第18話 別れと旅立ち
柔らかな月明かりの下、アデルはこれからのレイの為を思って必死に考える。それを知ってか知らずか、先ほどから聞こえ始めた虫の音は春を謳歌しようと盛大に歌い出す。アデルの傍で佇むルシウスも、その美しい音色に耳を傾けていた。
「……悪い、ルシウス。俺はレイが起きてから帰るから、ルシウスは先に帰って報告しておいてくれるか?」
少しして、ようやくといった感じでアデルは話を切り出した。ルシウスはと言うと、既に分かっていたという表情を浮かべる。
「……だろうな。一人娘だし、何やら裸だし……。いくら親友の私にでも、娘の裸は見られたくないよな。分かった、先に帰って報告しておくさ。あ、そうだ。ついでと言ったら何だが、もしもハインを見つけたならよろしく頼む」
「……何でハイン君が居ると?」
「何、学園初日にレイちゃんと友達になったって浮かれてたからな。あの様子だと、恐らくパーティを組んでる筈だ。だから、頼んだぞ?」
そう言い残して、ルシウスは鼻歌交じりに帰路についた。帰路についたといっても『
ともあれ、何故にルシウスがそんなにご機嫌なのかはアデルには分からなかったが、これで取り敢えずは安心だ。いや、まだ安心は出来ないか。
そう独り言ちるアデルは、レイが目を覚ますまでその場で周囲を警戒するのだった。
それから三十分。いや、一時間は経つだろうか。ようやくレイが目を覚ました。完全にダメージが回復したのか、その表情はスッキリとしたものである。
「おはよう、パパ! ……って、まだ夜じゃない。……えっ!? きゃぁぁぁぁぁぁっ!! パパのエッチーっ!」
「み、見てない……! 見てないからな!?」
眠りから覚め、上半身を起こしたレイは自らの状態に一呼吸の間を置いてから気付いた。寝ている時にアデルにマントを掛けられていたが、上半身を起こした拍子に当然の様にお腹の辺りにずり落ちた。となれば、その双丘は露出する訳であり、当然アデルの目にもそれは映る。
親子ではあるが、レイは年頃の女の子。いくら父親でも、裸を見られるのは恥ずかしい。咄嗟に両手で胸を隠した。
「む、向こうを見てるから、早く着なさい!」
「……絶対、見ないでよ? 見たらパパでも怒るからね!? ……というか、ムイラを纏うと服が溶けちゃうのか。でも、ドラゴンは喚びたくなかったし……」
アデルに見るなと念を押し、ストレージから替えの服を取り出してそれを着るレイ。その際、デヴィストでムイラを纏う事の欠点を呟くが、アデルはそれよりもドラゴンという言葉の方が気になった。
ドラゴンと言えば、魔物の中でも最強の部類に入る種族だ。種類も豊富に存在している。Cランクガーディアンが数人居れば討伐出来る『レッサードラゴン』を初め、『アースドラゴン』『フォレストドラゴン』『シードラゴン』等、それこそ数えればキリが無い。
だが、最も警戒すべきドラゴンは『エンシェントドラゴン』だろう。エンシェントドラゴンは数万年を生き、知恵を蓄え、魔力を蓄え……森羅万象を超えた存在へと進化したドラゴンだけが到達出来る至高の極みだ。それは、Sランクのアデルでさえ足元にも及ばない力を誇る存在だろう。
アデルは知ってのとおりSランクなのだが、どこまで行っても人間である事に代わりはない。故に、アデルが相手出来るドラゴンはエンシェントドラゴンの一つ下に当たる『エルダードラゴン』が限度なのだ。とはいえ、エルダードラゴンでさえ普通の人間からすれば天災と呼ぶに相応しい存在だが。
ともあれ、アデルはレイが呟いたドラゴンという言葉に嫌な気配を感じた。
「もうこっち見ても大丈夫だよ、パパ」
「お、おう!」
レイの言葉に少し気まずい雰囲気で応えるアデル。ドラゴンについて考えていた事はともかく、娘の裸を見てしまったのだからアデルの心境は如何程か。
アデルの心境はさておき、服を着たレイの姿は完全に私服だった。少し大きめの長袖の白いTシャツに膝下丈のハーフパンツ、靴もサンダル調のお洒落な物だ。戦闘装備が全て溶けてしまうなんて思ってもいなかったが、念の為に持ってきて良かったとレイは安堵の溜息を吐くのだった。
そして、レイのその姿にアデルもホッと一安心といった所だが、やはり一点だけが気になる。そう、小さいとはいえ側頭部に生える角の事だ。気にしない様にしているアデルだが、自然とそこへと視線が行ってしまう。
「何をジロジロ見てるのよ、パパ? ……って言っても、気になるよね……やっぱり」
レイもアデルの視線に気付き、手で角を触りながらそう言った。そして、アデルへと経緯を語り始める。
頭の中に無機質な声が聞こえてステータスが変更され、種族が変わった事。オークの隠れ里での事。そして……ベイルとザインを殺した事。それによって記憶が甦り、自分が『
「――という訳で、あたしは人間を卒業したの。でも、パパの娘に変わりないよ? 例え、あたしが魔王になったとしても」
「そ、そうか……」
それを聞き終えたアデルは信じられないといった表情ではあったが、やはり娘の言う事……最後は納得した様だった。
とはいえ、やはり種族が変更されるなんて聞いた事も無いし、ましてや娘の中に別人の記憶がある事は信じきれない。だが、これからの事を考えると逆に好都合だともアデルは考える。
何故ならば、レイにはこのまま旅立ってもらう予定だったからだ。だが、それは日が昇ってから。兎にも角にも先ずはここで夜を明かし、ついでと言っては何だが、ハインを探してからになる。
ともあれ、アデルはレイにハインの事を聞いてみる。レイとパーティを組んでるならば、そのレイに聞くのが一番早いからだ。
「ところで、レイ。ハイン君を知ってるか?」
「知ってるけど……何で?」
「ルシウスの奴に頼まれてな。それで、どこに居るんだ?」
「どこって、リンカちゃんの家のはずだけど。じゃあ、ここに居ても仕方ないからリンカちゃん家に行こっか」
ハインを知ってるというレイの言葉に、やっぱりという表情のアデル。そしてリンカという謎の人物の家に向かうレイの後を、アデルも付いて行く。レイの傍でプルプルと進むムイラを軽く睨みながら。レイの体に密着していた事が、アデルは気に入らない様だ。
焼け落ちたオークの隠れ里跡地から歩く事十分。リンカの家へと二人と一体は着いた。嵐が過ぎた事によって辺りは静まり返っている為、リンカの家からは外にまで話し声が聞こえる。時おり犬の吠え声が聞こえる事から、ベロちゃんも話に参加している様だった。
「ただいま、リンカちゃん……その、ごめんなさい! みんなを助けられなかった……」
リンカの家に入るなりレイは謝罪した。目には涙も浮かんでいる。
そんなレイへとリンカは答える。
「レイちゃんが無事なら、とりあえずは良かったよ。それに、レイちゃんが助けてくれなかったら、ワタイだって死んじまってただろうからねぇ。むしろ、謝るのはワタイの方だよ。辛い思いをさせてスマンかったね……」
「でも……!」
「……レイ。そろそろ俺も入って良いかな?」
「なっ!? お、お前は赤髪……!」
リンカとレイの会話を遮り、アデルはリンカの家に入る。するとリンカは驚き、そして震え始めた。かつて同胞を殺されたリンカだが、その時の恐ろしさが甦った様だった。
「そのオークの娘がリンカちゃんか。あぁ、怖がらなくてもいい、殺しはしない。レイの友達なんだろう? おっ! ノアちゃんも居たのか! ハイン君も無事で良かった! ……そこの犬はペットかな?」
「アデル様!?」
「あ、アデル様が、どうしてここに!?」
「クゥーン……。(助けて……。)」
震えるリンカを宥め、ノアとハインに話し掛けるアデル。その優しい声色は、レイの父親として挨拶をしているのだろう。……本能で勝てないと悟ったベロちゃんはそれでも震えているが。
ともあれ、アデルは挨拶を交わし、囲炉裏の前にドカリと座り込んだ。
「さて。俺がここに居るのは訳があるんだけど、それよりもレイの事をどう思う?」
座るなりアデルは、ノア達にレイについて聞いた。しかし、どう思うと聞かれても友達としか答えようが無く、ノア達はそう伝えた。
「あーごめん。そういう事じゃなくて、レイの”角”についてだよ」
「……えっ!?」
「キャンキャン! キャン、キャオーン! (カッコ良い! いや、可愛い!)」
レイの角の事を言うアデルに、ノアとハインは驚く。そして、レイの頭にそれを確認した。既に知っているリンカはそっと目を伏せ、ベロちゃんはレイに媚びる。
「な、何でレイちゃんの頭に角が生えてるの!? レイちゃんって、人間だよね!?」
「ぼ、僕に聞かないでよ、ノアちゃん……」
「あたしの角はともかく、ハイン君はリンカちゃんと召喚契約したの?」
レイは注目を浴びるのが恥ずかしくなったのか、ハインとリンカにその事について聞いてみた。すると、ハインとリンカの二人は揃って顔を赤くした。その様子から、どうやら契約はしたらしい。何故それ程顔を赤くするのかは疑問だが、とにかくこれでレイ、ノア、ハインの三人が全員召喚スキルの魔物を従えた事になる。
「……で、どうなんだ? レイの事をどう思うんだ、ノアちゃんにハイン君?」
レイが角についての話を逸らしたが、結局アデルによって話を戻された。そしてノアとハインの二人は暫く考えた後、自分の言葉を確かめる様にアデルの問いに答え始めた。
「私は……ううん、私にとってレイちゃんは友達だと思ってます。今はそれ以上でもそれ以下でも無いですけど、ずっと友達として仲良くしたいと思います!」
「……そうか。ハイン君はどうかな?」
「ぼ、僕もノアちゃんとほとんど一緒です。だ、だけど、レイちゃんは僕にとっての初めての友達だから、ず、ずっと仲良くしたいです!」
「二人とも……ありがと……!」
「そうか。君たち二人の気持ち、そしてレイの気持ちは今の話でだいたい分かった。それで、何故俺がこんな事を聞いたかというのは訳がある。それは――」
ノアとハインの気持ちを聞き終えたアデルは、これからの事を語り始めた。それはレイがベイルを殺した事も含めての事だ。
ベイルをレイが殺したという事に対し、ノアとハインは絶句した。……が、それはリンカを守る為という事と、マイアとミトというレイが仲良くなったオークがベイルに殺されたという事に対しての仇討ちだった為、どうにか納得した様だった。
「ねぇ、パパ。あたし、ザインさんも殺したはずだけど……」
「それをこれから説明するんだよ、レイ。そのザインだが――」
そしてアデルからザインが生きているという事を聞き、今度はレイが絶句する番だった。
あの時ザインは、レイの『ダークスラッシュ』で消滅した筈だった。その場に亡骸が見当たらなかったのだから、レイはザインが死んだと判断したのだ。だが、ザインは生きている。それも、ルシウスがエリクシルを使い延命措置をした後、ガーディアンの医療機関『ライフレコード』に送られたという。そこは、生きてさえいればどんな状態であれ、必ず助かるという。アデルがそう言うのだから、それはきっとそうなのだろう。
となると、ザインが生きている事が問題になってくる。アデルはレイの角の事も含めて、王都スピアに戻れば処刑されてしまうという事をレイに語った。
「つまり、あたしはスピアに戻れば殺されちゃうって事……?」
「そういう事だ。いくら俺でも、ザインが生きていて、しかもレイの頭に角が生えてるとなれば庇いきれない。だから、このままランス王国を出るんだ。そして、ノアちゃんとハイン君にはレイと一緒に付いて行って欲しい。ガーディアン学園及び、親御さんにはレイが魔物に殺された仇を取る為と伝えておく。それと、時おり連絡はするから、何かあったらその時言ってくれ。……ノアちゃんにハイン君、俺の頼みを聞いてくれるか?」
スピアに帰らずにこのままランス王国を旅立てと言うアデルに、レイは悲しくなると同時に、ザインを始末しきれなかった自分を呪った。ザインをしっかり殺していれば、角さえ隠せばスピアに帰れたのに、と。
(何で確認しなかったの、あたし……。あの時は頭に血が上ってたけど、こんな筈じゃなかった……。ママ……もう一度会いたいよ……)
後悔するレイだが、ノアとハインもやはり困惑した。いずれはアデルの様に立派なガーディアンとなって、それでランス王国で人々を守る事を夢としてきたのだ。正直、二人は悩む。
レイとは一緒にいたい。でも、夢も諦めたくない。しかし、憧れのアデルからレイを頼むと言われたのだ。……暫く無言が場を支配したが、やがて決心したのか……ノアとハインはアデルに了承の意を伝えた。
「分かりました、アデル様。ガーディアンになれないのは正直辛いですけど、何よりアデル様の頼みは断れません。私、レイちゃんと一緒に行きます!」
「そうか……!」
「ぼ、僕も、ノアちゃんと同じです。ぼ、僕は、父さんを超える事が夢でした。で、でもそれはガーディアンにならなくても出来る事だと思いました。だ、だから、僕もレイちゃんを支えます!」
「ありがとう、二人とも! 頼んだぞ! ……レイ。二人が居れば寂しくないだろう? レイラには真実を伝え、お前を守る為に仕方なくと言っておく。そんな悲しい顔をするな! 生きていればその内会える。だから……頑張って生きていけ!」
レイは言葉を発せずに頷く。涙を流しながら、何度も何度も頷いた。そしてアデルへと抱き着き……声を上げて泣いた。翌朝には別れとなるのだ。いくら零の記憶が蘇ったとしても、レイはまだ十五歳。まだまだ親に甘えたい年頃だ。それに、レイはやはりアデルの娘なのだ。アデルとの……いや、レイラを含めた両親との思い出が走馬灯の様にレイの頭に浮かぶ。
ノアもハインも、そしてリンカでさえも……レイのその姿に、涙を流していた。
☆☆☆
声を上げて泣き、そして泣き疲れてレイはアデルの膝を枕に眠った。その頃にはアデルを除くみんなも眠りに就いていた。そしてアデルはと言うと、レイの頭を一晩中優しく撫でていた。もしかしたら、これで今生の別れになるかもしれない。そう思うとアデルも無性に寂しくなり、万感の思いを込めて撫でたのだった。
「ん……うーん。ん? あ! ごめん、パパ! あたしの角が当たって痛かったでしょ?」
「大丈夫だ、レイ。パパがこうして居たかったんだから気にするな! それよりも、おはよう!」
「あ……お、おはよう……」
朝の光が優しく地上を照らし、闇を恐れる動物達に安心を齎す。太古の森林でもそれは当然であり、狐や狸、
その様ないつも通りの朝。リンカの家にてアデルとレイはいつも通りとも言える会話を交わした。二人とも、これが最後だと分かっているのだが、敢えて普段通り。涙なら、既に流したのだから。
普段通りではあるが、どこかぎこちない時間が緩やかに過ぎ、やがてノア達も起き始める。
朝の身支度をそれぞれ終え、ささやかな朝食。朝食はこの数日と同じく、リンカが作った。
「美味いな、これ……! 下手な人間が作るよりも美味い!」
「あ、赤髪にそう言ってもらえるとは光栄さね。あ、ハイン、オカワリするかい?」
「あ、ありがとう、リンカちゃん」
リンカの作った川魚と茸の味噌スープに舌鼓を打ちながら褒めるアデルに、ハインに首ったけのリンカ。ほのぼのとした空気が流れる中、レイだけはスープを食べずに何かを考えている。やはり、予期せぬ親との別れは辛いのだろう。レイの様子につられ、全員が次第に無言になっていく。
「……レイちゃん? 食べとかないと後でお腹減るよ?」
「あ、ごめんね、ノアちゃん。ちょっと考え事をしてたの……」
「アデル様とこれで最後かもしれないんだもんね……仕方ないよ……」
「……うん」
ノアに促され、何とか朝食を食べ終え……いよいよ旅立ちの時。別れの時は、刻一刻と近付いてくる。
「キャンキャン! キャンキャオーン!! (よっしゃー! 出発だぜ野郎ども!!)」
「ベロちゃん、黙って!」
「クゥーン……(はい……)」
全員揃ってリンカの家から外に出た所で見つめ合うアデルとレイ。辛い別れの時だ。
その二人を気にせず吠えるベロちゃんへと、ノアは叱りつける。
「それじゃ、元気でな。あぁ、好き嫌いしないで食べるんだぞ? あー、危ないと思ったら逃げるんだぞ? それと……ちゃんと寝ないとダメだからな……。最後にママに言う事は無いか?
ホントの本当に最後……パパは……お前を……いつまでも愛してる……からなぁ……!」
「うん。何でも食べるから大丈夫。分かってるって! あたしだって死にたくないもん! ちゃんと寝るよ……! ママに……は、ごめんなさいって……グスッ……伝えて……
あたしも……パパを、愛してる……! こんな娘で……グスッ……ごめ……なさい……! パパぁ!!」
「レイ……っ!!」
伝えたい事は山ほどあるだろう。これからも変わらずに一緒に居たかっただろう。そんな思いが溢れだし、いつしかアデルもレイも涙を流して抱き合う。父親の温もり。娘の温もり。決して忘れぬ様に、抱き合い……そして離れる。
ここからは別々の道。レイは涙を拭う事なくアデルに背を向ける。レイの後を追い、ノアとハイン、リンカにベロちゃん、そしてムイラも歩き出す。
アデルは、レイの姿が見えなくなるまでその背中を見つめ続けていた。やがて見えなくなると……肩を落とし、項垂れながらスピアに向けて歩き始めるのだった。
☆☆☆
太古の森林をオークの隠れ里跡地から更に西へと進み、およそ半日が過ぎた頃。ようやくといった感じでお昼を兼ねた休憩を取る事にした。レイもアデルとの別れを吹っ切れたのか、その表情は明るさが戻っていた。
休憩を取る事にした場所は水が湧いてるのか、綺麗な泉がそこには在った。泉の畔には花が咲き乱れ、小動物達も泉の水を飲みに来ている。木漏れ日が泉を照らし、森厳な気配と相まって、清らかな気持ちにさせてくれた。その様な気持ちにさせてくれるこの場所は、レイ達にとっては正にオアシス。休憩をするにはうってつけの場所だ。思い思いに張り出した木の根に座り、簡単な食事を摂りながら疲れを癒す。
そんな中、レイは感嘆の声を上げる。
「こんなに綺麗な泉は初めて見たよ、あたし!」
「……レイちゃん? 私達って、泉を見るのは初めてだよ? まるで、以前にも泉を見た事ある様に言ってるけど……」
「そ、そうだっけ?」
零の記憶に泉があるのだから知っていて当然なのだが、それはともかく。零が世界を設定した時に、これ程小さい泉は創ってはいない。泉の畔に咲き乱れる花にしてもそうだ。ここまで細部に渡って設定などしていなかった筈だ。
だが、それは自然に存在しており、あまりにもリアル過ぎる風景にレイは疑問を抱く。この世界は次世代VRネットワークシステム【バベロニア】の筈なのに、と。
そんな事を考え、おもむろにステータスを開いてみる。裏コードを入力する為だ。この先、何が起こるか分からない。現に、謎の者に負けている。アデルが来てくれなかったら死んでいただろう(と、レイは信じている)。そうならない為の裏コード入力だ。
しかし、入力出来なかった。間違いなく入力してる筈なのに、ステータスが裏コードを受け付けない。いや、一部は入力に成功している。それによってステータスが上昇したから分かるのだが、しかしそれだけだ。種族が【魔王】にはならないし、ステータス値も限界を突破出来ない。桁が一つだけ上がって、数万となっただけだ。
疑問に思い、ステータスを改めてよく見ると、コードNo.666『モンス・トーク』が『セイタン』という物に変化している事に気付く。
(セイタン……? 何かしら、これ?)
そのスキルに意識を集中すると、効果が分かった。その効果とは『魔王の威圧』。つまり、自分よりも弱い魔物や魔族に対して絶対の忠誠を強制するスキルだ。それも、『モンス・トーク』と同じ常時発動型。だが、それ以外にも意味が分からない現象が起きた。頭の中に突如として世界地図が浮かび上がり、その地図に六つの黒い点が記されていたのだ。しかもその内一つはこの国、ランス王国の太古の森林……その最奥地に記されていた。
「ねぇ、ハイン君。太古の森林の最奥地って何があるの?」
世界の設計及びプログラミングをした零の記憶には何も無い。その為、物知りなハインに聞いてみたのだ。
しかしそのハインは、レイの質問に青ざめる。
「な、何でそんな事が知りたいの!? そ、そこはダンジョンがあるらしいけど、あ、あまりに魔物が強過ぎる為に、
禁忌の地と聞いて、普通の人なら決して近付こうとは思わないだろう。ガーディアンSランクのアデルでさえ、そこには近付かないし、
だが、そのハインの言葉を聞き、レイはある事実に気付いた。地図に記された六つの点を辿り、そこで何かを手に入れる……いや、何かをやれば力を手に入れられるかもしれないと。だったら、やるべき事は決まった。そして、それを口にする。
「……決めた! あたし、決めたわよ!! 先ずは、ランス王国の禁忌の地から行こう! その後はブレド王国、その次はマジク共和国に行って、そしてメイル帝国。それで最後にデムル国と巡るの! そうすれば、きっと無実の魔物を人間から救えると思うから。ううん、その力を手に入れる事が出来ると思うから!」
力強く宣言するレイだが、ノアやハインは目を丸くして驚いた。オークであるリンカでさえ気が進まない。だが、レイに付いて行くと決めた以上、付いて行くしかない。この旅は波乱万丈、前途多難だと覚悟を決めたノアとハインであった。
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