第16話 記憶

 

 オークの隠れ里には宵闇が迫り、曇天の為に辺りは更に暗く感じる。雨は止んでいるが、吹いている風は未だに強い。雷鳴の轟き、嘲笑う木々のざわめき。それらがレイの心を否が応でも不安にさせる。

 リンカの家を飛び出したレイは、先に出て行ったリンカを探す。僅かな時間差でレイも飛び出した筈なのだが、既にリンカの姿は近くには無い。



「リンカちゃんもだけど、人間も止めないと……! どうしてこんなに雷ばかり鳴ってるのよ!」



 相当焦っているのだろう。苛立つ言葉がレイの口から零れる。

 だが、この場で呆然としてる訳にはいかない。レイは門番オークが居た場所を目指して走り出した。人間がやって来るとすれば、ランス草原から最も近いその場所からだ。目隠しをされて連れられて来たレイ達は、当然その事を知らないが。

 ともあれ、そこへと急ぐレイ。

 リンカの家は隠れ里の最奥、里長ブルズの屋敷から少しばかり離れた位置に建てられていた。その距離にして、凡そ五百メートル。隣の家であるマイアとミトの家からも、四百メートルは離れている。急がなければ手遅れになる。

 そう思いながら門番オークの所へ走り出したレイだが、そこで里の異変に気付く。辺りは既に暗い筈なのに、里の中心部……ブルズの屋敷の向こう側が夕焼け空を思わせる程に明るかったのだ。盛大な篝火でも焚いているのだろうか。悪天候なのに夜祭でもしているのだろうか。一瞬だけそんな事がレイの頭を過ぎるが、人間が襲撃している筈のこの時にそれは有り得ない。だったら、何故。胸騒ぎがしてくる。


 するとその時。目も眩む閃光がブルズの屋敷の向こうに見えた。次いで訪れる。落雷があったのだろうか。この様な悪天候なのだから、そんな事もあるだろう。だがそれは、立て続けに起きた。しかも、空からではなく、地上からだ。



(何あれ!? 何であそこから雷が起きるの!?)


「きゃぁっ!!」



 あまりにも大きな雷鳴に、反射的に動きを止めるレイ。そのレイへと、後ろから着いて来ていたムイラがぶつかる。



「(すみません、ロード……)」


「気にしないで、ムイラ! それよりも急ぐわよ!」



 ムイラに言いながら再び走り出そうとするレイの視界に、二つの人影が飛び込んできた。一つは離れては近付きを激しく繰り返し、一つはその場を動かずに体だけが動いている。その様子から戦闘が行われている事が分かった。

 その場所は、マイアとミトの家のすぐ傍。レイの心に緊張が走る。



「このぉぉぉ!!!」


「そこを退け! 生徒を殺させる訳にはいかんのだっ!」


「うるさい、黙れぇぇっ!! よくも……マイアさんとミトを……!」



 二つの人影の内、一つは飛び出て行ったリンカの物であった。雷鳴轟く中、急いで近付いたレイの耳へと、誰かに叫ぶリンカの声が届いた。

 もう一方の声も、レイには聞き覚えのあるものだった。生徒という言葉でも分かったが、その声の持ち主は、ベイル。

 そのベイルとリンカが、マイアの家の傍で戦っていたのだ。



「いい加減に退け!! 俺はザインさんと違って、逃げるなら殺さん!」


「マイアさんとミトを殺しやがったくせに、ふざけた事を言ってんじゃないよっ!! うらぁぁぁぁっ!!!」



 大斧グレードアックスを両手で持ち、そのまま右肩後方に振りかぶった姿勢で突撃するリンカ。

 それに対するは、幅広のブレードソード……魔法銀の幅広剣ミスリルブレードを右手で持ち、左足を半歩後ろに下げた斜の構えを取るベイル。

 リンカが渾身の力を込めて袈裟に斬り下した大斧を、ベイルは難なく弾き返し、返す刃で逆袈裟に斬り下ろした。



「っ!? ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


「リンカちゃん!!」



 ベイルの攻撃で斬られると同時に吹き飛ばされたリンカへと、レイはようやく辿り着いた。リンカを見ると、右肩から左腰にかけて深い傷を負っていた。傷口からは大量の血が流れ出している。



「うぅ……レイ、ちゃん……。どうして、出て……来たんさね……」


「しゃべらないで、リンカちゃん……! 今すぐ手当てするから!」



 ストレージからポーションを取り出し、それをリンカの傷口へと振り掛けるレイ。ポーションがみるのか、リンカは苦悶の表情を浮かべる。



「ぐぅぅぅ……! あ、ありがとう……レイちゃん。だ、だけど……早く逃げな……っ!」



 ポーションの効果で、シュウシュウという音と共に塞がる傷口に安心したレイだが、そのレイへとリンカは囁く様な声で逃げろと促した。

 するとそこへ、ゆっくりと歩きながら近付き、ベイルが声を掛けてきた。



「仲間のオークが来たのかと思ったら、お前はレイじゃないか! 攫われたのはお前達だったのか! それに、その頭はどうした!? オークにやられたのか? 包帯を巻いてるじゃないか!」


「違います、ベイルさん!」



 ベイルの言葉を否定しながら、何を言えば分かってくれるのかと考えるレイ。考える時の癖なのか、レイは俯き、視線を彷徨わせる。

 幾筋もの地上の雷光が相変わらず辺りを照らし出し、激しい雷鳴が轟いている。すると、その地上の雷光に誘発されたのか、空から一筋の閃光が地上目掛けて迸った。眩い光に、一瞬の静寂。次いで訪れた耳をつんざく爆音。

 咄嗟に体を丸めてしまったレイだが、目を開けると……マイアの家から炎が上がっていた。



「ザインさんのも驚くが、本物は迫力が違うな。思わず剣を落とし掛けたぞ……」



 落雷に驚くベイルだが、レイの耳にその言葉は届いてはいなかった。何故ならば、レイの視線は一点に集中していたからだ。誰しも経験があるだろう。レイの状態は正にそれであった。

 レイの視線が集中しているのは、炎上したマイアの家……では無く、その近くに転がる二つの物体。一つは大きく、一つはとても小さい。炎に照らされて浮かび上がるその物体は……マイアとミトの亡骸であった。



「なんで……? さっきまで一緒に居たのに……。一緒に遊んだのに……! いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「何を言ってるんだ、レイ! オークに襲われたのだから、殺すのはガーディアンとして当たり前だ!」


「ベイルさんが殺したんですか……?」



 泣き叫ぶレイに、その訳を話すベイル。しかしレイには、ベイルのその声は聞こえていなかった。


 ――絆ヲ結ンダ魔物ノ死ヲ確認シマシタ。スキルNo.666ノ及ビ、全スキルヲ解除シマシタ――


 レイの頭に無機質な声が響く。同時に痛む頭と体。それさえも、今のレイには何も感じられなかった。

 あるのは、マイアとミトを殺したベイルへの激しい怒りと、その二人を失った果てしない悲しみ。



「……許さない。許さない許さない許さない……! あわせてやる!!」



 無意識にストレージから魔法銀の剣ミスリルソードを取り出して右手に構え、左手をそっとベイルへと向けるレイ。その瞳は炎のせいなのか怒りのせいなのか、金色に輝いている。



「ま、待て! 何故、俺に剣を向ける? オークは魔物だぞ!? 人質でも取られてるのか?」


「よくもマイアさんを……! よくもミトちゃんを! せっかく、仲良くなったのに!! 悪いのは人間。いつも切っ掛けは人間なんだ。だってそうだ……。あたしは悪くないのに、あたしは作れと言われたから作っただけなのに……! 人間なんて、殺してやるっ!! 『ウォーターボール!』」


「っ!? 血迷ったのか!! ふんっ!」



 レイの左手から放たれた水球を、咄嗟に後ろへと飛び退きながら両断するベイル。いくら下級魔法ファストマジックとはいえ、それを両断出来るのはさすがDランクガーディアンといった所か。



「講師でありDランクガーディアンでもある俺に剣を向けるって事は、分かってるのか? レイ、お前じゃ俺には勝てん! とはいえ、お前を殺す訳にはいかん。『フォース!』及び『ブレイズブレード!』」



 ベイルの体に一瞬だけ浮かぶ幾何学模様。そして剣は激しい炎を纏った。



「手足の一つや二つ、切れたとしてもシニア・ポーションで直ぐに治してやるから、覚悟しろ! 行くぞ!!」



 言うが早いか、フォースで強化された身体能力を活かし、目で追えない踏み込みと同時に右下から左上へと振られる炎の剣。それは寸分違わずレイの右肩を狙って放たれた。

 対するレイは、と振られたベイルの炎の剣に、そっと剣を合わせた。

 その瞬間、ベイルの下からの切り上げは容易く弾かれ、尋常ではないレイの膂力にベイルは後方に吹き飛ばされた。空中で体勢を整え、両足から着地したのはDランクの面目躍如か。



「ぐぁっ!? 馬鹿なっ! 何故俺の剣が弾かれる!?」



 着地と同時に言葉を発し、驚愕に見開かれるベイルの瞳。だが、驚くのも束の間。ベイルの視界からレイの姿が消えた。そして消えたと思った矢先、再びレイはその場に姿を現す。



「これはマイアさんの分……」


「な、なんだと……?」



 ベイルは心で首を傾げる。レイはいったい何を言ってるのかと。しかしベイルはそこで気が付いた。一瞬前のレイと今のレイとの相違点を。消える前は鈍い光沢を放っていたレイの剣が、今は何かの液体で濡れているのだ。まさか、あの一瞬で毒でも塗ったのか。消えた様に見せたのは、それを隠す為のハッタリ。ベイルはそう考え、次いでニヤリと笑う。



「残念だったな、レイ! お前の魂胆は分かっているぞ? 訳の分からん事を言って俺を油断させ、その剣に塗った毒で俺を仕留めようとしたんだろ? だけど、無駄だ。さっきは防がれたが、次は本気で肩を切り落とす! はぁぁっ!!」


「……その腕で?」



 レイの呟きが聞こえるが、ベイルは躊躇いもせず燃え盛る火炎を纏った剣を構えた。『フォース』に込めたMPは先ほどの倍。現在のベイルが耐えうる限界でもある、十倍の身体強化だ。『ブレイズブレード』に込めたMPも倍。剣に纏う激しい炎は、もはや燃え盛る火炎と化している。これなら弾かれる事無く、確実にレイの右肩を落とせるだろう。

 そして先ほどの倍の速度でレイに肉薄し、先ほどと同様に切り上げた。……が、驚く程に手応えがない。ベイルは内心ニヤリとする。ベイルの予定通り、レイの右肩から先は見えなかったからだ。



「これは、ミトちゃんの分!!」


「何だと!? ぐぁぁぁぁっ!!」



 切り落としたと思ったレイの右腕は、ベイルの目には追えない速度で振り上げられ、そしてベイルの左肩へと無造作に振り下ろされた。

 無造作だったからなのか、の攻撃はベイルにも知覚出来、軽い衝撃の後に鋭い熱さを感じた。



「ぐぅぅぅ――っ!! 馬鹿なっ! 確かに切り落とした筈だぞっ!? なのに、何故だ!!」



 ベイルの両肩は、根元から先が無くなっていた。あまりにも鋭過ぎる太刀筋だった為か、切り落とされた断面から今更ながらに血がポツポツと滲み始め、その後堰を切った様に大量に流れ始めた。それと同時に、その場で両膝をついて蹲る。

 そんな状態でも納得のいかないベイルは、激痛に耐える苦悶の表情をしながら後ろをチラリと見た。すると先ほどベイルが居た場所には、燃え盛る火炎を纏った剣を持ったままの右腕が落ちていた。

 つまりレイは、先ほど消えた様に見えた時にベイルの右肩を切断し、再びその場に戻ったという事だったのだ。そして剣が濡れていたのは、ベイルの僅かにある脂肪の為だった。



「今、楽にしてあげますよ、ベイルさん……?」



 レイの冷たい声にベイルは視線を戻す。それと同時に、命乞いを始めた。



「ま、待て! いや、待って下さい! さすがアデル様のご息女! お、お願いします、命だけは取らないで下さい! そ、そうだ! た、助けてくれるなら、成績は最高を付けてあげるぞ?」



 レイへと必死に命乞いをするベイル。だが、その時。ベイルの脳裏には、十年前に死んだケーラの姿が浮かんでいた。あの時ケーラは、ベイルをオークキングから逃がそうと犠牲になった。そしてベイルは、そういう犠牲から学園生徒を守る為に講師になったのだ。それなのに、守る筈の生徒に自分は殺されそうになっている。何故なのか。どこで間違えたのか。命乞いを続けるベイルの目からは、いつしか涙が溢れていた。



「頼む……っ! 助け――っ!?」


「命乞いしたオークをベイルさんは助けましたか? あの世で、自分が殺したオーク達に謝って下さいね」



 いつの間に斬られたのか、首を落とされたベイルの視界は地面だけを見据えており、消え行く意識はレイの言葉を最後まで聞く事は無かった。

 そのベイルを冷たい瞳で見つめるレイの頭に、例の無機質な声が再び響く。


 ――初メテノ殺人ヲ確認シマシタ。記憶ヲ解放シマス――


「え? きゃぁぁぁぁぁぁ!! うぐっ!? うぐぇぇぇぇっ!!」



 その声と同時。肉体と側頭部がいつもの様に痛み出す。だが、それとは別の苦痛がレイを襲った。眩暈めまいにも似たその症状は激しい吐き気を催し、その場で蹲るとその途端に吐瀉してしまった。吐いても吐いても吐き気は止まらず、胃液さえも出なくなってからは血までも吐き出した。あまりの吐き気に脱力し、失禁すらもしてしまっている。

 その代わり、レイの体に入ってくる物もあった。記憶だ。一人の人間の膨大な記憶の奔流がレイの頭に……レイの記憶へと流れ込んでくるのだ。



「かはっ……! 何……これ……うっ!? うげぇぇぇっ! はぁ、はぁ、はぁ……うぶっ! ヴェェェッ!」



 涙を流し、血反吐を吐き、鼻水も垂らし、尿まで垂れ流す。少女としてあまりにも無残な姿を晒すレイだが、記憶の奔流が終わりを迎えた頃。何事も無かった様に立ち上がり、自分の体を確認する仕草を見せた。



「おかしいなぁ。格好良い男性キャラにした筈なんだけどなぁ……。ま、いっか♪ あれ!? 角が小っちゃい! あぁ、そうよね。裏コード入れないとダメよね。後でいっか。

 えーと、何々? あたしの名前は、レイ・シーンか。『天命 零みこと れい』じゃないのね。分かった。……あぁ、それとステータスは……なるほど。了解。うん、理解したわ! それじゃ、この世界を楽しみますか♪」



 ブツブツとそう呟いたレイはその場を離れ、リンカの元へと戻って来た。そして戻って来るなり、リンカへと右手を翳す。



「今すぐ治してあげるからね! えーとぉ、確か……あ、あった! 『エリクス・ヒール!』」



 レイの翳した右手からは柔らかな陽射しを思わせる光の粒子が溢れ、溢れた粒子はリンカを優しく包み込んだ。



「れ、レイちゃん……? っ!? ありがと、レイちゃん」


「どういたしまして、リンカちゃん♪ それじゃ、ムイラ。死んじゃったオークの仇を討ちに行くわよ! 着いてらっしゃい!!」


「(了解しました、ロード)」



 リンカを回復させたレイは、ムイラと共にオークの仇討ちに行こうとしたのだが、その回復したリンカに左腕を掴まれ止められてしまう。



「何で止めるの、リンカちゃん? あぁ、そうよね。殺したんなら吸収しないとね。『アブソープ!』」


「な、何を言ってるんさね!?」



 死んだベイルへと右手を向けて、その言葉を呟くレイ。すると死んだ筈のベイルの体が淡く発光し、そして白色の光がレイの右手の掌に徐々に吸い込まれていく。その光景は、さながら命を吸い取る様にも見え……リンカはその光景に恐怖し、掴んでいた手を離した。


 ――魂ノ吸収ヲ確認シマシタ。種族ヲ解放シマス――


「これで、よしっ! へぇー! こういうかぁ。『ノア・』も粋な物をしたわね。まぁ、あたしの注文通りだけどね♪」



 意味不明な事を口走るレイを恐怖の瞳で見つめるリンカだったが、怖気付いてる場合じゃないと再びレイの手を掴んだ。



「ま、待っとくれ、レイちゃん。ワタイが言ってるのはそういう事じゃ無いんさね。仇討ちをしてくれるのは有り難いんだけど、相手はレイちゃんと同じ……人間なんだよ?」


「問題ないわ。今のあたしはあたしであって、あたしじゃないの。……って、リンカちゃんに言っても理解出来ないわよね。それに、殺しちゃえば良いんだから大丈夫っ! だからあたしに任せて! リンカちゃんは、ノアちゃんとハイン君をお願いね? あ、そうそう! リンカちゃん、何ならハイン君と契約しちゃっても良いんだからね? それじゃ、行ってくるね!」



 そう言うとレイは、ムイラと共に里の中心を目指して走り出した。その場に残されたリンカは、レイの『ハインと契約書しちゃえば』という言葉に頬を赤らめる。満更でもない様だ。

 しかしふと我に返ったリンカは、マイアとミトをそのままにしておく訳にはいかないと行動を始めた。二人の亡骸をまだ燃えていないマイアの家の入口から中へと移し、寝室として使っていた場所へと寝かせてあげる。そこはまだ火の手が及んではいなかったが、直に火に包まれるだろう。二人の亡骸をそこへと移したリンカは去り際に『ゴメンね。ワタイだけ生き残っちゃって。安らかな眠りを……』と呟き、そのままマイアの家を後にした。

 自らの家に戻る途中リンカは一度だけ振り返り、そっと目を閉じてから再び前を向き、そして歩き出した。




(しかし、凄いリアルよね。向こうに見えてるのって、スキルのエフェクトよね? 『ハイン・』もやるじゃない♪)



 ザインの元に向かうレイは、エフェクト担当主任に心で賞賛を送った。

 世界の基本となる風景や魔法、それに人物やスキル等の大まかな設定及びプログラミングをしたのは零なのだが、システム開発やエフェクト等は他国の主任が担当していた。その担当の名は、ノアとハイン。つまりレイは、知らずにその二人とこの世界でパーティを組んでいた事になるのだ。だけどレイはその事を気付かない。何故ならばその二人も、開発者特権として自分の好きな様にアバターを作成していたからだ。

 大いなる存在に最も罪深き者として罰を受けたのはレイだが、ノアとハインにも当然罰がある。それは後の話なのでここでは割愛しよう。


 ”レイ・シーン”と”みこと・れい”。二つの記憶は融合され、一つの人格として目覚めたが……基本はレイのままだ。多少、性格が変わったが。

 ともあれ、レイは里の中心に辿り着くと同時に、その惨状に言葉を失った。



(あそこで戦ってるのはブルズさん。あっちの男は、確か……ザインさんって言ったっけ? パパと一緒にたまに家に来てた人。それにしても酷い……! ブルズさん以外、みんな死んじゃってる!)



 レイが目撃した光景。それは、全ての家が炎に包まれ、その炎から逃げようとして家を飛び出したオーク達が死に絶えた光景。その中には、ジョンとその娘ミナ、そしてミナの妹の幼いレナの姿もあった。ジョン達親子を含め、その全てのオークとレイは出会って、そして会話……謝罪だが、その会話をしたオーク達が死に絶えていたのだ。悲しみがレイの心を埋め尽くす。


 そんなレイの悲しみをよそに、里長でもあるオークキングのブルズは、両手より雷光を放つザインと対峙していた。



「貴様ぁ……! よくも同胞を殺ってくれたなぁ! 許さんぞ!!」


「許さなければ何だ? お前はケーラを殺しやがった。しかも、当時の俺に深手まで負わせやがった。許せねぇよなぁ。あぁ、許さねぇ。俺の栄光を邪魔してくれたんだからなぁ……!! いい加減、くたばりやがれぇ! 『ライトニングボルト!』」


「それは効かんっ! ぬぅぅぅ……っ! 『真空斬り!』」



 ザインの両手より放たれる二本の雷光を、淡く光る戦闘斧バトルアックスを振り抜き、スキルによって発生した見えない斬撃にて軌道を逸らすブルズ。逸れた雷光は、雷鳴を激しく轟かせながらあらぬ方向へと迸る。

 ブルズの使ったスキルは、鋭い斬撃が空気を切り裂き、その軌道上を真空にする事によって敵を切り裂くスキルだ。そして、真空は雷を伝導しない。知ってか知らずか、ブルズは本能でそれを理解し、防御に成功していた。

 ニヤリと笑うブルズ。そのブルズを忌々しげに睨むザイン。戦闘は膠着状態に陥るかと思われた。



「やるじゃねぇか。だが、あらかたのオークは始末した。次で終わりだ……! 『雷光化!』及び『ライトニングソード!』」


「何だとぉ? このワシにそんな物が効くと……がはぁっ!?」



 しかしザインが言葉を発した瞬間、その姿は眩く発光し、放電現象を伴った。対するブルズが言葉を発した刹那、一筋の稲妻がブルズを襲った。正に電光石火。ザインの体は既にブルズの背後に存在し、遅れて雷鳴が轟く。地へと倒れ臥したブルズの巨体は、腰の辺りで真っ二つになっていた。



「ば、馬鹿な……このワシが……キングたるワシが……人間、如きに…………」


「ようやく、くたばりやがったか。手間掛けさせやがって。ケーラ、お前の仇は討ったぞ……」



 力無く最後の言葉を呟くブルズと、雷光化を解き天に向けて呟くザイン。勝敗は決した。そこにレイはゆっくりと歩み寄る。



「ザインさん。あなただったんですか……」


「ん? お前は……レイちゃんか! 攫われたのはレイちゃんだったのか……! 無事で良かった! オークは全て片付けたから、もう安心だ。送ってやるから、帰ろう。……他にも居るのか? そいつらも連れて、さっさと帰るぞ! あぁ、そうだ。ベイルの奴も来てるぞ?」


「……あたしがせっかく仲良くなろうとしてたのに。ブルズさんにも気に入られたのに。……許さない。やっぱり人間はクズの集まりね……。ムイラ!」


「(はい、ロード)」


「何だ!? 何を言ってるんだ? 雑魚が何でこんな所に……!?」



 ザインの言葉を聞かずにレイは怒りをあらわにすると、ムイラを呼んだ。ザインはレイの様子を訝しんだが、近付くスライムに嫌悪感を表す。



「ムイラ、分かってるわね? 【魔化装デヴィスト】」


「(お任せします)」



 レイがそれを唱えると、ムイラの体は漆黒の粒子に変わり、次の瞬間にはその粒子がレイの体を覆い尽くした。やがて粒子は固定化し、そこに現れたのはスライム人間とでも言うべき姿。

 レイは、スライムの特性をその身に纏ったのだった。

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