第4話 ノアの召喚

 

 レイ、ノア、ハインだけが残っている教室の中、レイだけが不思議な現象に呆然としていた。その様子を見ていたノアとハインはレイを急かす。このままだと訓練に遅刻してしまう。



「書き込み終わったんなら、早く行こっ!」


「そ、そうだよ……! そ、そろそろ行かないと、ち、遅刻しちゃうよ」


「そ、そうだね……。うん、分かった……」



 ノアとハインに促され、二人の後を少し急ぎながら付いて行くレイ。しかし、急ごうとするのだが……足が重い。原因は、頭に響く謎の声とステータスの急上昇にある。学園の正門を潜る時には溢れていた希望が、今や胸いっぱいの不安へと書き換えられてしまった。



(何者なんだろ、あたし……)



 緑が美しい園舎からの景色も、今はくすんで見える。心落ち着く水路のせせらぎさえも聞こえない。それ程にレイの気持ちは沈んでいた。



(でも、あたしだけじゃないかもしれないし。もしかしたら、ノアちゃんとハイン君だってそうかもしれないんだから、こんな事くらいでクヨクヨなんてしてらんないよね!)


「ねぇ、ノアちゃん! スキル書き込んだ時って、ステータス値って上がるの?」



 生来の性格の明るさが幸いしたのか、沈んだ気持ちを何とか持ち直し、ノアへとその疑問を聞いてみた。するとノアは、何を当たり前な事をといった表情に変わり、その表情通りの事を口にする。



「上がるに決まってるじゃない! 私もさっき上がったよ? レイちゃんとハインのスキルが魔法系だったから、主に魔力関係がね!」


「ぼ、僕も、上がったよ? ち、力と魔力がす、少しね」


「やっぱり、そうなんだ……!」


(良かったぁ……。あたしの考え過ぎだったみたい。そ、それよりも急がなくちゃ!)



 ノアに聞いたのに何故かハインまで答えたが、二人の答えを聞きレイはホッと胸を撫で下ろした。ステータス値が上がるのは普通の事なんだと思うと同時に、考え過ぎだった事を反省する。すると、途端に気持ちも軽やかになった。やはり友達は有り難い。二人に感謝をしながら、訓練場がある中庭へと三人で急いだ。






 園舎は三階建てになっており、三階は園長室や講師室等があり職員の専用スペースとなっていて、二階は魔物に関する資料やスキルコードを纏めた資料室、そして一階が一年生から三年生迄のガーディアン候補生達の教室となっている。

 その一階の教室も、園舎の入口から一番近い教室が三年生の教室で、次が二年生の教室、一番奥が一年生の教室となっていて、中庭に向かうには上級生の教室の前を通る必要がある。


 レイの親友でもあるメグは二年生。どうやらこの時間は新たなスキルコードを学ぶ為に座学をしている様だった。入口から候補生達の姿が見える事からそれが分かる。その二年生の教室では、ガーディアン兼講師がスキルについて教えているのだろう。

 中庭に急ぐ最中だったが、メグの姿を教室に確認出来たので、心の中で”頑張れ、メグ”と応援した。レイの視線に気付いたのか、メグは軽く微笑み目礼していた。

 その後三年生の教室の前を通り過ぎ、入口から外に出て中庭へと急ぐ。三年生は現地実習に行っているのか、教室には居なかった。


 中庭に出て来たレイ達は、訓練場に他の候補生が既に集まっている事を視認すると、そこからは走り出した。そこらの男には負けないと豪語するノアの走る速度は速かったが、レイも負けてはいない。ステータス値が上がったからだ。後ろを振り返ると、何とか付いて来ている様だがハインは辛そうだった。それでも時間までには間に合った。結構ギリギリではあったが。



「お前らで最後だ。まぁ遅刻してないから構わんがな。それじゃ説明を始める! 模擬戦をやってもらおうと思ったが、それは止めた! 実戦に優る訓練は無い。実戦とは、魔物との戦闘の事だ! これは園長であるアデルさんの言葉だが、俺もそう思う。よって、この時間はスキルを使いこなす為の訓練……稽古の時間にする。模造刀を学園で用意したから、順番にあそこの人型へと使ってみろ!」



 ベイルの説明を聞き、改めて中庭訓練場を見回すと人型が確かにある。だがそこで、レイはふと疑問を抱く。朝、教室に向かう時にメグを見たのはこの辺り。つまり、メグはこの人型へ向かって『フレイムソード』を使っていた。遠目だが、レイも見ていたからそれは確認済みだ。あの時この人型は、メグのフレイムソードで確かに切れた。しかも、スキルの効果で燃えてもいた。それなのに、その痕跡すら残さずに人型はそこにある。新しい人型に交換したのなら分かるが、それさえも行った形跡はない。


 その事を不思議に思い考えていると、ベイルが説明の補足を始めた。



「お前らに教えた”フレイムソード”は使い勝手が良いが、所詮は低級スキルだ。お前らがどんなに頑張ってもあの人型は切れんし、壊れん! 壊れたとしても、勝手に直る! 付呪魔導師に頼んで造ってもらったマジックアイテムだからな! 思う存分スキルを試せ! ……既にスキルを持ってるなら、それも試して良いぞ? ”稽古”なんだからな!」



 ベイルの補足にレイは納得した。メグに切られて燃えた筈なのに、痕跡さえ無かったのはそういう事か、と。

 一人でウンウン頷いていると、一人目が人型へと向けてフレイムソードのスキルを試し始めていた。円筒形の模造刀入れから自分の体に合った長さの物を取り出し、それを構える。直後、その刀身は炎に包まれ、準備は整った。

 初めてスキルを使う為なのか……ゆっくりとした踏み込みと同時に振りかぶり、人型へと炎に包まれた模造刀を振り下ろす。すると、人型に剣先が当たった瞬間炎が消えた。どうやら失敗した様だ。悔しそうな表情を浮かべている。



(失敗するとあんな風になるんだ……! 実戦だと反撃を貰っちゃうよね、あれじゃ)



 失敗を目の当たりにし、レイは感想を心で述べた。魔物を相手にした場合、それは命取りとなる。レイの感想ももっともな事だ。



「くっそー! スキル発動までは調子良かったのに!」


「次! どんどんやらないと、時間が勿体ないぞ!? 明日は魔物との実戦が待ってるんだからな!」



 悔しそうな一人目の候補生に構わず、ベイルは先を促す。少しでもスキルに慣れないと、魔物との戦闘で命を落としてしまうからだ。魔物との実戦には講師としてベイルが付き添う為、いざとなったら当然助けるだろうが、助けてばかりじゃ成長出来ない。その為、スキル使用の回数を増やして慣れさせなければならない。


 その後、次々と候補生達が人型へとフレイムソードのスキルを試し、三人に一人の割合で成功していた。成功者は人型を斬りつけても刀身の炎は消えず、人型も軽く燃えていた。失敗者は、やはり当たった瞬間か当たる直前に炎が消えてしまっていた。いったい何が成功と失敗を分けるのか。そんな事を考えていたら、ハインに順番が回って来た。周りに立っている者は、既にレイ達三人だけだ。


 それと言うのも、スキルを使うのには当然MPを使用する。初級スキルという事でフレイムソードのMP使用量は破格に少ないが、使い続ければMPが無くなる。すると、激しい疲労に襲われるから立っているのも困難だ。暫く経てば自然回復するから立てる様にもなるが、それ迄は大人しくしてるしかない。それ故に、立っているのはまだスキルを使用してないレイ達三人だけとなる。



「ハイン! スキルを何でも試せってベイルさんが言ってんだから、私の教えたフォースも使ってみなよ!」


「フォース!? ぼ、僕に出来るかなぁ……。やっぱりま、魔法にしようかな……?」


「ハイン君の好きにやればいいと思うよ? あたし、魔法が見てみたいし」



 ノアの言葉で表情を暗くしたハインだが、レイの言葉で元に戻った。レイの言葉で、ハインは魔法を使う事にした様だ。フレイムソードも当然試すつもりだろうが、先ずは使い慣れている魔法からという事だろう。


 ハインは右手に模造刀、左手に自分の持ち物の杖を構え、人型と十メートル程離れた位置で対峙する。軽く目を瞑り、キッと目を開けた瞬間、杖の先端から直径十センチ程の小さな炎の玉が人型へと放たれた。

 炎の玉は間髪を入れずに人型に着弾すると、爆発。人型は炎に包まれる。だが、やはり初級魔法。直ぐに炎は消え、少し煤けた人型が現れた。魔法と言えど、やっぱりこんな物かとレイが少し落胆していると、人型は突然土に覆われた。ハインは続け様に魔法を放っていた様だ。追い討ちを掛けるように、見えない何かが土に覆われた人型に無数の傷を付け、最後は最初の炎の玉よりも大きな水の玉が人型を薙ぎ倒して終わった。その後、ハインは力なくその場に座り込んでしまった。



「はぁ、はぁ、はぁ……ま、魔力の限界……」


「ほぅ……! 中々やるなぁ、お前。ハインって言ったか。新入生として考えれば充分強いじゃないか」


「あ、ありがとうございます……!」


「次は私の番ね! ベイルさん、ちょっと質問いいですか?」


「ん? 何だ?」


「召喚スキルも使って良いですか?」



 ハインの試技が終わり、ノアの順番の時……ノアは爆弾発言をした。その言葉にベイルは明らかに動揺する。レイに聞かれた時に、使わなければ問題ないと思っていたのに、ノアがそれを使ったら結局問題が起きてしまう。そうなると、担任講師の自分の責任にまで発展するかもしれない。背筋にヒヤリとした物が流れた。

 動揺したのはレイも同じだ。訳も分からずに召喚の事を聞いた時のを思い出し、ブルっと身震いをした。しかし、こうも思う。ノアちゃんは、みんなから嫌われても大丈夫なのかな、と。自分なら耐えられない。泣きそうになった程だ。レイはノアの事を心配になった。



「それで、使ってもいいんですか? それともダメなんですか? もう使っちゃいますよ?」


「――っ!? ま、まて……」



 返答の無いベイルに対し、ノアは実行に移してしまった。慌てて止めに入ったベイルだが、既にノアは召喚スキルを使い始めていた。

 しかし、ここで一つの疑問がある。レイの場合、謎の声と共にドラゴンが召喚スロットに現れたのだが、ハインはスロットには何も入ってないと言っていた。ならば、当然ノアのスロットにも入ってはいない筈だ。そう思いながら、レイはノアの事を固唾を呑んで見守った。



「えっと……こうかしら? 『お前の力は我が力。お前の命は我の物。故に我は求める。我が呼び掛けに応えよ!』」


「な、何という事を……!」



 召喚するのには、恐らく今の呪文を唱える必要があるのだろう。魔法とは違って。

 だが、呪文は成功した様だ。手の平を下にして翳した右手から淡い光が地面へと伸びると、その当たった場所から外に広がる様に幾何学模様が描かれ、その模様の周りを二重の円が閉じた。召喚魔法陣だ。すると、その中心から光の粒子がフワリと溢れ出し、やがて一つの形を浮かび上がらせる。その形とは、恐らく小動物。つまりノアは、動物らしきものを召喚した様だった。



「コレが召喚……かぁ。MPがごっそり無くなったけど、何とか成功したみたいね!」


「な、なんだ、動物だったのか……。俺はてっきり魔物を呼んだと思ったぞ」



 召喚したのが動物と見るや否や、ベイルは安堵の息を吐いた。レイも安心した。ハインだけは目を丸くしている。



「ベイルさん! 動物じゃないよ! ちゃんとした魔物だもん! 名前は『ケルベロス』って言うんだから!」


「キャンキャンッ!」



 ノアがケルベロスだと言い張る動物は、どう見ても犬。それも可愛らしい子犬だ。白地に背中だけが黒という毛皮に覆われている。一生懸命に吠える姿が微笑ましい。だが、レイの知識にあるケルベロスとは明らかに違う。レイの知っているケルベロスと言うのは、三つの首を持つ巨大な犬で、口からは火を吐くという恐ろしい魔物の事だ。幼い頃母親のレイラに、『早く寝ないとケルベロスがやって来るぞ』と良く言われたものだ。

 それはともかく、目の前に召喚されたのはどうだろう。そのケルベロスの特徴等全く無い。



「ケルベロス……だと!? この可愛らしい子犬が、か?」


「私の召喚スロットに、何故か入ってたんだから間違いないです! ケルベロスって名前で! 『ベロちゃん』、あの人型を攻撃して!」



 呼び出した主人であるノアの足元で体を擦り寄せ、ご主人様、構って♪ といった様子の子犬を眺めてベイルは驚く。やはりどう見てもケルベロスには見えないからだ。そんなベイルをよそに、ノアはケルベロス……ベロちゃんへと攻撃指示を出した。



「キャオーン!」


(か、可愛い〜っ♪)



 ベロちゃんの可愛らしい姿に、レイは蕩けた表情を見せる。レイが見惚れる中、指示を受けたベロちゃんは一声鳴くと、一つしかない口から小さな炎の塊を吐き出した。ゆらゆらと揺らめきながらゆっくりと人型へと着弾すると、その瞬間小さな爆発。だが人型は、大きな炎に包まれた。炎の大きさは初級魔法の炎の玉の比ではない事から、ベロちゃんはやはり魔物の様だ。もっとも、炎を吐く時点でそうなるが。



「ベロちゃん、ハウス!」


「キャンキャン、キャオーン!」



 まるでペットに言い聞かせる様に、ノアはベロちゃんを還した。人型の炎はまだ燃え続けている。その事から、本物のケルベロスだったのかもしれない。



「ね、ねぇノアちゃん。どうだった? 召喚スキルを使った感想は……」


「まだ慣れてないから疲れたけど、慣れたら自分で戦わなくて済むから楽だよ、きっと!」


「あたしも使ってみようかなぁ……」



 今の状況を見て、レイも召喚してみようかと悩む。何故ならば、ノアが召喚したのはケルベロスだからだ。レイのスロットにあるドラゴンに負けず劣らずの魔物であるケルベロスが、あれ程可愛らしかったのだ。もしかしたら、レイのドラゴンだって可愛いかもしれない。



「……レイ。俺は認めないぞ?」


「な、何がですか、ベイルさん?」


「ノアが召喚したからって、お前も召喚しようと考えただろ?」


「うっ……!?」



 図星だった。心でも読んでいるのだろうか、ベイルは。そんな事を本気で思ったレイだが、今のレイの表情を見れば誰にだって予想は出来る。ニヤニヤしているのだから。

 ともあれ……釘を刺されてしまったので、レイは仕方なく他のスキルを試す事にした。試すと言っても、『フォース』と『ブレイズソード』の二つだけだ。魔法は既に、ハインが使って効果が分かったので使わない。


 レイは、模造刀入れから自分に合った剣を取り出し、剣先を前に向け中段に構えた。構えた所で先ずは『フォース』のスキルを使用する。

 ちなみに、スキルを使用するのは魔法と同じ様で若干違う。魔法は放つイメージだが、スキルは込めるイメージ。つまり、魔法は放出系になりスキルは溜め系になるのだ。よって『フォース』は使用するMPの量で強化値が決まる。



(うーん。どれくらいMP込めれば良いんだろ……? あんまりスキルを使う訳じゃないから、半分くらいかな?)


「『フォース』…………えっ!?」



 今現在のレイのMPの最大値は234MPだ。この数値は、ガーディアンランクのCランクに相当する量だ。そしてそのCランクのガーディアンが『フォース』を使ったとしても、込める魔力の量は精々20MP程度。レイが使用したMPは明らかにオーバーパワーに当たる。結果……レイの身体能力は、通常の成人男性の十倍に上がった。恐ろしい程の力だ。



(あたしがあたしじゃ無いみたい……!)


「次は……『ブレイズソード』……うわっ!?」


「ブレイズソードだと!? 何でお前がそれを使えるんだ!」



 レイが『ブレイズソード』を使用した瞬間、ベイルから驚きの声が上がる。フレイムソードしか教えていない筈なのに、上位互換のブレイズソードを使用したのだ。驚きもする。しかし、ベイルは納得もしていた。何故ならば、レイは英雄アデルの娘。英雄の血を引いてるならば、それくらいは出来そうだとの考えに行き着く。その考えに行き着いたベイルは、それ以上何も言わずにレイの様子を見守る事にした。



「……行きます! はぁぁぁぁぁっ!!!」



 炎を纏うどころか、燃え盛る炎をと化した剣を振り上げ地面を蹴りつける。十メートルも離れているのに、レイの姿は行動を起こした瞬間に人型のすぐ側まで移動していた。その動きを目で追えたのはベイルだけだ。他の候補生達は消えた様にしか見えないだろう。



「……りゃあぁぁぁぁぁっ!!!」



 振り下ろしたレイの剣は人型を縦に一刀両断に切り裂き、勢い余って地面に深々と喰い込んだ。左右に分かれた人型は激しい炎に包まれ、地面に喰い込んだ所からも炎が噴き出している。


 その結果をノアもハインも、ベイルも含め、候補生全員が唖然として見つめていた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る