第8話 初めての契約
春風に草原が波打つ中、スライムにトドメを刺す為に一歩前へと出てきたノアとベロちゃん。だが、その一人と一体の攻撃からスライムを守る為に立ち塞がるのは、レイだ。そのレイの表情は、断固としてスライムを守るという決意が伺える様に険しい。
「レイちゃん!? 退いてくれないと、ベロちゃんがトドメを刺せないじゃない!」
「キャンキャン! キャゥゥーン! (そうだそうだ! 俺様の見せ場なんだぞ!)」
「何が見せ場なのよ!? そんなのどうだっていいから、ベロちゃんは黙ってて!」
「――えっ!? レイちゃん、ベロちゃんの言葉が分かるの……!?」
スライムの前に立ち塞がるレイへと、ノアとベロちゃんが詰寄る。だがレイは、ベロちゃんの言葉を理解してるかの様にベロちゃんへと答えた。その事にノアは驚く。自分は見せ場という言葉は使ってはいない。それにも関わらず、レイは見せ場じゃない、と言ったからだ。しかも、ベロちゃんに向かって。
その事を指摘され、改めてレイも驚く。スライムの声が聞こえただけじゃなく、ケルベロスであるベロちゃんの言葉まで分かったのだ。驚くのも無理はない。
「あれ? そう言えば、なんで分かるんだろ、あたし。スライムの声も聞こえたし……」
レイ自身不思議に思っているが、ベロちゃんの言葉を理解出来る様になったのは常時発動型スキルの『モンス・トーク』が使える様になった為だ。このスキルは特殊な為、MP消費は無い。その効果は、魔物の言葉を理解し会話が出来るという事だけだ。
しかし、あらゆる魔物と会話が出来るという事は、意思の疎通が出来るという事だ。レイは、全てのガーディアンが喉から手が出る程欲しがるスキルを身に付けた事になる。
何故ならば、魔物の言葉が分かれば、戦闘時に役立つ。魔物の集団がどこを、そして何を狙っているのかが分かるのだから。
ともあれ、レイの言葉にノアとハインは更に驚いた。
「スライムの声!?」
「ど、どういう事ですか、れ、レイちゃん!? だ、だからスライムを守ってるんですか!?」
レイは、スライムが話した事をノアとハインに説明する為に守りの構えを解く。落ち着かなければ、そもそも話も出来ない。レイが構えを解いた事でノアとハインも戦闘の構えを解き、スライムを交えて話をする事になった。
「……で、どういう事なの? ベロちゃんの言葉もそうだけど、スライムの声って……?」
「それなんだけど……初めは、ハイン君の魔法の時に聞こえたんだよね。でも、見てて痛そうとか熱そうって、自分で思った事がそういう風に聞こえたんだと思ったんだ。でもね、あたしがフレイムソードで斬りつけた時、確かにスライムから聞こえたんだよね……『どうして人間は、何もしてないボク達を殺すの?』って……。だから止めたの、ノアちゃんの事」
「キャンキャン……! クゥーン? キャオォォォーン!! (ふざけんなよ……! 同情ってか? 馬鹿馬鹿しい!!)」
「ベロちゃん、うるさい!! だいたい、今のベロちゃんがあたしに凄んでも、ちーっとも怖くなんてないんだからね!」
「や、やっぱり言葉が分かるみたいだね。ぼ、僕達には分からないけど、今のを見て確信出来たよ」
「ねぇねぇ、レイちゃん! ベロちゃんに私の事をどう思ってるか聞いてくれる?」
真面目な話をしているのに、ノアはその事が気になる様だ。だが、それも分かる。ベロちゃんはどう見ても可愛い子犬。そんな可愛い子犬に自分がどう思われているのかは、女の子としては当然気になる所だ。
「クゥーン? キャン、キャオォォォーン、キャンキャン! (ご主人の事か? そうだなぁ、いずれは俺様の嫁にして、当然子供も作る!)」
「…………」
見た目は可愛い子犬だが、やはりその正体はケルベロス。かなり危ない事を考えている様だ。しかしレイは、どうノアに話せば良いのか悩む。ありのままを伝えるのは恥ずかしい。かと言って、答えない訳にもいかない。少し考えてからレイはノアに答えた。
「の、ノアちゃんの事は可愛いし、好きだから……お嫁さんにしたい、だって!」
(子供を作るなんてあたし達にはまだ早いし、恥ずかしくて言えないよ〜! でも、だいたい合ってるからこれで良いよね……?)
恥ずかしがって無難に答えたが、そもそもケルベロスと人間の間に子供が出来る事など有り得ない。その事に気付かない辺り、まだまだ子供といった所か。
それはともかく、レイの言葉を聞いたノアは目を輝かせ、満面の笑みで喜んだ。その様子にレイもホッと胸を撫で下ろす。何故かハインも微笑んでいる。だが、ベロちゃんだけは吠えていた。
「キャンキャン!? キャオォォォーン!! キャオォォォーン! (お嫁にしたいだって!? 俺様は嫁にしてやるって言ったんだ!! 子供だって作るんだからな!)」
「…………」
レイはベロちゃんの言葉を聞かない事にした。それよりも、今はスライムの事だ。
レイは先程スライムが言っていた『何もしてないのに』という言葉が心に引っ掛かる。考えてみれば、このスライムを攻撃したのだってレイ達の方からだ。スライムは、ただ単に移動していただけの可能性がある。だとすれば、悪いのは完全に人間……いや、レイ達の方だ。その事をレイは、改めて聞く事にした。
「……ベロちゃんは放っておくとして。ねぇ、スライムさん。何もしてないのに殺すってどういう事なの?」
「(ボク達は水や虫、それに、死んでしまった動物を食べて暮らしてるんだ。枯れた草とかもね。なのに人間はボク達を見つけた途端襲ってくるんだ! ボク達は人間に何もしてないのに……!)」
「っ!?」
プルプルと揺れながら話すスライムの言葉に、レイは絶句した。もしもスライムの言葉が真実ならば、人間に対してスライムは完全に無害だという事になる。無論、全てを信じた訳ではないから確かめる必要があるが。
ともあれ、レイはその事をノアとハインに話した。
「嘘よ! だって、パパは魔物はどんなヤツだって人間を襲うから危険だって言ってたもの! ……スライムは見た目が可愛いから信じたくもなるけど。でも! その理屈だと、ゴブリンやオークも無害って事になるわよ!?」
「そ、そうだね。の、ノアちゃんの言う方が正しく聞こえるよ」
「キャンキャンキャオォ……(何でも良いから子作り……)」
「ベロちゃんは黙って! ……でも、このスライムはあたし達に攻撃して来なかったよ? 殺されそうになってるのに……!」
ノアとハインはその事実に口を閉じた。だってそうだろう。勝手に攻撃して殺そうとしていたのに、スライムは攻撃して来なかったのだ。その事実が全てを物語っている。
ノアとハインは俯き沈黙する。暖かな筈の春の風は、二人の心を表す様に冷たく感じられた。
「だったら……私達は魔物とどう接すればいいのよ!? ずっとガーディアンに憧れて、それで魔物を退治して……いつかはアデル様の様になりたいって夢見てたのに……!」
「ぼ、僕もそうだよ……! ずっと、父さんを目指して来たんだ。『ルシウス・スピナ』を……!」
「ちょっと待って!? ハイン君のお父さんって、ルシウスさんなの!? スピナって、どこかで聞いた事のある名前だと思ったら……!」
話に出て来た人物、ルシウス・スピナ。その人物とは、アデルに次ぐガーディアンの実力者だ。アデルと共にガーディアンの双璧を成す。アデルが剣とスキルの達人ならば、ルシウスは魔法の達人。噂では
「お父さんがルシウス様って、凄いじゃないハイン! ルシウス様もカッコ良いわよね〜♪」
「うんうん! あたしのパパみたいに頭悪そうじゃないもんね!」
「そ、そんな事ないよ! と、父さん、家じゃ下着で過ごすんだよ? そ、それを見たら、二人とも幻滅するんじゃないかな……?」
「クゥーン。キャオォォォーン、キャンキャン!? (くだらねぇ。そんな事より、スライムだろ!?)」
「っ!? 忘れてた……!」
ベロちゃんに気付かされるとは情けない話だが、先ずはこのスライムをどうにかする方が先だ。レイは改めてスライムに問い質す。
「ねぇ、スライムさん。あなた達は本当に人間に無害なの?」
「(一部のスライム以外は無害だよ。ボク達は基本的に争わないから。でも、その一部のスライムは悲しい事に自我を失っちゃってるんだ。何故かは分からないけど……)」
「じゃあ、あたしが話し掛けて応えないスライムは倒しても良いの?」
「(……うん。でも、出来るだけ殺さないで欲しいな。悲しいから……)」
レイはその言葉に息を呑んだ。悲しいから。スライムは、そう言った。その言葉はレイの胸に深く突き刺さった。何故ならば、レイだってそうだからだ。生き物が死ぬのは嫌だ。見たくはないし、知りたくもない。だが、生きるという事は他者の生命を喰らう事。だからレイは、食事の時は感謝の気持ちを忘れない。それが生命を喰らうという事だから。
ともあれ、レイはスライムの言葉を聞き、一つの決心をした。それは、このスライムと召喚の契約をする事だ。そうすればこのスライムは死ぬ事は無いし、誰かに殺される事も無くなるだろう。しかし、それは偽善かもしれない。だが、レイはそれを望んだ。
「ねぇ、ノアちゃんにハイン君。あたし、このスライムと召喚契約しようと思うんだけど……」
「ダメよ! ……と、言いたい所だけど、話が出来るスライムを……しかも、こっちを攻撃して来ないスライムを殺すなんて私も無理……」
「そ、そうだね。ぼ、僕も、もう殺すなんて無理だよ。話を聞く限りじゃ、が、害は無いみたいだし、レイちゃんの好きにしてもいいと思うよ……!」
「ありがと……二人とも!」
「キャンキャン……キャイ……っ!? (俺様が殺して……ひ……っ!?)」
ノアもハインも了承してくれた。その事にレイは深く感謝すると共に、ベロちゃんの言葉を聞き、鋭い視線を送った。その視線は、ベロちゃんに得体の知れない恐怖を与え、黙らせた。
「ねぇ、スライムさん。あたしと召喚の……契約をしようよ。そうすればスライムさんは誰にも殺されないし、何よりあたしがそうしたいの。……ダメかな?」
スライムは黙っている。何かを考えてるのか、時おりレイの攻撃で小さくなってしまった体をプルンと揺らしている。
その様子を見ていたレイは、思わず可愛いと感じてしまったが、表情には出さずに何とか耐えた。いくら可愛いと感じたとはいえ、スライムは魔物だ。魔物を見て微笑む姿は、いくら何でも怪しく見える。
そんな事を考えていたレイに、スライムは一つ大きく揺れると返事を返した。
「(君たちは悪い人間じゃないみたいだし、契約するよ。どうすればいいの?)」
「ありがと! それでだけど……うん、とねぇ。えっと……」
スライムが了承した事でいざ召喚の契約となるが、レイ自体その様な事は初めてだから当然やり方が分からない。故に、頭の中にスキル欄を開いて召喚の項目に集中する。すると、その方法がイメージとして浮かんで来た。
「あたしが契約の言葉を言った後に、はい、とか分かった、とかの返事をして? その後、あたしが自分の血と共にスライムさんの体に触れるからね? ……たぶん、それで契約出来ると思う」
「(分かったよ♪)」
スライムの了承を得た事でレイは契約の準備をする。先ずは指先を傷付ける為のナイフを左手に持ち、右手はスライムへと
「それじゃ、始めるね? えっと……『汝の魂を我が物とする。汝の体を我が物とする。我の意思に従え。これを以て契約とする。……
「(了承しました、マスター)」
「次は……痛っ! これでスライムさんに触れれば良いのね……」
ノアとハイン、それにベロちゃんが見守る中、レイは契約の呪文を唱え、左手に持ったナイフの切っ先で翳した右手の人差し指を少しだけ傷付ける。ジワリと
すると、触れた所からスライムの体は淡く発光し始める。レイは驚いて触れていた手を咄嗟に離したが、レイが触れていた箇所には黒い角の様な紋様が刻まれていた。その紋様をレイは不思議に思いながら見つめていたが、やがてスライムの発光は次第に収まり、黒い角の紋様だけが残った。恐らく、これで契約完了だろう。血が滲んでる指先を舐めながら紋様を見つめ、レイはそう考えて安堵した。
ところがその瞬間、例の声が再び頭の中に響き渡った。
――初ジメテノ召喚契約ヲ確認シマシタ。称号『ロード』ヲ解放シマス――
(またなの!? やっぱりおかしいよ、あたし……!)
レイの意思に反してステータスが開かれ、再びステータス値が上昇を始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
レイ・シーン(女性)十五歳
種族:【人魔】
称号:【ロード】new
HP:930+666→1596
MP:930+666→1596
力:90+66→156
知:90+66→156
魔:90+66→156
防:90+66→156
運:1
スキル:コードNo.1『フレイムソード』
スキル:コードNo.2『ブレイズソード』
スキル:コードNo.6『フォース』
スキル:コードNo.12『
・『フレイムボール』
・『ソイルバインド』
・『ウォーターボール』
・『ウィンドナイフ』
スキル:コードNo.108『オートヒール』
スキル:コードNo.666『モンス・トーク』
スキル:コードNo.6666『ダークフレイム』
スキル:コードNo.66『召喚』
⚫ドラゴン
⚫スライムLv.1new
〇
〇
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
自身の異常を感じ不安になるが、契約したスライムをそのままにしておく訳にもいかず、取り敢えず帰還させる事にした。その際、名前を聞く事も忘れない。名前があるならば、名前で呼んだ方が愛着も湧くというものだ。
「ねぇ、スライムさん。あなたのお名前は何て言うの?」
「(はい、マスター。ボクの名前は『ムイラ』です。それと、契約してもらい、ありがとうございます。力を感じます)」
「ムイラっていうのね? 分かった、ありがと♪ それじゃ、またね! 『
(どこに帰るのか分からないけど、これで良いのよね? それに、力……? ま、いっか!)
召喚された魔物はどこから現れ、またどこへ帰るのかは謎だが、恐らくそういう所があるのだろうと考えながらレイはスライムを見送った。帰還を命じられたスライムは次第に淡く発光し、やがて光の粒子になると、空へと吸い込まれる様に消えていった。
レイもノアも、そしてハインや他の召喚スキル持ち達も知らないが、召喚契約をした魔物は少しだけ位相がズレた世界に存在している。隣り合わせの世界と言えば分かるだろうか。今帰還したスライムは、少しだけズレた世界のレイと同じ位置に存在する。つまり、そこに居るのに存在しないという事になるのだ。
ともあれ、スライムとの召喚契約を終えたレイ達は、これからの事を相談する事になった。
「良いなぁ、レイちゃん。ベロちゃんも可愛いけど、スライム……ムイラちゃんも何だか可愛いわよね〜♪」
「ぼ、僕も契約しようかなぁ……?」
「いいでしょー♪ ……って、それよりもどうするの? このまま草原でスライムを倒すの? あたし、ムイラと契約したからって訳じゃないけど、もうスライムとは戦いたくないよ……?」
「キャンキャン! キャオォォォ……!? キャン! (俺様が全滅させてやる! そしてご主人と子作り……!? しません!)」
これからの事を相談しているのに余計な一言を口にするベロちゃん。だが、レイの鋭い視線を向けられ沈黙した。それに、震えてもいる。その事を不思議に思うが、レイは気にせず話を続ける。
「だからさ! 西の森に行ってみようよ! スライムとはもう戦いたくないし。……無条件で襲われたら戦うけど」
「そうよね。私もそれで良いと思う。……ハインは? と言うか、ハインがリーダーなんだから、ハインが決めて!」
「わ、わ、分かったよ! ぼ、僕もそれで良いと思うよ!」
「ありがと……!」
方針は決まった。草原を抜け、取り敢えず西の森林地帯を目指す。未だに震えているベロちゃんはともかく、レイ達三人は決意も新たに西の森へと歩き出す。
だが、西の森にはオークが出没する。そこでレイは、自らの運命を決定づける出来事が待っている事を知らない。それを表すかの様に、西の森の空は灰色の雲で覆われていた……
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