第10話 ムイラの召喚
「痛っ! ……もう! 何でぶつけたかなぁ、あたし……」
草木も眠る真夜中。レイは、側頭部の痛みで目を覚ました。ランス草原で、しかも人生で初めてとなる野営。その一人用テントの中でレイは独り言ちる。テントの中には枕等の寝具は当然無い。肌掛け一枚くらいだ。寝返りを打てば、コブの様なものが出来ている側頭部が地面に接触して痛みを覚える。
「……はぁ。起きたついでに用足しに行こ……」
もぞもぞと起き上がり、一人用テントから外へと出る。そこには辛うじてまだ燃えている焚火と、その傍で健気にも見張りを続けるベロちゃんの姿があった。見張りをしていると言っても、前足に頭を乗せた伏せの体勢で目をつぶっているので起きているかは微妙だが、レイがテントから外に出る時の衣擦れの音で耳が動いた事から起きてはいるのだろう。
「ベロちゃん、ご苦労さま。変わりはない?」
「クゥーン。キャオン! (大丈夫だ。異常無し!)」
「そう、良かった。あたし、ちょっと用足しに行ってくるから」
ベロちゃんにその事を告げ、野営地から少しだけ離れた草むらの中へと入っていく。風は止んだからそれ程寒くはないが、春とはいえ夜は冷える。用を済まして下着とパンツを履きながらぶるっと震え、ふと夜空を見上げた。夜空には満天の星空が広がり、下弦の月の月明かりが優しく地上に降り注ぐ。明日も良い天気に恵まれそうだと感じながらテントへと戻って来た。
その際、ベロちゃんに何か話し掛けようかと考えたが、何も思い付かなかったので、そのままテントに入って再び眠った。
☆☆☆
――「魔法も成功っと! 次はこれも試さないとね……! 『ロードとして我が命ずる。顕現せよ、※※※※!』」――
テント越しだが朝日の優しい光を感じ、眠気に目を擦りながら目を覚ます。消し忘れていたランプの明かりを消し、テントの外へと出て行く。
ノアもハインもまだ目覚めてはいないのか、完全に消火した焚火の傍にはベロちゃんの姿しか無かった。朝食の為に焚火が残っていれば良かったのだが、消えてしまっている。
「変な夢見ちゃったなぁ……。あたし、男の人だったし。……でも、何だかしっくりきてたような? ま、いっかぁ」
レイが見た夢。それはレイが魔王の姿で地形を変化させる程の魔法を放ち、更には巨大な漆黒のドラゴンを召喚する夢だった。自分はか弱い女の子。夢で見た魔王は男の姿なのだから、きっとそういう事に憧れているという事だろう。……女の子が見る夢としてはどうかと思うが。
ともあれ、レイはストレージから水筒(飲水用ではない)を取り出し、その水で布を濡らして顔を拭く。
「あ、レイちゃん、おはよう♪」
「おはよう、ノアちゃん♪ ハイン君はまだかな?」
「キャンキャン、キャンキャオン♪ (見張りは完璧、褒めても良いんだぜ♪)」
「ベロちゃんもおはよう♪ 見張り、ご苦労さま! さっそく焚火に火を点けて?」
「キャンキャン! キャオォォォーン! (了解! フレイムブレス!)」
起きてきたノアと挨拶を交わし、その後のノアとベロちゃんのやり取りを不思議な表情で見つめるレイ。一見すると会話が成立している様に見えるが、魔物であるベロちゃんの言葉を理解出来るのはレイだけだ。ノアはベロちゃんの言葉を理解してないのにも関わらず、まるで理解しているかの様に受け答えしている。信頼で繋がってるのだろうか、と妙に納得したレイは、ふとムイラを召喚してみようかと思う。
(ノアちゃんとベロちゃんを見てると、あたしとムイラもあんな風になれるかな?)
「召喚してみよっと♪ 『ロードとして我が命ずる。顕現せよムイラ!』」
左手の掌を地面へと向け、呪文を唱える。レイの左手からは淡い光が地面へと伸び、幾何学模様の魔法陣を形成する。
「ちょ、ちょ、ちょっと、レイちゃん!?」
ノアがレイの行動に驚き声を掛けてきたが、気にせず召喚に集中する。途中で気を抜くと、失敗するかもしれないからだ。何せ、初めての召喚なのだから。
「(召喚に応じ、馳せ参じました、ロード)」
魔法陣の中心から光の粒子が溢れ出し、それが一つの形を成す。まるで丸い水玉のスライム、『ムイラ』が無事に召喚され、レイに答えた。送還されて回復したのか、ムイラの体は元の大きさに戻っていた。
すると、そのタイミングで例の声が頭の中に響く。
――初メテノ召喚ヲ確認シマシタ。スキル『ダークスラッシュ』ヲ解放シマシタ――
(えっ!? また……っ!? いったい、何なのよ、あたし……!)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
レイ・シーン(女性)十五歳
種族:【人魔】
称号:【ロード】
HP:2262+666→2928
MP:2262+666→2928
力:222+66→288
知:222+66→288
魔:222+66→288
防:222+66→288
運:1
スキル:コードNo.1『フレイムソード』
スキル:コードNo.2『ブレイズソード』
スキル:コードNo.6『フォース』
スキル:コードNo.12『
・『フレイムボール』
・『ソイルバインド』
・『ウォーターボール』
・『ウィンドナイフ』
スキル:コードNo.108『オートヒール』
スキル:コードNo.666『モンス・トーク』
スキル:コードNo.6666『ダークフレイム』
スキル:コードNo.999『ダークスラッシュ』new
スキル:コードNo.66『召喚』
⚫ドラゴン
⚫スライムLv.1→Lv.2
〇
〇
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
頭の中にステータスが開かれ、ステータス値の上昇と新しいスキル、それとムイラのレベルが上がっている事を確認した。
(……ムイラのレベル? レベルって何か分からないけど、何か変わるのかな?)
ムイラに変化があるのかと疑問に思っていたら、起きた……変化が。まるで水玉という様に透明だったムイラの体が、薄黒く変化したのだ。中心から体表に向かって、黒から透明にグラデーションしている。まるで、ダークスライムだ。……その様なスライムが居るかは定かではないが。
ともあれ、無事に召喚出来たのだ。その事に取り敢えずはホッと胸を撫で下ろした。そのレイの心配を知ってか知らずか、ムイラはプルプルと揺れている。
補足となるが……魔物の召喚にはMPを消費するのだが、それは魔物によって違う。ムイラはスライムの為に消費MPは10程だ。
ちなみにだが、必要MPが足りないと完全体で召喚出来ない。ケルベロスのベロちゃんが良い例だ。ケルベロスを召喚するのに使用するMPは本来は100なのだが、ノアの最大MPが43という事でケルベロスを召喚するのに使用したMPは40。その為に完全体ではなく、幼い子犬の姿、しかも首も一つしかないのだ。
しかしどんな魔物を召喚しようとも、一度召喚してしまえば召喚者が送還するまではMP消費も無い。だが、街では当然人間がいる為、送還しないと罰せられるし、契約した魔物も討伐されてしまう。
それともう一つ。召喚された魔物は召喚者のステータス補正を受ける。召喚者が強ければ、それだけ召喚された魔物も強くなるのだ。それに加え、魔物は独自に経験を重ねて強くなる。よって、召喚契約された魔物は野良の魔物とは一線を画す存在となる。
「れ、レイちゃん、おはよう♪ ……な、何でレイちゃんも召喚してるの!?」
「ハイン君もおはよう♪ ノアちゃんとベロちゃんの関係を見てたら、何か良い感じだなぁって思って……つい」
「えへへー♪ じゃなくって、召喚したのはいいけど、何で私と呪文が違うの!?」
「クゥーン。キャンキャン、キャオンキャオォォォーン! (ご主人。呪文が違うのは、レイが俺様達の
ムイラを召喚し終えた所で、ハインが起きて来た。ハインは召喚の事を尋ねてきたが、少し羨ましそうでもある。
それはともかく、ノアが呪文が違うと言った事に対し、ベロちゃんがロードという言葉を口にした。しかも、俺様達のロード、と。そう言えば、ムイラも召喚された時に自分の事をロードと呼んでいた事に気付く。それと、召喚時の呪文でもロードと言っていたな、と。……という事は、きっとご主人とかの意味だろうな、とレイは何となく思った。それよりも、ノアに答えないといけない。
「ノアちゃんの質問だけど、たぶん人によって違うんじゃない? あたしはそう思う」
「そうかなぁ。……ハインに聞けば分かるかもね。で、ハイン、どうなの?」
「ぼ、僕はまだ何の魔物とも契約してないから分からないよ……。ス、スキルを念じても呪文は浮かんで来ないし。そ、それよりも、朝ご飯を食べて、しゅ、出発しよう」
呪文は謎だが、ハインの言う事はもっともだ。朝食をさっさと食べ終え出発しないと、今日中に西の森へは辿り着けない。しかも、早く辿り着かないと、実戦授業の期間である一週間を歩くだけで費やしてしまう。それだけは避けたい。
その考えに行き着き、レイ達は急いで朝食の準備に取り掛かった。
朝食は、干し肉を一欠片コップに入れて水を注ぎ、焚火の傍で温めた簡易スープと、保存の利く黒パン。黒パンはそのままでも食べられない事はないが、固いのでスープに浸して柔らかくしてからの方が食べやすい。
三人とベロちゃんはそれらを食べたが、少しだけ残ってしまった。残ったのは、スープにした事で味の抜け切ってしまった干し肉だ。
そのまま捨てるのは勿体ないし、食べても味気ない。どうしようかと悩んでいた所、ムイラから話し掛けられた。
「(ロード。要らないのでしたら、ボクに下さい)」
「えっ? ……いいの?」
「(はい、もちろんです♪ それに、ロードの排泄物もボクにはご馳走です! その際は是非!)」
残り物を無駄にしなくて喜んだが、その後の言葉に眉を
「……そ、その時はよろしくね」
「(お任せあれ♪)」
喜んでいるのか、ムイラは体を大きくプルンと揺らした。
「さ、さてと、テントを片付けて出発しよう」
ともあれ朝食を終えたので、ハインの言葉に頷くとテントを片付け始めた。組む時に苦労した分、片付けるのは早かった。テントの仕組みがその時理解出来ていたからだ。当然、一番苦労したハインも要領を得たので、レイと同じ速さで片付けた。
一方で片付けに苦労をしたのはノアだ。テントを組む時レイに手伝ってもらっていたので、そのせいだろう。それでも、二人からワンテンポ遅れただけで片付け終えた。ベロちゃんは、頑張るノアの周りでキャンキャン吠えながら応援していた。
「た、焚火の消火良し。か、片付け良し。……しゅ、出発!」
「「おーー!!」」
「キャオォォォーン! (子作りの為に頑張るぜ!)」
ベロちゃんの返事はともかく、ハインの号令に元気良く返事を返し、ベロちゃんとノアを先頭に歩き出す。空は快晴で、抜ける様な青空。春の日差しも暖かい。昨日は多少強かった風も、今朝は穏やかだ。青臭く感じていた草原の匂いも、今は何だか心地好く感じられる。歩く速度も自然と上がるというものだ。
☆☆☆
暫く歩いて、ふと気付く。そう言えばムイラはどうしたのかと。出会った時のムイラの速度を考えると、レイ達の歩く速度に付いて来られるとは到底考えられない。レイは立ち止まり、後ろを振り返った。すると、その様子に驚いたハインの顔と、その後ろにムイラの姿を確認出来た。
「ど、どうしたの、レイちゃん? と、突然振り返って……?」
「いや、ムイラってあたし達に付いて来れるのかなって確認しただけ。スライムって、意外と動くの速いんだね!」
「(ロード、それは違います。ロードと契約した事による力の上昇と、先程の召喚によるボクのレベルアップのお陰で速く移動出来る様になったんです♪)」
「ねぇ、ムイラ。そのレベルって何なの?」
ムイラは更に速度を上げ、レイの横に並ぶ。滑る様に動く様は、実にスムーズな移動に見える。その際のプルンと揺れる姿は、さながらゼリーの様でもある。
「(レベルというものは、ボク達魔物だけに備わったものです。主に、強さを表しますね)」
「なるほど! 確かに1よりは2の方がイメージ的に強そうだもんね♪」
「れ、レイちゃん、何の話をしてるのかな? ぼ、僕にも教えてよ」
ムイラがレイの横に並んだ事で最後尾となったハインが、話に取り残された寂しさからそう聞いてきた。なのでレイは、今のムイラとの話を簡単に説明する。すると、先頭を歩きながら話を聞いていたノアも話に参加してきた。
「じゃあさ、ベロちゃんもレベルがあるの?」
「キャンキャン。キャオォォォーン! (聞いて驚け。俺様のレベルは111だ!)」
ノアのレイへの問い掛けに、ベロちゃんは自慢気に答えている。だが、レイにはいまいちピンと来ない。それもその筈。レベルというものが何なのかを、たった今知ったばかりなのだから。
ともあれ、ベロちゃんのレベルをノアに教えると、ノアは凄く喜び……レイに、ムイラよりもベロちゃんの方が凄いと何度も言ってきた。
結局話に取り残されたハインは、必ず僕も魔物と契約してやるぞ、と決意を新たにする。
そんな話で盛り上がりながら歩き、気付けばいつの間にか太陽は中天に差し掛かっていた。つまり、昼時になる。
昨日とは打って変わって、ここまで魔物に遭遇する事も無く順調に進んでいる。目指す西の森も、随分と大きく見える事からもその事が分かる。それだけ歩いたとなると減るのは体力だけではなく、当然腹も減る。レイのお腹からはクゥーという可愛らしい音が聞こえていた。
「ねぇ、ハイン。レイちゃん、お腹減ったみたいよ?」
「ちょ、ちょっとノアちゃん!? ……確かにそうだけど」
「そ、そうだね。きゅ、休憩しながら、お昼にしようか」
ノアの提案に乗るハイン。そのハインの言葉を聞き、みんなで周りの草を座る範囲だけ刈り取り始める。刈り取った草は、ムイラがプルンとした体表から素早く吸収していた。
座る場所が出来た所でストレージから敷き布を取り出し、そこに広げた。それぞれが思い思いに座り、ベロちゃんはノアの傍、ムイラはレイの傍に陣取る。それを見たハインは、少し寂しそうだ。
「ベロちゃんにはこれね」
ノアは、ストレージから出した自分の干し肉をベロちゃんに与えた。そのノアのお昼は、昨夜の残りの豚の串焼きを食べていた。レイもそれを見て串焼きを残した事を思い出し、ストレージから串焼きを取り出して食べる。
串焼きを残さずに食べたハインは、黒パンを取り出して食べ始めたが、固いので水筒の水と一緒に流し込むようにしていた。
お昼を食べ終わった所で片付けの最中、レイは生理現象を感じる。そう言えば、夜中に行ったっきりだった事を思い出す。その事を意識し出すと、無性に行きたくもなってくる。
「ちょ、ちょっと、
「(ロード、それならボクも是非ご一緒に♪)」
ノアとハインにそう告げ、
「(ロード。その状態のまま、ボクの上に座って下さい。全てボクが吸収しますから)」
「つ、着いて来たのは、そういう事だったのね……! じゃ、じゃあ失礼して……。ひゃっ!?」
下半身を露出したままムイラの上に座ると、モチっとした吸着感とプルンとした弾力があり、そして少し冷たかった。その状態のまま用を足すのはやはり抵抗があったが、既に限界近くになっていたので力を抜いて出し始めた。すると、股間を中心にじわぁっと温かくなり、もしかしたら全体的に濡れてしまったんじゃないかと不安になるが、途中で止める事も出来ず……全てを出し終えた。
出し終えた所で急いで立ち上がり、濡れてないかを手で触って確認した所、全く濡れてはいなかった事に胸を撫で下ろす。それどころか、
「ねぇ、ムイラ。全く濡れてないんだけど、どうして?」
「(その
「……そ、そう、良かったね……」
謎は解けたし、スッキリもした。拭かなくても良いので楽でもある。それに……ムイラが喜んでるのだから、まぁいいかとレイは自分の心に言い聞かせた。
「お待たせ! さ、行こっか!」
ノア達の所に戻り、素早く片付けた後に出発。片付けと言っても、残りはレイの座っていた敷き布だけだったのでそれをストレージに仕舞うだけだが。
ともあれ、休憩をした事で体も軽く感じ、足取りも軽やかに歩く。時おり現れる蝶々達を見つけては目で追いながら楽しみ、鳥の鳴き声が聞こえれば耳を澄ます。たまに、こんな所にも蛙が居るのかと思うが、その蛙を踏んで感触の悪さに悲鳴を上げたりしながら、夕暮れを迎える頃、ようやく西の森へと到着した。
一見すると、森の中は既に暗闇。巣に帰ってきた鳥達の声に紛れて、狼や野犬の遠吠えも聞こえる。このまま先に進むのは、当然危険が伴うだろう。その事を考え、相談した結果……森の入口にて野営をする事にした。
テントを組み立てながら森の奥に意識を向けると、風音と共に聞こえる木々のざわめきやホーホーと聞こえる
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