦だ。一歩間違えれば、死ぬ事も有り得る。その為レイラは、近くで観戦しているリンカに、万が一の時にすぐ使用出来る様にエリクシルを持たしている。……ムイラやベロちゃんでは蓋を開けられないからだ。
ともあれ、互いに魔闘衣を発動したノアとレイラがぶつかり合う。
「レイラさん! 引退したんだから、大人しく家事に専念してた方が良かったんじゃないの? だぁっ!!」
「何を言ってるのよ!? 私だってまだまだやれるわよ! せぃっ!!」
拳と拳。蹴りと蹴り。そして言葉でもぶつかり合うノアとレイラ。両者一歩も譲らない攻防は暫く続いた。
だが、ノアの表情には次第に焦りが見え始める。ステータス値ではレイラを完全に上回り、今やレイラの倍程はある。それなのに、同じ魔闘衣を使ってさえレイラと互角とはどういう事か。
それには訳がある。訳と言っても至極単純な話なのだが、それは魔闘衣の熟練度にあるのだ。
レイラは魔闘衣を覚え、そして使い始めてから既に二十年以上経つ。レイを産んでガーディアンを引退していたブランクがあるとは言え、それでも魔闘衣を使用した期間は十年近くある。
一方のノアは、レイラに教えて貰ってから僅か一週間。その差は歴然だ。
魔闘衣のスキルは身体に負担無く身体強化が出来るのだが、熟練度により強化出来る倍率が違ってくる。それ故、いくらノアが頑張ろうともレイラには及ばない。それでも、レイラと牛角にまで戦えているのだからノアの潜在能力は高いと言えよう。
「いい加減、降参した方がいいと思うんだけど!?」
「そう言うノアちゃんこそ降参したら? 私はまだまだやれるわ、よっ!」
「くっ! っ!? きゃあっ!」
やはりレイラの方が一枚も二枚も上手である。会話に気を取られ、僅かながらノアの受けが遅れたのをレイラは見逃さなかった。放っていた右正拳突きを咄嗟にフェイントへと変え、慌ててそれを防御しようとするノアの足への下段蹴りへと変えたのだ。
そうなると、足元を掬われたノアは当然転倒してしまう。戦闘においての転倒は、ほぼ負けを意味する。ノア、大ピンチである。
「今だ! 『
「っ!! くぅぅぅっ!! ……あっつぅーい!! 降参よ、降参! 私の負けよ! だから早く消してぇ!」
白熱したノアとレイラの模擬戦は、ハインの魔法により決着を見た。つまり、ノアとハインの勝ちだという事だ。
ノアとレイラだけなら、間違いなくレイラに軍配が上がっていたが、そこにハインが居たのだ。あまりにもノアとの戦闘に熱中し過ぎて、レイラはハインの事を完全に忘れていた。
現役時代ならばそんな事は無かったのだろうが、やはりブランクは否めない様だ。
ともあれ、レイラは降参したので、ハインはしっかりとレイラを炎上させている炎を消し、次いでヒールで回復させた。
「ちょっと、ハイン!? あたしのママになんて事してくれてるのよ! ママ! 大丈夫? あたしがハインを懲らしめようか?」
「あぁ、レイ……こっちに来たのね。それよりもパパとの模擬戦は終わったの? ……と言うか、終わったからこっちに来たのよね。ママは大丈夫よ? 残念ながら負けちゃったけど、ノアちゃんもハイン君も充分に強くなったわね」
レイラの炎が消えた辺りでレイから声が掛けられた。アデルも一緒だ。レイとアデルは、どうやらノアとハイン対レイラの模擬戦が終わる直前に来た様だ。
「レイラもブランクが祟った様だな。それはともかく、ノアちゃんとハイン君は大丈夫なのか?」
「ええ。問題無くレイと一緒に奥に行けると思うわ」
ノアとハインの強さを確認するアデル。
やはり、愛娘をサポートする二人の実力が気になる様だ。
でも、レイラの答えにアデルは満足した。レイラのお墨付きがあれば、間違い無くレイの助けとなる事が出来るだろう、と。
むしろ、レイの足を引っ張る事が無いと確認出来ただけでもホッとする。
アデルは、それ程までにレイの力を認めているのだ。
「……つまり、俺とレイラの修行はこれで終了だな。レイは俺以上の力を示したし、ノアちゃんとハイン君もレイラから認められた。言う事無しだ! ……頼むぞ? ノアちゃんにハイン君。レイを支えてくれ!」
アデルからもお墨付きを貰ったノアとハインは、恐縮しながらも力強く頷く。英雄と、そのコンビを組んでいた『美魔女』の異名を持つレイラ。その二人に認められたのだ。この先どんな事が有ろうとも、レイの力になる事が出来る。ノアとハインは、自信と共に確信を得た。
「キャンキャンキャン! グルルルルゥ……! ガォォォォォン!! (ご主人! 俺様の再召喚を……! 俺様の本来の姿にしてくれ!!)」
「(本来の姿だろうが、ロードに逆らったら殺すぞ? 犬っころが! ……ロード。お見苦しい点をお許し下さい。この犬っころめは、ボクが仕留めておきます故……!)」
「ワタイのハインが滅茶苦茶強くなったさね! お陰で、ワタイも恩恵を受けたようさね! この木だって、ほら! フンッ!!」
ベロちゃんの嘆きとムイラのツッコミはともかく、リンカは淡く光る
ブルズの遺品である戦闘斧がいくらマジックウェポンであるとは言え、直径が2mを超える巨木を切断したのは、やはりハインの成長から来るステータス補助による所が大きいのだろう。
「り、リンカちゃん!? 切断出来たのは凄いとは思うけど、無造作に切断すると危ないよ!? ……あ……」
「レイちゃんは心配性だねぇ。大丈夫さね! ……あ……」
リンカは、強くなったのが余程嬉しかったのだろう。満面の笑みを浮かべている。
しかしレイの言う様に、木は無造作に切断すると危険だ。何故かと言うと、どこに倒れるかが分からないからだ。
そう心配したレイはリンカに忠告したのだが、リンカは気にも止めなかった。だが、切断された巨木は当然倒れ始め……反省会では無いが、未だ魔闘衣についてアドバイスを話すレイラとそれを聞くノアへと倒れた。
「だから魔闘衣って言うのは、使い続けてやっとってスキルなのよ」
「だからステータスは私の方が上なのにレイラさんと互角までにしかならなかったのか……。頑張んなきゃ!」
「それでね? 魔滅拳と同時併用すれば…………えっ?」
「魔滅拳はまだ私は使いこなせ…………は?」
「「きゃぁぁぁーーーっ!!!」」
無防備に話す二人へ倒れた巨木は、二人を押し潰す。……様に見えた。
「た、助かった……」
「ありがとう、あなた! やっぱりブランクがあると駄目ね」
「妻と子供を守るのは夫で父親の俺の役目だからな。当然さ! ……今回はレイの代わりにノアちゃんだったけどな」
倒れた巨木が二人へと当たる間際、アデルが二人に当たる部分を切断し、その部分だけ二人の脇へと落ちる様にずらしたのだ。ステータスは既にレイの方が上とは言え、ランス王国最強は伊達じゃない。頼りになる男である。
「色々あったが、これで俺とレイラからの修行は終わりだ。という訳で、まだ昼頃だけど今日はみんなでのんびりしよう!」
頼りになる男アデルからの提案により、午後はのんびりと過ごす事になった。
今度こそ、レイとは二度と会えないかもしれないという気持ちがアデルにその提案をさせた様だ。レイもレイラもそれを分かっているので、快くその提案を受け入れた。
ノアとベロちゃん、ハインとリンカも、それぞれのんびりと過ごす様だ。それぞれ思い思いの場所へと去って行く。
「ノアちゃんとハイン君、魔物が出たら出来るだけ殺さないでね? 一方的に襲われたら仕方ないけど」
ノアとハインにその事を言うレイ。
悪魔となったレイにとって魔物とは、言うなれば眷属の様な物だ。それが死んでしまうのはやはり悲しい。かと言って、ノアやハインなどの親しい人間にも死んで欲しくはない。我儘と言われようが、レイはそう思うのであった。
☆☆☆
魔獣の森入口付近の野営地に戻って来たレイ達親子。そこに設置された一際大きいテントの中でのんびりとしていた。
ちなみにこのテントは、その昔アデルが家族でキャンプに行く為に購入したテントである。広さは十帖程もあり、大人が六人横になっても十分な広さを持つ。
「ねぇ。のんびりするって言っても、何をするの? さっきからパパはあたしをボーッと見てるだけだし、ママはあたしの角を弄るだけだし……」
「のんびりしてるだろう? 俺はレイの事をのんびりと記憶に焼き付けてるし、レイラはレイの感触をのんびりと楽しんでるし」
「そうよ、レイ。もしかしたら二度と会えないかもしれないんだから、大人しくママに甘えなさい! ……それにしても、この角……どうして生えたのかしら。この角が無ければ今まで通りの筈だったのに……」
テントの中で寛ぎながらのんびりとするレイ達だが、レイラだけは微妙に悲しみの表情だ。
レイの角が無ければ。レイに角が生えなければ。そればかりを先程から呟いている。
「もう! だから大人しくしてるじゃない! それに、角ばかり触んないでよ……! 何だかムズムズしてくる」
(でも、これで最後かもしれないよね。だったら、ママの好きな様にしてもらった方がママも喜ぶだろうし、あたしも落ち着く。……それにしても、明日の朝かぁ……ママ達が帰っちゃうの。今夜は目一杯甘えよっと!)
なんだかんだでレイは、のんびりとするこの時間を楽しんでる様である。
そのまま穏やかに時間は過ぎ、時刻は夕暮れ時。いつの間にかノア達も野営地に戻って来ており、焚き火にて夕飯の準備となる。
今夜でアデルとレイラが最後という事もあり、夕飯は奮発して牛肉のステーキだ。
牛肉はアデルがこの時の為に購入した様だが、それを焼く為の鉄板やフライパン、それに鍋や器などはレイラがレイの為に用意した物だ。ちなみに器は十個、スプーンなども十セットプレゼントされた。
「さぁ、焼けたわよ! パパが奮発した極上のお肉だから、レイだけじゃなくてみんなも楽しんで食べてね?」
「……レイラ。俺の肉、少なくないか?」
焼きあがったステーキを鉄板の上で切り分け、それぞれが持つ器に乗せるレイラ。
最後に乗せたアデルの分は、みんなのよりも明らかに小さかった。
文句を言うアデルをよそに、暫し極上の味を堪能する一同。全員の顔は至福の表情だ。……アデルを除いて。
至福の夕飯が終了し、それぞれのテントへと入る一同。見張りは安定のベロちゃんである。
ベロちゃんもそれを分かっているのか、それとも諦めているのか、文句を言わずに焚き火の前に陣取る。ムイラはと言えば、レイ達親子のテントの前で見張りのつもりなのか、プルンと揺れていた。
そんな中、テントの中ではちょっとした騒動があった。
それは……今夜で最後だからと、家族全員で風呂に入ろうとアデルが言い出したからだ。
当然レイとレイラの二人は猛抗議をした。パパの変態だの、最低ねあなた、だのと散々言われ、渋々アデルは風呂を諦める。
だが、話はそれで終わらなかった。今度はレイラがレイと一緒に入ると言い出したのだ。
女性同士だから良いじゃないと言うレイラに対し、レイはもう子供じゃないんだからと反対する。しかしそこでレイラの奥の手が炸裂した。
悲しい表情を作り、目には薄らと涙を浮かべたのだ。俗に言う、”女の涙は武器となる”というやつだ。
これにはレイも驚いた。同じ女性同士とは言え、やはりレイラはレイの母親。その母親の涙は、子供にとっては絶大な威力を発揮する。
レイは、レイラと一緒に風呂に入る事を了承するのだった。
「いつ以来かしらね、レイとお風呂に入るの」
「あたしが十歳の頃だから、五年ぶりね」
テントの中からアデルを追い出し、そこにレイが『ホットスフィア』でお湯の球体を作り、レイラと二人で一緒に入った。
体が適度に温まり、一息ついてからのレイラの言葉は懐かしさに満ちている。
レイラの言葉に五年ぶりと答えるレイだが、実際は四年半ぶりである。……些細な事だが。
ともあれ、せっかくだからと、レイはレイラの肩を揉んであげる事にした。
「ママも肩こりってするんだね。……おっぱいが大きいからかな?」
「レイは肩こりしないの? レイだって、歳を考えたら大きい方じゃない?」
「あたしはまだまだ子供だから、肩こりなんてしないよ!」
「……言ったなぁ! それ!」
「あ、ちょっとママ!? あひゃひゃひゃひゃっ! ちょ、ちょっと、やめてぇ……きゃはははははは!」
肩を揉んでからの余計な一言で、レイはレイラから
レイの体を擽るレイラの顔も笑顔ではあるが、やはりその目からは涙が零れている。
その後、レイが降参した為擽りの刑は終わったが、同時に、暖かくも優しい時間も終わりを迎えた。二人の表情は泣き笑いの様な、複雑なものであった。
寂しさを感じながら風呂から出て寝間着に着替え、それから風呂……お湯の球体をテントの外へと運んだ。そこではアデルが風呂の順番を待っていたが、レイは構わずお湯の球体を解除した。
「パパ、濡れちゃうからそこ退いて?」
「お、俺の風呂は!?」
「……『
「あぁ……! 俺の風呂が……」
「あたしとママが入ったお風呂に入りたいなんて、変態だよね、パパ。……それよりも、パパもしっかりと体を拭いてね? 汗臭いパパはテントには入れません!」
娘から変態だの、汗臭いだのと言われたアデルは絶望の表情だ。ランス王国最強の男はその日、人生初となる絶望のどん底を経験するのだった。
翌朝。
「それじゃ、レイ。元気で頑張れよ?」
「分かってるよ、パパ!」
「いつでもスマホで連絡してね?」
「最低でも、一週間に一回は連絡するから大丈夫だよ、ママ!」
いつまでも心配する両親に、レイは何度も応える。だがそれも、もう終わる。
最後に二人と抱き合ったレイは、笑顔で別れを告げた。
「それじゃ、ママにパパ。あたしは元気で頑張るから、二人も元気で長生きしてね!」
「もちろんだ!」
「もちろんよ!」
「「「またね(またな)!!!」」」
その言葉を最後に、アデルとレイラは王都スピアへと帰っていった。
二人の背中が見えなくなるまで手を振って見送ったレイは、今度こそと決意を新たにした。
目指すは、魔獣の森の奥深くに在るというダンジョン。恐らくそのダンジョンに、『セイタン』の謎の一つが隠されているのだろう。
先ずはここから。振り返ったレイはノア達に頷くと、魔獣の森の奥へと向けて出発するのであった。
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