第6話 ランス草原へ

 

 ノアをまじえての夕食は、賑やかな内にお開きとなった。夕食の最後の方で、ノアがアデルへと実戦に必要な物は何かと尋ねたら、ポーションや万が一の薬草等がそれなりに有れば良いとの回答を得られた。その回答にレイは納得もしたが、呆れもした。だが、理には適っている。自分の命を大切にしない者が、人の命を守れるものか。そう言われた気がした。



「やっぱり、さすがアデル様って感じだったね。タメになったよ!」


「何か、ゴメンね? パパ、どこか少し抜けてるんだよね……」


「レイちゃんと似てるよね、そういう所……♪」



 夕食後レイの部屋で明日からの準備を進める最中、やはりそこは女の子。話が弾む。もっぱら、アデルの話に終始したが。

 ともあれ、野営や実戦に必要な物は準備を終えた。後はお風呂に入って寝るだけだ。


 お風呂の準備を終えたノアとレイは、二人で仲良く浴室へと向かう。浴室は、一階の奥にある手洗い場のすぐ隣にある。到着後、脱衣場にて服を脱ぎ、すぐさま浴室へ。女の子同士だから隠す事も無く、もちろん堂々とである。浴室の広さは三人が入っても余裕のある広さがあり、浴槽も二人は入れる大きさだ。お湯の温度も適温。疲れを取るには丁度良い。



「それにしてもさぁ、レイちゃんとアデル様達って似てないよね。性格は似てると思うけど、容姿とかさぁ。レイちゃん、銀髪に薄い新緑色の瞳だもんねぇ」


「よく言われるけど、そんなに似てないのかなぁ。顔は結構似てると思うんだけど……」


「あ、胸の大きさはお母さんに似てるね! 結構あるよね、レイちゃんも。私は小さいから羨ましいよ……」



 ノアの言う様に、レイと両親の容姿はあまり似ていない。両親の髪の色は情熱的な赤色だ。瞳の色も、両親共に碧眼である。一見するとまるで似ていない。だが、レイのスタイルの良さは母親譲りだった。そう言うノアは、言うなれば幼児体型。ノアがレイの胸を見る目に羨みの色が浮かぶ。



「ノアちゃんも大きくなるよ! ……そのうち」


「そのうちって……酷い、レイちゃん!」



 体型についての話に花が咲きながらも、ゆっくりと湯に浸かって疲れを取り、入った時と同様に二人で浴室を出る。体を拭き終えて替えの下着を身に付け、寝間着を着る。二人で示し合わせたように、ゆったりとしたネグリジェだ。フリルが付いてる分、幼さは否めないが。

 ともあれ、それぞれの部屋へと戻り就寝。部屋の前での別れ際に『それじゃ、明日ね』と言葉を掛け合った。

 明日からはいよいよ魔物との実戦。不安に駆られる心を落ち着け、レイは眠りに落ちた。




 ☆☆☆




 翌朝。夜明けと同時にレイは目を覚ました。窓の外では、朝日が輝く中、今日も小鳥が春をうたっている。



「う……ん。……ん?」



 いつもなら寝坊する筈のレイが早起きした理由。それは、体の違和感であった。体に何かが抱き着いている、そう感じたのだ。その違和感に慌てて布団をめくると、そこにはノアの姿があった。よく見ると、頬には涙の跡が見える。



「ん……う、ん……。あ、レイちゃん、おはよう♪」


「うん、おはよう! ……って、ノアちゃん!? 何であたしのベッドで寝てるの!?」



 レイは素直に疑問をぶつけた。昨夜は確かに一人で寝ていた。それが朝起きたらノアが居たのだから、驚くのも無理はない。それに、涙の跡も気になる。レイはその事についても聞いてみる事にした。



「いつの間に入ったのかは分からないけど、どうしたの? 何だか泣いたみたいだけど……」


「え……? あっ! ご、ごめんね。何だか寂しくなっちゃって……。私、ママが居ないんだ。私が小さい時に流行り病で……。レイちゃんのママを見てたら無性に寂しくなっちゃって、それでレイちゃんのベッドに……」



 ノアの目に涙が浮かぶ。それを見たレイの目にも涙が浮かんで来た。聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。レイは涙を流しながらその事を悔やんだ。ノアから話し出したのだからそこまで気にする事はないが、それでもレイは後悔した。



「それに……お友達と一緒に寝てみたかったんだ、私! レイちゃんって柔らかいし、何だか良い匂いがするね♪」



 後悔したのも束の間、ノアの言葉にレイは赤面してしまった。言われてみれば、ノアはレイに抱き着いて寝ていた。……胸の辺りに顔を埋めて。それを思い出したのだ。同性でも恥ずかしくなるだろう。



「と、とにかく、早く着替えてご飯食べないと……」


「うん、そうだね! 着替えてくる!」


(女の子同士なのに、ドキッとしちゃったよ……。はぁ。着替えよう)



 ノアが部屋から出て行き、ドキドキしながらレイも着替える。

 今日からは実戦。服装も肌の露出を減らし、長袖のシャツに革製パンツ、靴は膝下までガードしてくれるグリーヴタイプの革靴。シャツの上には革の胸当てを装備した。最後となるのは、お気に入りの黒いロングコート。もちろん多少の防御力向上の為に革製だ。



「よしっ! 完璧ーっ!」



 姿見鏡の前でくるりと回転し、自分の姿を確認しての一言。武器はアデルのお下がりの『魔法銀の剣ミスリルソード』が、ストレージ内に既に入れてある。準備は万端だ。



「ノアちゃん、用意出来たぁ?」



 部屋から出たレイは、客室の中で準備をしてる筈のノアに声を掛けた。すると、タイミングを見計らったかの様に扉が開いた。

 出て来たノアの格好は、女の子なのにそれはどうかと言う程の重装備だった。何と、フルプレートメイルに身を包んでいたのである。見るからに重そうだ。



「お待たせ! どうしたの? 固まってるけど……?」


「の、ノアちゃん……だよね? お、重くないの?」


「大丈夫だよ? パパが私の為に用意したんだけど、軽量化の付呪がされているからね!」



 フェイスガードをガチャリと開け、にこやかに笑いながらノアは答えた。それにしてもマジックメイルとは……ノアの父親は娘をとても大事にしてる様だ。しかし、母親が居ないのであれば当然か。母親が与える愛情の分、過保護にならざるを得ないのだろう。



「そ、それじゃ、降りようか」


「そうだね!」



 レイが先に階段を降りていき、後からノアが階段を降りる。背後から聞こえるガチャガチャという音に、レイは少し怯んだ。もしかしたら、足を踏み外して落ちてくるかもしれない。そう考えてしまった。

 しかしノアが落ちてくる事はなく、無事に食堂に着いた。食堂では、ガーディアンとしての装備に身を固めた姿のアデルと、食事の用意を終えた普段着のレイラがテーブルに既に着いていた。



「おはよう、レイにノアちゃん。今日から実戦だね。死なない様に頑張りなさい」


「お、おはようございます、アデル様!」


「……パパ? 死なない様にって、あんまりじゃない!? もう少し別の言い方ってものがあると思うけど……」


「はっはっはっはっ! まぁ、そう言うな! 一年生が行くのは、王都を出てすぐのランス草原だ。スライムやゴブリンみたいな弱い魔物しか出ないから安心しろ!」



 アデルが言うランス草原とは、王都スピアの南に広がる草原の事だ。いくらランス王国が森林の国といっても、街道があれば平原もある。それに草原も。その草原も、凡そ二百年程前に資材として森林を伐採開拓した為に草原と化した。一部は農地として利用されてはいるが、それ以外は手付かず。風に靡く緑が美しい草原となっている。


 朝食は白パンに卵と鶏肉のスープ、それと昨夜の残りのオーク肉の塩焼きを少々食べた。朝から栄養満点の食事に満足し、アデルとレイラに挨拶を済ませ屋敷を出る。その際、ノアがアデルにサインをしてもらっていた。フルプレートメイルの胸部には、”アデル”とナイフで刻まれたサインが輝いている。ノアは満足気だ。



「行ってきまーす!」


「お邪魔しました!」


「頑張りなさい!」



 アデルの声を背に、レイとノアは意気揚々と学園へと向かった。アイギス街区の通りには、同じく学園に向かう者や、ガーディアンとしての任務に向かう者がちらほらと見え始め、少し眠そうにしながら歩いていた。それぞれの目的地に向かっているのだろう。レイとノアが楽しそうに学園へと向かう姿とは対照的である。




 ☆☆☆




「これからランス草原へと向かう。準備は良いな? 出発だ!」



 学園に着き、守衛のダニーに挨拶しながら門をくぐり園舎の教室へ。遅刻はしなかったが、既に全員が揃っていた。ベイルもだ。

 その学園の講師、ガーディアンランクDのベイルの号令の元、さっそくランス草原へと出発した。その際、二十名の一年生達の組み分けがされた。組み分けとは、言わばパーティの事だ。三人一組で数は七班。人数が足りない班はベイルが入る事になった。

 レイは、当然の様にノアとハインと組んだ。ノアはともかく、そのハインはどうやら魔法使いとして活動する様だ。魔法使いと言えばの長杖スタッフを手に持ち、灰色のローブに身を包んでいる。


 学園のある一般市街区から南に伸びる大通りを歩き、王都の南門へと向かう。学園から南門までは、歩いて一時間程の距離だ。その南門へと向かってる最中、通りの左右に連なる商店に目を向けると……開店の為の準備を忙しなく行っていた。資材の納入業者だろうか、中には商店の主人と言い争う声も聞こえてきた。

 街が活気に包まれる頃、ようやくといった感じで南門に到着した。南門は既に開かれており、入都を果たす者や、出て行く者等でごった返している。



「手続きしてくるから、その場で待機だ。間違っても勝手に出て行くなよ?」



 ベイルはそう言い残し、王都を出る為の手続きをしに行く。個人や商人等が王都への入出手続きをするならば守衛に身分証明をすれば良いが、今回の様に集団の場合は門の脇にある詰所で手続きをする必要がある。その為、ベイルが向かったのはその詰所となる。

 残された一年生達は、それぞれにこれからの事を話し始める。レイ達も例に漏れず、パーティの役割分担について話し始めた。



「ハイン君って、魔法使いでいくのね。だとすると、あたし達ってバランスが良いね!」


「私が前衛でしょ? レイちゃんが中衛で、ハインが後衛。そうだね! バランス取れてる♪」


「の、ノアちゃん……ぜ、前衛で召喚使っちゃだ、ダメだよ?」


「…………」



 バランスが良いと自画自賛していたレイ達だが、ハインの鋭いツッコミにノアは視線を逸らした。前衛が役割放棄をしたら、中衛、後衛に影響が出てしまう。今回の様に、魔物による被害の予防の為に討伐をする場合はそれ程問題ないだろうが、緊急を要する高ランクの魔物が出た場合、それは即ち死に繋がる。



「ハイン君。ノアちゃんだってちゃんと分かってると思うから、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ? ねっ、ノアちゃん!」


「あ、当たり前じゃない! つ、使わないわよ……」



 確認を込めてのレイの言葉に、歯切れの悪いノアの言葉。レイとハインは、『あ、これは使うな』と、心で思うのだった。



「よしっ! 出発するぞ、お前ら!」



 他愛もない会話に花が咲く頃、ベイルが詰所から戻って来た。いよいよ南門をくぐりランス草原へと出発だ。一年生達は初めてとなる実戦に胸を踊らせる者、不安になる者、それぞれの思いを胸に門をくぐって行く。南門では、商人達から「早く入れろ!」等と騒ぐ声が響いていた。



 南門からは街道がどこまでも伸びており、その両脇には広大な畑が広がっていた。畑は鉄製の柵で囲われており、その柵には棘が付いた針金が巻き付けられている。弱い魔物や動物よけだろう。人間でも間違って触れれば、少なからず怪我をしそうだ。


 その畑地帯を抜け、更に南下を続ける。街道を三時間程進むと畑地区も終わりが見え始め、街道脇に広がる見渡す限りの草原が目に入ってきた。春の優しい風が吹く度に腰程もある草が靡き、まるで大海原を見ているかの様な錯覚を覚える。草どうしが風で擦れ合う度に聞こえる、ザァ……ザザァァ……ッという音も海を連想させてくれる。レイ達一年生は、王都スピアから外に出るのは今回が初めてとなる者ばかりだ。もちろん海等は見た事が無いし、話に聞いた程度しか知らない。それでも海を連想させるその雄大な自然に目を見開き、誰もが息を呑んだ。



「これが……草原……ランス草原、かぁ……」



 レイの口からは自然に言葉が出て来た。草原を吹く風に青い匂い。それに、春の暖かな日差しも心地好い。胸いっぱいに空気を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。喧騒溢れる王都スピアから出なければ、目の前に広がる雄大な自然を味わえなかっただろう。



「ここからは班ごとに分かれて草原に入る! 魔物を見つけ次第、各班毎に討伐せよ! 心配することは無い。この草原に出現する魔物はスライムがほとんどだ。たまにゴブリンが出るが、三人で相手すれば問題ない。それと、各班のリーダーを選べ。選ばれたリーダーには、緊急時の為のマジックアイテムを渡すから取りに来い」



 自然の雄大さを満喫する一年生達を構うこと無く、ベイルは説明を始めた。魔物の討伐は任務でもあるが、学園の授業の一環だ。遊びで来ている訳ではない為、ベイルの口調も強めだ。

 ベイルの言葉を受けた一年生達も、それぞれのパーティ毎にリーダーを決め始めた。レイ達も当然、それにならう。



「リーダーは当然ノアちゃんだよね!」


(あたしは柄じゃないし。って言うか、人見知りのあたしにリーダーなんて無理! 絶対、無理よ!)


「私はレイちゃんが良いって思ったんだけどなぁ。アデル様の娘さんだし」


「えっ!? れ、レイちゃんって、アデル様の子供だったの!? あ、後でサインほ、欲しいなぁ……!」


「えへへへっ! ジャーン! これ見て? 私は既にサインを貰ったわよ!」



 リーダーを決める為の話し合いが、何故かアデルのサインの話になってしまった。フルプレートメイルの胸部に刻まれたアデルのサインを、ノアは自慢気にハインへと見せている。そのサインをハインは、とても羨ましそうに見詰めていた。



「サインなら後で頼んであげるから、今はリーダーを決めなきゃ、でしょ!?」


「そ、そうだったわね……。ハインが悪いんだからね? 責任取って、ハインがリーダーをやるべきよ!」


「ぼ、ぼ、僕が……!? む、無理だよ、リーダーなんて! ぼ、僕もノアちゃんが……」


「却下!」



 サインよりもリーダー。レイがサインを確約した事でその話に戻ったが、ノアの一声によりリーダーはハインに決定。ハインは渋々、ベイルの所へリーダーの申請とマジックアイテムの受け取りに行った。ハインの背へと、レイは両手を合わせ、ノアは頷く。ノアはともかく、レイは当然ゴメンねという意味だ。

 ともあれ……程なくしてハインはアイテムを受け取り、レイ達の所へ戻って来た。それと同時に、ベイルから今回の実戦……授業の最終的説明がされた。



「お前達には、これから一週間をこの草原で過ごしてもらう。終了した時点での討伐した魔物の数や種類なども、班ごとにレポートに纏めて提出してもらうからそのつもりでいろ。あーそれと、街道から西と東にそれぞれ草原が見えると思うが、今回は西。つまり、王都スピアから南西の草原をエリアとする。更にもう一つ。西に向かって三日程進んだ辺りから森林が広がってるが、そこには立ち入らない様にしろ! お前達じゃ、絶対に勝てないオークが出没するからな。以上だ、散れっ!」



 いつもよりも真剣なベイルの説明に、一年生二十名はそれぞれ真剣な表情となる。これよりは実戦。いくらスライムが主体の草原とは言え、油断は死を招く。


 覚悟を決めたパーティから順に、ランス草原へと足を踏み入れて行くのであった。

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