第5話 ノアのお泊まりとアデルの帰宅

 

 レイが人型を両断した後、MPの回復した順にスキルの訓練が再開され、何とか新入候補生の全員がスキルを使える様になった。その為、入学初日としてはどうかと思うが、訓練は日が暮れ始めるまで続けられた。それでも、全員がスキルを使える様になったのだから、翌日の魔物との実戦の為の準備は整った事になる。

 補足となるが、人型を両断出来たのはレイだけである。模造刀なのだから両断出来ないのは当たり前なのだが、『フォース』の過剰MPによるオーバーパワーの凄さが分かるというものだ。



「……疲れたわね」


「しょ、しょうがないですよ。ぼ、僕はMPの自然回復が生まれつき速いから、そ、それ程疲れてないけど」


「ノアちゃんは元々体力系でしょ? だったら、しょうがないよ。……召喚ばっかり使うんだもん」



 緑が美しい園舎は夕日を反射して茜色に染まり、通りを行き交う人々も家路を急ぐ。レイ、ノア、ハインが暮らす住居があるのは王都スピアの第一街区。主にガーディアン達が居住する地区だ。聖樹の周りに築城された王城『ロンギヌス』を守る様に、第一街区は造られている。ちなみにだが、第一街区は通称『アイギス』と呼ばれる。王城を護るというイメージから、いつしか伝説の盾の名で呼ばれる様になった。


 ガーディアン学園がある一般市街区からアイギスへの帰路の最中、レイ達は学園初日の感想を語り合う。時おり、母親に手を引かれた子供達が通り過ぎて行く。レイ達と同じく家路に着いているのだろう。



「だって……可愛いんだもん♪ レイちゃんだってキャーキャー言ってたじゃない……!」


「そ、それは、そうだけど……。それにしても使い過ぎよ!」



 調子に乗ったノアは、あの後三回も召喚していた。疲れるのもしょうがない。ベイルも、最後は呆れて何も言わなくなっていた。



「で、でも、ケルベロスって言ったら三つの首がある犬の魔物だけど、な、何回召喚しても、か、可愛い子犬だったね」


「ケルベロスって、実は可愛い子犬の事だったんじゃないの?」



 何回召喚しても子犬なのだから、実はそうだったんじゃないかとノアは言う。しかしノアは気付いていないが、ケルベロスを召喚するのに使うMPは100。ステータスのケルベロスの欄の横に使用MPが出ているのだが、ノアはそそっかしいのか見落としている。

 それはともかく、ノアの最大MPは40前後。それを踏まえて考えると、MP不足により完全体で召喚出来なかった事になる。子犬で現れるのも頷ける話だ。



「明日からしばらく家に帰れないのよね……。あ、そうだ! 今日、レイちゃんに泊まりに行って良いかな? 明日からの準備も一人だと色々忘れそうだしさ!」


「うーん……。そうねぇ。良いよ! ……だけど、ママが良いって言ったらね?」


「ぼ、僕は……?」


「「却下!!」」


「……や、やっぱりね」



 アイギス区画に入り、レイ達は別れた。別れたと言っても、ハインだけだが。ノアとレイは、そのままレイの家へと向かう。

 レイの家があるのは王城『ロンギヌス』のすぐ側、正門から直ぐの位置に建てられている。王城で何かがあった場合、すぐさま英雄アデルが駆け付けられる様にする為だ。今はアデル達一家が住んでいるが、数年に一度王家主催の闘技会が開かれ、そこで最も強かった者がその家に住む権利を得る。その家に住むというのは、言わばこの国最強の証だとも言える。



「えっ!? れ、レイちゃん家って……ここなの!? という事は……レイちゃんって、アデル様の娘だったの!?」


(やっぱりそういう反応になるわよね……。でも、パパはパパだし、あたしはあたし。あたし一人でもガーディアンになれるって事を証明しなきゃね!)


「ノアちゃん、みんなには内緒でお願い! あたしって、実はすっごく弱いんだよね。パパの血を引いてる筈なのに、能力値が全て最低値だったんだもん……。だから、この事がバレちゃうと……パパを困らせちゃうと思うんだ」



 レイは言わば不正入学。アデルの娘という将来性を買われ、入学試験を免除されたのだ。レイの能力では、本来は試験さえも受けられない。レイはノアに口裏合わせを頼んだ。



「そ、そうね……! みんなには黙っとく! ……ハインには?」


「ハイン君には……こっそり教えておくよ。せっかく出来た友達だもん。内緒にはしたくないよ」



 知らない人ならともかく、既に友達となったハインに内緒にするというのは、心が優しいレイには出来ない。



「と、とにかく、入ってよ!」


「う、うん!」



 いつまでも家の前で話し込んでる訳にもいかない。レイはノアを促し、門を開けて敷地へと招き入れる。良く手入れされているのか、門を開ける時にギィィィという音はしなかった。


 門から少し歩き、屋敷の前で一旦止まる。その後、母親のレイラに確認を取る為、レイ一人で中へと入る。その場に残されたノアは、改めて周りをキョロキョロと見回した。

 歴代最強の者達だけが住む事を許された屋敷。華やかさは無いが、大理石の柱に門構え。地面のタイルもよく見れば大理石だ。左右には植え込みがあり、その樹木は満開の花が咲き誇っている。洗練された美しさに、ノアは思わずため息を吐いてしまった。

 すると丁度その時扉が開き、ノアは少し驚いた。



「ノアちゃん! 大丈夫だって! だから、色々用意して泊まりにおいでよ!」


「あ、ありがと、分かったわ! それじゃ、後でね♪」



 門まで付き添い、何やら少し気まずそうにしていたノアを見送る。小走りで家へと向かうノアの背中に、レイは小さく手を振った。ノアの姿が見えなくなるまで手を振り見送った後、レイもノアが泊まる為の用意をしようと屋敷の中に戻った。すると、レイラが満面の笑みで待っていた。



「な、何よ、ママ……!?」


「んー。レイがさっそくお友達を連れて来たからねぇ。アンタ、昔っから友達作るのが苦手だったから心配してたのよ? でも、これで安心ね!」



 レイの友達は親友のメグ、ただ一人だった。レイは心が優しい。だが、そのせいで友達が出来なかった。引っ込み思案なのだ。……人見知りとも言うが。

 ともあれ、レイラは素直にその事を喜んだ。辛いガーディアンの修行も、友達が居るのと一人でやるのとじゃ大いに違う。当然、友達が居る方が辛い事にも耐えられる。レイラもかつてはそうだったのだから。


 レイラの話を聞き、少しバツが悪そうなレイ。だがその雰囲気は、突然開かれた扉により霧散する。



「聞いたぞ、レイ! さすが、俺の娘だ! ”ブレイズソード”を使ったんだってな?」


「パ、パパ!? まだしばらく帰って来ないんじゃなかったの!?」


「あら、あなた。おかえりなさい! レイってば、お友達も出来たのよ?」


「二重に喜ばしいな! 無理矢理帰ってきた甲斐があったってもんだ! 今日はお祝いだ!」



 突然のアデルの帰宅で屋敷内は明るくなった。久しぶりに家族が揃うのだから、当然だろうが。だが、今日はノアが泊まりに来る。レイはアデルの帰宅に嬉しさ半分、心配も半分といった心境になった。

 アデルの帰宅で屋敷内が賑やかになる中、来客を報せる鐘の音が屋敷内に響いた。どうやらノアが来た様だ。レイは複雑な心境のままノアを出迎える為、屋敷を出て門まで歩く。少し急ぎ足で。



(用意する暇が無かったよ、パパのせいで。ま、いっか!)


「改めて……いらっしゃい、ノアちゃん! さ、早く入って!」


「お邪魔しまーす!」



 屋敷へと招き入れたノアは手ぶらである。用意する荷物等を取りに一旦帰った筈なのに、何故手ぶらなのか。それは、この世界の誰もが『空間収納アナザーストレージ』を使える為である。何故それが使えるのかは分からないが、生まれつき誰もが凡そ100kgまで収納出来るのだ。使い方は至って簡単。『ストレージ』と口にすると脳内でアイテムメニューが開き、そこに仕舞われているアイテムを念じれば任意の場所に出す事が出来る。仕舞う場合も同じ要領だ。仕舞いたい物に触れながら『ストレージ』と口にすれば仕舞える。容量オーバーじゃなければだが。


 それはともかく、レイはノアと共に屋敷内へと戻った。



「あっ! あ、アデル様!? は、初めまして……! 私、『ノア・モース』って言います! レイちゃんとは今日友達になったばかりですけど……よ、よろしくお願いします!」



 屋敷に入った途端、目の前にいた英雄アデルの姿を見てノアは驚いた。ノアもガーディアンを目指す者。全ガーディアンの頂点に立つアデルがそこに居たのだから、ノアが驚くのも無理はない。そもそもこの屋敷は、現在アデルが権利者になっているのだから、居るかもしれないと予想は付きそうだが。

 それはともかく、ノアは緊張してしまった。



「君がレイのお友達か! レイをよろしくな? 昔っから人見知りで、中々友達が出来なくて心配だったんだよ。でも、君みたいな明るい娘が友達になってくれればレイも安心だな!」


「パ、パパ……! 余計な事は言わないでよ! い、行こ? お部屋を案内するね!」


「う、うん!」



 これ以上余計な事を暴露される前に、レイはノアの手を引き二階の客室へと案内する。階下からはアデルとレイラの嬉しそうな笑い声が響いていた。


 階段を昇っている最中、ノアの目に絵画が飛び込む。コの字の階段の中程には絵画が飾られており、その絵は英雄らしき人物が剣を片手に、鋭い眼光を観る者へと向けているという物。レイは既に慣れたものだが、ノアは少しだけ圧倒された。


 階段を昇りきり、レイが案内した客室は階段から直ぐの部屋。二階の廊下の天井には魔晄灯が吊り下がり、落ち着いた明かりで優しく廊下を照らしている。奥を見ると、突き当たりの窓の傍には花瓶が置かれ、切り出されたばかりの花が季節を感じさせる。



「ここが客室よ、ノアちゃん。ちなみにあたしの部屋は隣だから、もしも夜中に困った事があったら声を掛けてね?」


「う、うん、分かった、ありがと」



 ノアが客室の扉を開くと、ダブルサイズのベッドが一つと鏡台、それと壁には一本の木に花が満開となった絵画が飾られていた。天井にはやはり魔晄灯があり、部屋を優しく照らす。その雰囲気は、客をもてなすには程良い感じだ。

 ちなみにだが、魔晄灯とは『ソルストーン』を動力源とする灯りである。そのソルストーンは太陽光を吸収し、魔力に変換後に蓄積する性質がある。それは、あらゆるマジックアイテムに使われ、人々の暮らしに欠かせない物となっている。



「それじゃあたし着替えてくるから、ちょっと待っててね!」



 レイは扉をそっと閉めて、着替えの為に自分の部屋へと戻る。この後は恐らく、ノアをまじえての夕飯。汚れた服のままではいられない。

 部屋へ入り、クローゼットから部屋着として着ている薄青色のロングワンピースを取り出し、直ぐ様着替える。着ていた黒のレザーコートは軽く埃を払ってクローゼットに掛け、下着を除く長袖のシャツやホットパンツ等はまとめて、洗濯物用の籠へと入れる。



「ノアちゃん、お洒落だったな。でも、家の中で着飾るのは変よね! これで良いや!」



 レイは一人頷くと、ノアを呼びに隣の客室に向かう。すると、ノアが丁度出て来た。何かがあったのか、少し顔色が悪い。



「あ、レイちゃん。お手洗いってどこにあるの? アデル様に会って緊張したみたいで……」


「一階にあるんだけど、丁度良かった。案内するよ! それと、たぶん直ぐに夕飯になるから、そのつもりでね?」



 レイが案内した一階の奥にある手洗い場に、ノアは急いで入った。漏れそうだったのだろうか。だとしたら、顔色が悪くなるのも分かる話だ。

 ノアが出て来るのを少しその場で待ち、顔色の良くなったノアと二人で食堂へと向かう。そこでは、何を勘違いしたのか貴族もかくやという服に着替えたアデルと、やはりこちらも貴族顔負けのドレスに身を包んだレイラがテーブルに着いていた。ノアの服装がフリルの付いた薄いピンクのカジュアルドレスである事から、ロングワンピースのレイだけが場違いな格好となる。



「ちょ、ちょっと、パパ? ママ!? 何で着飾ってるのよ!?」


「お前の友達を迎えるのもあるけど、入学祝いなんだからこれぐらい当たり前じゃないか?」


「そうよ? ママ、久しぶりのドレスだけどまだまだ着こなしてるでしょ♪」



 レイは開いた口が塞がらない。ノアも呆気に取られている。ともあれ、ノアを混じえての夕食が始まった。

 いつもであればレイラが食事を作るのだが、今夜は急遽料理人を頼んだ様だ。食事の最中に、見慣れぬ人間が料理を運んできた事でそれを理解した。



「ノアちゃん、と言ったかな? たくさん食べなさい。今夜の肉は、今日俺が狩ってきたばかりの『オーク』の肉だからな。美味いぞ?」


「は、はい、いただいてます!」


「ねぇパパ。オークって魔物なんでしょ? やっぱり、怖いの?」



 英雄アデルの家とは言え、普段は普通の豚肉等が食される。今回はレイの入学祝いの為に、わざわざアデルが狩ってきたのだろう。オークの肉は、豚肉の数倍は美味い。祝いとしては最高だ。しかしオークは魔物。その事が気になり、レイは聞いてみた。



「うーん。俺は怖くないけど、レイ達からしたら怖いんじゃないかな? やっぱり魔物だし」


「そっかぁー。あたしに倒せるかなぁ……?」


「レイちゃんと私とハインの三人なら倒せるよ! 私のベロちゃんも居るんだしね!」


「……ベロちゃん? ベロちゃんって何だい?」



 アデルの説明に心配になるレイ。ノアが自信たっぷりに答えるが、その中に出てきた『ベロちゃん』という単語にアデルは首を傾げる。



「アデル様、ベロちゃんって言うのは、私がレイちゃんから教えて貰った『召喚』のスキルで呼び出したケルベロスの事です!」


「ケルベロス……だって!? と言うか、ちょっと待て。レイが召喚を教えた? レイ、本当なのか?」



 やはりアデルも、召喚という言葉に嫌悪感を表す。



「アデル様! 今までは嫌われてたかもしれないですけど、毒を以て毒を制すの言葉がある様に、これからはそういう事も”あり”だと思うんです!」


「うーん。だけどねぇ……。でも、レイが召喚を使えるなんて知らなかった。俺からはあまり言えないけど、これからは君達の時代だ。大っぴらだと問題だろうけど、ま、好きにやってみなさい」


「パパ、ありがと! ……でも、あたしにも不思議なんだ。フレイムソードを教えて貰った時に突然ステータスに出てきたんだもん。びっくりしちゃったよ」



 アデルから召喚を認められ安心したが、やはり突然使える様になった事は疑問が残る。その事をアデルへと告げたが、アデルは納得した表情を浮かべた。



「良いかい、レイ。スキルを覚えるのは教えて貰うのが一番早いけど、何かの切っ掛けで覚える事もあるんだ。初めてのコードの書き込みがその切っ掛けになったんじゃないかな? それがたまたま召喚だって言うのは皮肉が効いてるけどね」


「そっかぁ……! 納得したよ、パパ!」



 やはりアデルは頼りになる。とても誇らしい素敵なパパだ。アデルの言葉にレイは心から安心し、その後、ノアを含めた四人で心ゆくまで夕食の時間を楽しむのだった。

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