第3話 異変の兆候

 

 暖かな春の日差しを受け、水路からの反射も加わりキラキラと輝く王立ガーディアン学園エメラルドガーデン

 その園舎を覆う鮮やかな緑が、通りを行き交う人々の目を楽しませる。中には立ち止まって眺めている人もいる事から、その美しさに目を奪われている様だ。守衛のダニーもどこか誇らしげにしている。


 そんな緑鮮やかな学園の教室の中では、レイと同じく入学したばかりの候補生達が嫌悪の視線をレイに向けていた。


 事の発端は召喚という言葉だった。その言葉をレイが口にした瞬間から、目に見えて教室の空気が変わったのだ。それは爽やかな春の空気に包まれていた教室が、まるで冬に逆戻りをしたと感じる程。全員の視線がレイへと突き刺さる。


 召喚という言葉が、その冷たい空気感を作り出した事はレイにも理解出来た。出来たのだが、何故なにゆえに召喚という言葉がこの空気感を作り出したのか迄は、レイには当然分からない。いけない事をしてしまった。そう感じるレイの瞳には、涙が浮かぶ。



(何で……? あたし、召喚が分からないから聞いただけなのに……みんながあたしを冷たい目で見てる……。どうしてなの……?)



 自分を含め、クラス全員のレイへと向ける嫌悪の視線に気付いたベイルは、気持ちを切り替える。召喚スキルを持っていたとしても、正式に魔物と契約さえしなければ何も問題は無い。そう。魔物を使役しなければ、何も問題は無いのだ。そう思いながら、レイへと……候補生達へと向けて言葉を掛ける。



「め、珍しいスキルだな! 但し、戦闘では使。だからこれから教えるスキルコードをステータスに書き込み、それを中心に訓練しろ。……ほらっ! お前らも分かったな? 最も初歩的で、最も使い勝手が良いスキルコードを教えるから、しっかり書き込めよ?」



 ベイルは何も無かった様にその場を取り繕った。君子危うきに近寄らず。そんな言葉があるが、わざわざ面倒に首を突っ込む事も無いだろう。第一、レイは園長アデルの娘だ。そのレイが、もしもその事で虐められたりでもしたら、英雄でもあるアデルから何を言われるか分からない。下手をしたら、ガーディアンから追放なんて事も有り得る。その考えに至ったベイルは、ブルっと身震いした。



「俺が教える最初のスキルコードは、『フレイムソード』だ。コードナンバーは”1”だ。それで書き込む方法だが……さっきの『アクセス』と同じで、魔力を込めながら『インプット』と唱えろ。その後にコードナンバーとスキル名を、同じく魔力を込めながら唱えるだけだ。……簡単だろ? それじゃ、書き込め!」



 ベイルの説明を受け、候補生達は一斉にコードを書き込み始めた。教室内の冷たいも、そのお陰か霧散した様だ。

 その事にホッとしたのはベイルだけじゃない。当然、そこにはレイも含まれる。



(な、何だか分からないけど、とにかくコードを書き込めば良いのね。……あれ? スキル名とコードナンバーって、聞いてないよね……?)


「ベイルさん!」


「……何だ?」


「スキル名とコードナンバーを教えてもらってないです!」


「…………。そ、そうだったな。すまんすまん、俺とした事が肝心な事を忘れちまってた様だな。あー、スキル名は……って、既に教えた筈だぞ!? さては、聞いてなかったな!?」


「えっ!? そ、そんな事……!」


(そう言えば、最初に言ってた気がする……! さっきの召喚ってスキルのせいで、まだ動揺してるみたい……。気持ちをしっかり切り替えなきゃ!)


「き、聞いてました! べ、ベイルさんの事を試したんです! しっかりした先生かどうかを。だから、ご、合格です! こ、これからよろしくお願いします!」


「…………ありがとよ。早く書き込め!」


「は、はい!」



 教えられたのに聞いてなかった。そう指摘されて慌てたが、改めてレイは自分のステータスを見つめる。その後、先程みたいに変な事が起きない様に、と祈りながら『インプット』と魔力を込めて唱えた。少し身構えたが、頭に声は響かなかった。

 その事にホッとしつつも、次の工程へと移る。次は、魔力を込めながらコードナンバーとスキル名を唱える事だ。意外と簡単。そう思いながら、コードとスキル名を唱えた。すると再び、頭の中に無機質な声が響いて来た。



 ――『コード』ヲ確認シマシタ。二段階目ノ解放及ビ、『ドラゴン』ヲ召喚出来ル様ニナリマシタ――


(ま、またなの!? それにドラゴンを召喚って……っ!? ど、ドラゴン!? 魔物の王様じゃないの! さっきの空気の謎が解けたよ……。魔物を倒すガーディアンが、魔物を呼んだら変だし、嫌われるよね……)



 そう考えながらも、レイのステータスは勝手に書き換えられていく。何故かは分からないが、”6”という数字でステータス値が上昇している。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 レイ・シーン(女性)十五歳


 種族:【???】


 HP:66+66→132

 MP:66+66→132

 力:6+6→12

 知:6+6→12

 魔:6+6→12

 防:6+6→12

 運:1


 スキル:コードNo.1『フレイムソード』new

 スキル:コードNo.66『召喚』

 ⚫ドラゴン

 〇

 〇

 〇


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



(ん? あれ? ……ドラゴンの下に空欄が三つある。もしかして、契約出来る魔物の数なのかな? だとしたら、あと三体の魔物と契約出来るってこと!?)



 レイが考える様に、ステータス欄の召喚の下には四つのスロットがあり、その一つは埋まり”ドラゴン”と書かれていた。先程の無機質な声は、ドラゴンを召喚出来る様になったと確かに言っていた。という事は、このドラゴンは直ぐにでも召喚出来る事になる。しかし、あと三つスロットが空いている。だとすれば、やはり魔物と契約すれば残り三つは埋まり、尚且つ呼び出せるという事だ。


 そんな事を他人事の様に考えていたレイは、自分が呼ばれている事に気付く。



「……イ。……レイ? レイ! 自己紹介するから、しっかりと聞けっ!」


「へぁ? っ!? は、はいっ!」


(は、恥ずかしいよ〜! へぁって何!? 思わず変な返事しちゃったよ……)



 レイを呼ぶ声はベイルだった。今日は学園初日。幾らこの教室は殆ど使わないとは言え、候補生達の自己紹介くらいはする。名前も知らない人間に背中は預けられない。


 教室内。横四列、前後に五列に並んだ席の最前列から自己紹介が始まった。

 最初の候補生は男性。年齢はレイと同じで十五歳。名前は『ハイン・スピナ』。少しオドオドとした、気弱な性格にも見える。何となくだが、レイとは気が合いそうだと感じた。


 その後何人かの自己紹介を終え、レイの前席の女の子が自己紹介を始めた。



「私の名前は『ノア・モース』。見ての通り女の子よ? 歳は十五歳。当然、独身よ! 絶賛彼氏募集中だから、みんなよろしくね!」


(うわぁ……。凄いなぁ、この娘。あたしだって彼氏とか欲しいけど、まずはガーディアンになる事が先決だもんなぁ。ガーディアンになれなかったら、パパが恥をかくと思うし……。やっぱり、そっちが大事よね!)



 ノアの自己紹介を聞き、レイはそう思う。やはりレイも歳頃の女の子。そういう事にも興味がある。だが、色恋沙汰にうつつを抜かしては、ガーディアンなど夢のまた夢。アデルにも失望されてしまう。

 最後はガーディアンを優先する事で、心の葛藤に決着をつけた。


 そしていよいよレイの順番。レイが座っていた席は一番後ろの窓際の席。つまり、最後の自己紹介となる。



「あたしの名前は……って、もう知ってるか。年齢は十五歳で、夢は……パパみたいな凄く強いガーディアンになる事です!」


(パパの名前は言わない方がいいよね。変に気を使われても嫌だし)


「えっと……さっきはごめんなさい! 召喚の事で変な空気にしちゃったけど、みんなと一緒に頑張って行きたいです! よろしくお願いします!」



 ベイルを含め候補生達は、召喚という言葉に一瞬だけピクリと反応したが、みんなと頑張ると言う言葉に拍手を贈った。その拍手を受け、レイも満足そうだ。満面の笑みがそれを物語る。



「よし。これで自己紹介も終わったな。この後は解散……と言いたい所だが、明日からの為に模擬戦形式の訓練をしてもらう。詳細は中庭の訓練場で説明をするから、一時間後に集合だ。分かったな!」



 新入候補生達は一斉に返事をして、一旦解散となる。それぞれが時間を潰すため、或いは準備の為に教室から出て行く。


 レイも、それではとばかりに教室を出ようと席を立つ。さっき、親友のメグと一年ぶりに再開したのだ。そのメグと、久しぶりの親交を深めたい。それに、メグに召喚の事についても相談したい。メグならば嫌な顔をしないで話を聞いてもらえる筈だ。


 そう思って席を立ったレイだが、そんなレイに二人の候補生が話し掛けてきた。気が合いそうだと感じた『ハイン・スピナ』と『ノア・モース』の二人である。二人の顔は対照的で、笑顔満面のノアに対してハインは自分に自信が無いのか少し青褪あおざめている。



「レイ……さんよね? 自己紹介したから分かってるとは思うけど、改めて。私はノア! よろしくね♪」


「ぼ、僕は、ハイン……です。た、単刀直入に、い、言います……! ぼ、ぼ、僕と、お、お友達になってく、下さい……!」



 二人の話は同じ意味。つまり、レイと友達になろうという誘いの言葉だった。

 しかしレイは悩む。悩む程の事でもないのだが、先程の事が頭をよぎる。自分は召喚スキル持ち。例えみんなの前で召喚しなくても、ガーディアンの性質上そのスキルを持つだけで嫌悪の対象だ。優しい性格のレイにその視線は辛い。



(あたしが召喚スキル持ちだって分かってるのよね? でも、さっきの話をもしかしたら聞いてないかもしれないし……どうしよ。聞いてみるのが一番早いわね……!)


「えっとぉ、ノアちゃんもハイン君も……つまり、あたしとお友達になりたいって事……よね? それは良いんだけど、その、しょ、召喚スキル持ちなのに、お友達になってくれるの……?」



 悩んで導き出した答えが聞くのが早いという事なのに、それでも少し自信が無い。レイは少し上目遣いでその事を二人に確認する。その様子を見ると、やはりハインとは気が合いそうだ。



「あったり前じゃない! 召喚スキル持ちがなんなの!? これからの時代、むしろそういうのが良いじゃない! 毒を以て毒を制す。つまり、全然気にしないわ、私!」


「ノアちゃん……」


「ぼ、ぼ、僕だって、そんなの気にしません! じ、実を言うと、僕も既にスキル持ちで、そ、それが”魔法”のスキルなんです。しょ、召喚なら、お、同じ魔法扱いだって聞きました。い、一緒に頑張りましょう……!」


「ハイン君……!」



 二人の言葉に少し心が軽くなる。召喚だって立派なスキルだ。何を恥じらう事がある。そう言われた気がした。

 今や当たり前の様に使われている魔法だって、由来を調べれば”悪魔”に辿り着く。悪魔が使う超自然的法則、略して魔法なのだから。召喚スキルの事だって、いつかはガーディアンにも受け入れられるに違いない。そう思わせてくれたこの二人には感謝しかない。



「あ、私も既にスキル持ちよ? 私は『フォース』持ち。つまり、身体強化ってヤツね。近接戦闘じゃそこら辺の男にだって負けないんだから!」



 密かにレイが二人に感謝してると、ノアが自分もスキル持ちだと明かしてくれた。しかも身体強化だ。とてもガーディアンらしいスキルである。レイは少し羨ましく感じた。



「あ、そうだ! 友達記念でさ、私達のスキルを交換って訳じゃないけど、教え合おうよ! 召喚だって使ってみたいしさ!」


「ぼ、僕も、賛成です! しょ、召喚だって、一人だけじゃなくて、す、数人居た方が、みんなも認めてく、くれると思うよ……!」


「二人とも……! ありがと……グスッ……嬉しい……」



 二人の言葉に涙するレイ。まだ友達になって数分。それでも友達には変わりない。二人のさり気ない優しさに、レイの不安も解消した。

 レイの心が晴れる様に、教室を抜ける春の風も暖かく穏やかだ。園舎の外からは小鳥達の歌声が聴こえていた。




 ☆☆☆




 レイとノアとハイン。三人はそれぞれのスキルを教え合い、それぞれのステータスへと書き込んでいく。


 ノアから教えて貰ったのは、言っていた通りの『フォース』。身体強化スキルだ。

 一方のハインから教えられたスキルは、やはり言っていた通りの『魔法』。

 この魔法というスキル。実は細かく分類されている。ハインが教えてくれた魔法スキルは、下級魔法を使用出来る様になるスキルだ。他には『中級魔法』、『上級魔法』、『超級魔法』、『神級魔法』がある。


 使用方法は意外と簡単で、魔力を込めながら放つ魔法のイメージを脳内に思い描き、それを念じながら手の平から、或いは、媒体となる杖の先端から放つというもの。


 それで、下級魔法スキルで使える物は次の四つ。『フレイムボール』、『ソイルバインド』、『ウォーターボール』、『ウィンドナイフ』の四つだ。分かりやすく説明すると、『炎の玉』、『土の束縛』、『水の玉』、『風の小刀』となる。

 下級魔法とは言え、駆け出しどころか候補生でしかないレイ達には過ぎた力だ。だが、訓練して使いこなせれば立派なガーディアンになれる筈だ。期待に夢は膨らむ。



「私は更新したわよ? ハインは?」


「ぼ、僕も終わりました……! しょ、召喚スロットが空欄になってますよ!?」


「あったり前じゃないの! 契約しなくちゃ召喚出来るわけないじゃない! レイちゃんも更新した?」


「ちょ、ちょっと待って! 今、書き込む! 『アクセス』それで……『インプット』」



 ステータスを開き、スキルを書き込む準備をする。既に二回目ともなれば手際も良くなる。そして、魔力を込めながらコードナンバーとスキル名を口にする。



「コードナンバー6、『フォース』。コードナンバー12『下級魔法ファストマジック』……これで書き込み終…………っ!?」


 ――『フォース』及ビ『ファストマジック』ヲ確認シマシタ。四段階目迄ノ解放及ビ、『フレイムソード』ノスキル制限ヲ解除シマシタ――



 再び頭に響く無機質な声。それと同時に、ステータスも再び上昇を開始する。ステータスを見つめるレイの表情は、驚愕に満ちていた。

 そのレイの表情を不思議そうに見つめるノアとハイン。ステータスにスキルを書き込むだけで何をそんなに驚くのか。こんなにも喜んでくれて嬉しい。二人はそれぞれ、そんな事を考えていた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 レイ・シーン(女性)十五歳


 種族:【???】


 HP:132+132→264

 MP:132+132→264

 力:12+12→24

 知:12+12→24

 魔:12+12→24

 防:12+12→24

 運:1


 スキル:コードNo.1『フレイムソード』→コードNo.2『ブレイズソード』new

 スキル:コードNo.6『フォース』new

 スキル:コードNo.12『下級魔法ファストマジック』new

 ・『フレイムボール』

 ・『ソイルバインド』

 ・『ウォーターボール』

 ・『ウィンドナイフ』

 スキル:コードNo.66『召喚』

 ⚫ドラゴン

 〇

 〇

 〇


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 いったい自分は何者なのか。恐ろしく強い父親アデルや母親レイラの娘とは言え、つい先程までは最低値だったのだ。それが頭に響く無機質な声がする度に急激に上昇。能力だけで言うなら、既にガーディアンのFランクに匹敵する。


 先程まで感じていた春の暖かさが、今のレイには肌寒く感じられていた……

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