第15話 ザイン襲来

 

 人間じゃないよ、というリンカの言葉に絶句するレイ。

 一体、リンカは何を言っているのか。あたしが人間じゃない等と。夢の中で見た、姿見鏡に映る姿は確かにそうかもしれないが、その夢の中の姿をリンカが知る由もない。だったら、何故そんな事を言うのか。あたしは人間。人間のはず。でも、まさか。その事がレイの頭の中で堂々巡りを繰り返す。

 外から聞こえているはずの嵐の音はレイの耳には届かず、リンカとの間には、一種の静寂にも似た空気が漂っていた。



「ワタイの言ってる事が信じられないって顔だねぇ。だったら、頭……触ってごらん?」


「……頭?」



 真剣な眼差しだがどこか怯えるリンカと、そのリンカに言われるまま両手で頭を触るレイ。その手は、恐る恐るといった感じに震えている。すると、両手には何か尖った物の感触が伝わってきた。場所は両耳の上のコブが出来ていた所だ。



「え……? えっ!?」



 そんな物がある筈はない。自分は人間なのだから、そんな物が生えているなど絶対にある訳ない。

 そう思いながら、何度も何度もそこに手を当て確認した。だが何度触っても、そこには尖った物が生えていた。

 尖った物とは角。人間の頭にはある筈のない”角”がレイの両側頭部より生えていた。角の大きさは3センチ程だが、それでも生えている事には違いない。



「分かった様だねぇ。そうさ、角が生えてるんさね。それとね……瞳の色。今気付いたけど、それも変わってるんさね。薄い緑色だったのが、薄い金色にね」



 更にリンカは、レイの瞳の色についても教えてくれた。その言葉を受け、ストレージから手鏡を取り出し、それを確認する。



「何で……!?」



 鏡に映し出されたレイの瞳は、リンカの言う通りの色に変わっていた。自分の体に起こった変化に恐怖するレイだが、その時、夢の中の姿見鏡に映った自分の姿が頭に浮かんできた。角の大きさは夢の方が大きかったが、瞳の色は今のレイと同じだったのだ。

 という事は、いずれレイの姿は夢の中の姿へと変わってしまうのか。夢で見た戦慄の光景がレイの頭を過ぎる。恐ろしい魔法に、恐ろしいドラゴン。鏡に映るレイの瞳からは涙が零れていた。



「ワタイらと仲良くしたいって言うから変だとは思ったけど、まさか……ねぇ。だけど、ノアちゃん達にそれを見せるのは心の準備があるだろうし、まだ嫌だろうから……頭にこれを巻いときな」



 涙を流すレイへと、リンカは白い布を渡してくれた。布を受け取るレイは、まだ呆然と涙を流している。



「いつまでぼーっとしてるんだい! ほら、包帯みたいに巻いとけば、ノアちゃん達を誤魔化せるだろ? 転んでぶつけたとかねぇ」


「う、うん……。ありがと、リンカちゃん」



 袖で涙を拭い、渡された布を包帯の様に頭へと巻き、リンカに礼を述べた。角が生えたからなのか、コブの時の痛みは消えていた。

 レイが頭に布を巻き終えると同時。レイの傍に控えていたムイラが何かを察し、スライムを遥かに超えた速度で家の入口へと移動した。そのムイラの様子に、二人の表情に緊張が走る。だが、ムイラの姿は緊張とは程遠く、プルプルと揺れる事無く移動する様は、まるで葉の表面を滑り落ちる水玉の様である。

 それはともかく、どうやらムイラは、主人を何者かより護る為に向かった様であった。



「ただいまぁーっ! 酷い目にあったよぉ……」


「キャンキャン、キャンキャオン! (嵐が来るって言ったのに、信じないからだ!)」


「仕方ないじゃない。魚がいっぱい獲れるんだもん。……と言うか、ベロちゃんだって、もっとって言ってたじゃないの!」


「キャン!? キャオン……(うっ!? すみません……)」



 しかし、レイの緊張は無意味に終わる。ムイラが向かった入口からは、ノアとベロちゃんの話し声が聞こえてきたからだ。レイが緊張の糸を解くと共に、話の内容も聞こえてきた。その話の内容から推察すると、ベロちゃんの忠告を聞かずにノアは魚取りに熱中していた様だ。

 入ったきたのがノアとベロちゃんという事にムイラも安心したのか、レイの元へと揺れながら戻って来た。


 リンカの家に帰って来たノアとベロちゃんの賑やかな声を聞き、レイはクスリと笑う。何だかんだで仲が良いな、と。

 しかし、レイはふと違和感を覚えた。話の内容としてはどこにも変な所は感じないし、微笑ましい内容だ。ならば、どこに違和感を感じたのか。レイは自分の体の事を忘れ、その違和感の正体を探る。



(なんだろ……。別に普通の会話よね? ノアちゃんの言葉にベロちゃんの言葉。……ん? 会話!?)



 レイが気付いた違和感の正体。それは、ノアとベロちゃんで会話が成立している事だった。

 レイはスキルのお陰で魔物の言葉を理解し、話す事が出来るが、ノアは出来なかった筈だ。それがどうだ。ノアはベロちゃんの言葉を理解し、的確な言葉を返しているではないか。

 レイは、ノアとベロちゃんがこちらの部屋に来るのを待って、その事を聞いてみようと思うのだった。



「リンカちゃん、獲れた魚はどうする?」


「あぁ。ワタイがやるから、ノアちゃんは体を拭いちまいな」



 ノアはリンカに、たくさんの魚が乗った木の皮で編んだ籠を渡した。それを受け取ったリンカは嬉しそうな顔をしながら、囲炉裏のある部屋の炊事場で血抜きや内蔵を取る等の保存処理を始めた。

 それを横目で見ながらその場で裸になったノアは、ストレージから乾いた布を取り出して急いで体を拭き、替えの下着と服を同じくストレージから出して素早く身に纏う。濡れた服や下着はしっかりと水気を搾ってから、そのまま囲炉裏の上、天井付近に張られたロープに掛けた。ベロちゃんは足元から体を震わせて、全身の水気を弾き飛ばしていた。



「あれ!? レイちゃん、どうしたの? 頭に包帯なんて巻いて……!」



 藁敷きの部屋に来るなり開口一番、ノアはそれを尋ねてきた。その言葉を聞いたレイはドキリとしたが、角の事がバレた訳でもないので少し安心すると同時に、言い訳を始めた。



「あ、えっとぉ、これは……ほら! コブが治らないって言ってたでしょ? 何だか痛みが増したから、リンカちゃんに言って薬を塗ったの。心配掛けてごめんね?」



 レイの言葉を聞いたノアは、少し心配だけどと言いながらも安心してくれた。その言葉にレイも安心する。何とか誤魔化せたな、と。

 そしてレイは、さっきのノアとベロちゃんの事を聞いてみた。ベロちゃんの言葉が分かるのか、という事を。



「それなんだけど、不思議なんだ。ベロちゃんの声を聞くと、何となくこんな事を言ってるんじゃないかなぁって感じるんだ。絆ってヤツなのかな?」



 ノアの言っている事で、レイは再び夢の出来事が頭を過ぎった。夢のドラゴンは遥か上空に居たはずなのに、言葉が聞こえていた。それも、直接頭の中に聞こえていたのだ。だとすれば、それはノアとベロちゃんの間にも起きる可能性はある。ノアの言う様に、絆が深まれば意思の疎通も可能になるのかもしれない。

 ならば、色んな魔物と召喚契約すれば意思の疎通が可能となり、争わなくても済むのではないか。僅かな希望だが、レイはそこに光を見た気がした。


 レイがその事に希望を抱き、ノアはベロちゃんの体を撫で、ムイラがプルンと一つ大きく揺れた時。外から、龍の鳴き声にも似た大きな雷鳴が轟いてきた。同時に大木が裂ける様な、メキメキメキという音も聞こえた。その音の大きさから、雷が近くに落ちたのかもしれない。二人と一体は同時にビクリとした。

 少しの間を置き、悲鳴も聞こえてきた。その悲鳴はどうやら男性の物だが、徐々にリンカの家へと近付いて来ている。次第にハッキリと聞こえる事からもそれが分かった。



「……この悲鳴って、ハイン君?」



 悲鳴をあげた者の正体は、レイの言う様にハインだった。ノアとは途中で別れ、山菜を採りに行っていたのだろう。ノアと一緒じゃなかった事でそれは理解していたが、悲鳴を上げながら戻って来るという事は、もしかしたらハインの傍に落雷したのかもしれない。



「わぁぁぁぁぁぁっ!!! あ、あ、危なかったぁ!」


「これで体を拭きなっ!」


「わぷっ! あ、ありがとう、り、リンカちゃん」



 凄い勢いでリンカの家に飛び込んだハインは、リンカから大きな布を投げられ、それを頭から被る形で受け取った。両手で持った籠には山菜が山ほど入っており、それを落とさない様にした結果、手で受け取れなかった様だ。

 一先ず山菜の入った籠を床に置き、頭から被った布で粗方の水分を拭き取るハイン。水の滴る良い男とは良く言うが、ハインもその部類にどうやら入るらしい。リンカは頬を少し赤らめながらその様子を見ている。

 少しだけハインに見蕩れたリンカだが、籠に入った山菜をそのままにしてる訳にもいかず、急いで鍋を用意して囲炉裏にセットし、そして茹で始めた。雨に濡れたままの山菜は直ぐに腐ってしまうからそれを防ぐ為と、アク抜きも兼ねてだろう。火が通った山菜は、次から次へと鮮やかな色に変わっていく。

 ちなみに、先ほど保存処理の為に血抜きをして内蔵を取った魚は、既に木の皮で作った大きなザルの上に並べられ、囲炉裏の傍に置かれている。燻製の様にするらしい。



「ひ、酷い目にあったよ。と、突然の雨に風……そ、それに、雷だもん。ち、近くの木に落ちた時は、し、死ぬかと思ったよ」


「な、何馬鹿な事を言ってるんさね! 晩ご飯には少し早いけど今から作ってやるから、そっちの部屋でレイちゃん達と待ってな!」



 リンカに追いやられる様に、ハインはレイ達の居る部屋に入って来た。その際『い、いやぁ参ったよ。……って、レイちゃん! だ、大丈夫なの!?』とレイの頭を見ながら言ってきたのだが、レイが笑顔を向けると安心したのかそれ以上は何も言ってこなかった。

 その後、三人と二体は黙ったまま何も言わず、リンカが晩ご飯を作り終わるのを待つばかりであったが、やはり春の嵐が気になるのか……三人共に外の様子を気にしていた。心做しか落雷が多い気がする。レイは自分の体も気になるが、今はその事が気になっていた。隙間だらけの壁板からは雷光が漏れ入り、雷が光る度にチカチカと部屋の中に斑模様を描いていた。


 暫くゴロゴロゴロという雷鳴を不安に思いながら聞いていたが、囲炉裏の部屋から良い匂いが漂ってくるとその不安も鳴りを潜める様だ。レイの腹の虫もその匂いに騒ぎ始めた。



「出来たぞ、晩ご飯!」



 リンカの声で、そちらへと向かう。ザーザーと屋根を打つ雨音にも負けないリンカの声量は、さすがオークといった所か。

 それはともかく、少し早目の晩ご飯は山菜のスープと味噌を塗った川魚の串焼き、それとオークとしては定番なのか、マイアの所でも出てきた木の実で作ったパンであった。

 リンカはそれぞれの器にスープをよそり、次いで魚の串焼きとパンを渡してくれた。ベロちゃんには、山菜のスープに串焼きの魚を入れた物をそっと鼻先に置いていた。串は当然抜かれている。



「やっぱりリンカちゃんって、お料理上手だよね♪ あたし、リンカちゃんに習おっかな」


「あっはっはっはっ! レイちゃん、おだてても何も出やしないよ! と、所で……は、ハインはどうだい? ワタイの料理、気に入ってくれたかい?」


「え? う、うん、もちろんだよ。ぼ、僕の家は料理人が雇われてるから、こ、こういう家庭の味が凄く美味しく感じるよ」


「ほ、本当かい!? たくさんあるから、たんとお食べ♪」



 レイから話し掛けたリンカとの会話は、途中からハインとリンカの会話へと変わってしまった。少し寂しく感じるレイだが、リンカの表情でそれを察する。何だか良い雰囲気だ。

 レイから見てもハインはイケメン。初めの印象はオドオドして頼りなさそうなイメージだったが、今ではそのイメージも払拭され、好青年といったイメージに刷新された。レイから見ても好青年という事は、人間に近いオークのリンカが見ても好青年。つまり、リンカはハインに惚れたのだとレイは直感した。

 だとするならば、自分に出来る事は二人の応援。オークと人間の友好にも役立つはずと、二人を見ながら小さくガッツポーズをするレイであった。



「ねぇ、みんな。雨は止んだみたいだけど、それにしては何だかちょっと騒がしくない?」


「キャンキャン。キャンキャオン? (当たり前だろ。人間に攻撃されてるんだぞ?)」



 リンカとハインが良い雰囲気となり、そのまま晩ご飯も終わろうかという頃、ノアは外を気にしながら全員に向けてそう言った。そして、ノアの言葉に真っ先に答えるベロちゃん。ベロちゃんの言葉はレイも当然理解出来るのだが、その内容はレイの予想だにしないものだった。



「ちょ、ちょっと待って!? 今、なんて言ったの、ベロちゃん!?」



 レイの突然の大声に、良い雰囲気だったリンカとハインは現実に戻され、ノアとベロちゃんもビクリと驚く。ムイラだけは静かにしている。



「キャンキャン! キャウキャインキャオン……! キャオンキャンキャン! (ビックリしたぁ! 驚かすんじゃねぇよ……! 人間に襲撃されてるって言ったんだよ!)」


「嘘でしょ!?」


「ねぇねぇ、レイちゃん。ベロちゃん、何て言ってるの? 長い言葉は私にはまだ分かんないんだよね」



 ノアを含め、レイの説明を待つ一同。しかしレイは、何て言おうか悩む。せっかく仲良くなり始めた矢先なのに、このタイミングで人間が隠れ里を襲撃するなんて最悪の出来事だからだ。

 だが、このままには出来ない。いや、出来るわけがなかった。



「ベロちゃんが言うには……人間がこの里を襲ってるみたい」


「何だって……!? それは本当かい、レイちゃん!? こうしちゃいらんないよ! ワタイは出るけど、ハイン達はここに隠れてなっ!」


「あ、リンカちゃん!?」



 レイの話を聞き、リンカは壁に立て掛けてあった自らの得物である大斧グレートアックスを手に持ち、そのまま家から飛び出して行った。



「ど、どうするの……?」


「どうするって、ハインが決めてよ! 私たちのリーダーなんだから!」



 リンカが出て行った後、オドオドとするハインに苛立つノア。ベロちゃんは何かを言いたそうにしているが、レイの様子を窺い、尻尾を丸めてその場に伏せた。

 そのレイは、怒りや悲しみ、そして不安などの感情が綯い交ぜとなった複雑な表情を浮かべていた。



(何で……? どうしてこのタイミングで襲撃してくるのよ!? 少しづつだけど、やっと仲良くなり始めたのに……! 止めなきゃ。相手は人間なんだから、話せばきっと分かってくれるはず!)



 襲撃してきた人間に憤りを感じつつも、レイは決断した。このままだと、今までと何も変わらない。ならば、どうするか。だったら、自分が止めれば良い、と。



「ノアちゃんとハイン君はここに居て! あたし、誰かは分からないけど、その人間に襲うのはやめてって言ってくる!」


「ちょっと、レイちゃん!?」


「ま、待ってよ、レイちゃん……! ぼ、僕達も……!」


「あたしがオークと仲良くしようって言い出したんだから、あたしに任せて! 責任はあたしが取るから!」



 言うが早いか、レイもリンカの後を追って家を飛び出した。そのレイの後をムイラも、スライムには有るまじき速度で追う。

 その場に残こされたノアとハインは、レイの後を追う事も出来ず……その場で力なく項垂れるのだった。




 ☆☆☆




 ――時は少しだけ戻り、時刻はあと少しで昼になろうとしている頃。ランス草原から太古の森林へと入ってすぐの場所に、ザインとベイル班の合わせて四人は居た。



「ザインさん。オークキングを倒すって言っても、居場所は分かってるんですか?」


「……ベイル。俺を誰だと思ってるんだ?」


「……ザイン・ギード、Bランクガーディアンですけど?」


「そうだ。Bランクのザイン様だ。そのザイン様が、オークキングの居場所が分からないで進んでると思ってるのか!?」


「……はい」


「…………正解だ」


「…………」



 ザインは当初、一人でオークキングを探しに行くつもりだったのだが、途中で出会ったベイルに連れて行ってくれと言われ、そして行動を共にしていた。しかし、そこで誤算が生じた。

 ザイン一人ならば、例え太古の森林がどれだけ広かろうが、直ぐにオークキングを見つけられただろう。そこにベイルだけが加わっても同じだ。だが、学園生徒……それも入園したての一年生を計算に入れていなかった。当然、移動速度も遅くなる。ザイン一人だったのならば、既にオークキングを見付けていた筈であった。



「うわぁ、降ってきたよ。風も強いし、空はどんよりしてるから怪しいとは思ってたけど」



 ザインの心に比例してるのか、降り出した雨は次第に強くなり、強風も相まって横殴りとなった。それを嫌そうに言いながらもザインは、チラチラとベイル班の一年生を見ている。



「お前達! 今回の授業はこれで終わりだ。ゴブリン等に充分注意しながら帰るように! あー、途中で他の生徒にも終了だと伝えてくれ。分かったな!」



 ザインの視線に気付いたベイルは、生徒二人にその場で解散を指示した。二人の生徒もザインの足でまといだと理解していたのか「はい!」「分かりました!」と返事を返し、ランス草原へと戻って行った。

 これにより、ザインとベイルの移動速度は遥かに増した。



「お前も思い切った事をするよな。授業を途中でやめるなんて」



 今までの倍に増した移動の最中、ザインはベイルにそう言った。対するベイルは、当然だとばかりに苦笑する。

 その後二人はオークの癒し草畑がある場所に辿り着き、そこでオークの物と思われる足跡を見付けた。



「なぁ、ベイル。どう思う?」


「そうですね。一つは間違いなくオークの足跡ですけど、残り三つは人間の物に見えますね」


「……だよなぁ」



 オークの足跡を見付けたのは良いが、他にも人間の物と思われる足跡も見付かったのだ。



「もしかしたら、生徒がさらわれたのかも……! 森には入るなよって念を押した筈なのに、まったく!」


「だとしたら、そいつ等が心配だ。急ぐぞ!」



 その人間の足跡はレイ達の物だが、当然ザインもベイルも知らない。普通に考えれば、一年生がオークに攫われたと思うだろう。レイ達は、半ば攫われたも同然の様に連れては行かれたが。

 ともあれ、レイがオークと友好を築こうとしている事を知らないザインとベイルは、雨で足跡が完全に消えてしまう前に足跡を辿り始めた。



「くそっ! 足跡が消えてやがる! 誰かは分からんが、無事でいてくれ……!」


「落ち着けベイル。……見付けたぞ」



 足跡が消えた事に苛立つベイルだが、ザインの言葉に驚いた。だが、慌てて周りを見回しても何も見えず、見付からず、ベイルはザインに再び視線を戻した。

 そのベイルの視線に一つ頷いたザインは、着いて来いとばかりに移動を再開。その確かな足取りは、何かを見付けなければ出来ないものだった。



「こんな所に巣を作ってやがったか。雨も止んだし、まとめて駆除するか」



 ザインが何かを見付けて移動を再開してから僅か三十分。二人はそこに辿り着いた。レイ達が滞在するオークの隠れ里へと。

 そして、門番オークの索敵範囲に入らないギリギリの所で、そう呟くザイン。しかし、ベイルはそれに待ったをかける。



「ザインさん! 生徒が居るかもしれないんですよ!?」


「分かってるって! だけどなぁ、既に殺されてるかもしれねぇんだぞ? 殺されてないにしても、早くしねぇと殺されちまう。だったら、オーク共を素早く殺して助けりゃ良い。俺がオーク共を相手してる間に、お前はその生徒を助けるなり、護るなりしろよ? 分かったなら、行くぞ! 『ライトニングボルト!』」



 ベイルにそう言うが早いか、ザインは両掌を隠れ里に向けてかざす。すると、掌からは二本の稲妻が雷鳴と共に凄まじい速度……それこそ音速を超える速度で放たれ、その内一本は瞬時にオークの門番を襲い、もう一本はオークが住むであろう一番近くの家へと直撃した。結果、門番を即死させる事に成功し、家はたちまち炎上した。その瞬時の出来事に、ベイルは唖然とした。



「はぁ〜っはっはっはぁっ!! 皆殺しだぁっ!!!」



 曇天と地上に鳴り響く稲妻は辺りを激しく照らし出し、吹きつける風が炎上した炎を激しく燃え上がらせる。木々のざわめきに炎の爆ぜる音。それは、これから始まるであろう殺戮ショーを楽しみにする人間の嘲笑や拍手の様にも感じられた。


 ザインによるオークの隠れ里の蹂躙が始まった――。

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