第二章 悲しみの果て
第20話 魔姫
神歴2122年。
レイがアデルと別れてから、既に三年の月日が流れていた。平和そのものだった世界も動きを見せ始め、大国同士の小競り合いも起き始めている。
そんな中、メイル帝国の北東部に位置する広大な『ブリガンダイン丘陵』では、恐ろしい程の大軍が陣を構えていた。
ちなみにだが、そのブリガンダイン丘陵はなだらかな丘陵地帯が延々と広がり、兎や馬、それに鹿などの多種多様な動物達の自然の楽園となっている。時おり訪れる貴族や狩人、それに準ずる者達が自らの欲を満たす為、或いは生活の為に動物達を狩猟する光景が見られるが、普段はとても
それはともかく、ブリガンダイン丘陵に陣を構えるその軍とは、メイル帝国軍。本軍三十万人を中心に、右翼十万人、左翼十万人の三軍、総勢五十万人からなる大軍勢だ。その軍勢を率いるのは『竜殺しのデルゴ』という二つ名を持つドワーフの将軍。そのデルゴ将軍を総大将に据え、メイル帝国は必勝の構えを取っていた。
「魔族共め……! ワシが軍を任されたからには命など無いものと思えよ? 全軍、進めぇぇぇぇ!!」
さすが帝国と言った所か。デルゴの号令の下、一糸乱れぬ進軍を開始した。敵軍との距離は凡そ五km。数が多いだけに進む速度はゆっくりとした物である。しかしそれだけの大軍が一斉に進軍ともなると、地響きが起こり……まるで、局地的な地震の様にも感じられた。
そのメイル帝国軍を構成するのは、ドワーフと人間の混成軍である。指揮官クラスにドワーフを据え、この世界で最も数の多い人間がその号令に従う。ドワーフが治めるメイル帝国ならではの光景である。
そのデルゴ率いるメイル帝国軍に相対するのは、デルゴの言う様に魔族。凡そ百年ぶりとなる、デムル国からの魔族の侵攻であった。
そして、デムル国とメイル帝国の国境を隔てる山脈『デスパレア』の麓には、デムル国の魔族、凡そ千人が陣取っていた。
その容姿はやはり魔族といった所であり、悪魔そのものといった者から、四足歩行の獣に似た者まで、それこそ千差万別である。
その中から僅か数人、先遣隊なのか……メイル帝国の本軍、右翼軍、左翼軍に向けて先陣を切る様に進み始める者がいた。
「ベロちゃん、敵右翼に向けて『ヘルフレイムブレス』を!」
「了解しました」
「俺様に言ったんだぞ!?」
「早く殺ろうぜ……」
「……早く殺れ!」
「「「りょ、了解しました! 【トリプルヘルフレイムブレス】」」」
先遣隊と呼べるかは定かではないが、その中から尋常ではない速度でメイル帝国右翼軍に向かった者がいる。それは、体長五メートルはあろうかと言う程の三つ首を持つ巨大な犬だった。その三つ首を持つ犬の背には、一人の女性の姿が確認出来る。本軍ではないとはいえ、一体と一人だけで十万人からなる右翼軍に向かうのは明らかに自殺行為だが、女性の顔には余裕すら伺えた。
そして、三つ首の犬に跨る女性の指示に、それぞれの首が応える。どうやら頭が三つある分、意思も三つ、性格も三つある様だ。
それはともかく、三つ首それぞれの曖昧な応えに苛立ちを募らせた女性……ノアの殺気立つ声に、ケルベロスのベロちゃんはスキルを発動する。
相手は人間の軍隊である、メイル帝国の大軍。その右翼軍十万人に対してそのスキルは放たれた。
一つでも尋常ではない威力を誇る地獄の炎を三つ、それを一つに纏め上げた『トリプルヘルフレイムブレス』はメイル帝国右翼軍に陣取る十万の兵士達の中程に着弾すると、瞬く間に爆発そして炎上し、その一撃だけで一万人の兵士達が消し炭となった。
「ご主人、命令を遂行しました」
「俺様に掛かれば余裕だぜ!」
「はぁ〜、疲れた……」
「次弾、用意……放て!! ……私の愛する人間はみんな非業の死を遂げる……。もはや人間に愛されようとは思わない。だから! 私が全て殺してやる!」
ケルベロス本来の姿のベロちゃんに跨り、そのベロちゃんに指示を出すノアの表情は、自らの運命に対する激しい憎しみに彩られていた。
☆☆☆
一方、メイル帝国左翼軍に向かったのは、一見すると黒いローブに身を包むヒョロヒョロの魔法使いといった男。それに同伴する様に付き従うのは、身長が二メートル程はある引き締まった体を持つ女性。その女性は、胸と手足、そして腰に毛皮しか着けておらず、見る者が見れば欲情すらしてしまう姿である。
その二人も、ノアとベロちゃんと同じタイミングでデムル軍の中からゆっくりと歩いて進み始め、そして突如として消えた。だが、消えたと思った矢先……メイル帝国左翼軍の前方、凡そ百メートル程の位置に現れた。その二人の姿を視認した左翼軍は、二人に向かって一気に進軍速度を上げた。
「リンカちゃん。魔法を唱える間、僕を守っておくれ!」
「了解さね、ハイン! 『パワースラッシュ!』」
『
ハインが強力な神級魔法を唱えるまでに、リンカは淡く光る
リンカの放ったパワースラッシュは、迫り来る軍勢の先頭の一人を腰から上下に両断しただけでは無く、更に後続の千人の兵士を腰から上下に両断した。その威力を見た左翼軍の兵士達は恐れおののき、一瞬だけだが進行を止めた。そしてリンカは、ハインに合図を送る。
「今さね、ハイン!」
「分かってるよ、リンカちゃん。『天の法則、地の法則。神の法則、悪魔の法則。遠い
人間が使用する魔法の中で、呪文の詠唱を必要とする魔法は神級魔法のみ。そして、ハインの唱えた神級魔法の呪文は……宇宙より隕石を呼び寄せるものであった。
ハインの詠唱が終わると同時、一筋の流れ星が天空より現れ、やがて爆音と共にメイル帝国左翼軍の中程に音速を超える速度で落下した。
その威力は凄まじいもので、左翼軍十万人を一瞬で消し飛ばし、尚且つそこに巨大なクレーターを作り出していた。
近くに居たハインとリンカは、予め使用されたスキル『イージスの盾』のお陰で無傷である。
「さすがさね、ハイン♪ ワタイがゾッコンなだけはあるさね♡」
「任せてよ、リンカちゃん♡ 僕たちの恋路を邪魔する人間なんて、僕が滅ぼしてやるさ! ……後は中央の本軍三十万人だけど、魔姫ちゃんなら余裕だね♪」
メイル帝国左翼軍を消滅させたハインとリンカ。見つめ合う二人の雰囲気は、ここが戦場である事を忘れさせるものだった。
☆☆☆
デムル軍の陣から最後に進み出たのは、表情に哀しみを
背後に控えるデムル軍は、この女性の指示を待つ様に様子を伺っている。その事から、つまりはこの女性こそが魔族で構成されるデムル軍の総大将だという事である。
「全軍、この場に待機。ノアちゃんとハイン君には敵軍の両翼を殲滅してって言ってあるし、敵本軍はあたしが殺るからこれと言って騒ぐ事は無いわね。……ムイラ、ここは頼んだよ?」
「はっ! それでは私がこの場を引き継ぎます。ご武運を、ロード」
副官と思われる女性の名は、ムイラ。そして、そのムイラがロードと呼ぶ存在は、レイしかいない。つまり、総大将の魔王角が生えた女性はレイ・シーンであった。
アデルと別れた頃は十五歳。それから三年が経ち、可愛いという表現しか出来なかった顔も美しいと表現出来る様になり、更には妖艶な色気さえも漂っている。
妖艶な美女に成長したレイは、待機を命じたデムル軍から少し進んだ所で立ち止まる。それと同時、敵右翼に上がった炎と同じく敵左翼に落ちた隕石。それらを見ながら、レイは静かに目を閉じた。そしてその目に浮かぶ光景は……最愛の父アデルと、最愛の母レイラの最期の場面。
(パパ。ママ。二人を残酷に殺した人間達は、あたしが一人残らず殺してあげるからね。……絶対に!)
「……行くよ。『
人間を……いや、ドワーフなどの亜人を含めた人類を皆殺しにする事を心で決意したレイは、目を開けるとその場から消える。転移門の残滓なのか、レイが消えた辺りの空間はユラユラと歪んで見えていた。
☆☆☆
デルゴの号令の下、地震と勘違いする程の地響きを立てながらゆっくりと進軍していたメイル帝国軍だが、そのデルゴはと言うと余裕の表情であった。
「ふふん! 魔族共め。動かない所を見ると、我が帝国軍に恐れをなしたと見える」
「報告! 我が右翼軍に恐ろしい速度で近付く魔物の姿を確認しました!」
「我が国が誇るドワーフの職人達が作り上げた武具を身に纏った我が帝国軍に、そこらの魔物如きが敵う訳なかろう…………っ!? なんだと!?」
メイル帝国自慢の軍勢に絶対の自信を見せるデルゴの目に映ったのは、右翼軍から立ち昇る巨大な炎だった。それは一箇所に留まらず、立て続けに数箇所に及んだ。
「右翼軍、壊滅です!」
「ば、バカな!? こんな事がある筈など無い! ……あ、あれは何だ……!」
右翼軍の壊滅の報せに驚くデルゴだが、更にその目には恐ろしい光景が飛び込んできた。恐ろしい光景とは隕石の落下。ハインの放った『メテオフォール』がメイル帝国左翼軍を一瞬で消滅させた光景であった。
「さ、左翼軍……消滅……しました……」
「見れば分かるわ、馬鹿者!! おのれぇぇぇ! 魔族の分際で猪口才な……!! だが、ワシがいる本軍はまだ健在。目に物見せてくれるわ!! とつ、げ……きっ!?」
本軍の先頭で立派な軍馬に跨るデルゴが突撃の号令を下そうとしたその時、そのデルゴの目の前の空間が突如としてグニャリと歪んだ。何事かと目を見張るデルゴだが、理由はすぐに分かった。空間の歪みから一人の妖艶な美女が姿を現したからだ。
「貴様は何者だ! その禍々しい角を見るに、魔族である事は分かる。転移門の魔法を使えるとは思わなかったが、我が三十万の軍勢の前にノコノコ一人で現れるとは馬鹿な奴だ。それに、ワシが竜殺しのデルゴという事も知らぬ様だな! 即刻この国から尻尾を巻いて逃げるのならば見逃してやろう。どうだ? ん? それとも、降参の意を込めてワシの慰み物になりに来たのか?」
「……言いたい事は終わったかな? あたしの名前はレイ。もしも生き残る事が出来たのならば、あたしの事は”魔姫”とでもみんなに伝えて? 『来い! 【ルシフェ】【レヴィア】【アスタ】【ベルゼ】【ベリア】【マーラ】』」
デルゴは、いやらしい下卑た視線でレイを舐める様に見つめてきたが、レイは無視する。そして簡単な自己紹介後、何者かを喚ぶ。レイの体からは漆黒の粒子が溢れ出すと、その粒子が上空に六つの魔法陣を描き出した。それらの魔法陣は、さながら六芒星を象った一つの巨大な魔法陣にも見える。
「な、何だ!? 魔物を召喚しようと言うのか? 馬鹿め。この竜殺しのデルゴ、例え最強の魔物のドラゴンを何体喚ぼうとも恐るるに足らぬわっ!!」
ドラゴンなど恐るるに足らぬ。そう豪語するデルゴだが、それは当然だろう。何せこのデルゴというドワーフ、一人で十体のエルダードラゴンを倒せる程の猛者なのだ。その実力はアデルの十倍程もある。もっとも、本人の力はアデルと同等なのだが、装備している武具が伝説級である為、その武具の力による所が大きいが。
ともあれ、何が召喚されようと返り討ちにしてやるぞと、淡く光る巨大な
そのデルゴの構えをよそに、上空に描かれた六つの魔法陣はそれぞれ形を成し始め、やがて六人の人間の様な姿へと変わった。その六人はレイの前に降り立つと、すぐさま跪き、臣下の礼を取る。
「召喚に応じ、【堕天王ルシフェル】参上致しました。何なりとご命令を、レイ様」
一人目に口上を述べたのは、まるで天使と見まごうばかりの美しい男。その背には六対、十二枚の漆黒の翼が生えている。体には漆黒の鎧を纏い、側頭部からはレイに似た角も生えていた。
「召喚に応じ、我【魔竜王レヴィアタン】が馳せ参じた。主よ。命を下せ……」
二人目に口上を述べたのは、切れ長の目に爬虫類を思わせる瞳を持つ、執事服に身を包んだ紳士。姿は執事なのに言葉が偉そうなのは愛嬌か。
「レイ様? 遂にボクと結ばれる気になったのかい? このボク、【魔賢王アスタロト】と」
三人目に口上を述べたのは、漆黒の全身タイツを纏ったピエロの様な男。その顔は美男子といった物だが、醜く口角を上げ、人を見下した笑みを浮かべている。
「レイ様〜! ベルゼ、来たよぉ♪ あ! 【死蝿王ベルゼブブ】、参上
四人目に口上を述べたのは、幼い少女。見た目は十歳と言った所か。西洋人形の様なヒラヒラのドレスと、クリクリっとした大きな瞳が印象的だ。
レイに対して甘える様に話し掛けたベルゼだが、鋭く睨むルシフェルに気付き、慌てて言い直す所が可愛らしい。
「貴女はいつも周りを見ないから……。【魔獣王ベリアル】、レイ様の呼び掛けに参上致しましたわ!」
現れるなりベルゼに注意した五人目は、見目麗しき淑女。これから舞踏会にでも出るのかといったドレスに身を包み、目元には蝶を模した仮面を付けている。その仮面の奥から見える情熱的な視線には、どんな男でさえも屈服するであろう色気がある。
「吾輩は誰を
最後となる六人目は、顔に深い皺が刻まれた老人。身なりは貴族然としているが、仕草はヨボヨボと言っても良い程だ。だが、その眼光は鋭く、視線だけで全てを圧倒する程の威圧を感じる。
「……相変わらずね、あなた達。まぁ、いい。あなた達はあたしの敵を殺しなさい。一人残らず、と言いたい所だけど、今回は逃げる人間は殺さなくていいから。あたしから人間達に向けての宣戦布告だからね、今回は。
……行け、【六大魔王】達よ!」
レイが召喚したのは、六大魔王。その六大魔王達はレイの命令を受けると、その絶大なる力を解放した。……が、その矢先、デルゴが機先を制して攻撃を開始した。
「六大魔王だか何だか分からぬが、このワシ……竜殺しのデルゴに敵うはずはない! 喰らえぇい! 『
『『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!』』
馬上にて振り回されるハルバードは風を伴い、そしてレイ達に向かって振り下ろされる。するとその途端、巨大な竜巻が発生した。その竜巻がレイ達に襲い掛かると同時、メイル帝国本軍三十万の軍勢が一気に動き出す。
レイ達とデルゴの距離は凡そ十メートル離れているが、本軍とは三十メートルは離れている。とはいえ、それくらいの距離など無いに等しい。デルゴの起こした竜巻を目指し、人が作り出す巨大な津波が押し寄せて来た。
「がっはっはっはっはっはっ! ワシの竜巻は真空の斬撃。例えドラゴンと言えど斬り裂く無敵のスキルよっ!!」
デルゴのスキルは正に、ドラゴン殺しを成したスキル。その竜巻に呑まれた者は何人たりとも助かるまい。だが……
「な、何だと!? 馬鹿な!!?」
……竜巻が消えた後には、無傷で佇むレイ達の姿があった。だが、一部違っている所もある。それはレイの姿だ。レイの服だけがデルゴのスキルによって全て斬り裂かれ、その美しい裸体を惜しげも無く晒している。それ以外は髪の毛を含め、全くの無傷だが。
……ともあれ、人間などにいつまでも裸を晒すのは頭にくる。レイはルシフェルに小言を言う。
「……お気に入りだったけど、やっぱり普通の服じゃダメね。……ところで、いつまであたしの裸をアイツらに晒させるつもりなの……?」
「し、失礼しました、レイ様! 改めて……行くぞ、魔王達よ!」
ルシフェルはレイの裸体に思わずといった感じで見惚れていたが、レイの小言に正気を取り戻し、そして他の魔王達に号令を下した。
すると、他の魔王達も即座に行動に移した。
「それでは、排除するとしよう。【
先陣を切って攻撃したのは、魔竜王レヴィアタン。執事服の紳士が指をパチンと鳴らすと、メイル帝国軍の後方に巨大な津波が突如として出現した。
「うわぁぁぁぁ!? 何でこんな所に津波が来るんだよぉ!? ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「来るな、来るなぁ!! 逃げ…………」
「ただの津波じゃねぇ! 水に触れるなぁ!!」
メイル帝国軍を襲った津波は、ただの津波では無かった。何と、水に触れるだけで装備を含め、体が溶けるのだ。つまり、強酸で出来ている魔界の海を津波として召喚したものだった。メイル帝国軍最後尾の五万人はその全てが溶かされ、跡形も無く消滅した。
「我はこの辺で止めておこう。その方らの出番が無くなるでな」
「だったら次はボクの番かな? ボクの活躍でレイ様を振り向かせてみせるゼ! 【
レヴィアタンの次に攻撃したのは魔賢王アスタロト。片手を空に向け、魔法名だけを呟く。
アスタロトの唱えた魔法は、強酸の津波から逃れたメイル帝国軍の後方五万人へと放たれ、それは小さな炎の
「そ、空から火の雨、だと!?」
「そんなもの、メイル帝国が誇るこの鎧に身を包んだ我らには効かん……!? ぎゃっ!? 何で……!? 貫通しやが……る…………」
「散れぇぇぇ!! 当たると命は無い……ぐわぁぁぁぁぁ!!」
小さくてもそれは隕石。幾ら頑丈な鎧に身を包もうが、そんな物で隕石を防ぐなど到底出来るものではない。その様な魔法を簡単に使うアスタロトの、魔賢王という称号は伊達ではない様だ。
「どうだい、レイ様? ボクの魔法に惚れたかい?」
「…………。こっちを向くな、アスタ。次は誰が殺るの?」
「それでは吾輩が行くとするかの。【
どさくさに紛れてレイの裸をマジマジと見つめるアスタロトを一瞥し、次は誰がやるのかと言うレイの言葉に名乗りを上げたのは色魔王マーラ。
レヴィアタンとアスタロトと同じく、メイル帝国軍の後方ばかりを攻撃していては目の前に迫る奴らが鬱陶しい。下賎な人間などには傷すら付けられないレイ達だが、触られるのには腹が立つ。
「お、お、お、女だぁーーー♪」
「あふぅ……♪ たまんねぇ〜〜♡」
「す、吸われるぅぅぅ♡」
「き、貴様ら!? このデルゴの前で何たるざまだ!! えぇい、何をしおったぁ!!」
「ほっほっほっほっ。死ぬ事に変わりは無いが、何も苦しんで死ぬ事もあるまいて。五万人程かの? 女との快楽を味わいながら死んで行くのじゃよ」
あえてデルゴには使用しなかった様だが、何故なのか。それはともかく、マーラが一睨みした途端その瞳からは怪しく光る光線が放たれ、突撃して来た最前線のメイル帝国軍兵士達は次々と倒れていった。
倒れた兵士達は体をビクンビクンと痙攣させ、快楽の声を上げると同時に干からびて死んで行く。
「もっと無残に殺せばいいのに。ベルゼ、ベリア、それにルシフェ。あなた達も順番なんて待ってないで、さっさと殺っちゃって」
「分かったー♪ あ……わ、分かりました! ベルゼの可愛いハエ達、餌をお食べ♪ 【
「だからベルゼ、言ったでしよ? 周りをちゃんと見なさいって。……それでは、わたくしも。おいでなさい、わたくしの可愛い子供たち! 【
「このルシフェルとあろう者が、失礼しました! 【
一礼をし、好々爺とした笑顔を浮かべながら後ろへと下がるマーラ。下がるマーラを横目で見ながら、レイは残りの三人の魔王達に指示を出す。メイル帝国軍はもはや半分となってはいるが、それでもまだ十五万人程が残っている。
その残りの十五万人へと向けて、ベルゼブブ、ベリアル、ルシフェルの三人は一斉に攻撃を開始する。
死蝿王ベルゼブブがおもむろに口を開けると、その中から黒い何かを吐き出した。いや、口から飛び出してきた、が正解か。その黒い何かを良く見ると……それは小さな蝿であった。だが、その数が尋常ではない。見る見るうちに空を覆い尽くし、やがて辺りは闇に呑まれた。
その闇の中、いつの間にか地上を埋め尽くす様に蠢く何かが現れる。それは魔獣王ベリアルが魔界より呼び寄せた、ベリアルの可愛い子供達。その数、凡そ一万頭。それらの魔獣が闇に紛れてメイル帝国軍へと殺到する。
「な、何だ!? ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 俺の、俺の腕がぁぁぁ!? ひっ!? や、止めろ! 俺の中に入ってくるなぁ……ぁ、ぁ…………」
「ひひひ……! 俺の体から蛆が湧いてきやがる!? ヒヒヒヒヒヒッ!」
獰猛な魔獣に生きながらに喰われ、傷口からは蝿が体内に侵入する。いや、その蝿は魔界の蝿。傷口が有ろうが無かろうが人体を溶かし、喰らい、蛆を産み付ける。
魔獣と大量の蝿。闇に覆われた中、そこにはさながら地獄といった光景が広がっていた。
「どうしたのだ、お前達!? このデルゴに誰か説明せいっ! …………じ、地獄か、ここは……!」
闇に覆われ、何も見えない状況の上、辺りから響く阿鼻叫喚にデルゴは部下に説明を求めた。だが、それよりも早く事態を把握する。
堕天王ルシフェルの背に生える十二枚の漆黒の翼の羽が全て抜け落ち、それが白く光りながら周囲に散った事で辺りを照らしたからだ。その白く光る羽は自らの意思を持つ様に戦場を縦横無尽に動き、まだ動ける兵士一人一人の胸に突き刺さり、そして心臓を貫く。鮮血に彩られた羽達はより一層光を強め、再びルシフェルの背に戻ると、十二枚の漆黒の翼を形成した。
「ワシが率いる帝国軍が……全滅、だと……!?」
その場に残るのは、デルゴただ一人。いや、軍馬を含めれば二つの命がその場に残っている事になる。
「レイ様。ご命令通り、レイ様を下卑た視線で見つめる輩を皆殺しにしました。初めの指示通り何人かは逃がしておりますが、そこのドワーフは如何されますか?」
「……どうしようかなぁ。殺そうと思えばすぐ殺せるけど……」
「ふざけるなぁ! 魔族の女如き、ワシの相手では無いわぁ!!」
ルシフェルからの報告を受け、レイは全裸のまま腕を組みながら考える。成長したレイの美しい双丘は、腕を組んだことにより更に強調されている。
レイは少し考え、そしてその考えを口にする。すると、デルゴは激昂した。元々ドワーフの肌は赤黒いのだが、激昂したことにより真っ赤に染まっている。
それはともかく、激昂したデルゴは淡く光るハルバード『竜の逆鱗』の切っ先をレイに向け、戦闘の構えを取った。
「仕方ない。少しだけ相手してあげる。その代わり、勝てないと思ったら逃げてもいいからね? 『来い! 【龍皇バハムート】よ!』」
「再びそれか!! 大人しく待つと思うなよ! 『
レイが召喚するタイミングに合わせ、デルゴは自身最大の攻撃を放つ。それは、ハルバード”竜の逆鱗”を使う事で初めて放つ事の出来る攻撃。
デルゴは、馬上で中段に構えたハルバードを、神速にて前方に真っ直ぐ突き出した。すると、ハルバードが眩しく光り輝き、それと同時に光が圧となって押し寄せる。そしてその圧は全てを貫く物へと変化し、神速の突きと相まって、恐ろしい破壊力を秘めてレイへと殺到した。
対するレイは、ようやく漆黒の粒子が召喚魔法陣を上空に描き出した所だ。召喚は到底間に合わないし、ましてや今のレイは全裸だ。防具どころか、服さえも身に付けてはいない。
「がっはっはっはっはっはっ! 魔族の女大将、討ち取ったりぃ!!」
デルゴの突きは、真っ直ぐレイの心臓目がけて放たれている。それは神速なのだが、まるでスローモーションを見てるかの様にデルゴの瞳には映った。それはデルゴの必殺の一撃であり、常にその様に見える為勝ちを意識したデルゴだが……
「ば、馬鹿な……! ワシの最強の攻撃が……何故!?」
……デルゴの必殺の一撃はレイの心臓は疎か、その柔肌さえも傷付ける事は出来なかった。いや、むしろ……肌に当たる寸前でかき消えた様にも見えた。デルゴが突きを放って、コンマ0・001秒にも満たないだろう。その僅かな時間に何が起こったのか。
しかし何が起こったにせよ、デルゴの攻撃はレイには届かず、そしてレイの召喚は成功したのだった。
『召喚に応じ、龍皇バハムート……ロードの為に参上しました。何なりとご命令を……』
「バハムート。あたしの姿で分かると思うけど、頼むわね? 『
『御意……!』
以前レイが夢で見た物と同じ姿のバハムートが魔法陣より現れ、レイの固有特殊スキルによって再び粒子と化す。そして粒子と化したバハムートは、レイの体に同化を開始した。すると、全裸だったレイの体に変化が始まる。
変化と言っても、以前のムイラの時とは違う。膝から下は龍の足を模したグリーヴが装着され、下腹部の薄らとした茂みを隠すのは龍の意匠のウエストアーマー。上半身の美しい双丘を守るのは、龍の意匠の胸当て。だが、その背部からは小さな龍の羽根が生えている。更に両腕には龍の爪を模したガントレット、そして頭には龍の顔を模したヘルムが装着されていた。そのヘルムはレイの角と相まって、ドラゴンそのものにも見える。その事から、デヴィストでバハムートを纏ったレイの姿は、まさに女龍騎士といったものであった。
「さて、と。少しだけ相手してあげるけど、まずはその武器が邪魔ね」
その言葉を口にし、レイは無防備に佇む。いや、佇んでる様に見える。
その様子に、デルゴでさえ呆気に取られてしまった。
「が、がっはっはっはっはっはっ! 突っ立ってるだけでは何も出来ぬぞ!」
「……そう。やっぱり
「何を言っているのだ……? っ!?」
レイの言葉に首を傾げるデルゴ。だがその瞬間、デルゴの持つハルバード”竜の逆鱗”が音も立てずに灰となって風に舞った。絶句するデルゴだが、そのデルゴを更なる衝撃が襲う。レイは目の前に佇んでるだけなのに、身に纏うデルゴの鎧がハルバードと同じく灰となって風に散っていったのだ。デルゴの姿は、鎧下だけの情けないものとなってしまった。
「ば、馬鹿な! いったい何をしたというのだ!? ワシの『竜の逆鱗』と『竜の甲殻』が音も無く灰になるとは……!」
「まだ、やる? 次は命を散らす番になるけど……?」
レイの言葉に寒気を覚えるデルゴ。デルゴには見えないが、レイは確かにデルゴを攻撃しているのだ。それは結果を見れば分かる。つまり、伝説級の装備を身に纏っていたにも拘わらず、デルゴはレイの足元にも及ばないという事だ。デルゴは完全なる敗北を悟った。
「わ、分かった……! 降参する。……本当に、見逃してくれるのか?」
「今回だけはね。そのお馬さんに罪は無いし。さっさと逃げなさい? あたしの気が変わらないうちに。あ、そうそう。あたし達は一旦デムルに帰るけど、一年後。一年後に全世界の人類に対して戦争を仕掛けるから、それをしっかり伝えてね?」
「い、一年後!? わ、分かった!」
レイの言葉をしっかりと胸に刻み、デルゴは軍馬の手綱を引くと、一目散にその場から逃げていった。立派な軍馬に跨るズングリとしたドワーフ。その姿はとても滑稽な物として、レイの目に映っていた。
「さすが、レイ様です! 我らの王……いや、姫は、やはりレイ様ただ一人です!」
「あぁ、忘れてたわ。次はおそらく一年後だけど、その時にまた全員を喚ぶからそのつもりでね? 『
賛辞を述べるルシフェルに対し、素っ気ない態度のレイ。だが、それこそ我らを率いる姫だとばかりに、六大魔王達の表情は悦びに満ちている。
レイの送還を受け、六大魔王達は最敬礼の姿で魔界へと還っていった。
「さてと。ノアちゃんとハイン君も連れて、デムルに帰ろっと♪」
メイル帝国軍五十万の軍勢をあっさりと撃破したレイは、とてもスッキリしたという様な表情のまま、デムル軍が待つデスパレア山脈の麓に向けて歩き出した。その足取りもとても軽やかである。
「あ、いっけない! 『デヴィスト解除』バハムート、ありがと♪ 『
『御意!』
バハムートを纏っている事を忘れていたレイは思い出した様にデヴィストを解除し、そしてバハムートを送還させた。その後ストレージから替えの服を出し、それに袖を通した。デヴィストを解除したならば当然全裸ではあるが、周りには既に誰も居ない為、レイは堂々としたものである。
ちなみに替えの服は、黒のヘソ出しの半袖Tシャツに同じく黒のホットパンツ。そして、お気に入りの黒のロングコートである。
「うん。やっぱりこの格好が最高よね♪ さ、戻ろっと!」
替えの服に身を包み、ご機嫌といった様子で歩き出したレイ。しかし何故、レイがこれ程までの力を、それは六大魔王を含めての事だが……恐ろしい程の力を身に付ける事が出来たのか。
それは、三年前にアデルと別れた太古の森林にまで遡るのだった。
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