第7話 スライム

 

 王都スピアの南西。農地を抜けた先に広がるランス草原で、遂に始まった実戦授業。その内容は、一週間を掛けての魔物の駆逐。

 レイ達一年生はパーティを組み、覚悟を決めたパーティから順にランス草原へと足を踏み入れていく。


 レイとノア、それにハインは、覚悟を決めたにも関わらず……未だに街道に居た。その訳とは、行く方向を決めあぐねての事。他のパーティ達と同じ方向に進んでしまったら、当然魔物の討伐数が増えない。授業終了後にレポートとして提出するのだが、討伐数が少なければ当然成績にも影響する。その為に悩んでいたのだ。



「どうするのよ、ハイン! アンタがモタモタしてるから最後になっちゃったじゃないのよ!」


「ちょ、ちょっと、ノアちゃん? それじゃハイン君が可哀想だよ? ノアちゃんが用足しに遅れたんだから……」


「うっ……」



 出遅れた理由は、ノアの用足しにあった。フルプレートメイルを着込んでいる事から、用を足すのにも当然手間取る。しかも、街道沿いには公衆の手洗い場等は当然無い。となれば、用を足す場所から探さねばならない為、余計に時間が掛かってしまったのだ。



「ぼ、僕は大丈夫だよ、レイちゃん。そ、それに、残り物には福があるってい、言うから、きっと大丈夫だよ」



 残り物には福がある等と意味の分からない事を述べるハインに、レイとノアはジト目を向ける。他のパーティが魔物を討伐してしまったら、当然レイ達の分は残らない。残ったとしても、僅かだろう。結果、無限に魔物が湧き出る様な事がない限り、レイ達は魔物を討伐する事無く実戦授業が終わってしまう。



「とにかく、行こっか。ほら、ノアちゃん! ノアちゃんが前衛なんだから、先頭になって! それからハイン君。リーダーとして進む方向を指示して! じゃないと、あたし達が困るんだからね!」


「「りょ、了解……!!」」



 リーダーのハインよりもリーダーらしく、レイは二人に指示を出した。そのレイの姿に二人は『やっぱり、リーダーはレイちゃんの方が良かったんじゃ……』と心に思ったが、口には出さなかった。それよりも、先に進むべきである。



「……そ、それじゃあ……みんなは北よりに進む方が多かったから、ぼ、僕達は南よりに進もう」


「分かったわ! それじゃ私に着いて来なさい! しゅっぱーつ!」



 斯くして、レイ達も他のパーティに遅ればせながら草原へと足を踏み入れた。

 街道とは違い草原の地面は柔らかく、踏みしめる度に心地好い反発があり、ただ歩くだけでも楽しい。それに、草原の青い匂いも春の陽気と相俟って、気分を高揚させてくれる。気分は正にピクニックといった所だ。


 地面の感触を楽しみながら歩く事二時間。他のパーティと行き先が被らない様に未踏の草地を進み、遂にその時が訪れる。……人生初となる魔物の出現だ。



「みんな、止まって! 出たわよ。……たぶん」



 腰程もある草を軽く掻き分けながら進んでいたノアが、片手を水平に上げるジェスチャーと共に、止まれと警告。その様子に、レイとハインは警戒を強める。だが、ノアの口調が少し怪しい。魔物だとは思うが、魔物だと断定出来ないという感じだ。

 警戒しながらも、レイとハインはノアの肩越しからそっと前を確認した。



「……魔物?」


「ま、魔物……かなぁ?」


「ま、魔物よ! ……たぶん」



 三人が疑ってしまうのも無理はない。目の前にのは、直径1メートル程の大きな水玉。とても柔らかいのか、時おり吹く風にプルンと揺れている。その体色は透明の様で、草の色を透かして緑色に見える。接地面には土の色も見えている。

 三人の前に現れたのは”スライム”である。見た目は水玉だが、歴とした魔物だ。ランス草原を代表する魔物の一種である。



「……襲って来ないね」


「ま、まだ分からないよ?」


「私、召喚するわ! 『お前の力は我が力。お前の命は我の物。故に我は求める。我が呼び掛けに応えよ!』」


「ちょ、ちょっと、ノアちゃん!?」



 まだ魔物かも分からないのに、召喚しようとするノアをレイは止めようとした。止めようとしたのだが、ノアは止まる事無くケルベロスのベロちゃんを召喚してしまった。左手の平を地面へと向け、そこから伸びた淡い光が召喚魔法陣を形作ると、ケルベロスのベロちゃんが召喚された。召喚も五回目ともなると、とてもスムーズだ。……相変わらず子犬だが。

 ともあれ、召喚されたベロちゃんはキャンキャンと可愛らしく吠えながら、ノアの足元に絡み付きながらスライムを睨む。



「ど、どうする? 私のベロちゃんを召喚したのは良いけど、攻撃……してみる?」


「……ノアちゃん? ベロちゃんをぶ前に、自分で攻撃とかしないの? 前衛なのに……」


「そ、そうだよ、ノアちゃん。ぼ、僕達だけで戦ってみて、ま、まずは相手の事をしっかり分析アナライズしないと」


「うっ……」


「キャンキャン!」



 少し怖気付きながら攻撃指示を仰いだノアに、レイとハインは呆れながらも指摘する。しかも、召喚しないと言ってた筈なのにも関わらずに召喚した。後ろめたさも加わり動揺するノアを、ベロちゃんだけが慰めている様に見える。



「そ、それよりも、どうするの!? 攻撃するの、しないの!? どっちにするのよ! ハインがリーダーなんだから、ハインが決めて!」


「そ、そんなぁ〜!?」



 完全に逆ギレである。それはともかく、改めて目の前の魔物に視線を移すと、やはりこちらを攻撃してくる気配は無い。いや、むしろこちらの事を気付いてさえいないかもしれない。良くよく観察してみると、こちらに向かってではなく、別の方向へと動いている様だ。

 だが、こちらに向かって攻撃の意思は見せなくても、このまま放置すれば人々に被害が出るかもしれない。その考えに至り、ハインはノアに攻撃の指示を出した。



「の、ノアちゃん! と、取り敢えず攻撃してみて!」


「ゴクンッ……! わ、分かったわ! ……ベロちゃんが? それとも私が……?」


「……もちろん、ノアちゃんでしょ。次いであたしが攻撃してみるから、ハイン君も魔法で援護して! それじゃ、行くわよ! はぁぁぁぁっ!!」


「ちょっとレイちゃん!? 私が先よ!? だぁぁぁぁっ!」


「キャンキャン!」


「……や、やっぱりリーダーはレイちゃんの方が……『ソイルバインド!』」



 前衛であるノアを追い越して、レイが攻撃を仕掛けた。ストレージから魔法銀の剣ミスリルソードを瞬時に取り出し、振りかぶると同時に振り下ろす。一歩遅れてノアも、ストレージから瞬時に取り出した大剣グレートソードで、スライムを叩き付けた。レイもノアも”フォース”は既に使っている。

 斬りつけたスライムの体は抵抗感が全く無く、まるで水を斬っている様だった。レイがその事を不思議に思っていた矢先、ハインの魔法がスライムを縛り付けた。表面を覆った土がスライムの水分と混ざり、まるで巨大なチョコレートの様に見える。



「レイちゃん! 私より先に仕掛けちゃダメよ!」


「キャンキャン……!」


「だ、だって……。そ、それなら、ハイン君の魔法だって、縛るなら最初に放って欲しかったな……」


「の、ノアちゃんが前衛なのに、しょ、召喚するから……」



 以前としてスライムは健在なのだが、相変わらず攻撃をしてくる気配は無い。その為三人は意見をぶつけ合った。



「だ、だって、ベロちゃんが居ればもしもの時にって思ったんだもん! ……可愛いのもあるけど」


「それもそうだけど……。そう言えばノアちゃんって、大剣使いだったの!?」


「ぼ、僕もそれは思ったよ! お、重くないの?」


「ふふーん! 鎧と一緒で軽量化の付呪がされてるんだ♪」



 ピクニック気分が抜けてないのか、スライムとは別の件に話が移ってしまった。本来であれば、パーティを組む仲間の情報は予め共有していなければならない。じゃないと、今回の様にちぐはぐな事になってしまうからだ。これでは連携など到底出来ない。ベイルはこの為にパーティを組ませたのだろう。自分達で考え、色々試し、そして答えに辿り着く。その為のランス草原、そしてスライムなのだろう。



「大剣の謎が解けた所で話を戻すけど、ノアちゃん、あの魔物を攻撃した感触はどうだった? あたしはまるで手応えを感じなかったけど……」


「レイちゃんも!? 私も手応えなんて無かったわよ。水面を叩いたような感じだったわね……」


「キャンキャンッ♪」


「あ、あの魔物って、や、やっぱりスライムかなぁ?」



 魔物についての話に戻った所で、ハインは確認の為にその名前を口にする。



「あたしもスライムだと思うよ? だって、倒し方が分からないけど、あたし達で対応出来そうだし」


「私もそう思う。話でしか聞いた事ないけど、ゴブリンは人型だって言うし、スライムで間違いないと思う」


「や、やっぱりか。だ、だったら、倒し方はたぶん、”フレイムソード”や攻撃魔法だろうね」



 ハインのリーダーらしい説明に頷くレイとノア。二人にスライムだと認識させた上で、その対処法を提案する。意外とハインはリーダーの資質がある様だ。レイとノアの意識をスライムへと上手く向ける事が出来たのだから。



「だからベイルさんは、あたし達全員がフレイムソードを使える様になるまで訓練させたのね!」


「だったら、私はベロちゃんに任せた方が良いのかな……」


「クゥ〜ン? キャンキャン!」



 ベロちゃんは自分の名前が呼ばれた事に喜んでいる。

 それはともかく、ノアもフレイムソードは使える様になった。なったのだが、訓練では召喚ばかりしていた為にフレイムソードの威力は弱い。訓練の時も、最後の方でようやく失敗せずにスキルが発動したといった所だった。その為、ベロちゃんに任せると言ったのだろう。



「ま、まずは、本当にスライムにフレイムソードが、そして魔法が効くのか検証しようよ!」


「そうだね。それじゃ、あたしがスキルを試すから、ハイン君が魔法ね!」


「……私は?」


「ノアちゃんは……ベロちゃんのしつけかな……」



 スキルと魔法を試してみる事になったが、スキルはレイで充分だし、魔法はハインの役割りだ。手が空くノアは何をすれば良いか聞いたのだが、レイから返ってきた答えは視線を逸らしながらの一言。ノアは愕然としながらも、大人しくその指示に従った。そんなノアの頬を、ベロちゃんは慰める様にぺろぺろと舐めていた。



「そ、それじゃあ僕から……! 『ウィンドナイフ!』それから『フレイムボール!』」



 左手に持った杖の先端から炎の玉が発射され、右手からは見えない小刀が数本、既に放たれていた。

 土の水玉に無数の傷が付くと、間髪入れずに炎の玉の直撃。スライムの表面は炎に包まれ、無数の切り傷からはスライムの内部へもダメージを与える。それを見守っていたレイは、その時不思議な声を聞いた。



 ――ギャッ! 痛い、熱い……! 助けて……っ!――


(……えっ!? 何、今のは……? スライム……の訳ないよね。ハイン君の魔法を見て、あたしが勝手にそう思っただけよね……)



 不思議な声はそれきり聞こえなくなったので、レイは自分の心で思った事がまるで聞こえたかの様に錯覚したのだろうと結論した。誰もが一度は経験する、相手の痛みに同調してしまう現象だ。自分は傷付いてないのに、それを見て思わず痛みを感じてしまうアレだ。

 そんな事をぼんやりと考えていたレイだが、次はレイのスキルを試す番だ。魔法銀の剣ミスリルソードを構え、土のコーティングが剥がれたスライムの前に立った。



「れ、レイちゃん、魔法は効く事が分かったから、た、倒せるなら倒してもいいからね」


「ノアちゃんにも……ベロちゃんにも見せ場を作らないと、後でノアちゃんが怒りそうだからトドメはノアちゃんに任せるよ! 『フレイムソード!』……はぁぁぁっ!!」



 炎を纏った剣を右肩上部へと振り上げ、そのままスライム目掛けて突進。間合いに入った瞬間袈裟に斬り下ろす。フレイムソードはスライムの三分の一を切り離し、切り離された部分は水が蒸発する音をさせながら焼滅していった。



 ――キャアァァァ……ッ!!

 何で……? 何もしてないのに、どうして人間はボク達を殺すの……? 何で……――


(えっ!? 何!? 誰なの!? さっきの声もまさか!? スライム、あなたなの!?)



 再び聞こえた不思議な声。という事は、先程の声も錯角ではなく実際に聞こえたという事だ。しかし、いったい誰の声なのか。周りを見渡しても、この場に居るのはレイ達三人とベロちゃん一体だけ。まさか、どこに居るか分からない他のパーティの声が聞こえる筈も無い。そうなると答えは……目の前に居るスライムという事になる。その考えに至ると同時に例の声が頭に響き、突然ステータスが開いた。



 ――初ジメテノ魔物トノ会話ヲ確認シマシタ。能力ノ解放ト共ニ一段階目ノ種族ヲ解放シマス。スキル『モンス・トーク』スキル『オートヒール』スキル『ダークフレイム』ヲ解放シマシタ――


 その声と共に、今までよりも激しくステータス値が上昇して行く。急激な上昇による弊害により目眩めまいを起こし、レイはその場に力なく座り込んでしまった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 レイ・シーン(女性)十五歳


 種族:【人魔】


 HP:264+666→930

 MP:264+666→930

 力:24+66→90

 知:24+66→90

 魔:24+66→90

 防:24+66→90

 運:1


 スキル:コードNo.1『フレイムソード』

 スキル:コードNo.2『ブレイズソード』

 スキル:コードNo.6『フォース』

 スキル:コードNo.12『下級魔法ファストマジック

 ・『フレイムボール』

 ・『ソイルバインド』

 ・『ウォーターボール』

 ・『ウィンドナイフ』

 スキル:コードNo.108『オートヒール』new

 スキル:コードNo.666『モンス・トーク』new

 スキル:コードNo.6666『ダークフレイム』new

 スキル:コードNo.66『召喚』

 ⚫ドラゴン

 〇

 〇

 〇


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



(頭がクラクラする……。え……!? 種族欄が変わってる……。人……魔……? 何だろ、これ。そ、それよりもスライムよね! さっきの声はこのスライムから確かに聞こえた!)


「れ、レイちゃん!? どうしたの!? まさか、スライムに攻撃されたの!?」


「大丈夫よ、ノアちゃん! 攻撃されてないから大丈夫! ちょっと目眩がしただけ!」


「良かったぁ〜! しかし、凄く効いたね、フレイムソード! ダメージが入ったのが分かるわね。大きさが半分くらいになってるわ! トドメは私のベロちゃんね!」


「キャンキャン! キャオォォォーン!! (了解、ご主人! 俺様の炎で消し炭にしてやるぜ!!)」



 種族欄に驚き、スライムが喋った事にも驚いた。目眩で座り込んだそんなレイへと、ノアは心配しながらもフレイムソードが効いた事を賞賛する。そして、トドメはベロちゃんに任せる様だ。……さも自分の手柄の様に言っているが。その事を理解したのか、ベロちゃんも誇り高く吠えている。

 だがレイは、スライムが喋った事を確認する必要があると感じた。何故かは分からないが、このスライムをノアに倒させてはいけないと感じてもいる。


 レイは立ち上がると、静かに両手を広げ……スライムを守る様にノア達と向かい合う。辺りには、風に靡く草の音だけが響いていた。それはまるで……静寂を打ち消す波音の様にも感じられた。

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