第22話 予期せぬ再開

 

 魔獣の森の入口付近。朝だというのにそこは薄暗く、春を謳歌する小鳥の囀りさえも聞こえない。しかも風はどこか生温く、そして生臭い。

 巨木達には刺々しい蔦が絡まり、栗鼠などの小動物の姿も見当たらない。動物なのか魔物なのかは分からないが、時おり聞こえるのは悲鳴の様な鳴き声ばかり。


 その様な場所で野営を行い、一夜を明かしたレイ達は……驚いた。ハインとリンカの変貌ぶりに。



「は、ハイン君に……リンカちゃん、だよね?」


「そうだよ、レイちゃん。僕がハインじゃ無いなら、誰がハインだと言うんだい?」


「ワタイだってそうさね。どこから見てもワタイだろ?」



 確認するレイに、肯定するハインとリンカ。本人達が認めているのに、それでも納得出来ず……誰もが目を見開き、口をポカーンと開けている。


 ハインなら、確かにハインだと分かる。昨日までと違い、オドオドした雰囲気やどもりが消えてはいるが、ハインそのものだ。

 しかし、リンカは違った。声や喋り方はそのままなのだが、容姿が全く違うのだ。先ず、体型が変わっている。昨日までは、豚人間とも言うべきオーク特有の体型に鼻、それに下顎から伸びた二本の牙があったのだが、それが今はどうか。

 ぽっちゃりだった体型は余分な脂肪が消えて無くなり、女性特有の丸みを帯びた綺麗なラインを描いている上、腰には見事なクビレも出来ている。下顎から伸びた二本の牙は短くなり、口を閉じれば普通の人間と変わらない程だ。

 そして、一番変化があったのは鼻だ。天を向いていたリンカの鼻は、ほとんど人間と変わらない鼻へと変わっていたのだ。スっと鼻筋が通り、ツンとした可愛らしい鼻である。

 つまりリンカの容姿は、活発な運動系のお姉さんとでも言うべきものへと変わっていたのだ。しかも、身に纏うのは胸と腰に巻いた毛皮だけである。下着も習慣がない為着けてはいない。故に、人間の街に行けば十中八九、いや間違いなく男共に襲われる事だろう。……リンカよりも強ければ、だが。

 ともあれ、レイ達が驚いたのはハインよりもリンカの姿であった。



「り、リンカちゃん? 何で姿が変わったの……?」



 兎にも角にも、レイはそれが気になり、恐る恐るといった感じで質問する。するとリンカは、何を言ってるんだとばかりに肩を竦めてみせ、そしてハインをチラリと見た。その感じからすると、姿なんて変わってないだろ? と、ハインに確認するかの様だ。

 対するハインはと言うと、リンカに見つめられ、顔を真っ赤にしながらこう言った。



「リンカちゃんは初めから可愛かったよ! しかも、僕の理想通りの姿だしね♪」


「ほら! ハインもこう言ってるんだ。ワタイはいつも通りさね!」



 その二人の様子は正に恋人同士といったものである。その様子からノアは何かを察したのか頬を赤く染め、ベロちゃんは何やら興奮しっぱなしだ。

 しかしレイは、その事が全く理解出来ないでいた。それも仕方のない事か。何せレイは、零……前世の時から恋愛という物をした事が無かったのだから。つまり前世も含めて、年齢と同じ期間彼氏がいないのだ。ハインとリンカの関係を察する事など出来よう筈がない。

 しかし、それが理解出来たとしてもリンカの姿が変わった事とどう結び付くのか。

 すると、そのレイの様子から察したのか、ノアが教えてくれた。



「レイちゃんは分かってないみたいだから言うけど、ハインとリンカちゃん……その、シたのよ……! だからリンカちゃんの姿が変わったって事ね」


「……? 何をすれば姿が変わるっていうのよ? それだけだと分かんないよ」


「だからぁ……したのよ、交尾を! もう! 恥ずかしいから言わせないでよ! ……コホン。それでだけど、私がパパから聞いた話だと――」



 その事を教えてくれたノアの顔は真っ赤に染まり、ハインとリンカが何をしたのかを理解したレイの顔も真っ赤に染まる。

 それはともかくノアの話によると、オークとは元来同種族同士で結ばれるのだが、それ以外にも種族を増やす方法があると言う。それは、他種族との交尾だ。オークは種族が持つその特性によって、他種族との間にも子をす事が出来るのだ。驚くべき事だが、それは事実だ。

 しかしこの場合、ほとんどはオスのオークが他種族のメス、人間も含まれるが……他種族の雌に子種を仕込み、孕ませ、そして産ませる。だが、それは雌のオークでも可能なのだ。

 雌のオークの場合、他種族の雄の子種を授かりそれで子孫を増やせるのだが、その際オークの雌だけにある変化が起きる。より子孫を増やす為に、その種族に似た姿へと体を変化させるのだ。つまり、進化する。それだけではなく、より多くの雄と子を生せる様にその他種族の雄の好みの姿に、だ。

 ようするに、リンカはハインと交わった事で進化し、人間の男性が好む姿へとなったという事なのだ。それに伴い種族も変化し、オークから”オークレディ”になり、ステータスも上がっている。



「――という事みたいだよ?」


「そ、そうなんだ……! あ、あは、あははははは……」



 ノアの説明の一部始終を聞き終えたレイは顔を真っ赤にした挙句、羨ましさと悔しさを滲ませた様な乾いた笑い声を上げた。

 正直に言うと、羨ましい。あたしも素敵な男性と、そういう関係になりたい。……という気持ちと、前世を含めて一度もそういう事をした事が無い悔しさが心に湧いたのだ。

 ともあれ、ハインとリンカの事は素直に祝福しようと思うレイであった。



 もはや普通の人間の女の子と変わらないリンカを交えて、焼き上がった川魚の串焼きを食べ終え、腹ごなしでは無いがさっそくとばかりに修行が始まった。

 修行と言っても、いきなりこの辺りに棲息する魔物との実戦ではノアとハインの実力では即死してしまう。なので、パーティの中で実力が近い者に相手になってもらう。ベロちゃんだ。

 本来のベロちゃん……ケルベロスであれば、もちろんノアとハインなど一瞬の命だ。だがノアが弱いお陰で、喚び出されたベロちゃんはノアに併せる様に弱体化している。修行するのにはうってつけの相手だ。



「それじゃベロちゃん。ノアちゃんとハイン君に攻撃開始。ノアちゃんとハイン君はベロちゃんの攻撃をひたすら耐えてね? あ、そうそう。ベロちゃん、ハイン君を殺しちゃダメだよ? ノアちゃんは契約主だからベロちゃんに殺す事は出来ないけど、ハイン君は簡単に殺せちゃうからね。まぁ、今日は進化したリンカちゃんが近くで見てるから心配無いけど、もしもベロちゃんが万が一にもそんな事をしたら…………殺すよ♡ 始め!」


「ひぃっ!? 僕は死ぬ可能性があるの!?」


「大丈夫! ……の筈だよ、ハイン。何の為のオートヒールなのよ!?」


「頑張れ、ハイン! いざとなったらワタイが居るから安心しな!」



 レイの説明に身構えるノアとハイン。二人の着ている服は、私服としての布の服に膝丈のパンツのみだ。

 相手となるベロちゃんはと言うとガタガタと震え、足元に水溜まりを作っている。レイの、にこやかな笑顔での殺す発言に心底ビビっている様だ。

 ともあれ、レイの意思に反すれば結局殺されかねないので、ベロちゃんはノアとハインに向かって攻撃を開始した。



「グルルルルル。キャンキャン!! (やらなきゃ殺られる。やるしかねぇ!!)」



 レイに怯えながらでも、さすがは地獄の番犬ケルベロス。攻撃を開始すると共に震えは収まり、可愛らしく開かれた口からは紅蓮の炎が吐き出された。

 対するノアとハインは無防備……では無く、意識して身体に魔力を流している。防御力を高める為だ。

 昨夜、修行をすると決めた時にレイからその事を説明されたのだ。自身の防御力を最大に発揮する為には、魔力を意識して身体に流せ、と。

 そうして、魔力を身体に流して防御力を最大にしたノアとハインに、ベロちゃんの吐き出した紅蓮の炎が炸裂する。

 ケルベロス本来の”ヘルフレイムブレス”とは天と地ほどの差があるが、炎は炎。触れれば当然熱いし、火傷する。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ハイン!? ベロちゃん! ワタイのハインになんて事をするさね!!」


「キャンキャンクゥーン……(そんな事言われたってよぉ……)」



 その光景に憤るリンカだがそれはともかく、紅蓮の炎に包まれたノアとハインは、生きながら焼かれるという地獄を味わっていた。燃え盛る炎は呼吸の為の酸素を奪い息苦しく、その熱は肌をたちまちの内にめくり上げる。剥き出しになった肉はジュウジュウという音を上げながら焼かれていき、やがて黒く焦げていった。

 しかし、二人が身に纏っている衣服は何故か燃えてはいない。それと言うのも……予めレイが、服だけは燃えない様に強力な水属性を付与していた為だ。修行するとは言え、毎回服が燃えてしまっては着る物が無くなってしまう。それを憂えての処置だ。

 ともあれ、一度目のベロちゃんの攻撃は終わり、ノアとハインを焼いていた炎も消える。炎が消えた後には、不自然に服だけが綺麗な真っ黒に焼け焦げた人形が二つ転がっていた。



「ハイン!? ワタイのハインを殺しちゃいねぇだろうなぁ……? ベロちゃん!!」



 ハインのあまりの凄惨な姿に激昂するリンカ。以前とは違い見た目が可愛い人間の女の子そのものといったリンカだが、能力はオークから進化したオークレディだ。今のベロちゃんよりも遥かに強い。しかもリンカのその手には、いつの間にか淡く光る巨大な戦闘斧バトルアックスが握られている。どうやら、ブルズの遺品をリンカが受け継いだ様だ。それはともかく、巨大な戦斧を構えたリンカがベロちゃんへと圧力を強める。

 そのリンカの剣幕に、ベロちゃんは咄嗟に逃げる。巨木の根が地面から迫り出した影に隠れ、耳だけを出して様子を窺ってる様だ。



「大丈夫だって、リンカちゃん。ほら! オートヒールの回復が始まったよ?」


「昨夜レイちゃんから教わったけど、その”おーとひーる”ってのは、回復スキルだったのかい!?」



 ヒールと名が付く事から分かりそうなものだが、リンカは分かってなかったらしい。その驚くリンカが見守る中、ノアとハインは見る見る内にオートヒールの効果で回復していた。ただ、頭皮を含め、服から露出している部分は全てが焼け爛れている為、MPが心許ないノアとハインの回復は途中で止まってしまう。それに気付いたレイが慌てて回復魔法を二人に掛け、何とか事なきを得た。



「……レイちゃん?」


「な、なぁに? ノアちゃん?」


「僕からも言わしてもらうよ? すっごく熱いし、すっごく苦しいし、すっごく痛かったんだけど!?」


「あ、あはははははは……。で、でも! ほら、ステータスを開いて見てみなよ! 一気に上がってる筈だよ?」



 ノアとハインは意識を取り戻すと、ジト目をしながらレイに詰め寄った。その視線には、若干ではあるが殺気すら込められている。

 その二人の妙な迫力に押されながら後退るレイは、視線を逸らしながら言い訳の様にステータスが上がってる筈だと告げた。



「誤魔化そうとしたってダメだよ、レイちゃん! 本当に死にかけたんだからね!? レイちゃんが言う様に一応ステータスは見るけど……っ!? あ、上がってる……。嘘っ!?」


「あっ! 僕もだ! 凄く上がってる! 今までが大した事無かったけど、それでも倍近く上がってるよ!」


「で、でしょ!?」



 何とか……何となく追求を逸らす事に成功したレイはホッとする。だが、さすがにやり過ぎたと反省した。親友とも呼べる二人に辛い思いをさせた事に、申し訳ない気持ちでいっぱいである。次からは、ノアとハインで模擬戦をやってもらおうと決めたレイであった。



 その後は昼食を挟んで、夕方までノアとハインの模擬戦が行われた。互いのMPが尽きる迄スキルや魔法を撃ち合い、傷がオートヒールで回復した後MPが自然回復するまで小休憩。それの繰り返しだ。

 リンカとベロちゃんにも模擬戦を行ってもらった。行ってもらったと言っても、ベロちゃんがひたすらリンカを攻撃してMPが尽きる頃、リンカの一撃でベロちゃんが瀕死になり、レイが回復という流れだが。それでも、ベロちゃんとリンカの基礎ステータスは確実に上がった。魔物など、他の生物の命を奪ってる訳では無いのでレベルは上がらないが、基礎ステータスが上がれば同じレベルの同種族よりも強くはなる。

 その甲斐あって、夕方を迎える頃にはノアを初め、レイとムイラを除く全員が朝よりも強くはなった。



「信じられない! 私のステータス、十倍まで上がったよ! 体力も魔力ももう少しで四桁超えるし!」


「僕は魔力が四桁超えたよ! その分、力や防御力は伸びないね。やっぱり魔法主体だからかな?」


「キャンキャン!! キャオーン!? グルルルルル……! (ふざけんな!! 何で俺様までやるんだよ!? 本来の姿なら……!)」


「ワタイは実感無いけど、それでも初めよりは強くなったみたいさね」


「みんな、お疲れ様! この調子で一週間過ごせば、間違いなく魔獣の森を攻略出来るね♪ 頑張って!」



 強くなった事を実感しているみんなに向けて、頑張れと言うレイ。その表情は、何故か自信に溢れている。

 ともあれ、この調子で行けば、一週間後には本格的に魔獣の森に入れるだけの最低限の強さは得られるだろう。そうすれば、『セイタン』のスキルで頭に浮かんだ地図に記されていた六つの黒い点の謎が、いよいよを以て解ける筈だ。気持ちが昂って来る。

 待ってろよ、謎の点。あたしが解き明かしてやるんだから。……などと、一人で意気込むレイであった。



 それから数日。今日も今日とて模擬戦ばかりの一日……となる予定であった。

 だが、予定は未定と誰が言ったのかは分からないが、とにかく予定外の事が起こった。

 何が起こったのかと言うと、来訪者が現れたのだ。それも、こんな危険な場所に。

 魔獣の森の入口付近。レイ達が野営しているのは周知の通りその場所であるが、この場所に来れるには、最低でもガーディアンランクがAランクは必要であり、オークの隠れ里を壊滅させたあのザインでさえ単独ではこの場所までは辿り着けない。つまり、それ程の危険地帯であると言えよう。もっとも、レイにとってはまだまだ余裕があるけれど。

 ともあれ、ノアとハイン、ベロちゃんとリンカ、レイとムイラで模擬戦を行っている最中、その人物はこの場に訪れた。



「……こんな所まで来ていたのか。久しぶりだな、レイ。それと、ノアちゃんにハイン君。それに、リンカちゃん……だっけ? オークレディに進化したのか……! その様子だと…………ゴホンッ! ま、まぁ、他人の好みにとやかく言うのは失礼だな」


「あぁ……! レイ! 会いたかった……!!」



 この場に訪れた人物達とは、アデルとレイラ。つまり、レイの両親であった。二度と会えないものと思っていただけに、レイの喜びは一入ひとしおである。



「パパ……! ママ! 二度と……二度と、会えない……って、思っ……てた、のに……! うわぁぁぁん、ママぁ……!」


「レイ……! もう! 馬鹿なんだから……! レイ……」



 レイラと抱き合いながら一頻り涙を流し、その温もりを噛み締めるレイ。その後、ハッとし、レイラから離れた。ノアやハインの事を気にした為だ。その二人だって親に会いたい筈だろうし、自分だけ甘えるなんて、その二人に対して申し訳ない。そんな気持ちが働いた。



「ご、ごめんね、ノアちゃんにハイン君。あたしだけ親に甘えるなんて……」


「ううん。私は平気だよ。レイちゃんとは違って……会いに行こうと思えばいつでも行けるし。それに、パパはそろそろ子離れした方が良いと思うしね!」


「そうだよ、レイちゃん。ノアちゃんの言う通りだよ。僕たちはレイちゃんと違うから、いつでも会いに帰れる。でもレイちゃんは角の事もあるし、ザインさんの事もあるんだから会いに帰れないし、帰ったら殺されちゃうかもしれないんだから、今は存分に甘えると良いと思うよ」


「ありがとう……二人とも……」



 ノアとハインの優しい気持ちに涙が溢れるレイ。その二人の言葉に甘え、再びレイラの胸に顔をうずめて泣いた。

 レイラもレイの温もりをその身に感じながら、レイのこれからを思い涙を流す。そして、その二人ごとアデルが抱き締めた。その目に涙を浮かべながら。


 レイ達家族の暖かい抱擁は、レイが泣き止むまで続いた。思う存分温もりを味わい、泣いたお陰か……レイの目は少し腫れぼったくなってはいるが、とてもスッキリとした表情である。



「……ところで、何でパパとママはここに来たの?」



 気持ちが落ち着けば、当然その事が気になる。レイは素直にその事を聞いた。すると、アデルとレイラは互いの顔を見ながら頷き合い、その理由を話し始めた。



「この前俺と別れた時、時おり連絡するって言ってただろ? それで別れた後に、その、連絡する為のアイテムを渡し忘れた事に気付いてな。……気付いたのはスピアに戻ってからなんだが、それですぐに引き返して渡そうとも思ったんだが、ガーディアンの任務とザインの事で忙しくてな。ようやく一段落ついたから来たんだけど、レイラがどうしても最後に一目だけでもレイに会いたいって言うから、一緒に来たって訳だ」


「マジックアイテム……【遠距離通信スマホ】で声だけは聞けるけど、そんなのやっぱり寂しいじゃない。私がお腹を痛めて産んだ可愛い愛娘なんだもの、せめて最後くらいはって……」


「……ママ……! うぇぇぇ〜〜ん……ママ〜!」



 レイラの言葉に再び泣き出したレイ。だが、今回はさすがにすぐに泣き止んだ。いつまでも泣いていたんじゃ、アデルもレイラも心配で堪らなくなるだろうと思っての事だ。

 そして、レイが泣き止んだ所でアデルがマジックアイテム……スマホをレイに渡してきた。スマホという言葉にレイは旧時代の通信機器を思い出したが、渡されたそれは小さな水晶が付いた指輪であった。



「これが……スマホ……なの?」


「そうだぞ、レイ。これがあれば……」


「これがあれば、いつだってママと話せるからね! だから、毎日連絡するのよ? そうねぇ……夜、寝る前くらいかな? いい? 毎日よ、毎日! じゃないとママ……兎さんの様に寂しくて死んじゃうからね?」



 スマホを受け取りイメージとは違う事に戸惑うレイに対し、それを説明……使用方法を含めて説明しようとするアデルの話を遮るレイラ。毎日連絡しろだの、寂しくて死んじゃうだのと捲し立てるレイラに、アデルもレイも思わず苦笑してしまう。だが、レイラの気持ちも分かるので、その話が終わるまで静かに聞いていた。

 ……が、すぐに終わると思っていたレイラの話は中々終わらず、立ち話もなんだからとテントの傍へと移動して焚き火を熾し、その焚き火を囲みながら続きを聞くのであった。


 それから凡そ一時間。みっちりとレイラの説教を聞かされた。初めは心配だとか、しっかり健康に気を付けろだとかの話が続いたのだが、いつしかそれが説教へと変わり、最後は「いつも気を張ってないからそんな事になるのよ」という言葉で締め括られた。

 そこまでを聞き終えたレイを初め一同は、一様にげんなりとした表情を浮かべていたが、それも全てはレイラのレイを想う愛情故の事だと分かっている為、どこか優しい笑顔をしていた。

 それからアデルのスマホの使い方の説明があったのだが、魔力を込めて念じれば繋がるという至極簡単な説明で終わった。あまりにも短い説明にレイラ以外拍子抜けではあったが、それでもレイラの話からトータルすると二時間は話していたので、そんなもので済んで逆に良かったと安心した。これでアデルの話が一時間もあったならば、途中で寝ていたかもしれない。そう思うレイであった。



「所で、どうしてレイ達は魔獣の森に来てるのよ?」



 レイラの話とアデルの説明が一段落着いた頃、辺りは既に夕闇が迫る時間である為、今日はアデルとレイラもここに泊まる事にしたのだが、眠りに就くまでの焚き火を囲んでの談話の時にレイラがその事を聞いてきた。



「それはあたしのスキル『セイタン』で、この先の魔獣の森に何かがあると分かったからよ、ママ。それで――」



 レイはレイラの質問に最初から説明した。

 レイの身体の事、ザインの事、種族が変わってしまったという事は既にアデルより聞いてはいるが、そのアデルはランス王国を出ろとしか言わなかった筈なのに、未だにランス王国に留まっているのだからレイラは疑問に思ったのだ。



「――だから、その六つの黒い点の謎を突き止めてみようと思ったんだ」


「なるほどねぇ」



 一頻りレイの説明を聞いた後、その事に納得したレイラだが、暫く何かを考えた後全員が驚く事を口にする。



「じゃあ……ママも一週間ここでみんなの修行に付き合うわ! うん、それが良いわね、そうしましょ! あなたも付き合ってね?」


「……言うと思ったよ、レイラ。念の為一ヶ月の休みを取っておいて正解だったな」


「じゃ、決まりね! 私のスキルとアデルのスキル。教えられるだけ教えるわよーっ! 覚悟しなさい?」



 元Aランクガーディアンのレイラは、未だに現役で通じる程の猛者だ。そのレイラから手ほどきを受けられるのだ。それは素直に嬉しい。しかしレイラの雰囲気から察するに、それはスパルタであり、しかもアデルまでが乗り気なのだ。これにはレイも含めて驚いた。

 それでも、後一週間は一緒に居られると思うと、レイの表情は自然と綻ぶのであった。

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