第17話 デヴィスト

 

 スキル『魔化装デヴィスト』を使用しスライムの特性を身に纏ったレイの姿は、どこか艶かしいものであった。

 美しい双丘にくびれた腰、細いけれども形の整った女性特有の丸い臀部……レイの早熟な身体のラインがハッキリと分かる上にスライムの光沢と相まって、まるで全身ラバースーツを着用している様にも見える。

 その上、スライムの特性によって服が溶かされた為、双丘の可愛らしい二つの突起に下腹部のうっすらとした茂みの奥の控えめなクレバス、それらを含め……多少隠されてはいるがレイの裸体が惜しげも無く晒されているのだ。いくらムイラの体色が黒っぽかったとはいえ、スライムは半透明。その姿は官能的とさえ言えるだろう。

 しかし、異様な箇所も見られる。それは”目”と”角”だ。目は金色に光り輝いて見えるし、側頭部の角は現在のレイよりも大きく見える。その姿は言うなれば、女淫魔サキュバスの様でもあった。



「そ、その姿は……!? スライムに喰われた……いや、違う。スライムがレイちゃんに化けてた? それも違う……! だったら何だ!? まさか、悪魔がレイちゃんに化けてた……のか? 一体、何な……」


「ザインさん、何をごちゃごちゃ言ってるの? 君はこれから死ぬんだよ? ……あたしに殺されてねっ!! 『アシッドミスト腐蝕霧!』」



 ザインの言葉を遮り、レイはさっそくスライムの特性スキルを使った。艶かしい体から陽炎の様にも見える水蒸気が発生し、次第に辺りに充満し始める。スキルによって発生した水蒸気の一部はレイの体にしずくとなって付着し、その体を滴る雫がより欲情を掻き立てる。

 ともあれ、その水蒸気は魔力が込められているからなのか、強風にも霧散する事は無い様だ。



「何だ? 霧……か? っ!! そういう事か! 『雷光化!』」



 ザインはその霧の正体に素早く気付く。レイの傍に横たわるブルズの亡骸がブスブスという音と共に、見る間にその輪郭を崩し始めたのだ。つまり、霧の正体は強酸。それも魔力が込められた事で強力に変化した、スライムの特性とも言うべき酸を霧状にした物だったのだ。

 しかしザインは、スキルで体を雷へと変えてそれを防ぐ。ザインの体から発せられる放電により、強酸霧はたちまちの内に蒸発させられた。



「俺じゃなかったらヤバかったな……。だが、それだけだ! それに俺に攻撃を仕掛けるって事は、お前はレイちゃんを喰って姿を真似た悪魔だって事だ。レイちゃんが死んだのは悲しいが、心置きなく始末させてもらう! 『ライトニングソード雷剣!』」



 さすがBランクガーディアンと言った所か。ザインの状況判断能力はベイルの比ではない。

 しかし、ザインの凄さはそれだけでは無い。ザインが使用した雷光化スキルの恐ろしい所は、雷の特性を満遍なく表した攻防一体となった所にある。つまり、攻撃を受けても相手がダメージを負い、攻撃を仕掛けても電光石火の速さだ。その無敵とも思えるスキルを以て、ザインはレイへと攻撃を開始した。


 前から、後ろから、そして横から。時には頭上から行われる苛烈な攻撃は縦横無尽であり、その電光石火のザインの攻撃は一太刀毎にレイの体を切り刻む。



「ふん、悪魔め! このザイン様の攻撃に為す術もないか!」


「…………」



 ザインの雷剣により、レイの手足は切り落とされ、首、腰も完全に切断されていた。内蔵も当然切り裂かれ、そして散乱している。雷剣によって斬りながら焼かれた為か、血は流れていない。そんな状態のレイへのザインの言葉である。答えが返って来ない事は誰が見ても一目瞭然だ。しかし……



「これで……終わりかな?」


「何っ!? まだまだぁっ!!」



 ……レイは言葉を発した。

 本来、そんな状態であれば声さえも出ない。だが、レイは言葉を発した。

 驚くザインだが、さすがはBランク。更に攻撃を仕掛け、レイの体を完全に細切れへと変えていく。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。さすがにここまで細切れなら話せもしないだろう。……死んだよな?」



 完全に細切れな事を確認し、雷光化を解いたザインは肩で息をしながら呟く。無敵とも思われるスキルだが、想像以上に体力を消耗する様だ。

 ともあれ、ザインは考える。普通の生き物ならば……いや、魔物や悪魔、例えばドラゴンでさえもそんな状態であれば死ぬであろうと。

 しかし次の瞬間。ザインは目を見開き言葉を無くす。何と、細切れになったレイの体が集まりだし、一つの形を成したのだ。その形とは巨大な水玉。そう、スライムの形を形成したのである。

 あまりの出来事に呆然とするザイン。驚きのあまり、攻撃する事さえも忘れている。

 ザインが呆然としている間にもそのスライムは次第に人型となり、そして完全に元の女淫魔の姿へと戻った。



「さすがブルズさんを殺しただけはあるよね。でも、次はあたしの番。……行くよ」


「ちょ、ちょっと待て! 何で死なねぇんだ!?」


「……ザインさんがそれを知っても仕方ないでしょ? これから死ぬんだし。……ま、いっか。教えてあげる」



 レイの優しさなのか。何故細切れになっても死ななかったのかという事を、ザインに詳しく教え始めた。冥土の土産という事かもしれない。

 レイの説明によると、スライムの特性を身に纏った事が全てらしい。通常、スライムという魔物はとても弱い。そのレベルも、せいぜいが1止まりだ。レベルが上がる前にその殆どが人間に討伐されてしまうからだ。だが稀に、討伐を逃れてしたたかに生き、そしてレベルを上げる個体がいる。それらのスライムは固有スキルを覚えるのだが、そのスキルとは『再生』。再生スキルを覚えたスライムは、ある程度細切れにされても元に戻る事が出来る。つまりムイラは、レイと召喚契約した恩恵によりレベルが上がり、その再生スキルを習得したのだ。

 だが、ここで疑問が浮かぶだろう。ある程度なら再生するが、先ほどのレイの様に、完全に細切れならば死ぬのではないかと。その答えが『デヴィスト魔化装』によるものなのだ。

 そのスキルは身に纏う魔物の特性を得られるだけではなく、魔物が持つ固有スキルを更に強力にして使える様になるのだ。それによって再生スキルは『復元』スキルへと昇華され、それとレイの『オートヒール』と相まって、尋常ではない程の超回復現象を引き起こしたのだ。つまりそれが、レイが完全に細切れになっても死ななかった事の真相である。



「ふ、ふざけんな! だったら、俺に勝ち目はねぇじゃねぇか!」



 レイの説明を聞き終え、ザインはそう叫んだ。しかし元来の優しさ故か、レイは自らの弱点を口にする。



「強力な神聖属性攻撃だとヤバいかもね。あ、それと……完全に消滅させる事が出来れば、あたしは死ぬわよ? ま、無理だけど! それじゃ改めて行くよ? 『雷光化!』それと『雷鎧!』……でも、これだと殺せないよね」


「っ!?」



 簡単に死なないだけでも驚いたのに、レイは更にザインのスキルを使用した。その上、雷光化の上位スキルまで使用したのだ。それだけでもザインに勝ち目は無い。……が、レイは更に何かをやろうとしている。



「これなら大丈夫かな? 『ダークネスソード』……それじゃ、死んで?」


「ら、『雷光化!』……くそ!」



『雷鎧』による紫電を身に纏い、更に『雷光化』と相まって神速でザインに襲い掛かるレイ。その手には、刀身が漆黒に染まった魔法銀の剣ミスリルソードが握られている。

 対するザインは咄嗟に『雷光化』を発動し、回避行動に移る。雷光化はザインに一日の長がある為か、速度は拮抗していた。


 二つの稲妻が地上を照らし、昼間の如き明るさをもたらす。そして耳を劈く雷鳴が、嵐が過ぎ去った後の静寂の森林に木霊こだまする。家々を彩る炎のパチパチと爆ぜる音も相まって、あたかも舞台の終劇を醸し出している様だ。



「くそ! くそったれがぁ!!」


「いい加減、死んで? 【ダークスラッシュ】」



 逃げるザインに、それを追うレイ。一方的とも言える戦いの舞台はオークの隠れ里を脱し、太古の森林の中にまで及んだ。

 しかし永遠に続くかと思われた狂走曲は、レイの固有スキルによって終焉を迎える。それは破滅を齎す漆黒の斬撃。

 レイの放ったダークスラッシュは闇を伴いながらザインへと到達し、無数の虚無の斬撃を以て切り刻む。その斬撃は雷を切り刻み、空間さえも切り刻んだ。虚無の前では全てが無意味であった。



「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 その叫びは断末魔の叫びか。その後、辺りは静寂に包まれた。ザインは存在ごと消滅したのか、そこに亡骸は無かった。



「みんな、ゴメンね? 人間から守ってあげられなくて。仇は討ったからね……。安らかな眠りを……」



 ザインが死んだ事を確認する事無く、レイは雷鎧及び雷光化を解いた。そして、犠牲になったオーク達の冥福を祈る。

 その後隠れ里に戻ったレイは、強酸霧で溶けてしまったブルズ以外のオーク達をそれぞれの家へと運んだ。せめて最後は、自分たちの家で天に召されたいだろうとおもんばかっての事だった。


 こうして、オークの隠れ里は炎と共に焼滅した。生き残っているのはリンカだけ。寂しさだけがレイの心を支配した。




 ☆☆☆




 暫くオーク達の冥福を祈りながら炎を見つめ、その炎が鎮火する頃……レイはその場を後にする。しかし、そんなレイへと声を掛ける者が現れた。



「何だ、これは!? 貴様は……悪魔か!! ザインはどうしたんだ!」


「アデル、ここは任せた。私はザインを探してこよう。……まさか、悪魔如きに殺られるお前じゃないよな?」


「当たり前だ! ザインを頼んだぞ、ルシウス!」



 それは、アデルとルシウスの二人。ノアやハイン、そしてリンカの元へと戻ろうとするレイの背後から声を掛けてきたアデルは、レイの姿を確認すると、即座に警戒態勢を取った。

 しかし、この二人は何故ここに現れたのか。ガーディアン最強を誇る双璧が、まさかオークを相手にする訳は無い。オーク肉の為ならばともかく。

 ともあれ、レイは二人が現れた事に驚く。そして、後悔をした。魔化装を解除しておけば良かった、と。今のレイの姿は、悪魔そのものといった物だ。オーク達を炎に包まれた家に運ぶ為のそれが災いした。



「パ、パパ……!? 何でここに……!」


「パパだと? 貴様のような悪魔にパパと呼ばれる筋合いは無い! 被害が出る前に葬りさってやる……! 『ヘヴンズソード!』」



 良く見ればレイの姿が透けて見える為にレイだと分かる筈だが、黒っぽいムイラを纏い、夜という事もあってアデルは気付かなかった。

 悪魔がレイだと気付かないアデルはそう言うと、ストレージから取り出した聖剣【エクスカリバー】を構え、すぐさまスキルを発動する。そして、そのまま消えた。

 ザインをあっさりと殺したレイの目でさえも追えないその速度は、さすがSランク。桁が違う。世界最強は伊達ではない様だ。



「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」



 アデルの姿が消えた直後、激痛だけがレイを襲った。再び姿を現したアデルは、既に攻撃を終了したとばかりにエクスカリバーを仕舞う。

 そして、レイの体は文字通りその場に崩れ落ちた。両足を根元から切断され、両腕も肩から先が切断、更には胴体も真っ二つにされたからだ。レイの胴体は地に伏せ、主を失った両足も次いで倒れた。レイのその姿は、まるで地を這う虫けらの様であった。



「くぅぅっ……!? 何で……戻らないの!? 戻れ! 戻れ戻れ、戻れぇぇぇ!!」


「無駄だ。悪魔にとってエクスカリバーは天敵。それにヘヴンズソードだ。究極の悪魔殺しコンボだから、お前に助かる術はない」



 激痛に耐えながら、元に戻らない体に焦るレイ。そして、アデルのその言葉にレイは愕然とする。アデルの言う通りならば、このまま自分は死ぬ。死んでしまう。だがこのままでは、ムイラまでもが死んでしまう。死ぬならば自分だけで良いと、レイは薄れ行く意識の中そう考えた。



「『デヴィスト』……を、解除。お願い……パパ。ムイラを……殺さないで……! あたし……の、初めての……魔物の友達……だから……」



 魔化装を解除した途端、レイの体……切られた部位を含む全てが淡く光り、そのまま光の粒子と化すと……光の粒子だけがレイの体を離れ、レイの傍でスライムの形を成した。そしてそこには、四肢と胴体を切断されたレイの無惨であられもない姿が残されていた。

 アデルは愕然とした。仕方ないだろう。悪魔だと思っていたのに実の娘だったのだから。



「何だと!? レイ……なのか? 嘘……だ。嘘だと言ってくれ……。俺はなんて事を……! 自分の娘をこの手にかけたのか……!」


「ごめんなさい……パパ。ムイラ……と……リンカ、ちゃんは……どうか……ころ……さない…………で………………」


「レーーーイっ!!!」



 ムイラ達を殺さないでとか細い声で呟いた後、レイの意識は闇の中へと落ちた。

 そして……アデルは慟哭した。自らの愛する娘をその手にかけたのだ。その悲しみは如何程か。

 いつも笑ってくれた。いつも甘えてくれた。時には喧嘩もしたが、とても愛していた。その愛する娘が目の前に無惨な姿を晒しているのだ。それも自らの手によって。

 アデルは力無くレイに歩み寄り、そっとその体を抱き上げた。



「嘘だ……! 嘘だと言ってくれっ! 何でお前が……! いや、まだだ! まだ死んだ訳じゃない!」



 意識を失ったレイを抱き締めたままアデルは、ストレージからある物を取り出す。それは、アデルやルシウス、それに王族などの重要人物だけが持つ事を許された霊薬。

 その霊薬とは、ランス王国の王城グングニルを貫く様に聳える聖樹ユグドラシルが、百年に一度だけ咲かせる花の蜜を特殊な方法で薬とした物だ。その効果は、どんな生き物でも僅かでも生きてさえいれば完全に回復させるというもの。それが例え悪魔であってもだ。霊薬の名は【エリクシル】。この世界で僅かしか無い、とても稀少な物だった。

 そのエリクシルを、アデルはレイの為に使った。自らが切り落としたレイの体を内蔵も含めて元の位置へと置き、エリクシルを切断箇所に振り掛ける。そして、レイの口にもゆっくりと含ませた。意識を失っている為に飲み込む事が出来ないのだが、鼻をつまみ無理矢理飲ませる。

 すると、切断面がジュクジュクと泡立ち始め、その後、瞬く間に傷が再生していった。傷が治ると、次第にレイの顔色も血色が良くなり、やがて……規則正しい呼吸を再開した。



「良かった……! 危うく俺は自らの手で愛する娘を殺す所だった……」



 何とか回復した事に安堵しつつ、アデルはレイのあられもない姿に気付く。そして自分のマントを肩から外し、そっとレイの体に掛けてやる。

 暫く娘の愛らしい寝顔を見ていたアデルは、そっと頭を撫でた。助かって良かったという思いと、いつの間にかこんなに大きくなってという思いを込めて。

 しかしアデルは、そこにある筈のない物を見つけた。いや、見つけてしまった。まだ小さいが、レイの両側頭部から生える漆黒の角を。

 何故こんなものが愛する娘の頭にあるのか。レイは正真正銘俺の娘だ。これでは本当に悪魔ではないか。いや、しかし。

 レイを守る様に傍に佇むムイラを見ながら、アデルはその事に困惑した。

 もしかしたらこのスライムのせいかと思い、殺してしまおうかと考えたが、レイの頼みは無碍むげには出来ない。むしろ、レイを傷付けてしまったアデルにその選択肢は無い。娘の信頼をこれ以上裏切れないからだ。

 ともあれ、その事で頭を悩ませるアデル。そんなアデルをよそに、レイは意識を取り戻した。



「ん……う……ん。うぅ……あれ? パパ……。どうしてここに? あたし、どうしたんだっけ……?」


「気が付いたか! 大丈夫だ! 怖い思いをしたみたいだけど、悪い奴はパパが退治したからもう安心だ!」



 死にかけたからなのか、レイの記憶は曖昧だった。すぐさまアデルは記憶のすり替えを行う。



「……えーと……。確か……誰かに……?」


「思い出さなくていい! 怖い思いをしたんだ。そんな事は思い出したくないだろう!? とにかく、今はパパに任せて寝なさい!」


「そっか……。そうよね。おやすみ、パパ……」



 体は完全に回復したとはいえ、やはりダメージは大きかったのか……レイはあっという間に眠りに落ちた。だがその顔は、アデルが傍に居るからなのか安らぎに満ちている。

 再び眠りに就いたレイに、安堵の息を吐くアデル。しかし、この先レイをどうしたら良いのか再び悩む。

 このままスピアに連れ帰っても、いずれ角の事が露呈するだろう。そうなれば、きっとレイは処刑されてしまう。ならば額当て等の頭の装備品で隠せばとも思うが、バレるのは時間の問題だ。いっその事角を切り落とすか? とも考えるが、既に傷付けてしまっているのに、これ以上は傷付けたくない。


 暫くレイの寝顔を見つめながら悩んでいたアデルだが、そこにルシウスが声を掛けた。ザインの捜索から戻って来た様だ。



「アデル? その子は……レイちゃんか!? あの悪魔はどうした? 殺したのか? レイちゃんがそこに居るという事は、悪魔から助け出したんだろ?」


「ま、まぁ……そんな所だ。……それよりもザインは見つかったのか?」


「……? 何か変だな。まぁいいか。それがザインなんだが――」



 アデルの様子が少し変な事に疑問を抱きつつ、ルシウスはザインの捜索について説明を始めた。

 ルシウスの説明によると、ザインはこの場から離れた森林の中で見つかった。だが、何にやられたのかは分からないが、胸部から上だけの状態だった。正に死ぬ寸前だったのだが、ルシウスが発見し、更にルシウスの持つエリクシルによって一命は取り留めた様だ。心臓が残っていた事が幸いしたらしい。

 ……とはいえ、その状態では一命を取り留めても長くは持たない。何故ならば、体の大部分が失われているからだ。よって、ルシウスの魔法『空間転移門ゲート』で、ガーディアン本部にある医療機関へと送ったとの事だった。



「……ザインがやられるなんてな。しかし、こんなスピアから近い所に、そんな危険な奴が居たなんてな。ついてないな、ザインも」


「あぁ、まったくだ。だが、もしかしたらお前が殺した悪魔がやったのかもな。低級から中級悪魔ならザインでも何とかなるが、あの悪魔が上級ならば最低でもBランクが五人は必要だからな」



 ザインをやったのは恐らくレイ。何故レイがザインをやったのかは理解出来ないが、アデルはルシウスの言葉でそれを察した。

 しかし、これでますますレイをスピアに連れて帰る訳にはいかなくなった。ランス王国が誇るガーディアンの医療機関は世界一優秀だ。霊薬エリクシルを作り出したのもその医療機関。通称『ライフレコード生命の記録』だ。そこにザインが送られたという事は、確実にザインは助かる。だとしたら、レイの事が明るみに出てしまうだろう。


 アデルはルシウスの顔とレイの寝顔を交互に見ながら、最善の策を考える為に頭を再び悩ませる。


 春の嵐が過ぎ去った空は満天の星空が広がり、風も優しく暖かい。月明かりは柔らかく地上に降り注ぎ、木々の葉擦れの音や虫の音が辺りに木霊する。時おり遠くから聴こえる遠吠えさえも……嵐が過ぎた安堵からか、どこか優しく響いていた。

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