第21話 魔獣の森
レイがデムル軍を率いて、メイル帝国領ブリガンダイン丘陵へと侵攻した神歴2122年から遡ること三年。時は神歴2119年、四月の半ば過ぎ。
ランス王国領における、太古の森林最西部の最も深き森……通称『魔獣の森』の入口付近に、レイ、ノア、ハイン、ムイラ、ベロちゃん、リンカの三人と三体は辿り着いていた。
オークの隠れ里跡地でアデルと別れてから、既に一週間が過ぎている。
今レイ達が居る魔獣の森の入口付近だが、これまでの太古の森林とは雰囲気がまるで違っていた。
これまでは太古の森林の名前が示す通り、樹齢が数百年から中には千年以上の巨木と、時おり見つかるとても澄んだ泉に、咲き乱れる花々、そして木漏れ日がキラキラと輝くどこか幻想的で美しい景色が続いていたが、魔獣の森の入口を境にその雰囲気は消え去った様に見えた。
魔獣の森も同じ太古の森林の一部なのだが、そこから先は木漏れ日がほとんど射さず、巨木の幹にもおどろおどろしい植物の蔦が巻き付いており、より一層不気味さを増している。時おり聞こえてくる動物の鳴き声も、ギャーギャーと悲鳴を上げている様であり、それも不気味さを際立たせている様だ。そして何より、一番の違いは”匂い”であった。
これまでは深呼吸をして肺に空気を満たせば、それだけで体力が回復しそうな程の澄んだ空気だったものが、魔獣の森から先はどこか生臭い様な、深呼吸をしたら体力を奪われそうな、そんな匂いなのだ。
それでも、今日はこの場で野営をしようと準備をしている内に、次第にその匂いにも慣れてくる。結局は、気持ちの問題なのかもしれない。
「ここまで私達が来れるなんて、凄いよね……」
「た、確かに。だ、だけどレイちゃんが居るからだよね。”キラーグリズリー”とか”ワーライガー”とかレイちゃんの姿を見た瞬間に、お、怯える様に逃げていったもん」
「やっぱり? さすが、あたしね! あたしより弱い魔物や魔族は、『セイタン』ってスキルであたしに頭が上がらなくなるみたいだからね。それよりもここからでしょ? 魔獣の森。今までみたいに、あたしより弱い魔物はこの先出ないと思うから、気を引き締めていかないと」
「そうさね。ワタイも聞いただけだから良く分からないんだけど、里長……ブルズさんの話だと、化け物しか出ないって言っていたさね」
魔獣の森入口付近で野営をしてる最中、やはり話題はこれより先の話になる。夕飯を摂った後、寝るまでの間に焚き火を囲みながら話すレイ達だが、その顔色は一様に悪い。……レイ以外だが。
それはともかく、アデルと別れてからここに来るまで、出て来た魔物はそれこそ千差万別。小さな虫みたいな魔物から、先程ハインの話にも出てきた体長が五メートル程もある大型の魔物のキラーグリズリーまで……太古の森林というフィールドに出現する魔物は全て現れた。
だが、ここから先は全くと言って良い程の別物だという。魔獣の森から先に出現する魔物は、その全てが人類にとっての脅威であり、更に出現する魔物の中にドラゴンまで含まれると言うのだ。それでも、ドラゴンの中でも最も弱いとされるレッサードラゴンならばレイよりも弱いので、おそらくレイを見た瞬間に怯えて逃げるだろう。もしくは、従順の意思を示す筈だ。それがレッサードラゴンよりも上の、通常種のドラゴンであってもそうだろう。
だがもしも、アースドラゴンや更にその上位種、フォレストドラゴンが現れたのなら話は違ってくる。アースドラゴンでさえ今のレイよりも力は上なのだ。その為、入口付近に居る今の内に万全の対策が必要となる。しかし……
「何とかなるでしょ! ここで悩んでても仕方ないし、出たとこ勝負よ!」
「れ、レイちゃん!? レイちゃんはともかく、私たちはすっごく弱いんだよ!? ハインだってまだ死にたくないでしょ?」
「あ、当たり前だよ、ノアちゃん! こ、こんな所で死んだら、父さんを超える事も出来ないよ!」
「大丈夫だって! あ、だったら……『オートヒール』覚えとく?」
……レイの「何とかなるでしょ」という適当な発言に、ノアとハインが難色を示した。それでもレイは、どこからその自信が来るのかは分からないが、自信たっぷりに答える。そして、そんなに心配ならばオートヒールを教えるとまで言い放った。
「教えてくれるのは嬉しいけど、私とハインのステータスはすっごく低いんだよ? この前見せてもらったレイちゃんのステータスなら問題無いけど、私とハインはオートヒールが発動する前に即死だよ……」
「だからじゃない! あたしがオートヒールを教えて、それでこの辺で修行するのよ! 攻撃を受けて、回復して……それを繰り返せばどんどん強くなるから! 何せ、この世界のシステムを作ったのはあたしなんだからね!」
「世界のシステム……? 作った? ……何を言ってるのよ、レイちゃん」
レイはこの世界の成長システムの事を言っているのだが、ノアを含めた全員が首を傾げる。ノアとハインの記憶が蘇るならば理解も出来るだろうが、今の段階では全く理解出来るはずはない。
それはともかく、レイは全員にオートヒールのスキルコードを教えた。それは、ベロちゃんとリンカにもだ。ムイラは既に『再生』スキルを覚えている為、教えてはいない。オートヒールは必要無いとの判断だ。
「こ、今回は容量オーバーしないで覚えられたけど、な、何でだろう?」
「あ、確かに! 私とハイン、あの時は容量が足りなかったのに。ホント、何でだろう?」
オートヒールを覚えられた事に首を傾げるノアとハイン。ノアの言うあの時とは、ランス草原で行われたガーディアン学園の実戦授業での事である。
その時レイは、ゴブリンに大怪我を負わされたのだが、既に覚えていたオートヒールで事なきを得た。その後、とても便利だし優秀なスキルだからとノア達にも教えようとしたのだが、その時はノアとハインのスキルの容量不足の為に覚えられなかった。
なのに、現在はあっさりと覚えられたのだから不思議にも思うだろう。
「何言ってるのよ、二人とも。あの時よりも成長したからでしょ?」
「だって……私とハイン、ただ歩いてただけだよ?」
「そ、そうだね。も、森の中をヘトヘトになるまで歩いただけだよね」
「それよ! 歩くのだって経験なんだから、成長するのは当たり前だよ! それに、あたしが居るから戦わなかったけど、今まで出て来た魔物との遭遇も経験値として、しっかりと体が吸収したからだよ! これも、あたしが設定した通りだから間違いないわよ!」
「何が何だか分からないけど、私とハインが成長したって事は何となく分かったよ、レイちゃん……!」
やはり設定云々と言うレイの言葉に首を傾げるノアとハインだが、僅かながらでも成長したのは確かなので、無理やり自分を納得させた様だった。
その後、魔獣の森の対策は一先ず修行という事で決着を迎え、明日からの修行に備えて早く寝ようとそれぞれのテントへと入って行く。今夜の……今夜
ノアがまだまだ弱い為にベロちゃんも本来の力を出せず、その状態だとさすがに危険との判断からムイラも付けたのだ。レイからのステータス補助を受けているムイラは、このパーティの中でレイに次ぐ実力を持っている。その力は、Aランクガーディアンに匹敵するか、それ以上だろう。この世界で最弱と言っても過言ではないスライムなのに、とても頼もしい限りだ。
それはともかく、その二体に見張りをさせ、レイ、ノア、ハインとリンカはそれぞれのテントに入った。
テントに入ったレイは薄暗いランプの灯火の中、いつもの様に寝る前に体を拭く。テントの壁面には、体を拭くレイの影がユラユラと揺らめいて映し出されていた。
そのレイの影が作り出す妖艶なモノクロ映画は、異性が見れば情欲を掻き立てられるだろう。
だが、拭かない訳にもいかない。昼間は歩きっぱなしなので、いくら爽やかな春の陽気とはいえ、やはり多少の汗はかく。十五歳であるとはいえ、女性として汗臭いのはとても恥ずかしい。パーティメンバーが女性だけならば一日くらいは我慢するが。
ともあれ、体を拭き終えスッキリしたレイはある事に気付く。
「……替えの下着が無い。それに服も……! あー、もう! 記憶が戻ったのは良いけど、ズボラな所まで戻らなくても良かったのに! 仕方ない、洗うしかないわね」
全裸のままその事に気付き、急遽汚れ物を洗う事にした。
だが、さすがに全裸のままテントを出る訳にも行かず、どうしたものかとレイは悩む。
「ムイラはともかく、ベロちゃんには見られたくないわよね。……どうしよう。こんな時魔法があれば便利なのに……。っ!? 魔法!? そうよ! 魔法で水を出して洗っちゃえば良いのよ! さすが、あたしね♪ 天才!」
少しだけ悩んだレイは、自らの言葉でこの世界には魔法があった事を思い出した。一週間ほど前のザインとの戦闘時に魔法やスキルを使っているのだから覚えていても良い筈だが、忘れていたというのは天才故なのか、天然なのか。
ともかく、さっそくとばかりに魔法で水を出そうと試みる。
「魔法で水を出せるんなら、お湯は出せないのかしら……?」
水で洗うよりはお湯で洗った方が確かに汚れは落ちる。洗剤などを持って来てはいない為、素洗いなのだからお湯が欲しい所だ。
なので、レイは再び頭を悩ます。どうすれば魔法を使ってお湯に出来るのかを。
すると、やはり天才なのか、すぐにそれに気付く。魔法で水が出せるなら、魔法の火で温めればお湯に出来ると。
(物は試し、よね!)
「『ウォーター』……ダメじゃない、これじゃ!」
しっかりと頭にイメージを作り、そして魔法を放つ。だが、それだけだと駄目だという事に気付いた。
魔法で掌から出た水はイメージ通りの量なのだが、全ては垂れ流し。そのままテントの床面を濡らしただけだった。お陰でテントの中は水浸しだ。
(容れ物が無いと不便よね、やっぱり。水を出しっぱなしだと更にテントが大変な事になるし、片手じゃ洗えないし……。ムイラみたいに固まってくれないかしら。触れれば水なのにそれ以外は濡れない様な……)
「……ムイラ!? そうよ! それをイメージすれば良いんじゃない! だったら、さっそく!」
さすがこの世界の創造者と言うべきか。レイはさっそくムイラの形をイメージし、そしてそれを掌から放とうと集中する。すると、掌から出た水が風船の様に膨らんだ。その後、浴槽一杯分程の量が出た所でそれを掌から切り離す。その水玉は、ポンっと床で軽く弾んでから静止し、そのまま形が崩れること無く床に存在している。つまり、レイの魔法は見た目だけはイメージ通りに成功した。
「成功よ! 後はイメージ通りだと良いんだけど……」
大きな水玉にそっと触れ、その中に腕を突っ込み、そして抜く。水玉は壊れること無く存在し、抜いた腕はしっかりと濡れている。これならば、中に汚れ物を入れて両手で洗う事も出来るし、水玉の上で水気を絞れば床を濡らす事も無い。レイは、自分の天才ぶりにニヤリとするのだった。
(でも、これを火で温めるのは面倒よね。あ、そうか! 体内で火属性と水属性を合わせれば良いんだ! あたしってば、やっぱり天才♪)
「さて、やりますか! ……の前に、この水玉をどうにかしないとね」
一先ず、今出した水玉をどうにかしようと再び考え始めたレイだが、ふと気付く。水玉に手を触れ、解除すれば元の水になる事を。
「既に床面は濡れてるんだし、別に構わないよね。『
水玉を解除された水は形を元に戻し、そのまま流れる。但し、量が量だけにレイのテントから溢れ出し、ノアとハインのテントに影響を与えた。つまり、その二つのテントも水浸しとなり、焚き火の前で見張りをしていたベロちゃんとムイラをも濡らした。
「キャンキャン!? (敵なのか!?)」
「(ロードの仕業ですか……)」
「な、なんで私のテントに水が流れ込んで来るのよ!?」
「つ、冷たい……。な、なんで僕のテントに水が!?」
「は、ハイン!? その格好で外に出たら不味いさね!」
ハインとリンカが何をしていたのか分からないがテントから出ては来ず、ベロちゃんとムイラはレイの仕業に気付きそのまま見張りを続けた。しかしノアだけは、レイのテントへと押し掛けて来た。
「ちょっと、レイちゃん! 私、びっしょり濡れたんだけど!? って、裸で何やってるの、レイちゃん!?」
レイのテントの入口を開くなり、ノアはそう叫んだ。裸という言葉にベロちゃんがピクリと反応したが、ムイラのただならぬ雰囲気に沈黙を貫く。
「ご、ごめんね、ノアちゃん……! 汚れ物を洗おうとして失敗しちゃったの。でも、次は成功させるから心配しないで? あ、そうだ。ノアちゃんも見ていきなよ! 成功すればお風呂にも入れると思うし」
「お風呂!?」
ノアの言葉に、今度は成功させるし、成功したらお風呂にも入れると答えるレイ。その顔は自信に満ち溢れている。
お風呂という言葉にすぐさま反応したノアは、レイの魔法実験に付き合う事にするのだった。
「何だか分からないけど、やるなら早く成功させないと。……その、言いづらいけど、裸は色々と不味いと思うよ?」
「……? 一緒にお風呂に入った仲じゃない。まぁ、見ててよ」
ノアに裸は不味いと言われながら、レイは改めて魔法に集中する。イメージするのは、体内での火属性と水属性の融合。
レイが試そうとしている事は、実は超高等魔法である。いや、むしろ……この世界の魔法の概念を覆す程の代物だ。言うなれば、神級魔法に近いかもしれない。
ともあれ、体内に練られた魔力を先ずは水の魔力に変換させ、そのままの状態で放出しないで留めおく。次はそこに火の魔力……熱に変換した魔力を少しづつ水の魔力へと加える。色に例えるならば、青い絵の具に赤い絵の具を加え、紫色にするイメージだ。その紫こそがこの場合でのお湯であり、成功への道しるべとなる。
「……いける! 『ホットスフィア!』」
「え? えっ!? えーーーっ!?」
右手の掌から水の球体を形成したレイの魔法に、驚きが止まらないノア。薄暗いランプの灯火の中、見る見るそれは大きくなり……そして、浴槽一杯程の量で床面にポンっと置かれた。
「温度は、と……うん! 丁度いい湯加減♪ さっそく入ろっと! あ、ノアちゃんも入るでしょ? 膝を抱えれば二人は入れると思うから、一緒に入ろうよ♪」
水の球体……いや、お湯の不思議な球体に腕を入れて温度を確認後、全裸のまま満面の笑みでノアを誘うレイは誘いながらその中へと入り、丁度いい湯加減にほぅ、と幸せのため息を零す。
そのレイの様子にノアも羨ましくなり、急いで全裸になると『そ、それじゃ、失礼して……あったかーい♪』と喜びの声を上げた。
久しぶりのお風呂の温かさに心と体の疲れは癒され、一時間に及ぶ二人の入浴は満足のまま終了した。多少、二人ではしゃいだ為テントの中は更に濡れてはいるが、気にしたら負けだ。
お湯の球体から出た二人はレイのタオルで体を拭き合い、その後ノアは着ていた服に袖を通し、にこやかな笑顔のまま自分のテントへと戻って行った。そしてレイはと言うと……それから汚れ物を洗い始めるのだった。
「……ノアちゃんを誘わずに一人だったら、お風呂に入りながら服も洗えたのになぁ」
そう独り言ちるレイだったが、まだ肝心な事に気付いていなかった。
「さて、と。洗い物終わり! 洗ったばかりの服を着て寝よっと♪
……………………。
ダメじゃない!? 乾いてないじゃないっ! ……って、当たり前だけど!?」
まるで芸人の様に、一人ボケ一人ツッコミをするレイ。
それはともかく、濡れたままの服を着て寝てしまったら、体温を奪われ体調を崩してしまう。だったらいっその事、裸のままで寝るか。そうも考えたが、朝方には気温が下がり、結局体調を崩しそうだ。
ならば、どうすれば良いのか。角が生えてからの癖なのか……レイは無意識の内に右手の人差し指で、生えたばかりの小さく白い角を触りながら、更に深く考え始めた。考えるレイのその姿は、空いている左手を腰に添えての堂々とした仁王立ち。その姿は花も恥じらう乙女が取るべきポーズでは無かった。
ともあれ……次々と頭にイメージを起こす。水を球体で留めた様に、水をお湯に変えた様に。色々考え、そして思い付く。乾かすにはどうすれば良いのか。洗濯物を干して乾かす為に必要なのは、風と太陽の熱。イメージが湧いた。
(イメージよね、やっぱり。だとすれば、風は絶対必要だし、後は太陽……ってのは無理だから、えーと……。あ、熱か! だったら、さっきの要領でイメージすれば出来るわね♪)
「集中、集中…………『ヒートウィンド!』」
火属性に変換した魔力と風属性に変換した魔力を融合させ、レイはイメージ通りの魔法を作成してのけた。
水気を絞り左手に持った衣服類に右手を向け、それを優しく放つ。すると、掌からは少し熱めの温風が吹き出し、見る見る内に衣服は乾き始めた。
そこでレイは更に閃く。左手をアイロンの様にすれば、更に乾く速度を上げる事が出来るんじゃないかと。
さっそくそれをイメージし、体内で魔力を変換、そして調整し……左手の掌を温度の低いアイロンの様な熱を持たせる事に成功した。
(あたしって、天才♪)
自画自賛しながら次々と服を乾かし、次いでとばかりにまだ濡れていた髪も乾かす。それから床面も乾かした。そして、たった今乾かしたばかりの下着を身に付け、同じく乾かしたばかりの服を着る。
「ふぅー! これでやっと寝れるわね。時間は……げっ! もうこんな時間!? 早く寝ないと」
ステータス内の時計を確認すれば、既に深夜十二時を超えていた。寝る事が好きなレイにとって、寝る時間が少ないというのはとても辛い事だ。
目の前にお湯の球体が残っている為テントの中はかなり狭いが、寝床に体を横たえるとあっという間に眠りに落ちた。お湯の球体に触れたら濡れてしまうが、寝相の良いレイには無用の心配か。
ともあれ……あっという間に夜が明けてしまうのだった。
「…………おはよ」
「キャンキャン。クゥーン? キャンキャンキャオーン? (朝から湿気た
「(……殺すぞ? 犬っころが。おはようございます、ロード。本日もよろしくお願いします)」
テント組で一番遅くまで起きていたレイだが、そのレイが一番早起きであった。テントから寝惚け眼を擦りながら出て来たレイは、半分眠りながらベロちゃんとムイラに挨拶をした。その際聞こえたベロちゃんとムイラの会話の内容を、仲良しだなぁと、レイは聞き流す。
「……ノアちゃん達は……?」
「(まだ起きて来てません、ロード)」
「キャオーン! グルルルルルルルゥ、ガウガウキャオーン! (いい気なもんだぜ! この俺様に見張りをさせて、てめぇはぐっすり寝てるんだからなぁ!)」
ノア達の事を訊ねたら、まだ起きて来ないと答えが返ってきた。その事に文句を言うベロちゃんはあえて無視をして、レイは三人を起こしに向かった。
「ノアちゃん? 朝だよ、起きてー!」
「…………グスッ」
「泣いてるの……?」
先ずはノアからだろうとノアのテントの前で呼び掛けると、中からは鼻を啜る音が聞こえてきた。いや、それだけでは無い。小さな声で「どうして死んじゃったの、ママ……」とも聞こえてきた。その事から、ノアは母親が死んだ時の事を夢で見ているのだとレイは察した。
出来る事ならそっとしておきたい。だが、そうも言ってられないので、レイは改めてノアに声を掛ける。
「ノアちゃん? 朝だよ、起きて?」
「……う、う……ん。……あれ? 私、また……。あ、おはよう、レイちゃん。すぐ出るからちょっと待ってて!」
「あ、ゆっくりでいいよ? あたしはハイン君達を起こしてくるから」
ノアのテントの中から「うん、分かった」と聞こえた所で、今度はハインのテントへと向かう。
ノアのテントから六メートル、レイのテントからは三メートル程離れたハインのテントに着き、さっそくとばかりに声を掛けようとすると、中からは荒い息遣いが聞こえてきた。もしかしたら、ハインとリンカも悪夢でも見てうなされてるのかもと思い、早く悪夢から起こしてあげようと声を掛ける。
「ハイン君、リンカちゃん? 朝だよ、起きて!」
「もう、朝!? リンカちゃん、早く服着て!」
「ハインが、もっとって言うからさね!」
服着て? もっと? その言葉に首を傾げるレイ。だがレイは、テントの中は一人用という事で狭いから、きっと暑くて寝苦しくて薄着になったのだと理解した。ならば、もっと、とはどういう意味が? ともなるが、それはきっと「もっと離れて寝てよ、暑くて寝られなかった」と言ったのだろうと解釈した。
「起きてたんだ。じゃあ、用意が終わったら出て来てね? 朝ごはんをさっさと食べて、魔獣の森攻略の為に修行するんだから」
そしてレイは、ハインとリンカにそう言い残して焚火に戻る。ハインのテントの中からは何かが吸い付く様な音が聞こえたが、リンカの舌打ちだろうと理解し、ハインは鈍臭いから仕方ないよね、と心でハインの慌てる姿を思い描き、苦笑した。
焚火に戻ると、ノアは既に用意を終えて自分のテントから出て来ていた。そのノアにベロちゃんが大量の
そのノアとベロちゃんの様子をどう思っているのか、ムイラは静かにプルンと揺れている。
「ハイン君とリンカちゃん、起きてたみたい。用意したらすぐに来るって」
「うん、分かった。あ、朝ごはんは川魚の串焼きで良い? リンカちゃんが仕込んでた物だけど」
「キャオン! グルルルルルル、キャオーン! (ご主人! 生でも良いから、早くくれっ!)」
「ダメよ、ベロちゃん! しっかり焼いて、みんな揃ってからね!」
「クゥーン……(そんなぁ……)」
揺れてるだけのムイラはともかく、ここが魔獣の森の入口だという事を忘れさせるほのぼのとした光景に、レイは思わず微笑む。
アデルやレイラ……両親の下を離れて寂しく感じていたが、付いて来てくれたノアとハインには感謝しか無い。この二人をしっかり守って頑張ろうと、レイは心に改めて誓った。
「お待たせさね。おはよう、みんな」
「待たせたのはリンカちゃんじゃなくて僕が遅いせいだよ。ごめんね、みんな! それと、おはよう♪」
ノアが串焼きを焚火の傍で焼き始め、和やかな雰囲気が漂い始めた頃、そこへハインとリンカが
そして一同は、その二人の変化に度肝を抜かれるのであった。
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