第9話 ゴブリンとの遭遇
ベロちゃんが吐いた炎が炸裂し、数体の魔物を周りの草ごと炎で包み込む。そのタイミングを見計らいながら、ハインの初級魔法『ウィンドナイフ』が更に追い討ちを掛けた。
「い、今だよ!」
「分かってる! はぁぁぁっ!!」
「キャンキャン!? (俺様の炎だけで充分だぞ!?)」
ハインの五本のウィンドナイフが縦横無尽に宙を舞いながら魔物を切り付け、トドメとばかりにレイの振った
「ギャッ……ッ! ゲギャ……ギ……ゲ……ゲ………… (ぎゃっ……っ! にん……げ……ん……め…………)」
最後の魔物が死ぬ間際、人間への恨みの篭もった言葉を吐きながら事切れる。
「こ、これで終わりみたいだね……」
「…………」
「どうしたの、レイちゃん?」
魔物達が死に、動かない事を確認した上でハインが呟くが、レイは剣を下げたまま俯いている。周りの草に燃え移った炎を、ハインは水魔法により消火しながらレイの様子を気にする。そのレイの様子を不思議に思ったノアも、レイに訊ねてきた。
レイが俯いた理由、それは……魔物の容姿にもある。
レイ達を襲ってきたのは”ゴブリン”。人型の魔物なのだが、その容姿は小さな人間そのものといった姿だった。多少
ともあれ、小さな人間みたいなゴブリンを殺してしまった。その事にレイは心を痛め、涙を流していたのだ。
頭の中には例の声が響き、ステータスが脳内で開かれてはいるが、ステータス値が上昇しているだけなのでレイは無視をした。それよりも、心が辛い。
「話し掛けて、答えてもくれたのに……襲ってきた……。『人間は害悪だ!』って……」
「レイちゃん……」
――時は少し遡る。
西の森を目指して歩き出し、暫くした後にゴブリンの集団に遭遇した。集団といっても、六体程だが。ガサガサと草を掻き分ける音と共に、ゲギョギョという声が聞こえ、直後、レイ達の前に姿を現したのだ。
レイ達はそれ程驚かなかったが、ゴブリン達は驚いた様で……即座に腰から錆びた直剣を抜き放ち、臨戦態勢を取っていた。
普通の冒険者やガーディアン達ならば有無を言わさず斬り捨てる所だが、契約したスライムの件もある。そう考えたレイは、ゴブリン達に話し掛けてみる事にした。
「ちょ、ちょっと待って! ご、ゴブリンさん……ですよね? あたし、レイって言います。少し話がしたいので、剣を下げてもらえませんか?」
「ゲギョギョガギギ、グギャゲギャギャ!? (そんな事言って、バッサリ斬るんだろ!?)」
「そんな事しないです! もしかしたら、ゴブリンさん達もスライムさんと同じで、人間を襲わないかもって思ったんです!」
両手を広げ、戦闘の意思は無いと示しながらのレイの言葉に、ゴブリン達は剣を構えたまま互いの顔を見合っている。
その様子を見たレイは、話し合いが出来るかもしれないと表情を明るくする。だが……
「ゲゲギョギョギョガギョゲ、ギャギャギャギャ! グギャーッ!! (人間は信用出来ねぇし、人間こそが俺たちにとっての魔物だ! 害悪だーっ!!)」
「――えっ!?」
……ゴブリンはそう叫んだ後、仲間と共に一斉に襲い掛かって来たのだ。錆びた直剣を振りかぶり、その凶刃はレイを斬り付けた。六体のゴブリンの攻撃はレイの肩や腕、腰等の防御の薄い所を切り裂き、それと共にレイの傷からは大量の血が飛び散った。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
「レイちゃん!? よくもレイちゃんを……っ!! ベロちゃんも攻撃して! だぁぁぁぁっ!」
「キャンキャン! キャオォォォーン! (了解! フレイムブレス!)」
「よ、よくもレイちゃんを傷付けたな……! 『ソイルバインド!』」
攻撃された衝撃と斬られた痛みで、レイはその場に大量の血を流しながら倒れる。そのレイへと、トドメとばかりに追い討ちを掛けるゴブリン達。だがその凶刃は、間一髪の所で防がれた。ハインが土魔法でゴブリン達を束縛したのだ。魔法の効果によって動きの鈍ったゴブリンへと、ノアは大剣を叩き付けた。そのタイミングに合わせ、ベロちゃんが炎を吐き出し、追撃。戦闘にまだ慣れてないせいかノアの大剣は空を切るが、ベロちゃんはさすがケルベロス。しっかりとゴブリン二体を炎に包み、焼殺した。
大剣と炎から逃れた残り四体のゴブリン達は、体に纒わり付く土を振り落とそうと必死になっている。
「レイちゃん、大丈夫!? 今すぐポーションを使うから我慢してね!」
「う、うん、ありがと……うぅっ!」
その隙に、ノアは回復処置を施そうとレイの傍に近付いた。ベロちゃんとハインは、ゴブリンが再び襲って来ない様に様子を見ながら牽制している。傷付いているレイを回復させる為、ノアはストレージ内からポーションを選択し、直ぐに手に持つ。それからポーション容器の蓋を開け、慎重にレイの傷口に掛けようとした。
「えっ!? あれ? レイちゃん……切られたよね……?」
「うん、切られた……。今も焼き付く様な痛みが……って、あれ? 痛く……ない?」
ノアはレイの傷口にポーションを掛けようとしたのだが、その傷が綺麗サッパリ無くなっていたのだ。切られた箇所の服の下には、健康そうな肌が露出している。ノアは不思議になり、レイへと尋ねたのだ。
一方のレイも、自らの体から大量の血が飛び散るのを確かに見たし、切られた時の激しい痛みも感じた。なのに、今はその痛みが全く無い。むしろ、切られた事さえも嘘では無いかと感じている。
「の、ノアちゃん! は、早くレイちゃんにポーションを……!」
「キャンキャン? クゥーン、キャオォォォーン! (ご主人? どうでもいいけど、早く指示を出してくれよ!)」
「ベロちゃん、ゴブリンが襲って来ない様にしっかり見てて! それと、ハイン。レイちゃんなら心配ないよ!」
「ごめん、みんな! あたしの自業自得だね……。ここからはあたしも戦うよ!」
ハインの言葉に、ノアはベロちゃんに指示を出しつつ、心配は要らないと答えた。何せ、傷が無いのだから心配する事も無い。
その言葉が示す様にレイは立ち上がると、
「の、ノアちゃん! ベロちゃんに炎の指示を! ぼ、僕はそれに合わせてウィンドナイフを使うから、れ、レイちゃんはトドメを!!」
「分かった! ベロちゃん、広範囲に炎を吐いて!」
「キャンキャン、キャンキャオォォォーン! (了解したけど、俺様だけで充分だぜ!)」
ベロちゃんの炎が広範囲に吐かれ、ハインのウィンドナイフが発動した――。
――現在に戻る。
ゴブリン六体を倒したのは良いが、レイは涙を袖で拭いながらゴブリンの言葉を考える。
ゴブリンにとっては、人間こそが魔物。ゴブリンは確かにそう言っていた。だとすれば、やはりスライムの時と同じではないか。人間がゴブリン達を魔物だから、言葉が通じないからという理由だけで一方的に虐殺してる事になる。もしかしたら……今まで人間に殺されてきた魔物達は、本当は人間に対して無害なのではないのか。
考えれば考える程、その事が頭の中をグルグルと巡り、心を締め付ける。
ともあれ、殺してしまったゴブリン達をそのままにしておく訳にもいかない。放っておけばスライム等がやって来て食べるかもしれないが、もしかしたら”ゴブリンゾンビ”になってしまうかもしれない。そうなってしまえば完全に自我は無くなり、無差別に人を襲う様になるのだ。
故に、その場に穴を掘り、埋葬する。その際、綺麗な水を振り撒く。本来ならば聖水を振り撒いた方が良いのだろうが、綺麗な水でも代用は出来る。王都スピアを流れる水は、聖水と称される程に綺麗な水だ。その水を水筒から振り撒いたのだ。
「ゴブリンさん。安らかな眠りを……」
「ねぇ、レイちゃん。そこまでしなくても良かったんじゃない? 襲って来たのはゴブリン達なんだからさ」
「うん、分かってる。でも、こうしてあげたくて……。じゃ、行こっか!」
六体のゴブリンを埋葬し終え、水を振り撒き祈りを捧げた。気持ちが晴れる事は無いが、幾分かはマシになったレイはノアとハインに一つ頷くと、先へ進もうと促した。
ノアとハインもそれに頷き、ノアを先頭に再び西の森を目指して歩き出した。草原を吹き抜ける春風はいつしか鳴りを
☆☆☆
それからはゴブリンやスライムとは遭遇する事も無く、初日の夕暮れ時を迎えた。空は茜色に染まり、そこかしこからは虫の音色が聞こえている。時おり、西の森へと鳥達が飛んで行く姿も確認出来る事から、恐らくそこに巣があるのだろう。それを目で追い掛けながら、今日はここまで、と野営の準備に入った。
「ベロちゃん、草を焼き払って! 燃やし過ぎない様に注意しながらね?」
「キャオーン!? キャンキャン! キャオォォォーン! (何だと!? まぁいっかぁ! フレイムブレス!)」
程良く燃やした所で、ハインの”ウォーターボール”で延焼止め及び、消火をする。テントを張る為のスペースの確保はこれで完了だ。後はそれぞれテントを張る訳だが、その様な物は当然今までにやった事が無い。ストレージから出したテントを眺め、試行錯誤しながら組み立て始めた。
「ねぇ、ハイン。どうやって組み立てるの?」
「ぼ、僕だって初めてなんだから、わ、分かんないよ……。で、でも、たぶん、杭を四本打ち込んで、そこにロープを結んで固定するんじゃないかな……?」
「ハイン君、こう?」
こういう時に頼りになるのは、やはり男であるハインだろう。だが、ハインはどちらかと言えば体力派ではなく、頭脳派だ。それも、魔法等の知識に特化している。なので、テントを設置するのは当然出来ない。……にも関わらず、ノアとレイに頼りにされているので、それを悟られること無く無難な説明をした。
「出来たぁ! これで良いんだよね、ハイン君!」
「……あ。れ、レイちゃん、上手だね……」
いち早く出来たというレイのテントを見てみると、確かに出来ている。テントから伸びるロープを四本の杭に結び、多少の風にも耐えられる状態だ。
「レイちゃん、凄い! 私のも手伝って欲しいなぁ……?」
「いいよ、任せて!」
「ぼ、僕も……」
「ハイン君は男の子だから、一人で出来るでしょ?」
「は、はい……」
ハインの輝きは一瞬で終了した。頑張れ、ハイン。負けるな、ハイン。明るい未来の為に、今を強く生きろ。
……などと、ベロちゃんに密かに応援されながら、ハインも何とかテントを張り終えた。ノアはレイに手伝ってもらった為、ハインが最後だった。
そのレイとノアの二人は、焚火の準備をしている。春になったとはいえ、夜になればまだまだ寒い。暖を取る為にも焚火は必要だ。それ以外でも焚火は重要となる。食事を作るのもそうだが、何と言っても動物避けや魔物避けが一番だろう。今いる場所はランス草原、自然が豊かな場所だ。そうであれば、魔物もそうだが、野犬等も存在する。知性の低い魔物や野犬等の動物は火を恐れる。その為の焚火なのだ。
「焚火も準備出来たし、後はご飯を食べて、寝るだけね!」
「ノアちゃん? 夜の見張りの順番も決めないと」
「そ、そうだよ、ノアちゃん。じゃ、じゃないと、寝てる間に襲われたらひとたまりもないよ」
「……ベロちゃんが居るし!」
「キャン!? (俺様が!?)」
焚火を囲み、簡単に作って食べられるという事で用意してきた豚肉を串に刺して、それを焼きながら談話する。もっぱらの話題は、やはり夜の見張りの事になるが、それはベロちゃんに任せるという事で解決した。
豚の串焼きを食べ終え、それぞれのテントに入る前……ノアは気になっていた事をレイに尋ねた。
「ねぇ、レイちゃん。昼間のアレ……何で傷が無くなってたの?」
真面目な表情のノアにその事を聞かれ、レイは少し考える。斬られた激しい痛み。それと、出血。そのまま放っておけば死んでいたかもしれない程の傷が綺麗に、しかも完全に治っていたのだ。誰だって不思議に思うし、分からなければ気味が悪い。
そこでふと、そう言えばスライムと契約した時に新しいスキルを覚えた事をレイは思い出した。なので、頭の中でスキル欄を開き、それらしき物を探したら……『オートヒール』を見つけた。更にそのオートヒールに意識を集中すると、その効果が分かった。
「……たぶん、と言うか、これしか無いかな。あたしがムイラと契約した時なんだけど、新しいスキルを覚えたんだよね。『オートヒール』って言うんだけど、その効果は……怪我をしたら、MPが切れるまで回復し続けるみたいなの」
「嘘っ!? ポーション要らずじゃない、レイちゃん!」
「お、オートヒール、だって!? き、聞いた事あるけど、即死じゃなければどんな大怪我でも回復出来るんだって……!」
ノアが現実的な事を言い、ハインは素直に驚いた。レイはハインの言葉に納得すると同時に、このスキルをノアとハインにも教えれば、この先死ぬ確率が極端に減るんじゃないかと考える。
「ねぇ、ノアちゃんにハイン君。オートヒール、教えよっか?」
「教えて教えて! ポーション要らずは、すっごくありがたいもん!」
「ぼ、僕も回復魔法は覚えてないから、す、凄く助かるよ……!」
二人はその提案を喜んでくれた。ならばという事で、早速スキルコードを二人に伝えた。
「だ、ダメ! 書き込もうとしても、容量が大き過ぎて書き込めないよ!」
「ぼ、僕もだよ!」
「えっ!?」
容量が大き過ぎるという言葉に、レイは驚く。容量なんて物があるなんて、初めてレイは知った。自分は全然平気なのに、その容量の問題で書き込めないとなると、やはり自分は変なのかとも感じてしまった。
「私の容量は今のところ、『フォース』『
ノアの言葉を聞き、人によって容量が違うという事と、強くなればその容量が増えるという事に安堵するレイ。その事を踏まえて考えると、謎の声と共にステータス値が上昇した事でレイは容量不足に陥る事なく覚えたという事だろう。
「覚えられないのは、ざ、残念だけど、明日もいっぱい歩くから、そろそろ寝ようか」
「そうだね。おやすみ、ノアちゃんにハイン君。また明日ね!」
「「おやすみ!」」
挨拶をし、その場にベロちゃんだけを残してレイ達三人はランプに火を灯してからテントへと入る。その際、『キャンキャン!? キャイーン! (俺様ホントに見張りなの!? 不貞寝してやる!)』などとベロちゃんが言っていたが、レイの鋭い視線を向けられ……『キャオォォォーン! (了解しました!)』と、震えながら尿を漏らして快く引き受けていた。
自分のテントに入ったレイは装備を外し、服や下着を脱いで裸になる。ランプの明かりに照らされた肢体は、成長過程のあどけなさと艶めかしさが同居している。
ストレージから着替えと布を取り出し、水筒の水で布を濡らした。布を濡らしたのは体を拭く為だ。首元から順に拭いていき、体を拭き終わった所で布を再び湿らせ、最後は頭……髪の毛を拭いた。
「痛っ……? ゴブリンの時にぶつけたのかな? 耳の上の所……コブになってる」
両耳の上付近……両側頭部が少しだけ膨らんでいた。触ると痛みがある事から、ゴブリンに斬られて倒れた時に地面に打ち付けたのだろうと思い至る。
「まぁ、いいや。早く寝ないとね」
新しい下着、服を身に付け、横になる。肌掛けを体に被せ目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。やはり疲れていたのだろう。初めての実戦だったのだから仕方ない。
テントの外からジー……という虫の音色と、テントの中のスースーという寝息。それらの音は、さながら子守唄か。静かに夜は更けていった。
「クゥーン……。キャン!! (酷ぇ……。くそっ!!)」
テントの外……焚火の傍からは、ベロちゃんの嘆きの鳴き声と虫の音が夜空に響いていた。
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