第12話 オークの里長

 

 オークの里長の家……一際立派な事から屋敷と呼んでも良いだろう。その屋敷へと、腰に繋がれたロープをリンカに引かれて向かう途中、レイはオークの隠れ里を……いや、村の様子を観察する。


 里長の屋敷の周りに建つ家々は二十軒程あるが、その家々に扉の類は無く、唯一仕切りとしての布がカーテンの様に掛かっているだけだった。

 そのまま建物の外観に目を移すと、建物自体は森の大木を切り出して造られているみたいだが、それも良く見ると雑な造りとなっている。壁は一応板張りになってはいるのだが、隙間だらけであり、ある程度の雨風は防げるだろうが、あれでは多少は濡れるだろうし、すきま風も入ってくるだろう。レイは、壊れかけの古民家を連想した。


 そう思いながらその家を見ていたら、家の入口からオークの子供と母親が笑顔で出て来た。手に鉈を持っている事から、二人で薪でも割るのかもしれない。

 その親子の仲睦まじい様子にレイは微笑ましいものを感じていたら、リンカが声を掛けてきた。それも……悲しそうに。



「アンタが見てるあの家はねぇ、親父さんが死んじまったんだよ。人間に殺されてね。今はだいぶ落ち着いたけど、その時は見てらんなかったよ……」


「――っ!?」


「向こうの家を見てみな。あそこはつい何日か前に母親が殺されちまった。そのせいで、二人いる内の下の子供は寝込んじまってる。それで旦那は仇を討つって言い張ってるけど、逆に狩られてお終いさ。噂の赤髪に殺されたって聞いたからね」



 リンカに言われるまま、そちらへと視線を向けると、父親オークに泣き縋る子供オークが居た。父親の手には巨大な戦闘斧バトルアックスが握られている。リンカの言う通り、仇討ちへと向かおうとする父親を上の子供が止めているのだろう。心が痛む光景だ。



「赤髪……」


(赤い髪って言ったらパパが思い浮かぶけど……まさか、ね……。でもあの時、今日狩ってきたオークって言ってた……)



 心が痛む光景を見ながら、レイはリンカの言っていた”赤髪”について考えた。赤髪と聞いて真っ先に頭に浮かぶのは、レイの父親アデルの事だ。アデルの髪の色は、燃える様な赤い色。だとすれば、オークに赤髪と呼ばれていてもおかしくはない。

 その事に思い至り、レイは沈痛な面持ちとなる。信じたくはないが、あの親子の母親を殺してしまったのはアデルとしか思えなかった。レイの瞳に涙が浮かぶ。



「ワタイも一度だけ見た事があるんだけど、アイツは悪魔さね。笑いながら同胞を殺してたよ……! その光景を見て、ワタイは体の芯から震えちまって……息をする事も出来なかった。ま、そのお陰で叫ばなかったんだから命拾いしたねぇ。もしも少しでも声を出してたら……考えたくもないけど、ワタイも殺られて、喰われてただろうねぇ」



 赤髪……恐らくアデルの事を、リンカは更に話してきた。リンカはその光景を思い出しているのか、その体は小刻みに震えている。



「ご、ごめんなさい……」


「どうしてアンタが謝るんだい? 髪の色だって違うってのに……? ほら、着いたから入りな!」



 それまでの雰囲気を感じさせず、リンカはそう言った。レイがもしも、赤髪アデルの子供だとバレたら命の保証は無かっただろう。透き通る程の銀髪が幸いした。

 ともあれ、リンカにロープで引かれるまま里長の屋敷へと入るレイ達三人。ベロちゃんとムイラの二体は入口の所で、護衛なのか執事なのか分からないが、静かな物腰のオークに止められた。

 その際『キャンキャン!? キャォォォーン!! (ご主人!? ごしゅじーん!!)』とベロちゃんが泣き叫んでいたが、可愛い子犬が愛想を振りまいてる様にしか見えないので、そっとしておいた。

 ムイラはと言うと、こちらも何を考えているのか分からないが、プルプルプルンと揺れていた。


 里長の屋敷は他の建物と違い、しっかりとした造りになっていた。何よりも先ず、扉がある事に驚く。それも凄く立派で巨大な扉だ。身長が3mあっても屈まずに入れる程の扉に、村の入口に居た門番オークの大きさを思い出す。このくらい大きくないと、やはりオークにとっては不便なのだろう。

 扉の大きさに愕然としながら、奥へと進む。屋敷の通路も広いのだが、それよりも壁に掛けられた数々の武器に目を奪われる。武器と言っても、ほとんどは大斧グレートアックス戦闘斧バトルアックスばかりだ。



「壁に掛けられてる斧は、長の使い古した斧さね。よく見てご覧? どれもこれも、柄にヒビが入っていたり、刃がこぼれてたりしてるだろ? 長は、この里一番の猛者だからね! この斧達は、多くのオークを救った証なんだよ」


「長はオークの英雄なんですね……」


「アデル様みたいだね、レイちゃん♪」



 レイの言葉にノアが反応したが、レイは心臓が跳ねる思いをした。レイの中で赤髪とアデルは既に同一人物。それを知ってるとなると、オーク達に尋問され……やがて、殺されてしまうだろう。

 しかし、レイの心配は杞憂に終わる。どうやら長の部屋に着いた様だ。リンカは姿勢を正して、部屋の入口で長へと声を掛ける。



「長! リンカ、戻って来ました!」


「おう、ご苦労! 畑は荒らされてなかったか?」


「それが……荒らされそうになってまして」


「何だとぉ!? もちろん、殺したんだろうなぁ?」



 部屋の中から聞こえてきたのが長の声なのだろう。低いが良く響き、迫力のある声だ。屋敷の中に居るのに、オークの村中に聞こえてそうだ。聞こえてくる言葉は物騒そのものだが。

 その声の主……オーク達の長の姿をレイは確認しようとするのだが、リンカの背中が邪魔して見えない。物騒な言葉で、レイの緊張は高まる一方だ。



「縛り上げて連れて来ました! ……だけど、人間なのに戦う意思は無いって言ってまして……。それで連れてきたって訳です」


「……まさか、スパイじゃねぇだろうなぁ?」


「長の判断に任せます! ほら、入りな!」



 その言葉と同時、リンカにロープを引かれて一緒に長の部屋へとレイ達三人は入った。



「お、オークキング……!」


「ハイン君、知ってるの!?」


「れ、レイちゃん……私、チビった……」



 レイ達三人の前に居たのは、身の丈3mはありそうな筋骨隆々の赤黒い肌のオーク。普通のオークとは違い、ぽっちゃりはしていない。髪の色は見事な黒髪で、下顎から生えている牙も他のオークよりも長くて立派だ。そして、他のオークと一線を画すのは額から生えた一本の短い角だろう。その角も相まって、まるで鬼の形相だ。つまり、オーク達の長とはオークキング。オークの上位種であったのだ。

 オークキングの強さは、ガーディアンランクのCランクに匹敵する強さである。Dランク以下の下位ランクのガーディアンであれば、その存在を確認した時点で本部へと戻って報告、その後Cランクのガーディアン数名と共に即刻討伐するべき魔物である。

 もしもガーディアンが居ない地域ならば、冒険者ギルドが緊急クエスト……つまり、数十人規模のレイドクエストが発令される魔物だ。

 それがレイ達の目の前に居たのだ。レイはともかく……ハインが驚き、ノアが失禁するのも頷けるものだ。



「おめぇらか……? ワシらの畑を荒らそうとしやがったのは!」


「あ、う、そ、その……」


「ひっ……!?」


「ごめんなさい! あなた達の畑だって知らなかったから……! あたし達に悪気はないんです! 本当に、ごめんなさい!」



 重低音の恫喝に萎縮してしまったハインに代わり、レイは誠心誠意に謝罪する。ハインは口をパクパクと開閉しているし、ノアに至っては……完全に失禁してしまっている。足元には水溜まりが出来ており、その体は恐怖で震え、フルプレートメイルがガチャガチャと鳴っている。その様子を見ているリンカは、長の前では当然だという表情だ。



「人間には恨みしかねぇが、謝罪は受け入れてやる。しかしおめぇ……ワシの事が恐ろしくはねぇのか? おめぇらくらいなら、容易く始末できるんだぞ?」


「確かに怖いですけど……話し合う為に連れて来られたなら、あたし達の話を聞くという事です! それに、あたし達に戦う意思はありません!」



 殺気を込めた長の視線を真っ向から受け止めるレイ。ここで怖気づいてしまえば、恐らく命はないだろう。本能的にそれを悟ったレイは、さすがアデルの娘といった所か。

 そのレイの毅然とした態度と言葉に、長の表情は一変した。


「おめぇ……小娘のくせに肝が座ってるなぁ! ガッハッハッハッハ!! 人間にしちゃあ良い度胸だ。気に入った! 何をしに森に入ったかは分からねぇが、里の中は自由にして良い。……但し! ワシを含め、人間に恨みを持ってる奴らばっかりだぁ。ちょっとでもおかしな真似しやがるんなら……命の保証はねぇ。分かったな!」


「はい、ありがとうございます! ほら、ノアちゃんとハイン君も!」


「はひっ! 私は大人しくするので食べるならハインにして下さいっ!」


「の、ノアちゃん!? ぼ、僕も変な真似はし、しません!」



 長はレイを認め、ついでとばかりにノアとハインも認めた。ノアの言葉にハインは驚くが、そのノアの言葉は長に認められた事による安堵から来るものだろう。ノアの表情は引き攣りながらだが、笑っている。



「ガッハッハッハッハッハッ!! リンカ、お前が責任もって世話してやりな!」


「はい、長っ! それじゃ、アンタら。ワタイの家に連れてってやるから、大人しくするんだぞ? ……っと、その前にロープを解いてやる」



 腰のロープを解き、次に後ろ手に縛られたロープを解くリンカ。解かれた手首には、軽くロープの跡がついている。

 軽く手首を動かし、異常は無いかを確認した後、レイは長に名前を聞いた。



「あたしの名前は、レイ・シーンです。鎧を着てるのがノア・モースちゃんで、灰色のローブを着てるのがハイン・スピナです。それで……長の名前も教えて下さい!」



 名前を聞くのならば、先ずは名乗るのが礼儀というものだ。その事に長も頷いている。



「ガッハッハッハッハ! レイ……だな。レイは戦士としての礼儀を分かってるじゃねぇか! ワシも戦士として、その礼儀には応えよう。ワシの名はブルズ。『ブルズ・ボア』がワシの名だ!」


「ブルズさん……。ありがとうございます、ブルズさん! 少しの間ですが、お世話になります!」



 勢い良く頭を下げるレイに、口角を上げるブルズ。

 最初は物騒な言葉に怖気づいたレイであったが、話し合う事で気に入ってもらえた。だとすれば、オークと人間とでしっかり話し合う事が出来れば争わなくて済むのではないかと、レイはそう考える。先ずは分かり合う事が必要だ。それならば、自分達から始めよう。密かにそう決意するレイだった。




 ☆☆☆




 王都スピア、ガーディアン本部。


 ガーディアン本部は、王城グングニルの一角に設けられている。そこでは日夜、魔物に対する協議と対策が練られているのだが、今日は少しだけ様子が違った。円形テーブルには数人のガーディアンが着いており、入口付近では、テーブルに着いているガーディアンの顔色を伺う様に一人の男が立っている。



「ザイン。本当にやるつもりか?」


「もちろんっすよ、アデルさん!」



 ザインと呼ばれる男に問い掛けるのは、アデル。レイの父親のアデルは、ガーディアン学園の園長を務めているが、ガーディアン本部の中枢を担う一人でもある。ガーディアン本部の参謀ルシアス・スピナと共に、全ガーディアンのトップに君臨する英雄である。

 そんなアデルに、自信たっぷりにザインは応える。



「いい加減、キングは討伐した方がいいっす。アイツが居座ってるからオークを定期的に狩れないんすよ。せっかくの美味い肉なんすから、もっと流通した方が良いっす」


「うーん。確かにザインはBランクだし、キングくらいなら楽勝だろうけど……。お前はやり過ぎるからなぁ」


「アデル。ザインだってそれくらいの分別はあるだろう」



 渋るアデルにそう言ったのは参謀のルシアス・スピナ。ハインの父親でもある。魔法使いとしては、世界で五本の指に入る実力者だ。そのルシアスの言葉で、ザインは軽くガッツポーズをしている。



「アデルさん、参謀のルシアスさんもそう言ってるんすから、大丈夫っすよ!」


「うーん……。しょうがないなぁ。分かった、許可しよう。但し! キングだけだぞ? お前はすぐ調子に乗って、他のオークまで殺しちゃうからな。いくら繁殖力の強いオークでも、狩りすぎると暫くは増えないからな」


「分かってるっす! そんじゃ、安定したオーク肉の流通の為に、そして誰でも安全にオークを狩れるようになる為に、行ってくるっす!」



 ザインは本当に分かっているのか、軽い返事をしながら対策室から出ていった。その様子をアデルはため息混じりに見送り、ルシアスはそんなアデルを苦笑しながら見ていた。



「さーて。アデルさんとルシアスさんの許可も取ったし、いっちょ派手にやってやるぜ! 待ってろよ、キング! あの頃のオレとは違うって事、思い知らせてやる……!」



 ザインはガーディアン本部がある王城グングニルから出た後、闘志をたぎらせながら呟いた。水路脇の花壇で春を満喫していた小鳥達は一斉に羽ばたき、聖樹ユグドラシルの枝へと飛んで行く。本能的に悟ったのだろう。ザインが危険な男であると。満開の花を長持ちさせる少し冷たい春の風も、今のザインの熱を冷ます事は無かった。


 先程まで晴れ渡っていた空にはいつの間にか雲が張り出しており、その空模様は春の嵐を人々に予感させるものだった。




 ☆☆☆




「汚い所だけど、入りな!」


「お邪魔します……」



 里長ブルズの屋敷から少しだけ奥に歩き、リンカの家へと到着した。

 他のオークから比べれば女性という事もあって体の小さいリンカらしく、それは小さな家だった。家の周りには花壇も造られており、その花壇では小さいけど可憐な野の花が咲き誇っている。

 リンカに誘われるまま家の中に入ろうと入口に視線を向ければ、入口を仕切るカーテン状の布も女性らしく明るい薄黄色である。



「キャンキャン!? (俺様も入っていいのか!?)」


「……外で待っててもいいよ?」


「キャン! (やだ!)」



 ベロちゃん共々リンカの家へと入るレイ達。ちなみにだが、ブルズの屋敷から出てきた時のベロちゃんの様子は、尋常ではない程に喜んでいた。尻尾は千切れるんじゃないかという程に振られており、目には涙、鼻水に涎まで垂らしていた。ムイラは一回だけプルンと揺れていた。


 それはともかく、リンカの家の中も女性らしく綺麗なものだった。家の造りはシンプルに二部屋なのだが、入口から入って直ぐの居間には花瓶を置く台とテーブル、それと食器棚が置いてあり、食器棚には木製の食器やスプーンなどが入っていた。どうやってそれらを揃えたのかをリンカに聞いた所、それらは全て手作りだと説明があった。


 改めて居間を見ると、自作の花瓶には癒し草が活けられていて居間に女性らしさを演出しているが、床に目を移すと白い狼の毛皮が敷かれており、演出した女性らしさが損なわれている。しかし、暖を取る為の実用性を考えれば仕方ないだろう。それと居間の中央には囲炉裏があり、そこで暖を取りつつ調理なども行うとの事だった。

 奥にあるもう一部屋は寝室に使っているとの事だが、部屋一面に藁が敷き詰められている事から、藁の上で寝るのがオーク流なのだろう。


 ともあれ、リンカの家へと入ったレイは、リンカにもてなされながら滞在中の事について考え始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る